【清掃日誌64】 嘘
工業区の名物レストラン、「ジャンクマン」。
オーナーの強力な拡大志向により、我が国最大の席数を誇るまでに至った。
いや、或いは世界最大かも知れない
本館900席・西館700席・別館400席
オープンテラス1100席。
ハンモック90席。
VIP席100席。
加えて、プレミアムVIP個室35室。
失業者に食事や併設ドミトリーの利用券を与える事で、安価な労働力を大量に確保する事に成功している。
日/800名の従業員を用いて店を回しており、有能な者はガンガン昇給させて囲い込んでいくシステム。
おかげで異常に手際が良く、超巨大大衆店にしては清潔かつ美味である。
強みはそれだけではない。
ジャンクマンは大衆店でありながら、富裕層から支持されているのだ。
やはり音楽イベントが毎日行われているという点が大きいのだろう。
このプレミアムVIP個室などは、そこらのシティホテルよりも小奇麗な作りであり、信じ難いことに総合債権市場で遊び飽きた富豪が滞在するケースすらあるそうだ。
この少女も、きっと商売が順調なのだろう。
随分ソファーに横たわる姿が絵になるようになっていた。
『一言御礼が言いたくてね。』
「御礼?」
『君だろ?
俺が戦争に行っている間、ずっと助けてくれていたのは。』
「うふふふ。
身に覚えがないなあ。
どうしてそう思ったの?」
『ニックが頑なに協力者の話題に触れなかったからな。』
首長国入り以来。
ニック・ストラウドにメッセンジャーを頼む場面は多かった。
彼は伝令業務をこなしつつ、ソドムタウン中の情報を集めてくれていたのだが。
その仕事量は明らかに単独でこなせる量では無かった。
いつもであれば、些細な協力者であっても積極的に紹介・称賛(時には推挙)してくるニックなのだが、今回は一切それが無かった。
普通、あれほど義侠心の強い男が他者の功に言及しないことなどあり得ないのだ。
「それで口止めされてると思って…
ボクの存在に勘づいてくれたの?」
『俺とニックの共通の知り合いで…
あそこまで色々ケア出来る人って
もうノーラしかいないだろ。』
「ふふっ♪」
『俺、君には酷い態度ばかりして…
ずっと申し訳なく思ってた。
何か埋め合わせしなくちゃならなかったんだけど…
ゴメン。
俺、君に何もしてやれなくて。』
「…そっか♪」
ノーラは満足そうに1人でしばらく笑った後、ソファーに俺を招いた。
しばらく無言で居たが、不意にキスをされた。
『ッ!?』
「ご褒美♪」
『え!? あ!? いやっ!?
いやっ! お、俺っ!
そ、そんなに褒められる程の事をしていないし!』
「くすくす。
違う違う。
ここまで来た自分自身を褒めていた所さ。」
『…あ、あ、うん。
ノーラの功績は大きいと思う!
さっきジャンクマンのオーナーと話したんだけど、ここの求人も手掛けているんだろ。
まだ店番屋は続けているの?』
「流石に《店番屋》の名称は使えないよ。
完全にヤクザのシノギになっちゃったからね。
親分さん達とも話し合って、発案者である事を口外しない契約も正式に交わしたしね。」
『…その割に羽振りがいいな。』
「今はねぇ。
冒険屋を開業した。」
『え!?
ちょ!?
それやばくない!?』
「あははは。
別に冒険者ギルドとは競合してないよ。」
『あ、ああ。
それならいいんだけど。』
「依頼があったら、薬草を取ってきたり、ちょっとした害獣・害鳥を退治したりね。」
『いや!
それ冒険者ギルドじゃない!!
完全に業務内容被ってるでしょ!!!』
「あははは。
男の人は怖いなあ。
安心して♪
ちゃんと話は通ってるから。」
『ほ、本当に!?
あそこ滅茶苦茶排他的な組織だよ!?
民事訴訟とかも積極的にして来るし。』
「メンバーは全員女の子なの。
お仕事は長城の内側限定。」
『…いや、それでもギルドと被ってるよ。
アイツら、長城の内側でも結構活動しているし。』
「うん。
申請書を出した時は、勿論冒険者ギルドから異議申し立てされちゃったよ。
仕事取られると思ったんだろうね。
だからね。
最初に冒険者ギルドの支部長さんに言ったんだよ。
《こっちは女の子ばっかりだから
たまに飲み会とか開いて、そこで色々教えて貰えると嬉しいですぅ》
って。
だから、今はすごく上手く行ってる。
ギルドの買い取り所も手数料ゼロで使わせて貰えてるし。
余った備品とか女子にこっそり回してくれるしね。」
『…君、結構エグいよな。』
「でもギルドからは感謝されてるんだよ?
