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【清掃日誌63】 祝儀

『よう、相棒。

ちょっと痩せたか?』





「…オマエが大活躍してくれたおかげでな。」





ここは商業区。

クレアにあてがわれた社宅の近所の居酒屋。

少し恨めしそうな表情を作ったのは、政財界の寵児ドナルド・キーン。

俺さえいなければ今頃、評議員になっていた程の出世頭である。






「エールもう一杯!」






『なあ、アンタ酒量が増えたんじゃないか?

いや、理由が俺である事は火を見るより明らかなんだがな。』






「…最近、眠れなくてな。

酒の力を借りて、何とか睡眠時間を確保している。」





『うむ。

原因が俺で無ければ酒の害毒についてドヤ顔で語りたいのだが

流石に自粛しておくよ。』






「オマエの御父上が、この苦しみを40年味わっていたと思うとな…


…孝行しろよ。


私も、たまには墓参り行くか…」






うむ、この場を借りてー。

さんはい。


お父さん、お母さん、ごめんなさい。

世間の皆様、申し訳御座いません。

明日から心を入れ替えます。


…多分。








「さて、本題だ。」






『ああ。』







「今、我々が遂行している帝国国費流出作戦。

アレを止めろということだな。」





『…ああ、アンタの構想を邪魔して申し訳ないが。』






「うーーーん。


…確かに、情勢は変わっている、か。」






『帝国側もこちらの手口を理解し始めている。


今、羊肉が高騰しているだろ?

アレは帝国の意趣返しだぞ?』






北部地方州の羊飼いは全て帝国側に移ってしまった。

やはり皇帝が山岳民族出身というのが大きいな。

被差別民に対するケアに真剣味があり過ぎる。






「羊、随分値上がりしたなぁ。」





『考えているのは俺やアンタだけじゃないってことさ。』






「…虎の子の不動産取引証書も出してしまったしな。

これ以上突くのは却って逆効果、か。」






『後は自然流入に任せよう。


勿論、自然流出もあり得るが…

それでも共和政治をまともに運用している限り

我が国は帝政よりは魅力的な社会を作れるよ。』







「…随分無難な落とし所に着地しそうだな。」







『少なくとも、外交は姦策ではなく、良識を基調とするべきだ。』







「…わかった。

どのみち、私の個人的なライフワークだしな。


オマエへの祝儀代わりに、帝国への矛は収めてやるよ。」






『祝儀?』






「結婚するんだろう?

噂になってるぞ?」






『いや!

そんな話は聞いていない!!』





「?


感謝祭のカップル席を確保したのだろう?

配置カタログにポールソン家の名が大きく記されていたぞ?」






『え!?


いや!

俺がジミーに貰ったのはただのVIP席だよ!』






「?


オマエは何を言っている?


あそこは原則的に夫婦用だ。

未婚の者が席を押さえたという事は、婚約者のお披露目だよ。」







『いやいやいや!

俺、そんな話は聞いてないって!』






「?


20年前のオマエが、あの席で私の結婚披露を手伝ってくれたじゃないか?

てっきり踏襲してくれたのかと。」







あーーー、思い出した。

VIP席ってアレかー。


ドナルドとエルデフリダのリア充新婚アピールした席の事か~

俺が引き立て役として皆の笑いものになった、あの因縁の席か~

惨め過ぎて記憶の奥底に封印しとったわ~。


あ~、マジか~。






「それで?」






『ん?』






「いや、誰と再婚するんだ?」






『え!?

再婚!?』







「オマエ、来年40だろう。

いつまでもフラフラしている訳にも行くまい?」






『あー、いやー。

俺も真面目には考えているんだけど。

来年に持ち越しじゃダメか? (モニョモニョ)』






「良い訳ないだろう!!

オマエの御両親は毎日泣いているんだぞ!!!」






『えーー、毎日は流石に話を盛り過ぎでしょ。』







「オマエが毎日やらかしとるからだ!!!」







…あ、あれ?

アンタ、俺と年齢3つしか変わらないよね?

何でそんな偉そうに説教してくる訳?

