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第114話 ソフィアからの書状

『アイザック=ランフランツ、西での作戦の結果と調査の報告に参上しました』


 アイザックは重苦しい表情のまま片膝をついて言う。緊張している様子なのは居並ぶ面々が居並ぶ面々だからだろう。勿論、こちらと通じているという背景もあるが。


『敗戦については早馬で知らされたが……詳しく聞かせてもらおう。顔を上げて話せ』


 ゴファール王が報告を促すとアイザックは畏まりながら言った。


『作戦通り……私達は調査を始めました。亡霊騎士達が巡回する森に入るのを後回しにし、まずは周辺の警戒をと。しかし私達はまだヴァルカランにまで立ち入ってはいない段階で、程無くして待ち構えていた者と草原で接触。テレジアも交戦状態となりました。その結果……お預かりした……テレジア嬢を失い、ルクスワールも撃破されてしまいました。面目次第もございません』


 アイザックがそう報告をすると、ルクスワールの残骸に危険がないことの確認を終えたのか、騎士が溶断された部品を持ってくる。


『それはなんだ?』

『私が持ち帰ることのできた……ルクスワールの残骸です』

『失敬』


 赤毛の男がルクスワールの残骸を手に取り、その状態を検分する。


『確かに……これはルクスワールのものだな。……ここまで破壊される、か? ……溶断の方向には指向性がある。例えば炎や溶岩の剣のような……凄まじい熱量で切り裂いた……? 精霊魔法か? それとも……』

『どう見る、レナード?』


 問われたレナードは検分していた残骸から顔を上げると言った。


『何があったのかはよく分かりませんが、脅威ですね。破断面をご覧になってください。こちらの方向からこちらへと――恐らく装甲や内部構造ごと高熱の奔流で溶かし、斬り裂いたのでしょう。これを成したのが何者かは分かりませんが、ルクスワール――光と闇の精霊が展開する魔法障壁でも耐えられなかったというのは、相当なものです』

『なるほどな』


 ゴファール王はレナードの返答に頷くと改めてアイザックに視線を移して尋ねた。


『何を見た?』

『ルクスワールと交戦したのは、黒いアストラルナイト……いえ、アストラルナイトかどうかは定かではないのですが、とにかくアストラルナイトに似た黒い騎兵です。それが光の刃を以ってルクスワールとテレジアを……』

『貴様……貴様にもアストラルナイトが預けられたと聞いていたが、見ていただけなのか?』


 冷たい雰囲気の壮年の男が非難がましい目をアイザックに向ける。


「……あの方が侯爵です」


 と、エデルガルトが教えてくれた。ルヴァイン侯爵。この男か。


『よい。レナードが渡したのは新型への改修もすんでいない逃亡用の間に合わせだと聞いている。訓練も受けていないような魔術師では、加勢も逃亡もままならなかったというのは確かであろうよ』


 ルヴァイン侯爵をなだめるようにゴファール王が言えば、アイザックは片膝をついたままで頭を垂れる。


『本当に……力至らず……申し訳なく存じます。私自身は、アストラルナイトを駆る騎士に同行していた、ヴァルカランのハーヴェイとメアリという者達に身柄を抑えられたような形だったので……』

『ハーヴェイ……!? 馬鹿な……! それはヴァルカランの賢者……歴史書に名を残す宮廷魔術師長の名ではないか!? そのような大物と対峙して、何故貴様が生きている!』


 側近がハーヴェイの名に腰を浮かせて声を荒げるが、アイザックは俯いたまま首を横に振った。


『私自身は……見逃された形でございます。以後、ゴファールとの使者代わりにする、と言っていました。これは……ヴァルカランの呪いに変化が起こったが故なのでしょう』


 ヴァルカランの呪いの変化。それは居並ぶ者達に少なからずの衝撃を与えたようだ。表情を強張らせる者。腰を浮かして立ち上がりかける者。目を見開く者と反応はそれぞれだ。


『変化……だと?』

『はい。私にとっても理解を超えている出来事なのですが……陛下へ渡すようにと書状を預かってきております』


 アイザックが書状を取り出す。宮廷魔術師がそれを取り上げ、危険がないか検分してからゴファール王へと渡した。


『ヴァルカラン王家の紋章による封蝋……。署名はソフィア……ソフィア=ヴァルカラン、か』


 ゴファール王は眉根を寄せる。


「どんな反応をするのか見物ではあるわね」


 ソフィアはゴファール王を冷たい目で見ながら言った。

 書状の内容は――俺も聞かせてもらっている。


『――我らが因縁。汝らが所業。努々忘れることなかれ。どのように話を語り継いだところで真実は変わらず、憎悪に焼かれながら幾星霜の年月が流れようとも、我らを蝕む呪いがどのように変化をしようとも、我らがそれを忘れたことは一日足りとてない』


 そんな書き出しから始まる手紙だ。真実というのが何かとは書状の中では語られていないが、ゴファール王にはその意味するところも伝わるだろう。何せ、ゴファール王の中身は当時から変わっていないのだから。手紙は更に続くが、ゴファール王は一々それを読み上げるようなことはしない。真実を知る相手からの手紙だ。何が書かれているかしれたものではない。


 だが、文面はこうだ。


『――対魔同盟の盟主。ゴファール国王におかれましてはご機嫌麗しく。


先王の志を引き継ぎ、ヴァルカラン女王として戴冠したことを遅ればせながら伝えておきましょう。随分と挨拶が遅れた上に、隣国の王への通達を書状で済ませてしまう無作法についてはご寛恕願いたい。何分国元を離れられない、よんどころなき事情があったもので、このような形でもなければ書状を渡すことすら叶わなかったとご理解頂きたい。