カップルとかいっぱい成立したし、その流れで結婚した子もいるしね。
先週とうとう、結婚10組目突破しました。」
『おお、マジかぁ。』
そりゃあ感謝されるだろ。
冒険者なんてぶっちゃけ底辺日雇い仕事だからな。
社会的信用ゼロだし、結婚とか相当苦労するって聞いている。
…冒険者お断りの合コンも多いしな。
この短期間で10組かぁ。
凄いなこの子。
そりゃあ俺が冒険者でも、喜んで縄張りを差し出すよ。
「ボクは中抜きしてるだけなんだけどね。」
自嘲気味にノーラが笑う。
『でも、大した額は抜いてないんだろ?』
「1件100ウェン。」
『え? 安?』
「それでも…
少ない日でも30件は仲介するからね。
喰いっぱぐれはないよ。
この部屋もタダで使わせて貰ってるし。」
『ここ、もうノーラにあげた部屋だから遠慮しなくていいのに。』
「うふふ♪
そうだね♪
ここはポールと私の部屋♪」
『…え?』
「うふふふー♪
深い意味はないよ。
気が向いた時だけ遊びに来ていいって話。
義務じゃない、義務じゃない。」
『え。』
「くすくす。
頑張ってる男の人には、1つ位秘密基地があってもいいんじゃないかな。
ほら、ポールは折角頑張ってるんだからさ。
別にボクもずっとここに居る訳じゃないし。
たまには1人きりになりたいでしょ?
あ、鍵一応渡しておくね。
邪魔なら処分しておいて。」
そ、そうか。
確かに…
ま、まあ仕事の関連で1人で書き物とかしなくちゃいけない場面もあるしな。
か、鍵くらい受け取ってもいいのかな。
「それに、このプレミアムVIP個室って元々ポールが貰ったものじゃない。
邪魔なら言ってね。
すぐに出て行くから。」
『じゃ、邪魔なんてことないよ!
君の当然の権利さ!
心置きなく使って欲しい。』
「うふふ。
ありがと。
じゃあポールのおうちをちゃんと守っておくね。」
え?
あれ?
そんな話だったかな?
「あ、もうこんな時間。」
『え。
本当だ。
ゴメン、じゃあ俺そろそろ。』
「ああ、この時間帯はやめた方がいいかも。」
『ん?
そうなの?』
「最近、鉱山関係のデモが増えてるからね。
夜は喧嘩とか増えてるんだ。」
『そ、そうなんだ。』
「…実はさあ。
ちょっとタイミング逃してて朝から何も食べてないんだ。
丁度ルームサービスを頼もうと思ってた時にポールが来たから。」
『あ、ゴメン。』
「ねえ、何か頼んでいい?
ボク、少食だし
1人じゃ食べきれないから、手伝ってよ。」
『あ、うん。
おカネ俺が出すよ。
何でも好きなものを頼んでよ。』
「ええ、悪いよ。」
『いやいや!
俺の方が年上だし。
そもそも今日は君にお礼を言いに来たんだ。
お安い御用さ。』
「あはは、それじゃあお言葉に甘えようかな。
あ、そうだ。
ボクがスペシャルメニュー考えた話って、した?」
『いや、その話は初めてだな。』
「お酒なんだけどね。」
『え!? 酒?
いや、俺最近かなり弱くなっててさ。』
「ああ、大丈夫大丈夫。
一杯だけ一杯だけ。
生クリームとチョコレートにちょっとだけお酒を混ぜてるだけだから。
駄菓子みたいなものだよ。
ポールが甘党って聞いてたからさ。
アイデア出してみました♪」
『だ、駄菓子?
まあ、それくらいなら。』
「それとね?
ポールへの報告も兼ねてるんだけど。
外来種を使ったおつまみも作ったんだ。」
『え!?
そうなの!?』
「あ、伝声管使うね♪
すみませーーん。
アレキサンダー、ピッチャーで下さい。
ボクはグレープフルーツサワー
ピリ辛ワカメ。
ほらぁ♪
外来種問題、ほとんどポール1人で頑張ってる訳じゃない?」
『あ、いや。
別に俺1人って訳じゃ。
帝国側も協力的だし。
地方州のロバート・グレン議長も助けてくれている。』
「でも、肝心のソドムタウンでは動き鈍いよね?」
『…あ、いや。』
「ポール可哀想。」
『そ、そんなことないよ。
…別に外来種だけが社会問題じゃないし。
俺が勝手にやってるだけだし。』
「議員さん達がお給料貰いながらやってる仕事をポールは自腹でやってるんでしょう?