いや、何もかも俺が悪いのは自覚してるんだけどさ。






『むーーーー。』






「相手くらいは居るのだろう?」






『あー、いや(モニョモニョ)。』






「オマエが複数の女性と交際しているという噂が立っている。

私も何度か目撃したしな。


悪い事は言わん。

その中の誰かに求婚しろ。


オマエのスキャンダルを揉み消している私の身にもなってくれ。



…余程問題のある女性でない限り、私も応援するから。」







一瞬、レニーのドヤ顔が脳裏に浮かぶ。

…問題しかねぇ。

うん、まず第一候補が消えたな。






「最近、アレにせっつかれていてな。

レジエフ侯爵が各所で根回しを始めた事に危機感を持っている。


朝から晩まで耳元でキーキー喚かれて

本当に参っているんだ。


…息子もアレの肩を持っているしな。」





『根回しってどういう事だよ!?』






オレグ・リコヴァ・レジエフ。

売国奴・逃亡者・横領犯。

皇帝家チェルネンコ家リコヴァ流の嫡流。


本人は《レジエフ侯爵》を自称しているが、帝国においてはとっくに爵位は剥奪済であり、単に《レジエフ被告》と呼ばれている。





「オマエ、ソーニャ嬢とも親密なんだって?」





『え。  

いや、別に…

たまにカフェで喋ったり…

それだけ、だけど。』





「レジエフ卿がな?

オマエとの親密さを誇示するような発言を繰り返しているんだ。

ソーニャ嬢の話題に絡めて。


…それをアレが知ったらしくてな。

今、発狂している。」





『俺、そもそもあの男とは親密じゃないぞ。』





「一緒にバーベキューを嗜む仲だと吹聴している。」





『俺の主催するBBQイベントに来ただけだぞ。

別に呼んでねーし。』





「私はレジエフ家との婚姻はアリだと思っている。

オマエに箔が付くし、ヴォルコフ家復権の可能性も生まれる。」





『あのなあ。

封建国家なんて椅子取りゲームなんだから。

俺まで争奪戦に参加してどうするんだよ。

それこそ戦争の火種になるわ。』





「…じゃあ、公に否定しろ。

レジエフ卿は形振り構ってないぞ。


勿論、否定はリコヴァ流の面子を潰さない形で!

帝国内の世論を」






俺はソーニャが傷付かなければ、それでいいのだがな。






『いや、そんなモン

否定したら絶対に相手の面子潰すに決まってるじゃないか。』





「そこを何とか収めるのがオマエの仕事だ。


…どのみち。

私が執行部入りしたら

オマエが帝国を担当するんだぞ?」




『え!?


ちょ!?

勝手に決めるなよ!』




「他に誰が居るんだ。

オマエの入閣はもはや既定路線だ。


…それまでに所帯を持って貰わなくては困るんだよ。

独り者の部屋住みが閣僚なんて、我が国の国際社会における信頼を著しく損ねるからな。」





『…入閣、しなくちゃ駄目?』





「オマエじゃなきゃ話が収まらんぞ。

騎士殿。」





『…。』





「兎に角。

レジエフ家との婚姻。

受けるにせよ拒むにせよ、今週中には結論を出せ。


それも、誰にも遺恨を残さない形でな!」





『…。』






=========================





俺はその足で勝手知ったる乾燥工房へ。





『ドランさーん。


あの女、何とかして下さいよ。』






「またクレアにイジメられたのか?」





『ソーニャと俺をくっつける為に、裏でアレコレ動いてるんですよ。

社交界や政界まで巻き込んでる。』





「ああ、クレアはソーニャちゃんを気に入ってるからな。

同じくお気に入りのオマエとくっつけたいのだろう。」





『ペットの交配じゃあるましし!』





「ソーニャちゃんの事、嫌なのか?」





『…素敵な女性だと思いますよ?


だからこそ、ちゃんとした相手と結ばれて

幸福になって欲しい!』





「それ、本人に言ってやれ。

喜ぶぞー。」





『茶化さないで下さいよ。』





「でも、他の女と結婚したら

あの子、泣くぞ?」





『…誰かを泣かすくらいなら

一生一人で居ます。』





「それは御両親が泣くからやめろ。」





『…確かに。』






そして結局。

ドランの調査により、クレア・モローの更なる暗躍が白日の下に晒された。


いや、知ってたけどさ。





=========================








『評議会まで巻き込むな!!


諜報員でもそこまでせんぞ!!!』





「はァ?

