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第89話 派遣と尋問と

「――よく来たな、レナード。それにテレジア」


 謁見の間にやって来たローブを纏った男と金色の髪を持つ少女を眺め、玉座に深く腰掛けた冷たい目の男は薄く笑った。

 ゴファール国王は側近と共に王城の謁見の間にて、一組の男女と顔を合わせていた。いや、一組の、と呼ぶのは正しくはあるまい。レナードはテレジアという娘を知らなかったし、テレジアもレナードと面識はなかったからだ。それぞれが別々に招集され同時に面会する形となった、というだけだ。


「こくおう……久しぶりに見た」


 テレジアと呼ばれた長い金髪の娘は、開口一番そんな言葉を口にする。膝をついて恭しい態度を取っているレナードとは違い、静かに立ったままだが、その両腕は手枷で封じられていた。


「先程からその無礼な態度、目に余る!」


 気色ばむ近衛騎士が剣の柄に手をやると、不思議そうに小首を傾げたテレジアの周辺に光の粒子のようなものがいくつも集まって光球が浮かんだ。高密度の魔力球。近衛騎士が見たことのない魔法であった。

 近衛が斬りかかるのが先か、何かの魔法が解き放たれるのが先か。一触即発という状況にあって、ゴファール王は薄く笑って騎士の動きを手で制する。


「良い。それに対して礼儀作法を解いても意味がない。まずは紹介しよう。その娘はテレジア。魔法技術によってアストラルナイトを駆る騎士としての適性を持つ者を人工的に作り上げた……その成功例だな。少女の形をしているが、言ってしまえば我が国の保有する兵器の類だ」

「そのような計画があったとは初耳です」


 その言葉にレナードは片膝を突いたまま静かに応じ、近衛騎士も剣の柄から手を離し、ゴファール王の傍らに控える。と、光の球も薄れて消える。


「お前は魔巧技師だ。新型への改修や実地試験として各地の魔物狩りや魔族の捜索に勤しんでいたからな。中央で進められていた計画については知るよしもあるまい」

「私がその娘と共に招集されたということは……その娘に最適化された機体を構築せよ、ということで良いのでしょうか?」

「その通りだ。ヴィルム神殿に関する噂は聞き及んでいるだろうが、その原因が西にある。どのような経緯と顛末になるにせよ、強き力は必要だ。征伐か交渉か、或いは防衛戦となるか。対応が可能なように西には余も向かうが……何分、王族が前に出すぎては亡者共を刺激する。かといって神殿に属する機体を派遣して前に出した場合、同じ轍を踏んだ場合には収拾がつかなくなる。原因もはっきりとしていないからな」


 同じ神に連なる者達。そしてそれに関わった神殿関係者に連座して呪いの影響が広がった。であれば、神殿の繋がりを中心に軍を派遣するのはリスクが高い。ゴファール最高位の戦力も神霊が関わっているものではあるが、ヴァルカランをいざという時に押し留める必要があるとなれば多少のリスクを織り込んででも前に出る必要がある、と判断しているわけだ。


 経緯を聞いて、自分が地方にいる間に随分な大事が進行していたようだ、とレナードは瞑目する。テレジアを紹介されたということは……つまり呪いによって他の神殿がまた機能不全とはならないように、タイプ・カテドラルとは別の、強力な戦力を欲した、ということなのだろう。

 王が前に出る場合。それは本当にそれしか手がない最後の切り札という意味だ。いざという時の保険、最後の後詰めという考えでの親征なのだろう。


「その点、その娘ならば神殿の者達のような横の繋がりはない。調査し、交渉するにしても強硬手段に出るにしても、少なくともヴィルジエットと同等以上の強さがなければ話にならん。相応しい機体を仕上げた後、西への派兵に貴様も技術士官として同行することを命ずる」