…みんな、酷いね?
ポールは頑張ってるのにね?
せめて言い分くらい聞いてあげたらいいのに。
どうして誰も認めてくれないんだろうね?
こんなに凄い人なのに。」
『あ、いや、俺は別に
…き、気にしてないし。』
「ふふふ。
あ、そのまま入室して下さーい。
ありがと。
テーブルに並べて。
いつもごめんねー。
ほら、ポール♪
料理来たよ。
暗い話になっちゃってゴメンねー。
食べて食べて♪」
『あ、うん。
ワカメ?』
「そうだよー。
少しでもポールの役に立ちたくて。
レシピを考えたの。
さあ、どうぞ。」
『あ、うん。』
味覚の死んでいる俺だが…
まあ、これだけ辛味があれば食えるか。
『…これなら食べられるかも。』
「わぁ♪
良かった♪
あ、辛いの苦手だったらゴメンね?
口直しにアレキサンダー飲も?
幾らでもおかわりあるからね。」
『そ、そうだな。
どちらかと言うと辛い食べ物は…
本来苦手ではある。
あ、コレかなり甘いね?』
「飲んで飲んで。
遠慮しなくていいからね。」
『あ、じゃあ。
もう一杯だけ貰おうかな。』
疲れが溜まっていたのだろうか?
その日は珍しく寝落ちしてしまった。
まあいいか。
クレアの社宅よりこっちの方が居心地がいいしな。
一泊くらいなら迷惑にもならんだろう。
==========================
翌日。
二日酔いで頭が痛い。
痛覚が鈍った現状で、ここまで痛みがあるという事は…
結構キツメだな。
起き上がれないのは学生時代以来かも知れない。
「ゴメンねー。
ボク、止めたんだけど。
思ったよりポールのペースが早くて。」
『え?
そ、そうだったんだ。
俺、普段は3杯以内に収めてるんだけど。
あ、いや、ゴメン。
なんか迷惑掛けちゃって。』
「えー、迷惑なんかじゃないよ♪」
『じゃあ、俺。
酔いが醒めたら帰るわ。
酔い覚ましに商業区まで歩いていく。』
「あ、さっきウェイターに聞いたんだけどね?
外は大雨。
かなりの土砂降り。」
『え?
そうなんだ。
参ったな。』
「何か用事あるの?
馬車呼ぼうか?」
『あ、いや。
別に用事とかはないし。』
「じゃあ、ゆっくりして行きなよ。
ほら、大通りの歩道って今工事中じゃない?
雨の日は凄くぬかるむんだよ。
結構、転んで怪我してる人多いしさ。
ポールが怪我したらみんな心配するよ。」
『あ、ああ。
そうだな。
皆に迷惑をかける訳にはいかないか。』
「大丈夫大丈夫。
後でシャワー浴びさせてあげるから♪」
『え?
いや、1人で…』
「酔っぱらってシャワールームで転んじゃう人は多いよ?
顔に怪我とかしちゃったら、御家族も心配するでしょう?」
『あ、そうだな。
うん。
これ以上母さんに迷惑を掛ける訳にはいかないな。』
==========================
結局。
何故か、3日ほどの滞在になってしまった。
「ゴメンねー。
ついつい引き止めちゃって。」
『あ、いや。
俺こそ、女性の部屋に居座ってしまって…』
「うふふ。
もうそんなに他人行儀な仲でもないでしょ?」
『あ、いや、ゴメン///
本当にゴメン///』
「えー、謝らなくてもいいよ♪
ボクとポールの仲じゃない♪」
『あ、うん。』
「安心して♪
ポールの邪魔はしないから。」
『え?』
「ほら、ポールはこれからどんどん出世する人じゃない。
ちゃんとした結婚もしなくちゃだし。」
『あ、いや。』
「ボクみたいな卑しい孤児。
それもヤクザと付き合いのある女が側に居たらポールに迷惑が掛かっちゃう。」
『い、いや!
そんなの関係ないよ!』
「いいの♪
ポールを束縛したくないから♪
貴方はボクなんか捨てて自由に生きて♪」
『す、捨てるなんてそんな酷いこと出来ないよ!!
