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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
203/283

第一九五話 ユキ

前回、旅館の近くで死人の気配がありました。

 挿絵(By みてみん)


「大丈夫。今日のうちは・・・・・・戦わなくていい。あそこにいるのも味方だから」

「えっ?」


 反射的に戦闘モードへ入ろうとした俺と迷いながらキューブに手をかざした未来へ、前を歩いていた凪さんからストップがかかる。

 ゆっくりと振り返って、浮かべる微笑。

 死人の気配がする上空に指を向け、よく見るよう言われた。


「……あ」


 その意味は、未来が先に理解した。


「あの子たち、おでこに赤い模様がある」

「模様?」

「うん。暗くて見えにくいけど、ほら」


 未来にも指さされ、そこにいる死人が一体ではなく覆い被さるように体を組んで遊ぶ二体であることがわかった。

 大きくて丸いモコモコの毛皮を羽織った、うさぎが人になったみたいな真っ白の死人。

 高さのある人工樹木の更に上で戯れる彼女たちは、未来が言うとおりおでこに赤い模様が描かれている。それが何を表しているかはさすがに見えないけど、これだけ距離があるのに認識できるなら相当大きな死人だろう。

 こちらに手を出してくるつもりもなさそうだ。


「おでこに赤い印……てことは、あいつらって」

「そう。精鋭部隊配属の一人が使用する使い魔的存在。ヘンメイと同じ朱雀の模様を持った、心強い伴侶はんりょだよ」


 ――伴侶?


「隆一郎君、未来ちゃんも会うのは初めてか。僕らも久しぶりなんだけどね」

ユキ・・のやろーがせってたからな。ま、特に心配はしてなかったけどよ」

「嘘つき。まだかまだかって何度も紫音しおんに聞いてたくせに」

「っせーぞ湊! 黙っとけよ」

「あははっ」


 ツンデレ流星可愛いね、と湊さんは流星さんをからかった。三人の様子がこの遠征に来てからのどこよりもリラックスして見えて、安心できる場所と信じてるのが伝わる。

 一度未来に顔を向けてみる。

 未来も俺を見上げる。

 最近俺たちのわからないこと初めて知ることが多いせいか、何かあれば確認を取るようになったな、とか思いながら頷く。

 展開中だったキューブを俺は立方体に戻しておいた。


「紫音って、『譲』の子のことかな」


 わいわい楽しそうに歩いていく高校生組の背中を見る未来は、俺も気になったその名前を話に出した。


「少年・赤紫?」

りんちゃんがそう言ってたね。あの子が精鋭部隊?」

「違うんじゃねぇか。ユキさん……だっけ。その人が臥せってたからって流星さん言ってたし、多分そっちだろ」


 精鋭部隊について、実は俺も未来もよく知らない。

 何人で構成されてるのか、誰がそこに入っているのかは機密情報らしく本部に問い合わせても答えてもらえない。

 凪さんに理由を聞いたら『秘密だよ』とこっそり教えてくれた。

 どうやらその部隊のメンバー、全員凪さんが直々に任命してるというか、凪さんの琴線に触れた人を凪さんが引き入れていくスタイルらしい。遠征であっちこっち飛び回ってるからそれこそ全国レベルの選出で。

 そうと知られないために精鋭部隊そのものを口外しないと決めたのだとか。


 ――選んでるのが司令官じゃなくて一介のマダーなんて知ったら、嫌な気持ちになる人がいるでしょ?


 無邪気に笑って凪さんは話してたけど……誰が見てもすごいって言うあの人の指名なら、文句なんかどこからも出ないだろうに。


「そっかぁ。未来ちゃんも土屋君も、紫音と面識あったんだね」

「えっ? あ、はい。……あの?」


 妙に。憂いを帯びた結衣博士の声。

 今までの変態ゴーゴーのイメージとは結びつかない、とても優しい表情をしていた。


「会えるよ、明日。あの子はね、昼間はずっと……ユキちゃんのそばを離れないから」

「……結衣さん。わたしから忠告ですが、病み上がりの彼には絶対飛びつかないでくださいね?」

「やぁねぇ〜っ、あいかちゃ〜んっ! そんなことするわけないでしょぉ〜、いくらあたしでもそれくらいの辛抱しんぼうは……ハッ!!」


 キュピーン!! って音が聞こえた。空耳だと思う。

 ただ今の今まで大人な顔で俺たちを見ていた結衣博士は何に反応したのか目をらんらんと光らせて、凪さんたちが歩いていった方を凝視する。

 旅館から誰か出てきたことに気付くと、するところはやはり変態ということで。


「あぁん愛しのユキちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! あたしはずーっと会いたかったわぁ――っ!」