「王命、承りました」


 レナードは国王の言葉に静かに応じる。王の考えでは、テレジアの能力を十全に発揮できる機体であればヴィルジエットに届くか、それを超える、と考えているらしい。


「些か不安定ではあるが、性質を理解し、使いこなして見せよ。宮廷魔術師達からテレジアについての詳細を伝えさせる」

「はっ」

「テレジア」

「なあに?」


 国王に名を呼ばれたテレジアには――気負いや緊張のようなものは全く見られない。


「その男――レナードに貴様の指揮権を一時的に預ける。レナードの言は王命と同義と心得よ」

「わかった」


 テレジアはこくんと頷く。そして、二人は連れ立って退出していくのであった。




「お前達が召喚した断……勇者の行き先について、知っている限りのことを答えなさい」


 ソフィアはゴファールの王城地下で捕えた捕虜に、ブラッドドミネートを用いての尋問を行っていた。

 魂を移し替えている捕虜達であるが、血を媒介にした支配の術は有効に働くらしい。


「わ……我々も……行先は掴んで、いない……。何度か共闘し……ヴァルカランや竜王の討伐に加わったが……それら失敗に終わった後に……東方の同盟諸国を……渡り歩き、魔族の国に……むかって、以後の消息、を……」


 途切れ途切れながらも、断絶者の行き先はゴファールの中枢にいる者達も掴んでいない、という答えが返って来た。

 断絶者はゴファールと手を組んではいたものの、必ずしも意に沿う形では動いていない。姿形を変えられる人物であるため、帰ってきていたとしても何らかの意図で名乗り出なかった場合、ゴファールからは断絶者であると断定する方法がない、ということであった。


「竜王の山脈にも手出しをしていたんだな」

「……のようね。正直、あの山脈に手出しするのも正気を疑うけれど。アストラルナイトを運用したとしてもどうかと思うわ。アルタイルぐらい自由に飛べるのならともかく」


 俺が漏らすとソフィアはそんな見解を口にする。竜王は勿論、亜竜に至るまで高い飛行能力や頑強な肉体を持っており、空飛ぶ要塞のようなもの、というのがソフィアの見解らしい。


 亜竜とされる種は頑健で牙や爪が強烈なぐらいだが、本物の竜は高い知性を持ち、ブレスや魔法も使いこなすのだとか。


 故に、ヴァルカランでは竜達に対しても縄張りに踏み込むことはせず、折り合いをつけていたらしい。竜達がこちらの領分に踏み込んできて被害をもたらした場合は、それを倒しても竜達は倒したことに称賛をしこそすれ、報復に出るような事はなかったという。


「随分誇り高いんですね、竜達は」

「竜達は自分達が強者という自負があるからのようね。亜竜は獣に近いけれど、それでも竜達の機嫌は損ねないようにしている。私達の呪いがあってからは、山脈から時折こちらに出てきていた亜竜やはぐれ竜もすっかりいなくなったけれど」


 出てきても不毛な戦いになって逃げ帰るか狩られるだけだしな。何らかの理由で山脈を離れるなら別の土地を選ぶか。

 ヴァルカランにとって竜達は互いに不干渉の隣人であり、魔族を敵視しているという面では味方であったらしい。呪いを受けてから、ヴァルカランが追い立てた魔族を竜達が狩ったということもあり、示し合わせたものではないが目的が合致するなら互いに利用することもある、のだとか。


 竜達のことはともかく、断絶者は行方不明、か。ゴファール国内に戻ってきているなら話は早かったんだがな。それこそ行動の自由が利くようになっているのだから、状況が許すなら再度ゴファールに潜入して捕縛なり完全解呪のための情報を得るなりできたとは思うのだが、よりによって行先が魔族の国か。