貴方が男の癖に煮え切らないのが悪いんでしょ。


私は善意のキューピット!

恋愛解放軍なの!」




…コイツ、年々頭がおかしくなるな。

いや、俺も人のこと言えないけど。





『そんなに、ソーニャを選ばせたいのか?』





「あの子可愛いもの。

ロットガールズも活動にも協力的だし♪」





『自分の都合じゃねーか!』





「別にいいでしょー?

人間なんて、全部自分の都合よー。


貴方ももっと欲望のままに生きなさいよ。

将来のビジョンとか無い訳?」





『ビジョンならありまくる。

人一倍ありまくる。』





「嘘ばーーーかり!!


貴方、いつでも行き当たりばったりでしょーー!!

知ってるんだからね!!

子供の頃からずっと見てるんだから!!!」





『女にはわからねーんだよ!!!

男には男のっ!

高度にアクロバティックな多角的ビジョンがあるんだよ!!』






「それが行き当たりばったりって言うんでしょーーー!!!!

昨日も報告に行ったら、お母様泣いておられたわよ!!」







『母さんに逐一報告してたのオマエかーーー!!!!!』







はい。

今、知った事ですが。

ここに居るクレア・モローは8歳の頃から、母テオドラに俺の動向を報告し続けていたそうです。


はい。

例によって俺以外は全員知っていたそうです。


はい。

相変わらず俺だけがピエロでした。





=========================






『はいっ、皆様。

本日はお日柄もよく!


絶好の駄菓子日和ですね。』






誰も返事をしない。

そりゃあ、そうか。







「ポールソン卿。

お招き頂けたのは光栄ですが…


これは?」






ようやく、レジエフ侯爵が口を開いた。







『たまには行きつけの店を皆様に自慢しようと思いましてね。

ハロルド君、こういう店は初めてですか?』







「駄菓子屋の存在は知っておりました。

ただ、出入りは父に禁止されております。」








キーン夫妻の長男であるハロルド君が直立の態勢のまま、そう答える。

俺が席を勧めても座ってくれない。







『なあ、ドナルド。

何で禁止してるの?』






「教育上、好ましくない。

誰かさんを見ていて痛感した。」






誰だろう?

この男の知り合いに駄菓子で道を踏み外した愚か者でも居るのだろうか?







『じゃあ、オバチャン。

頼むわ。』







「あいよ。」






エルデフリダとソーニャは嫌い合っているが、それぞれ夫と父親の前なので、何も発言しないし表情も変えない。

オバチャンが出したドロドロオリーブジュースを申し訳程度に飲んでいる。






「ねえ、ポールソン。」






『何だ?』





「貴方が言ってた

《男の高度にアクロバティックな多角的ビジョン》

ってコレ?」






『…協力しろよ。』






「はいはい。」






『恋愛云々より性に合ってるだろ?』





「レディにそういうこと言う?

貴方、そういう所よ?」





『オマエを一番当てにしている。』





「…はいはい。


ソーニャ、嘘つき魔法使いには気を付けなきゃ駄目よー。」





  「はーい♪」





そんな話をしているとオバチャンが一の膳を持ってくる。

御存知、チョコ干し柿である。





「ポールソン卿。

ひょっとしてコレ、手打式?」




『さあ。

友人を招いているうちに偶然この面子になりました。』





「偶然、リコヴァとアチェコフの嫡流同士が同席するか…」





『まあ厳密に言えば、俺が招いたのはハロルド君とソーニャ嬢なのですがね。

ほら、お2人は弱年なのに色々気が張ってるでしょう?

