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【清掃日誌62】 もふもふ 

「…よく私の前に顔を出せたね(絶句)。」





モロー頭取の第一声がそれだった。

以前から呼び出されていたので来てやったのに。

言い草だけなら酷いものである。





「しかも!

銀行家の私にカネを無心に来るとか。


解っているのかね!?

この場で私が治安局に通報したら、恐喝罪・威力業務妨害で一発逮捕だよ!?


…大体!

君は昔から自分本位なんだよ!

先日だって知財登録や株式割当のお願いは無視した癖に!」






『いやあ、最初は娘さんに借りようと思ったのですが。

流石に頭取に話を通しておかなければまずいかな、と。』






今、barを泊まり歩いている俺はカネが無くなったので、クレアにカネを貰おうとした。

が、その前段階のワンクッションとして一応頭取に話を通しに来た。







「娘には会わんでくれ!


いや、事情は解っておるよ。

大抵の場合、クレアの方から君にコンタクトを取っている、との報告を受けている!


調べれば調べる程、娘の落ち度が浮き彫りになって

最近は報告書の表紙を見ただけで謎の痙攣が起こるんだけどね!」







『いやあ、とは言え今回はあんな騒動に巻き込んでしまって。』







「カウボーイ問題な。

私も臨時対策会議に出席していたが…


まさか、我が娘が騒動の渦中に居るなんて思わないじゃないか!

しかも誰の証言書を読んでも明らかにクレアから首を突っ込んでるじゃないか!」






『娘さん嬉々として斬り合ってましたよ。

レベルもかなり高いですね…

少なくともカタギのレベルじゃないです。』






「…そうか。」







『はい。

補足しておきますと。

私の知人に相当ガラの悪い女冒険者コンビが居るのですか…

かなり親密に結託しているようです。』







「…すまん、胃が痛い。」








『あ! 申し訳ありません!

悪い報告は、小出しに行います。』







「まだ、あるのかね!?」







『細かいのは色々と。』







「そうか…


君も知っていると思うが…

娘が始めた製糸業が業界で猛威を振るっていてね。

その点でも頭を抱えている。


悪質なダンピングと、強引なM&Aを繰り返して…

弊行が株式の21%を保有する業界最大手のトミー・ウォーカー製糸場すらも経営破綻の危機に瀕している。



…その件で関係各社から連日の抗議と追及を受けていてね。


客観的に見れば私が娘の名義を使って出資先のシェアを奪っているように見えるんだよ!

だから関係各社全てから厳しく責められている。


昔からそうだったが…

…本当に辛い。


父親としては…

ただ女らしくしてくれる事だけを願っているのだが。」







モロー頭取は頭を抱えて呻き続けている。

この人も痩せたなぁ。


昔の彼は如何にもザ・エリートといった風貌で、分厚く鍛え上げた肉体から出される張りのある声は、周囲の皆を圧倒したものだが…

(この人は学生時代レスリングに3冠制覇を成し遂げたこともある。)



可哀想に、今ではガリガリに痩せて声もすっかり震え声だ。







「あ! やっぱりこんな所に居たのね!!」






派手な音を立てて頭取室のドアが開いたかと思うと、仁王立ちのクレアが居た。





「ちょっと、ポールソン!

アナタ、何やってるの!!


お父様を苦しめるなんて絶対に許さないんだからね!!!」






…オマエやぞ定期。






『…クレアか。

ちょっと話をしてただけだよ。』






「どんな話?」





『女は女らしくって話さ。』





「ああ、それはパスで。


で?

本題は?

本題は何の話?」





『男同士の話だよ。

女には関係ない。』






「あっそ。


じゃあ、後でお父様を問い詰めるわ。

念入りにね。」






頭取が痩せこけてるの、絶対にオマエの所為だろう。






「ところで、ポールソン。

また家出したんだって?


おカネ無いんでしょ?」






『いや、家出とかじゃなくて…

ちょっと最近忙しくて(モニョモニョ)』







「ふーーん、ポールくん(39さい)はそんなに忙しいんだー?