君は俺が守る!』
「わぁ、嬉しい♪」
何かノリでジャンクマンに居座る事になってしまった。
いや、生活環境は悪くないんだ。
ここ下手なシティホテルなんかより設備しっかりしてるし…
巨大レストランだから、料理のバリエーション凄いし、ルームサービスも最優先で届けてくれるからな。
…それに、ノーラは俺を自由にさせてくれるのが助かるよな。
「いいんだよ、ポール。
ボクはポールの味方だから。
ここは単なる拠点。
荷物置き場程度に考えてくれていいよ。
あ、ポールモテるんだから
色々な女の人と遊んでみたらいいんじゃないかな?」
『い、いや。
別に俺モテないし。
最近、問題ばっかり起こしてるし
そんな、色々遊ぶとか論外だろ。』
「あ、ゴメンね♪
ボク、ポールの立場とか考えてあげられなくてゴメンね♪」
『あ、いや。
ノーラは悪くないよ。』
「じゃあ、ここでボクと住んでる事は内緒にした方がいいね♪」
『え?』
「だってここは工業区の中でも歓楽街に近いし
変な誤解をする人出て来るかも。」
『そ、そうかな?』
「そうだよ。
ポールのご家族やお友達に迷惑掛かっちゃうよ。」
『あ、うん。
それは良くないかも。』
「安心して。
ボクは黙ってるから。
ちゃんと秘密を守るから♪」
『え、あ、うん。』
「2人だけの秘密だね♪」
『あ、うん。
内緒にするよ。』
「今週はお仕事してたことにした方がいいよ。」
『え、いや。
嘘は良くないよ。
俺、ここでゴロゴロしてただけだし。』
「でも、皆が心配しちゃう。
それに、これも一種の情報収集じゃない?」
『あ、うん。
まあ、情報収集とも言えなくも無いか。
ああ、うん。
皆に心配掛けるのは良くないよな。
…じゃあ、俺。
そろそろ帰るよ。
長居してゴメン。』
「うふふふ♪
ボクもね?
嘘は良くないと思うの♪
でも、少しでも周りが傷付かないように配慮するべきじゃない?
くすくす♪
いってらっしゃーい♪」
==========================
…ちょっと挨拶だけするつもりだったのにな。
まさか、こんなに長居するなんて思ってなかった。
結局、部屋でずっと酒を飲んでたな。
まあ、休暇か何かと思えばいいか。
『雨、大変でしたね。』
「?」
ウェイターは不思議そうな顔で見返して来る。
まあ、今日は雨も上がってるしな。
昨日まで続いた雨の話をされても戸惑うだけだろう。
幸い、工事中の大通りの歩道は、もうぬかるんでなかった。
長居しているうちに乾いてくれたようだ。
いやあ、助かる。
「ポールソン専務。」
突如、後ろから話掛けられて振り向く。
『ああ、ハロルド君か。
こんな所でどうしたの?』
「どうしたの、ではありません!
貴方と連絡がつかなくなったから!
皆で探していたのです。
最後に工業区で目撃された情報があったので
重点的に探し回っておりました!」
この少年も苦労してるよなー。
ドナルド・エルデフリダという、この世界の2大狂人が両親な訳だからな。
この子の立場に生まれてたら自殺と発狂の二択しかないわ。
うん。
真人間の俺くらいは彼の味方になってやらねばな。
『あー、いや。
ちょっと仕事が立て込んでいてね。
色々と情報を収集していたのだよ。』
「?
工業区でですか?」
「じゃあ、ここで私と住んでる事は内緒にした方がいいね♪」
『あ、いや。
ちょっと広域的に動いてたから。
皆とは、入れ違いになっちゃってたのかも。』
「…やはり、鉱山問題でしょうか?」
「でも、皆が心配しちゃう。
それに、これも一種の情報収集じゃない?」
『あ、うん。
我が国全体の問題だしね。
手の空いてる俺が、ある程度気を利かすべきかな、と。』
「御志は素晴らしいです。
ですが、1週間も連絡が無ければ不安にもなりますよ!
せめて父には連絡を取って下さい!」
「そうだよ。
ポールのご家族やお友達に迷惑掛かっちゃうよ。」
『いや、うん、ゴメン。
か、改選前で君のお父さんも大変だからさ。
む、無意識のうちに連絡を自粛してたのかも知れない。
逆に迷惑掛けちゃったね、ゴメン。』
「…わかりました。
以後気を付けて頂ければ幸いです。
年長者たるポールソン専務に出過ぎた発言をしてしまった事
深くお詫び申し上げます。」
『いやいやいやいや!!
