85話 アレ? 本能寺が変 その2
後ろ手を縛られ、文字通りひっ捕らえた形の味山。
着流し姿のしゃんとした婆さんは、その様子を見て――。
「ウワははははははは!! 味の字、よお考えたらよ、おみゃー、余の前に現れる時、いーっつもひっ捕らえられておるのう! よほどネズミの類に見えるんじゃにゃーか?」
腹を抱えて笑う。
大声で、体をくの字に曲げて笑う婆さん。
だが、不思議と味山は悪い気はしない。
むしろ、良かったなと妙な感想まで覚える始末。
周囲の兵達も、婆さんの笑い姿を見てぽかんとしている。
婆さんの傍に控える美少年も、目を見開き固まっている。
「……お館様が、笑顔に……」
「こりゃ……何が起きとるんじゃ」
「……いつぶりぞ、お館様の笑い声なんぞ」
「猿が毛利攻めに参る前じゃみゃーか?」
「……」
妙な事になっちまったな。
味山は、一旦黙って様子をうかがう。
後ろ手を縛られているのは、不便だが普通の縄みたいだ。
縛り方は独特、古武術の縛術という奴だろうか?
まあ、この程度ならなんとでも――。
そんな味山の様子を見て、大笑いしていた綺麗な婆さんが口を開く。
「味の字。おみゃーならそのくらいの縛め、スパッと解けように。なんぞ、我が兵に気でも違っておるのか? 良い、余が許す。その縛め解いてみせよ」
「お、お館様、恐れながらこの者に仕掛けた縛めは、らっぱの者から買い受けた伊賀縄によるもの……自力で解けるとは」
ブチッ。
良いと言われたので味山は耳の大力を発動する。
単純な力で荒縄を引きちぎった。
「「「「「………は?」」」」」
「イテテテ、結構頑丈な縄だな……あ、これは返しておいた方がいいか?」
「「「「………」」」」
引きちぎった縄を差し出す味山、それを見てあんぐりと口を開ける武士達。
戦国の世、戦いと殺しに明け暮れた時代の生き残りたる彼らはよく知っている。
しっかり縛られた荒縄のその強靭さ、それに対しての人の力の無力さを、その身を以て知っているのだ。
引き千切れる訳はない。
なのに、なのに。
「オイ、これ、見てみ……縄が完全にばらけておる……」
「引っ張って千切れるようなモンじゃにゃーぞ、こりゃ……」
「手は、痛んでおらんのかね」
「人の力じゃにゃーわ」
「物の怪の類じゃねえんか?」
「少なくとも人じゃないぞ、こりゃ」
「……わしゃ、どっかで見た事ある気がするで……姉川におらんかったか? ほらその後の金ヶ崎にも……」
ざわざわとその縄を見て騒ぎ始める侍達。
物の怪じゃ、あやかしじゃとざわめく彼ら、しかし、味山は気付いた。
現代と違い、力を見せても嫌悪や恐怖は侍たちからは感じない。
あるのは、純粋な力への驚愕と――。
「……ありゃ、強いんかのう」
「そりゃそうじゃろうて。荒縄を力づくで破るなんざ弁慶でも出来まいよ」
「あの先生とどちらが強いんか?」
「そりゃ、鬼の先生じゃろう」
力への興味のみ。
信長を名乗る綺麗な婆さんも、味山の様子に満足したのだろう。
ぱしっと扇子を広げ、喉を鳴らすように笑う。
「くくくく。変わっておらんのう、その馬鹿力……良い良い、よく参った……。積もる話もあろうて。蘭丸、一席を設けよ。近くの宿に止まっとる馬廻り衆も呼び戻せ。あとは、剣の小僧っこもの」
「は! お言葉のままに!」
敵意はなさそうだ。
すぐさまバトルにならなかったことに、味山は少し安堵する。
綺麗な婆さん――信長はそんな味山を見て。
「くくく、先の世から来た友をもてなしてやらんとのう。――まったく、随分長く待たせおって」
その視線が、少し……熱を帯びたものである事に味山は気付かなかった。
◇◇◇◇
「ウワはははははははは! 良い、良い、なんぞ今日は愉快な気分ぞ! 者ども、許す! 酒、魚に味噌に獣肉、好きなモン飲んで食って騒げや!」
「「「「「「「「ははあ~~~~~!!!!」」」」」」」
どんちゃん騒ぎ。
味山が案内されたのは、馬鹿広い畳張りの広間。
宴席が広がるその部屋では、集められた武士達が宴会を始めている。
座布団に直座り、各人の目の前には酒やつまみが置かれた小さな卓が置かれていた。
「味の字! な~にぼさっとしとる。わぬしは、ここじゃ。ちこうよれ!」
上座にどかんと座る信長、味山は言われたまま彼女の隣に座る。
信長を挟んでの反対側には先ほどの美少年がおずおずと座っている。
「ウワははははは! 味の字、良い、余が許す。再会を祝しての宴席ぞ、好きに飲み食いせい!」
「あ~……恐悦至極に、存じます?」
「んんんん~なんぞなんぞ~わぬし、そんなに畏まりおって。余とわぬしの間にそのような……ああ、そうか、そうじゃったのう。わぬしにとってはこれが初見となるのか。なるほどのう」