おカネ、無いんでしょ?」






『…まあ、やや貯金が目減りしてる、かな。』






「お小遣いあげよっか?

とりあえず500万ウェン+商業区の高級アパート。」






「だ、駄目だ!!!

ポールソン君!!

生活に困ってるなら、私が用立てるから!」







「ちょっとお父様は黙ってて。

ポールソンは私のものなんだからね。」







『いや、オマエの物ではないが。』







「でもアナタ、ずっとドランに面倒見て貰ってるじゃない?

そして私はドランの女じゃない?


じゃあ、アナタの面倒を見てやってるのは私でしょ。」






で、でたー。

女三段論法。

旦那や恋人の功績を我が物と混同する、卑劣極まりない思考!

全ての王朝を腐敗崩壊させて来た悪魔の理論ーーーーー!!







「はい、500万ウェン♪

前金であげるわよー。」






『え、いや

そんなにポンと出されても。』







「そう?

大した金額じゃないけどね。


私、今を時めく(株)クレボウのオーナー兼CEOだから。

お小遣いが欲しいなら幾らでも恵んであげるわよ?」






『いやいや!

女子がそんな風におカネをバラ撒いちゃいけない!


頭取からも厳しく言ってやって下さいよ。』






「…今やクレアは我がモロー銀行の大株主でもあってな。

力関係上、強い事が言えんのだよ。」







「うふふふ、私また何かやっちゃいました?」







世も末だな。

有識者達が拝金社会の弊害について常々警鐘を鳴らしているが…

遂に子がカネの力で親を圧迫する時代になってしまったか…






「ポールソン♪


私、今機嫌がいいから

ランチに連れていってあげる。


さあ、行くわよ。」






『え、やだよ。』






「あらー?

私にそんな口を利いていいのかしら。


うっかり妹ちゃんに貴方の居場所通報しちゃうかも。」






『…お供します。』






「あはは

最初からそうやって素直にしてればいいのよ。」







==========================







『おい!』






「んーー?」





『ランチじゃないじゃん!

オマエの会社の工場じゃん』






「後で社員食堂の利用チケット(30枚綴り)と重役用社員寮の鍵を渡すわ。」






…ック。

この女、俺の嗜好を微妙に知り尽くしてやがる。






「さて本題。

この機械の改良を…」






『断る。』







「えー、どうして?」





『早すぎるイノベーションは厄災と同じ。』





「あ! 

そのフレーズ、貴方の論文で読んだことあるー♪」




『なら俺の理念に少しは共鳴してくれ。』




「はいはい。

わかったわよ。

強情ね。


じゃあ産業の進歩は諦めるから。

宿代代わりに趣味に付き合ってよ。」




『趣味?

俺にイラストレーションの才能はないぞ?』





「今更、絵に付き合えとは言わないわよ。


趣味っていうのはコレのこと。」





クレアは工場のソファーに掛けられていた巨大なクッションをポンポン叩く。





『これって羊の毛皮?』




「牧民達はムートンと呼んでいたわ。

その名前を知ったのは最近だから、個人的にはモフモフって呼んでるけど。」




『モフモフ?』





「語感よ。

もふもふしてるでしょ?」




『ああ、確かに。

女はこういうの好きだよな。』





「それで私、あちこちでモフモフのコートとかクッションとか布教して回ってるのよ。

結構、流行り始めているの。


これが新しい趣味。」





『そういう可愛気は頭取の前で見せてやれよ。』





「やーよ、アホらしい。


で、本題。」






『どうせモフモフを作れって話だろ?』





「そうよ、女工達が私のクッションを羨ましがってね。

同じのが欲しいってうるさいのよ。


それで、私も調子に乗って

女工全員にモフモフクッションを支給するって公約しちゃったのよ。」





『…ムートンって、見るからに手間が掛かりそうだけど

全員に配るほど用意出来るのか?』





「私も相当頑張って、製糸部門は全部揃えたんだけど。

織物部門のクッションが半分くらいしか集まらなかったのよ。」





『織物部門?


おいおい!