ハロルド君が謝ることないよ!!』
「…ですが、ある意味良かったかも知れません。
鉱山問題には父も頭を悩ませております。
まさかあんなに大規模なデモが再発するなんて。」
え?
そこまで酷かったのか?
『そ、そうだね。
規模が大きかったね。
いやあ、驚いたよ。』
「専務が情報を集めて下さった事
父も含めて皆様がお喜びになることでしょう。
では、早速本社の方に御同行願えますか?」
『え!?
い、今から!?』
「ええ、事態は一刻を争います!
次の乗合馬車で中央区に戻りましょう。」
『あ、うん。
あ、俺。
ちょっと忘れ物しちゃった。
取りに行っていい?』
「…。」
ハロルド君が物凄く怖い目で俺を観察している。
うわあ、若い頃のお父さんに似て来たなあ。
思い出した。
少年時代のドナルド・キーンって、こういう冷徹で容赦無いイメージだったよなあ。
父親がようやく丸くなってくれたと思ったら、息子が尖って来るんだから、やってられないよなあ。
『…さ、財布預かっててよ。
あ、俺が戻るまで、そこのカフェでメシでも食べておいて。』
「…。」
『あ、あの
ハロルド君?』
「忘れ物は工業区内ですか?」
『あ、はい。
工業区です。』
「…では1時間以内に戻って来れますね。」
『え? あ。』
「戻って来れますね?」
『…はい。』
「専務はきっちりとした方ですから
いつもいい勉強になります。」
『…あ、はい。』
「では一時間後にここで。
丁度乗合馬車の出発時刻ですから、そのままキーン不動産まで向かいましょう。」
『…はい。』
こ、怖い。
まあ、これくらい気合入ってないと、あの両親と生活するなんて不可能だよな。
==========================
「おかえりー♪」
『ハアハアハア!!!』
「なぁに?
ボクが恋しくなった?
それとも忘れ物?」
『ハアハアハア!!
ゼ―――― ゼ――――
だ、大至急鉱山デモの詳細を教えて欲しい!!』
「くすくす。
追い詰められてる時のポールって
セクシーで素敵だよ♪」
『お、俺!
ちょっと、この問題で意見を述べなくてはならなくなって!!
こ、困ってるんだ!!』
「うふふ♪
正義の味方も大変ねえ♪
でも安心して。
ポールの味方はここにちゃんと居るから♪」
『え? え? え?』
「丁度ね?
創業からずっと冒険屋に登録してくれてる子が居るのよ?
ボクの大切なお友達♪
何と、お兄さんが鉱山デモの青年代表。
亡くなったお父様は鉱夫。
この問題にかなり当事者意識持ってる。」
『!?』
「安心して。
急いでるんだよね?
大丈夫。
ボク、その子には何個か貸しがあるから。
お急ぎ対応してあげる♪」
『あ、あ、あ、何と言っていいか。』
「いいのいいの。
ポールとボクの仲じゃない。
貸しとか借りとか気にしなくていいから。
それは、これはソドムタウン全体の問題でしょ?
じゃあ、協力するのは当然だよ。
そもそもさぁ。
ポール1人が奔走させられるっておかしいよね?
他の人はどうだか知らないけど、ボクはそう思うなー。
安心して、ボクはポールの味方だから♪」
『あ、ありがとう。』
3分も経たずにノックが鳴らされ、少女が入室する。
「リーダー、お待たせしました。」
『あらあ、もう来てくれたの?