「あれが魔族の国に渡った程度で死ぬとも思えないのだけれどね……。かつては魔族にだって姿を偽装して内部から攻撃だとかもしていたもの」

「だから魔族の国に単身渡れるわけですか」


 小規模なら山脈を越えることは不可能ではないという話だしな。


「ヴァルカランも山脈も攻略不能となれば、単身で渡って工作しにいくのは有り得る、かもな」


 少なくとも自分が不在であれ、後方の人間達の国々に魔族が組織だった侵攻を行うことができないなら、攻略を諦めて魔族の国に直接工作しに行く選択も、断絶者は取り得るか。


「知らないのなら仕方ないわね。王城地下の儀式場や祭具については? あれらを失った場合、再建はできるのかしら?」

「無理、だ。祭具に、替えは……ない。勇者殿がもたらし、た……ものであるから……我らは……あれと引き換えに……協力するという、約定、を……」

「それを聞いて安心したわ。次に……勇者を召喚した術について知っている限りのことを話しなさい」

「……東方の諸国と……力を合わせ……星辰を合わせ、儀式場を借りて練り上げた……大秘術、だと聞く。詳しい内容までは……しら、ない」

「そう……」


 ソフィアが指を鳴らすと、ガクガクと身体が震え出していた捕虜の意識が落ちる。ブラッドドミネートも今日のところはこれぐらいが限界であるらしい。


「色々気になることはあるが……儀式の継続は不可能って言うのは良い情報だな」

「断絶者が帰還すればどうなるかは分からないけれどね」


 とりあえず、ゴファール国王達がこれ以上入れ替わるのは防げるわけだ。もっとも……秘密を知ってしまったエデルガルトがそれだけで帰れるわけではないだろう。ソフィアの言うように、断絶者が帰ってきた場合にあっさりと祭具を作れてしまう可能性はあるのだし。


「しかしそんな約定があったとは……」


 リッチの宮廷魔術師、ハーヴェイが言う。


 連中は戦況が押し込まれていたヴァルカランにどこかで見切りをつけた。防波堤として利用して足止めし、ゴファールを中心にした同盟国に魔族の対応させるつもりだったのだろう。

 ゴファール王家や同盟各国が主導したのか断絶者から提案したのかは知らないが、断絶者は乗っ取りのための祭具を残して協力者となるよう交渉材料にするあたり、目的のための手段に頓着が無さすぎる。ゴファールの王家もだ。断絶者は何かしらの信念があるのかは知らないが、ゴファール王達は悪辣が過ぎる。


 そして……ソフィアが質問してくれた断絶者の召喚儀式についてだが……こちらはゴファール一国で成立させられるものではなさそうだ。星辰というのは星の位置であるから儀式を行える時期が限られるということだろう。更に特別な場所を用意し、各国の力を合わせての大きな儀式、か。

 ……そうだな。俺達もアルタイルのワープに合わせる形で金属生命体群の母船……方舟が爆発したからこうなった。魔法技術が発達したこの世界においても、世界の壁を破って誰かを行き来させるというのはおいそれとできることでもないのだろう。


「今の話を聞いても、別の世界への扉を開くってのは難しそうだな」

「少なくとも……今の私達には東にある国々の協力を得られる状況ではありませんね」

「……済まないわね。あまり力になれなくて」


 俺とエステルの反応に、ソフィアは申し訳なさそうに言った。


「いいさ。簡単なことじゃないとは分かっていたし、前にも伝えたが、どうしても帰還しなければならないと思ってるわけじゃない」


 キャロルを始めとした部隊の皆や孤児院の皆に生きていることを伝えたいとは思う。戦後の復興を投げ出してしまうのは申し訳ないという気持ちもないわけではないが、エステルが肉体を持って、何に憚られることもなく生きられるのは、多分こっちの世界だけだ。


 第8世代の人工知能であるエステルは、俺達の世界ではそうであると知られることが致命的だ。身体を持つことも、自由に行動することも難しい。

 だから。帰ることとエステルが自由に生きられることを天秤にかけた時、俺はエステルが自由に生きられることを選ぶという、それだけの話だ。


「俺はこっちの世界……というより今の生活や環境を気に入っている。ソフィアが気にする必要は全くないさ」

「そう……。それでも召喚儀式のことは今後も調べておくわ」

「ああ。ありがとう」

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