製糸だけって話だろ!!

頭取ともそう約束した筈じゃないか!!』






「ハア!?

言い掛かりはやめてくれるー?


織物の原料は糸なんだから

織物業だって製糸業よ!」





…こ、この女は昔から屁理屈ばっかり並べやがって。






「まあ、そういう訳で。

300枚のモフモフシートを用意して。

今週中に。」







『出来る訳ねーだろ。

我慢させろ。』






「駄目駄目。

織機って必ず2人で操作するの。

この工場、300台あるから2つずつ設置したいのよ。

要は600枚必要なんだけと、まだ300しか用意出来てなかったのよ。

だから残りの半分が欲しいの、クッション。


女って悪口しか言わない生き物だから

クッションの配給が遅れれば、非難の矛先が私に向かうわ。


そんなの我慢できないし、絶対に実害が出る!」







『なるほど…


安請け合いだけはするもんじゃないな。』







「お小遣いなら幾らでもあげるから。

何とかしてくれない?


私を護ってくれるんでしょ?

なら自尊心と承認欲求も護ってよ。」






『わかったわかった。

その薄いぺライドを護ってやるよ。



で?

この糞デカい機械を女の子2人で操作してるのか?


スマンが

この機械、弄りながら喋らせてくれ。』







「そう。

貴方が今触っているのが《杼》よ。

王国ではシャトルって呼ばれてるらしいけど。」





興味が無かったので初めて知ったが、どうやら織機というものは2人1組で扱うようになっているらしく、この《杼》なる部品を縦糸と横糸の間に通して布が出来上がるらしい。






『ふーん。

って、これ凄い音出るんだけど

本当に動かしながらお喋りしてるのか?』






「だから問題なのよ。


女って悪口を楽しむ為なら織機より大きい声を幾らでも出せる生き物なの。

ただでさえ織機操作って織り手と助手のコンビ作業だから

ある程度は息を合わせて貰わないと困るし

お喋りも許容しているわ。」





世の中には色々な仕事があるんだね。

俺は作業は黙々と進める方が好きなんだけどな。





『ああ、なるほど。

工場内の私語って、声量が大きくなりがちなのか…


確かにデカい声で悪口言ってたら感情も引きづられるよな。』





「ヒューマンエラーを防ぐ工夫はしているのよ?

お菓子を配ったり、嫌われ者を1人作業に回したりね。


その一環でクッション支給の公約しちゃったんだけど。

裏目に出たわー。」






俺は故障中の織機を修理したり分解したりしながら、クレアの話に耳を傾ける。






『オマエも色々考えてるんだな。』





「?

貴方の真似をしているだけよ。」





『俺の?』





「職場でジュース配ったり、作業員のランチを確保する為に走り回ってるそうじゃない。」





『…清掃は辛い仕事だからな。

それ位はしてやりたいと思っただけさ。』





「まだ世間は気づいていないみたいだけど。

私は高く評価しているの。


その姿勢が必ずや貴方を資本主義社会の頂点に押し上げるわ。

だから、ポールソンを模倣すれば私もいい所へ行けると思ってるのよ!」






『…佞言を。』






「貴方の論文に書いてあったことよ。

《労働者こそが最大の資本である》

ってね。」






『…相変わらず読み込んでるなぁ。』





「ねえ、私のクッション配布って的外れじゃないわよね?

ポールソン博士。」






『順当にクレアが勝つよ。

考えてもみろ。


これだけ諸産業が大規模化しているんだ。

労働者の確保はこれまで以上に重要になる。』





そう。

戦争も含めて、全ての産業が昨今とは比較にならないレベルで大規模化している。





『というより、女子雇用で競合している工場が潰れる可能性がある。

こういう現代型生産業って機械が止まったら大損害が出るんだけどさ。


経営者は機械ばっかりに目が行って、従業員の内面をケア出来てない。

だから、この商業区で女子工員を必須としている工場は…

クレアに人手を取られて大ダメージを受けるだろう。』




「それなら(株)ピース食品ね。」




『?