ゴメンねー。
いつもゴメンねー。』
少女は後ろに手を組んだまま直立不動の姿勢で微動だにしない。
ノーラは悠然と立ち上がると、少女にしばらく耳打ちした。
「ポール、話は付いたよ♪
そこに居るエステル。
キーン不動産で証言をさせるから。
安心して。
その子、ボク達の世代の中じゃ一番賢くて空気も読める子だから。」
「エステル・エルノーです。
お時間が無いようですので、話は歩きながら。」
『お、お願いします!』
ノーラが太鼓判を押すだけあって、エステル嬢は最小限の打ち合わせだったにも関わらず、瞬時に情勢を理解し口裏を合わせてしまった。
ハロルド君は最後まで俺を不審の目で見ていたが、エステル嬢が鉱山デモの内情をかなり克明に伝えた事により、表向きは俺を追求しない事に決めてくれたようだ。
==========================
「ポール。
今回のデモは明らかにレイノルズ発言が発端なのだが…
オマエはどう思う?」
『あ、いや。』
困った。
俺とキーンの会話に登場し得るレイノルズは3人居る。
政治局のジョナサン・レイノルズ統計課長。
(株)サウス・キャピタルのテッド・レイノルズ会長
評議会屈指のタカ派として知られるマーク・レイノルズ評議員。
…どのレイノルズだろう。
『いや。
俺もまだ事態が整理出来ていなくてな。』
「正式なコメントを求めている訳ではないよ。
第一報に対するオマエの忌憚の無い感想が気になってな。」
『そ、そうだな。』
…いや、どのレイノルズだよ。
「失礼致します!」
突然、エステル嬢が声を挙げる。
「?」
「自分はエルネスト・エルノーの身内です。
兄についての証言は幾らでも協力致しますが、自分が皆様のお話に同席してしまうのは差支えがあるのではないでしょうか!」
「ああ、お嬢さん。
申し訳ありません、ついつい話に夢中になってしまいましてな。
そうですね。
貴女にこれ以上の負担を掛ける訳には行きません。
まずは御足労に対しての謝礼をお支払いしなければなりませんな。
…ハロルド。」
「はい、父上。」
ハロルド君が謝礼用の革袋をエステル嬢に渡し、軽食とスイーツを並べた隣室に案内する。
その最中も横目で俺を観察し続けているので、冷や汗が泊まらない。
「父上。
ポールソン専務は1週間もこの問題の調査に専従されたそうです。」
「おお、そうだったな。
オマエにはついつい甘えてしまう。
良くない事は自覚しているんだが、忌憚なく意見交換を出来る者が他に居なくてな。
それにしても。
まさかたったの1週間で、こんなキーパーソンを連れて来てくれるとは思わなかった。
…そうだな。
ハロルドの言う通り、本来ならオマエにこそ報いなければならない場面だ。
なあ。
せめて経費くらいは受け取ってくれないか?」
『あ、いや。
別に経費という程のカネは使ってないし。
アンタにはいつも世話になってるし…
別に、そんな…』
「父上。
奥ゆかしい方ですので伏せておられますが。
ポールソン専務は体調不良にも関わらず国中の酒場を回って情報収集をされておられました。」
ハロルド君の眼光は鋭い。
勿論、俺の誤魔化しなどは最初から見抜いているのだ。
『…あ、いえ。』
「そうか。
オマエ、まだ本調子じゃないのだから
身体を張るのはやめろよ。
これ、少ないけど取っておいて。」
『い、いや。
流石にこの額はヤバいだろ!?』
「しかし、今やオマエは騎士階級だしな。
身分だけなら私より高位だ。
そのオマエの休業補償も含まれているのだから…
最低でもこれ位は受け取って貰わなくては困るよ。
他の者とのバランスが取れない。」
『あ、いえ、はい。』
いや、明らかに労働者年俸越えてるだろ。
いつも思うのだけれど、アンタの財布って幾ら入ってるんだよ?
「オマエも知ってる通り、農地法の改正審議が大詰めになっていてな。
ウッズ会長の説得に手間取っているのだよ。
後、ログネンコ局次長。
ほぼ毎週呼び出されるんだ。
気持ちは分かるんだがな…
こう頻繁に呼びつけられると…
いや、言うまい。
私がやらねばならんことだ。」
コイツ、相変わらず勝手に背負い込んで勝手に忙しいアピールしてるよな。
いや、俺も人の事は言えんが。
「そういう訳で、決議までは農地法に集中させてくれ。
…言いにくい事なのだが。
鉱山問題な。
アレ、しばらくオマエに預けていいか?」
『あ、はい。
じゃあ、頑張るよ。』
「先程、ハロルドに指摘されて痛感したのだがな。
私も今までオマエには《なあなあ》で接し過ぎた。
なまじ付き合いが長いからな。
…オマエに報酬を払うのは後ろめたいんだよ。
私が幼馴染を贔屓しているみたいじゃない?
裏で誹謗中傷する者もいるらしいしな。
だが、流石にもうタダ働きはさせられん。
これ、前金だ。」
『いや!!
さっき貰ったじゃないか!!』
「?
いや、それは今までの休業補償+経費。
足りなければ言ってくれ。
こっちはこれからの分だ。」
『アンタ、君主でもあるまいに
そんな… 自腹ばっかり切らなくても…』
「共和政体では市民1人1人が奴隷の義務と君主の責任を持つべきだ。
私は自説を実践しているだけに過ぎない。」
『いや、でも。
理想論だろ、それ。』
「たったの1人でも同志が居るのなら
少なくとも夢想ではない。」
『え?