たまには労ってあげなきゃ。


大人として。』





俺が《大人》と言った瞬間、エルデフリダとソーニャがクスクス笑う。

よし、ピエロとして最低限の仕事は出来たな。






==========================




【アフタヌーンティーの会inソドム】



主催者  ポール・ポールソン


出席者  ハロルド・アチェコフ・キーン

     ソーニャ・リコヴァ・レジエフ


同伴者  ドナルド・キーン

     エルデフリダ・アチェコフ・チェルネンコ

     オレグ・リコヴァ・レジエフ


立会人  クレア・モロー





==========================






要は、壮絶な内戦を繰り広げていたアチェコフ流とリコヴァ流の和解セレモニーである。

以前から《試してみたい》とは思っていた。


勿論、嫡流同士が駄菓子屋で歓談したくらいで、長年の遺恨がすぐに晴れるとは思えない。

帝国内だけでも数えきれない人間が死んでいるからである。

何万? 何十万? 下手をすれば百万を越える死者が出ているかも知れない。





『なあ、ハロルド君。

ソーニャも聞いてくれ。』





「「はい。」」





『君達も知っている通り、我が国は世界各国から亡命者を受け入れている。

かく言う俺の母親もその1人だ。


学校教育では、それは美徳として教わるのだけれど。


他国からすれば堪ったものではない。

亡命者は資産を持ち出すし、亡命先からの内政干渉や工作を行うケースが多々あるからな。


それが原因で、王国や帝国とも何度も揉めている。』






普段は意識していないが、クレア以外の全員が帝国からの亡命者かその子弟である。






『勿論、これからも亡命者は流入し続けるだろう。

自国の富を持参する形で…


金額が膨れすぎた。

いつの間にか自由都市は世界で最も豊かな国になってしまった。


周辺国の窮乏とセットでね。』






ドナルド・キーンが横目で俺を凝視し続けている。

そうだよな。

俺が生涯を掛けて出した答えが、アンタの真逆だったのだから。





『勿論。


受け入れ側との合意があるのであれば移民行為も

それに伴い私財を持ち出す事も許されるとは考えている。


俺は移民行為を好まないが、それでも…

《そういう選択肢がある》という事実が

為政者に重税や圧政を躊躇させる抑止力として機能している事もまた事実だ。


そう。

俺は、自由の本質とは抑止力であると確信している。

その一点で、我が国の存在意義を信じる事が出来ている。


…だが自由は、誰かを攻撃する為の兵器でも免罪符でもない。


俺は亡命者を離脱元への攻撃にのみ利用する政治手法には反対だ。




…和平の仲介であれば積極的に賛同する。

これからはそうする。



ハロルド君、ソーニャ。

賛同は無理強いしない。


でも、俺が今日述べた意見は胸に留めておいて欲しい。』






言いたい事は殆ど言い尽した。

後は皆に俺の好物を振舞ってオシマイ。


たかが駄菓子屋での発言でムキになる馬鹿は呼んでいないしな。






=========================






関係が関係なので、特に歓談という雰囲気でも無かったが

ハロルド君とレジエフ卿がスカッシュの約束を交わすなど、エルデフリダ以外は一応俺の顔を立ててくれた。






「はい、ポール。

コーヒー淹れたよ。

ちょっと失敗しちゃったけど。」




『ありがとう、ソーニャ。

うん、中々いい苦みだ。』




「…。」





ソーニャの表情が曇る。






…そりゃあ、そうか。

いつまでも誤魔化せないよな。







「それ、ココア。

店主さんに頼んでコーヒーっぽい色を付けて貰ったの。」





『そっか。』





「…味、全然わかってないでしょ。」





『凄く辛いものや、凄く苦いものは識別出来るし

経験と食感から推理すれば危険は防げる。』





やれやれ。

味覚が潰れた事は黙っていたかったのだけどな。

この分だと、身体のあちこちが壊れ終わっている事も、すぐにバレるだろう。





「…もうやめて。」





『ん?』






「あぶないことは、しちゃイヤ。」





君の訴えは解らないでもない。

だけど、男が真剣に世界と向き合って行こうと思ったら、多少のリスクは負わざるを得ないのだ。

この身体も大してもたない事は重々承知だが、俺は使い潰すまで使うつもりでいる。

それこそ最後の1秒まで。





「…私が大人になったら。」





『うん。』





「ポールの事、守ってあげるから。」






気持ちは嬉しいが、この命はもう1年も持たない。

こうやって生きているのが不思議なくらいなのだ。

周囲にはスキル不調とだけ説明してあるが、実際は命の灯が消えかけている。



今のこれは余生だ。

だから誰とも結ばれてはならないし、争ってる誰か同士が居れば結んでおかなくてはならない。




今回のアチェコフとリコヴァの手打ち。

俺の仕事は終わった。

後はドナルドやクレアが形にしてくれるだろう。




世界よ、どうか平和を享受して欲しい。

俺からの祝儀だ。

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