「言わんこっちゃない!!」


 ゴスッ! 飛びつくと判断した国生先生の拳がクリーンヒット。頭部を殴られた結衣博士はダウンした。


「あぁ、ついにやってしまいました……」

「俺、先生の印象がこの遠征中にどれだけ変わるか密かに楽しみにしてます」

「何を言ってるのかわたしにはわかりませんねぇ」


「大人をからかわない方がいいですよ」と、向けられた笑顔から逃げるように顔を前方に戻す。

 そこでは結衣博士の猛攻から守られ平和な再会を果たした流星さんと湊さんが楽しそうに話をしてる。

 凪さんは今の音か声が聞こえたらしく途中で踵を返しこちらへ歩いてきているところだった。

 先生が目をそらす。


「国生さん」

「…………はい」

「限界がくると暴力に出る癖。直してくださいね」

「すみません……つい」

「ついではなく」


 作ってるな、とわかる笑顔で国生先生をいましめる凪さん。先生が縮こまっていくのを尻目に気絶した結衣博士へ声をかける。

 眠った状態から凪さんの声。結衣博士からしたら多分刺激が強すぎたんだろう、ガバッと起き上がって一気に覚醒。漫画のごとく鼻血を噴き出した。


「〇△□✕%※――ッ!!」

「博士。どうぞ宿で休んでください」

「はいっ……!」

「国生さんは博士を連れていって。もう殴らないで」

「はい……」


「イケメン成分、千パーセントッッ!!」本当に大丈夫かと言いたくなる言葉を叫ぶ結衣博士とともに国生先生は先に宿へと向かう。

 病み上がりとされる『ユキ』さんにタックルさせないためか、結衣博士の目を隠すようにして館内に入っていった。

 ――ふと香る、甘い匂い。


「香水つけてます?」

「あーううん、たばこ。ユキのね。りゅーちゃんは男だからいいけど、みーちゃんは一応……煙は吸わないようにしてね」


 なんの忠告かわからないまま未来は頷いた。

 凪さんの後ろを並んで歩いて、その香りを出す主のもとへ行く。甘さが強くなってくる。


挿絵(By みてみん)


 凪さんに気付いたその人は、吸っていたたばこの火を消して流星さんと湊さんを館内へ促しこちらに向かって歩いてきた。

 濃くて甘い、大人の香り。

 俺と未来は少し離れたところで立ち止まる。

 凪さんと独特な匂いのその人はゆっくりと歩み寄る。

 二人は手が届く位置で足を止め、しばし無言で見つめ合い、それから……同時に破顔した。


「目が覚めて良かった。おかえり、ユキ」

「ずいぶんと迷惑をかけた。……すまない」


 凪が元気そうで安心した。そう続けたユキと呼ばれたその人は、凪さんと挨拶程度のハグを交わす。

 お互いの無事を喜ぶように背中を何度か叩きあった。


 ――たばこもそうだけど……凪さんより年上だよな。


 髪切ってもらったんだ、という問いかけにウルフカットとかいうらしいと答える『ユキ』さん。どちらも敬語は使ってない。

 あちらから聞きたいことは山ほどあるみたいで急かすように問いを連ねるも、それを制するべく凪さんは片手を見せる。こちらへ視線だけを寄越し、何かを伝えた。


「そうか。彼らがヘンメイを」

「うん、僕らは九州にいたからね。すごく優秀で努力家な……そうだな。僕のほこり」


 ふふ、と。顔を綻ばせた凪さんにおいでおいでをされる。言われるがままに俺と未来は初めて会うその人へ近付いていく。

 さっきから、不思議なほど緊張してる。

 人見知りとかしない方だけど、今は異常なほど心臓がバクバクする。まるで目の前の相手に告白でもするのかと錯覚するぐらい、脈を打つ。


朱雀すざく雪翔ゆきとです。初めまして」


『ユキ』さん――雪翔さんの近くに寄って、わかった。この緊張の正体。

 おそらくこの人が纏うあの匂いだ。

 独特なたばこの香り。

 濃くて甘い大人の……なまめかしい、感じ。

 未来に吸わないようにって凪さんが注意した理由も今ならなんとなくわかる。

 この香り、普通じゃない。なんか、やばい。

【第一九五回 豆知識の彼女】

国生あいかは我慢強い


だいぶ頑張ってましたあいか先生。とってもイライラさせられるメンツと気遣いが必要な(凪さん)子がいる中ずっと耐えてました。そんな彼女も限界。ゴスッ!!

可哀想に結衣博士。全てのお怒りは彼女の頭部へ向けられました。丈夫な方なので心配ご無用。

凪には叱られました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 浪人とは言わないと思うけどね》

雪翔さんの文字公開。彼は多分、碧カノいち丁寧な人です。

よろしくお願いします。

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