同志って、俺?』
「オマエの自意識は知らんが
私はオマエの同志でありたいと、日々己を戒めている。」
『…。』
「スマンが、今夜はウッズ会長の勉強会に出席しなくてはならない。
時間も押しているから、当面は書簡で連絡を取り合おう。
居場所、最近はどこ?」
『あ、いや。』
「ん?」
『か、(株)クレボウの重役用社員寮。
商業区の高級アパートを一棟借り切ってくれている。』
なんか俺。
嘘ばっかり吐いてるな。
何でだろう…
「ああ、クレア嬢か。
あれはイカンなあ。
…頭取も心底悩まれておられる。
まあいい。
ちゃんと書簡を受け取れる態勢を整えてくれよ。
ここからは時間との戦いだからな。」
先に退室していたエステル嬢と馬車で工業区に戻る。
殆ど口を利いてくれない。
『あ、あの。
け、経費貰ったんだけど。
俺、何もしてないからさ。
君が代わりに受け取ってくれないか?』
「…リーダーに渡して下さい。」
『あ、いや。
ノーラにも謝礼は払うけど
君も…』
「独断で金品の授受を行う者が居ると
部隊の規律が乱れます。」
『え!? ぶ、部隊!?』
「当然でしょう?
チームで危険作業に当たっているのですから。」
『あ、うん。
そうだね。』
最近の女の子は軍人さんみたいな言い回しをするんだ…
カルチャーショックだな。
『それにしてもエステルさん凄いね。
大人にも臆さず堂々と話せて。
俺、君の年齢の頃は母親の背中に隠れていたよ。
流石は世代ナンバーワンだね。』
「?
いえ、我々の世代では…」
『ん?』
「いえ。」
それっきり、エステル嬢は一言も口を利いてくれなかった。
ジャンクマンに帰っても、ノーラと女子同士でひそひそ話して、俺は一切会話を聞かせて貰えなかった。
「ゴメンねー。
エステルもポールに感謝していたよ。」
『あ、うん。
俺、嫌われてるんじゃないかな、って思って。』
「えー、そんなことないよー♪
ポールが恰好いいから緊張してたんじゃない♪
…ポールはボクなんかより、エステルみたいな子の方が好みでしょ?
あの子、美人だし。」
『あ、いや。
そういう目では見てなかったし。』
「…うふふふ♪
そうなんだ。
そうなんだ♪
うふふ♪」
『の、ノーラ?』
「ああ、ゴメンゴメン♪
鉱山デモの話だったかな?」
『あ、うん。
俺が担当(?)する事になって。
ドナルド・キーンの話はしたかな?
アイツが忙しくて
評議会への報告書を俺が纏める事になったんだ。』
「評議会かぁ♪
ポールってどんどん偉くなるよね♪」
『あ、いや。
栄達してるのはドナルドであって
俺なんか、その補助に過ぎないからな。
単なる裏方だよ。』
「うふふふふ♪
ふふふふふふふ♪」
『ノーラ?』
「いいの、いいのよ♪
ポールはそれでいいの♪
うふふふ♪」
『???』
「こっちの書類に纏めておいたから♪」
『え?』
「これくらい当然だよ。
ボクだってソドムタウンの市民だもの♪
他の人だって、当然ポールを手伝ってるよね♪」
『あ、いや。』
==========================
要は、ゴブリンの鉱山利用をまだ諦めていない勢力の存在が浮き彫りになった事が問題なのだ。
業界2番手のグラッドストン金属鉱山株式会社。
極秘で廃坑にゴブリンを招いて採掘能力の算定を行っている、との噂が以前から囁かれていた。
勿論、CEOのマイケル・グラッドストン氏はこの噂を否定し続けていたのだが、どうも答弁が不自然であり、強い疑念を持たれていた。
そんな中、先週。
西部地方州において、グラッドストン氏と投資会社の面々が、お忍びで自社の廃坑を訪れている事が判明。
更にはゴブリン種と思われる数名と密談している現場を鉱山労働者組合に発見されてしまったのだ。
これは(事実であるとすれば)深刻な労働協定破りであり、グラッドストン氏には何らかの社会的制裁が科されなくてはならない状況であったが、氏の盟友にして大株主でもある(株)サウス・キャピタルのテッド・レイノルズ会長が。
「あくまで私的な調査であり違法ではない。
そもそも、そんなに雇用を奪われるのが怖いのであれば、ゴブリン種の半分の賃金で働けばよいではないか。」
との放言を行った事で世論は激昂し、今回の鉱山デモに繋がった、とのこと。
世論も激しく怒っている。