 さて……。あのような精霊混じりの子供を尖兵とし、私達の膝元を調べに来たということは、ヴィルム神とその走狗共の末路や、森に起こった変化が気になったからということなのでしょう。


 けれど、火遊びを止めるように強く忠告するわ。ヴァルカラン国境周辺への手出しを止め、大人しくしていた方が賢明でしょう。森人(エルフ)や獣人、地人(ドワーフ)の住まう森も、本来は帰属の曖昧な土地。そのような場所でゴファールの騎士達に我が物顔でうろつかれては心穏やかではいられないのだから。


 といっても、あなた方も国境付近あれほどの兵を動員し、人員を派遣しておきながらただ失っただけでは面目も立たないでしょう。だから、我らに起こった変化とその経緯については多少話をしてもいい。


 まず、我らの呪いは少しだけ解けている。だからこそ交渉をしたいというのであれば、これまでの経緯から来る怒りに駆られるだけでなく、ある程度……そう、ある程度ならばあなた方に寛容の心を以って接することもできるでしょう。


 ここにきてそのような変化が起こった理由。それは、異界から渡って来た御仁……そう、あの人類の守護者を自称する愚物ではなく、義に厚き本当の勇者の助力があってのもの。その御仁の協力を我らは頂き、永きに渡る停滞は終わった。


 だから……未だ要らぬ野心を抱き、戦いを続けようというのなら相応の覚悟を以って臨むことね。我らには彼の勇者殿の顔を立て、話し合いをする用意もある。けれど、無駄な血を流したいというのであれば、詮方なき事。その時こそ千年にも及ぶ因業、幾百万にも及ぶ血の代償の重さをその身に刻んであげましょう。賢明な選択を願っているわ』


 まあ、要するに戦いに来るなら覚悟をしろ、というわけだ。その文面を目にしたゴファール王は……忌々しそうな表情を見せる。


『戦いに来るのなら覚悟しろときたか……。小娘如きが、大きく出たものだな……』


 そんな呟きを漏らす。


『書状には何と……?』

『くく、聞いて驚け。何とヴァルカランの女王からだ。便箋などの形式はご丁寧に黴が生えたような古い時代の親書であったぞ』


 ゴファール王が言うと側近達の間にどよめきが起こる。


『何と……女王……』

『ソフィア=ヴァルカラン……』

『かの悪名高き、黒衣の吸血姫ですな……』

『鮮血の王女。喪に服する真祖。呼び名は色々ありますが、恐るべき力を持つ吸血鬼と聞いておりますぞ』


 そんな二つ名がつけられているのか。ソフィアはゴファールでの通り名など知った事ではないとばかりに素知らぬ顔でそっぽを向いているが。


『新たに現れた異界の勇者とやらの助力を得たとある。呪いに対策を施したのもそれだろう。昨今のヴァルカランの異変の正体なのであろうな』

『では……正体不明のアストラルナイトも』

『その勇者が用意したものという可能性は高い。ヴァルカランに程近い国境付近にまで他国の勢力が浸透してきただとか、辺境に押し込めた亜人どもが独自に組み上げた、というよりは納得もできよう』


 ゴファール王が言うと、側近の一人がアイザックに視線を向ける。


『アイザックと言ったな。貴様はアストラルナイトの操者を見てはおらぬのか?』

『見ました。年若い青年といった雰囲気ではありましたが、見た目は間違いなく、生きている人間だったかと』


 アイザックは答える。こうやってアイザックから俺の情報を断片的に渡すのは既定路線ではある。


『その男はそもそも最初にヴァルカランの亡者共から襲われなかったのか……? 最初の接触は呪いに変化を起こす前であっただろうに』


 誰かが疑問を口にすると、ゴファール王は目を閉じて口元に笑みを浮かべた。


『……ヴァルカランの呪いは『この世界』の生者に憎悪を向けられずにはいられないというもの。かつて対魔同盟が擁立した勇者に関しても、ヴァルカランの亡者共からの憎悪は向けられなかったと聞く。だから亡者共と接触した後、異界の技術かその勇者の異能か……そういったもので呪いに対策をしたというのなら、辻褄は合おう』

『な、なるほど……。ここに来てヴァルカランの亡者の変化と、異界から現れた新たな勇者、ですか……』


 側近達は暗い表情になるが。


『話し合いに応じる余地はある、とは言っている』

『ヴァルカランの亡者と話し合い……ですか』

『いやしかし、憎悪は抑えられているのでしょう?』

『あの者達は呪いとは関係のないところで我らを恨んでおります。魔族に対する捨て石、盾にされたと逆恨みをしているのですよ。故に……交渉をしたところでどれほど亡者等を信じて良いものか』


 ……ヴァルカランに対しては国王の側近とそうでないものとで、保有している情報に差が大きいな。真実を伏せてヴァルカランの脅威だけを喧伝してきたから、ゴファール国内ではヴァルカランの正確な性質やその動機となる部分、その核心が共有されていないのだろう。

 乗っ取りを繰り返してきた側近は、逆にヴァルカランに対して割と正確なところを察している部分はあるようだが。


 しかしまあ……真実を知っているくせに逆恨み呼ばわりとは、随分と面の皮が厚いことだ。

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