残余
そんなことがあって現在。
授業中。早瀬さんは教師の解説をじっと見ている。いや、聞いている? 内心は分からんが。
「というわけで、ここでは……ん? おい、真白。本当にこれでいいのか?」
教師に言われ、俺はさっきまでご指名され黒板に書いていた自分の字を見やる。……あ、
「すんません、一行飛ばしてました」
俺が小っ恥ずかしさを押し殺して言った瞬間だった。いきなり早瀬さんがご起立なさった。いやな予感がする。
「早瀬。どうした」
「分かったので、退出します」
教員の制止さえなく、ただ静かに教室を出ていく早瀬さん。教室のドアが閉められてから数秒。ようやく室内がざわつきだした。慣れているとはいえ、やはり騒ぎにはなる。このクラスの女王が誰かは知らないが、ハチの巣をつつくとはこのことだ。
「おい、真白」
静粛を促さなくとも、教員が俺の名を呼ぶと一斉に教室の視線が集まる。ずいぶんとまあよく訓練されたハチさんたちだこと。それより。教師も知っているレベルになっちまったか。噂。
「早瀬を追え」
一応聞いておこう。
「なんで、俺なんですか」
「他にいるのか? 止めるか、連れ戻すことができるのが」
反対意見は一切ありませんと言わんばかりの視線の数は学級総数マイナス俺だろう。その証拠に俺が立ち上がっただけで拍手が起こる。
まったく、急ぐわけでもない軽さで駆ける。廊下にはすでに早瀬さんはいない。ため息とともに体も階段を下りていく。早瀬さんを見つけて階段を落ちる勢いになる。
「別について来なくていい」
と言われても先生のお達しです。連れて戻るのは無理そうなので、付き合います。てか、何思いついたんですか?
「あの件の糸口が見えた。お前が言ったんだ。一行ズレていたって」
いや俺は「飛ばした」って言ったんだけど。てか、証拠じゃねえのかよ。なんのどれがズレているのか、俺にはまったく分かってないが、まあいいや。とっとと片して戻りましょう。出席日数減らされて、補習とかになったらイヤなんで。
「だから、別について来なくていいと」
それこそ、だからなんだけどなあ。
「どうせなら、藤村さんに連絡して聞いてくれ」
スマホと一枚の紙を渡された。いやこれルーズリーフだよね。もしかしてさっきこんなのを書き込んでたとか? その紙には例の消しゴム云々のことが。いや、もう一枚。これって、あの時受け取った封筒の中身とかじゃ……。いや、それは後でもいいとして。既にスマホの画面は藤村女史の電話番号を発信している。で、何を聞けと。
「呪いの解除方法だ」
は? 今になってそれ?
「行為者が特定できないと正確な方法で解除できないと聞いたことがあったから」
つうことは分かったのかよ。てか、ズレってのと何が。ちょっ、待てよ。まるで聞いてない。まったく暖簾に腕押しだよ。
てか、スマホ切れたし。メッセージ届いてるし。藤村女史から。いや、これって。何とも引っかかるアドバイスだ。早瀬さんに伝える。一文に書かれていたのはこんなことだ。
「呪いをかけた人物の、例えば部屋に入ると、かけられた方は咳などをすることがある」。
確信を得たといわんばかりの早瀬さんの足がなお速くなった。
ああ、そうか。この人はこうやって残余を探し続けるのだろう。