誇り高き自由都市が、ゴブリンに雇用を売り渡すことなどあってはならないからである。
『そりゃあ、100%レイノルズ会長が悪いだろう。
俺が鉱山労働者でも怒り狂うわ。』
「ポールはどうしたいの?」
『勿論、反対に決まってるじゃないか。
我が国だけで鉱山労働者が何十万居ると思ってるの。
ゴブリン労働者なんて認めてしまったら、失業率が洒落にならない事になるよ。』
「そっか。
奇遇だね。
ボクも丁度ポールと同じ意見だったよ♪」
結論から言うと、事件はこの後すぐに鎮静化した。
エステル嬢を通じて、財界とデモ隊の連絡ルートが成立したからだ。
改選前なので、政財界もデモに対して厳しい措置を取るつもりはない。
派手にカネをバラ撒いて中抜きを画策した幾名かのヤクザ者が無造作に逮捕され、魔界と財界がゴブリンの鉱業参入を否定する共同記者会見を開いて、騒動は一件落着である。
社会問題はこれで解決である。
問題は俺個人の話。
俺は何もしていない。
やった事と言えば、面識のある魔界の連中に因果を含めて、後はノーラがデモ隊の参加者との連絡先を見つけてくれただけだ。
魔王代行との協議にしても合計で3時間も費やしていない。
『なあドナルド。
やっぱり、このカネ返せないか?』
「いや、受け取ってくれないと困るよ。
それ、評議会が認可した調整費だからな。」
『俺、今回何にもしてないぞ?
調査したのも、人脈を提供したのも…』
「ん?」
「2人だけの秘密だね♪」
『…俺だけど。』
「なら当然の権利だ。
経費+休業補償として受け取っておけ。」
『あのさ。
俺、無職じゃん。
プラプラしてる無職じゃん。
休業補償とかおかしくない?』
「いや、オマエは騎士だから。
貴族という身分の者を拘束した補償だから。」
『なんかさぁ。
身分の高い奴の方が、実働短くて報酬高いっておかしくね?
そもそも
こういうカネを最初から鉱夫にばら撒いてたら、デモとか起こってなくね?』
「その発言。
加工して政治利用していいか?」
『まあ、別に好きにすれば?』
「財界の会議で出た発言にしていいか?」
『いや、流石にそういう露骨な虚言は…
マズいだろう。』
「でも、その方が遺恨が残りにくいぞ?」
『あー、いや。』
「あのなあ。
嘘も方便と言うだろう?
例え虚偽であっても、それで国家や人民が救われるなら吐き通すべきだ。
大体オマエ、いつもいつも馬鹿正直に余計な発言をしてトラブルを増やして来たじゃないか。
大人になれ。」
『大人って…
嘘を吐けばなれるのか?』
「まーたガキみたいな事を言う…
気が引けるなら、関係者や情報のソース元に謝礼をバラ撒け。
私はそうしている。」
『あ、うん。』
結局、数百万ウェンのキャッシュが手元に残った。
これはきっと俺のカネじゃない。
仮に俺に受け取る権利があったとしても…
もうすぐ死ぬ俺が持っていても仕方ないしな。
==========================
『ノーラ。』
「おかえりなさい♪
お仕事上手く行った?」
『事態は収まった。
これ、余った経費。』
「え?
桁間違えてない?」
『税金を自分のカネだと思ってる連中がバラ撒いているからな。
そりゃあ気前も良くなる。』
「じゃ、じゃあ、2人で将来お店でも… 『皆で分けておいてくれ。 魔界側にはもう渡してあるから。』
「う、うん!
そうだね、冒険屋を後回しにして、今回の関係者の皆様に還元しておくよ。
ボク!
皆にちゃんとチップを払いたいって思ってたから!」
『そっか。
ノーラに任せておけば安心だな。
じゃあ、俺はこれで。』
「え!?」
『え?』
「ど、どこへ?」
いや、どこと言われても…
生きてるうちにやらなくちゃいけない事が山ほどあるからな。
あ、女の子の前で別の子の話はしない方がいいのかな?
「私もね?
嘘は良くないと思うの♪
でも、少しでも周りが傷付かないように配慮するべきじゃない?
『仕事。
一区切りしたら、また来るわ。』
「そ、そうなんだ。
いや、仕事なら仕方ないよ。
うん!
男の人はお仕事を優先しなくちゃだからね。」
『…じゃ、また顔出すわ。』
「待ってる!
ポール!
ボク、待ってるからね!!!」
やっぱり嘘は良くないよな。
目先の問題を解決する以外に何ら益する所がない。