信長がうんうんと頷く。
先ほども似たような事を言っていた。
そう、まるで、味山と会うのがこれが初めてではないような事を。
味山は、恐る恐る対応を試みる。
織田信長、歴史エアプの味山でもなんとなく人となりの想像がつく大物だ。
二ホン人で、彼女の名前を知らない者の方が少ないだろうと言えるほどに。
癇癪持ちとか性格が苛烈とかそのようなエピソードはよく耳にしている。
「あ~と、なんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「ウワはははは! なんじゃ、わぬし、初見の人間には殊勝な態度が取れるのか! くくく、勝家に、猿めがここにおればさぞ驚いた事だろうよ」
勝家、猿。そのワードに味山は心当たりがあった。
いずれも、歴史の教科書に名前が出てくる人物だ。
信長は、部下に比べて小さな赤い漆の猪口でくいっと酒を飲む。
「き――…………ふっ」
何かを言いかけたと思えば、すぐに口を噤む。
僅かな沈黙、何故か反対側に座る美少年が、目を見開き驚愕の表情を浮かべていた。
やがて、沈黙は信長の言葉で終わる。
「好きに呼べ、と言いたい所だが、余も朝廷から官位を賜る身……昔のようにはいかぬ。信長、そう呼べ」
「じゃあ、信長公でよろしいですか?」
「ふくくっ、貴様が公とはな。初めて会った時と比べて随分よそよそしいものよ。まあ良い、許す」
信長の流し目。
完全に老婆と言って差し支えない見た目なのに、どこか目を寄せられる色気がある。
これが、天下人のオーラか……。万年サラリーマン、探索者になった後も結局、上司を持つ立場にある味山とは根底から違う人間なのだろう。
「全て、許す。不問じゃ。わぬしが余の事を知らぬのも。一番大切な時期に姿を消しておったのも。一番必要な時に手元におらなんだことも、全て。良い」
信長の声が、一段低くなったような気がした。
「こうして今生で再び会えたのだ。全て――赦す」
「……ありがたく存じます」
「なんぞ、わぬし、さっきから固まってばっかじゃのう。まあ、無理もないか。わぬしにとって、余は大きな目的を果たす為の手段にすぎん。まあ、是非もなし」
信長がくっくっと喉を鳴らす。
この人物が、何をどこまで知っているのかが味山には分からない。
だが、あまり時間はない。
味山はこの場所に目的を持ってやってきた。
神秘種に対抗する神秘種を現代に連れて帰る――織田信長――第六天魔王波旬と謳われた彼女が今回のターゲット。
だが、よく考えれば――トゥスクも総理も具体的な方法は指示してくれていない。
……あいつら、まさか結構ノリと勢いでこの作戦考えたんじゃねえの?
味山はちょっとイラつきつつも、平静を取り戻す。
仕事とはいつだって理不尽なものだ。
成功させた後に、思いっきり文句を言う為にここは我慢しよう。
幸いなことに、味山只人にはこれがある。
ヒントを聴く耳。
考察も仮説も必要ない――求めるのは、最短最速でこのダンジョンを攻略するヒントのみ。
教えろ、クソ耳。
神秘種ってどうやれば連れて帰る事が出来るんだ?
TIPS€ 遡行ダンジョンの攻略法はシンプル
TIPS€ 対象の神秘種の願いを叶え、満足される事
TIPS€ 以上
以上で良い訳ねえだろ。
TIPS€ この辺もう情報少ないからこっちも知らんて
なんか情けない情報を残し、耳のヒントは返事をしなくなった。
おい、なんなんだよ、最近こいつよ。
元々肝心な時に役立たずだったり、ふざけたタイミングでピンチのお知らせだけやってくる使いにくい能力だったが、もう最近は輪にかけて使えねえ。
味山は一通り文句を言った後、メンタルリセット。
満足……満足?
それはつまり、織田信長を満足させれば彼女を神秘種として連れて帰る事が出来るという訳か。
……天下統一を目前にして、織田信長は本能寺の焔に消える事になる。
そんな彼女を満足させる方法……。
単純に考えよう。
志半ばで死ぬ覇王を満足させる方法なんて、多分1つしかないのでは――?
信長の野望を叶える事くらいしか――。
「して、味の字、いつぞ?」
「え?」
「なんじゃ、わぬし、考え事ばかりしおって。つまらぬ。いつじゃ、と聞いたのだ」
「いつ……――?」
なんのことですか? そう、味山が聞こうとして――。
「何を言うておるんじゃ。――余の死ぬる日じゃ」
「え?」
「この信長は、いつ、どうやって――誰によって討たれるか?」
とくり……。
信長が、静かに酒を口に含み、喉を通らせる音、それだけが聞こえた。
「のう、味の字」
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