そういう会社があるの?』




「近所にある瓶詰食品のOEM工場よ。


安月給の上にセクハラが激しくて

ウチの女工の2割位は(株)ピース食品の退職者組だから。」




『ああ、そこ潰れるかもな。』





「…弊行の融資先なんだけどね。

若い頃のお父様が起ち上げの支援をしたそうよ。」





『救済方法が解ってるんだから教えてやれ。』




「?」




『(株)ピース食品を潰したくないのなら頭取に言ってセクハラをやめさせろ。

助け船って、そういう地道な所からだよ。』




「そうね。

今晩伝えてみる。」





『クレアをちょっと見直したよ。


俺の論文って、今でこそ引用数増えてるけど

書いた当初は皆から大批判されたからな。


昔馴染みのクレアが実践してくれるのは正直嬉しい。』





「あら。

久しぶりに貴方から褒められたかも。」




『きっと賞賛を口に出しそびれていたのだろうな。

昔馴染みだから。』




「ありがと。」





…さて。






『出来たぞ。』





「え!?」





『急ぐんだろ?

1人でも動かせるように改良した。』




「え!?  え!?  え!?」




『いや、クッションを全機に配備するんだろ?

一機に一つしか用意出来ないんだから、ワンオペにせざるを得ないだろう。


操作の得意な者を残して、不器用な下位半分は別の作業に割り当てさせろ。

解雇するなら多目に退職手当を払ってやれ。』




要は、《杼》というパーツをキャッチボールして布を織っているのだから、1人で操作出来る構造にすれば省人化出来るのだ。





「凄いスピード!

まるで飛んでるみたい。」





『大袈裟だよ。


じゃあ、家賃はこれでいいな。

手順書書くから、机を用意してくれ。』




「ちょっと待って!

それだけで済む訳ないでしょう!!


貴方、今革命を起こしたのよ!?」





『俺が改良しなくても、いずれ誰かがしたよ。

助手を必要とする作業の効率って、ワンオペ化以外に向上の余地がないからな。』





「ちょっとポールソン!」





『ん?』





「安心して。

借り1にしておいてあげるから!」




…ん?

今までの俺の莫大な貸しはどこに消えた?





「まずは感謝の気持ちとして

このモフモフクッションをあげる!」





『頭取には、ちゃんと渡してるんだよな?』





「?

お父様?

何で?」





『いや、孝行しろよ。


俺はしないけど。』





「っち、うるさいわね。

ハイハイ、お父様の書斎に放り込んでおくわ。


兎に角!

借りが1つね。


たまには私が我儘聞いてあげる。


デカいの待ってるわよ。」






『…だから孝行しろよ。』






「それ以外で!!」





うーーーん。

世間は俺やオマエにそれだけを望んでいるからな。

(余計な事をするな、というニュアンスも込めての親孝行推奨なのである。)





==========================






流石に疲れたのでドランの行きつけの居酒屋に遊びに行く。






「おう、ポールソン

おつかれー。」





『ドランさん、ちーっす。

あ、ヘルマンさんおひさしー。』





奥の席で娼婦と談笑していたヘルマン翁が無言でやって来て俺の隣に座る。






「オマエ、まーたフラフラしてるんだって?」





『なんか家に居辛いっていうか。』






「オマエがウロチョロしてる時って

絶対余計な事やらかすからな。」





『今日はおとなしくしてましたよ。』






「本当かー?」






『本当ですよ。』






「まーた、チートしてたんじゃないのー?」





『いや、してないっスよ。

最近はスキルも全然使ってないし。


もう地道地道!』





「ま、そういう事にしておいてやるか。」





『あ、2人とも

ムートンのミニクッションを近々貰える事になったんですけど。

お裾分けしましょうか?


ほら、ドランさん。

クレアがハマッてるアレですよ。


女子受け抜群ですよ。』





「テオドラさんには、ちゃんと渡してるんだよな?」





ヘルマン翁が肩パンしながら問い詰めてくる。

痛い痛い、痛いって。





「孝行せんか!

ワシはしたことないけど!」





痛みに耐え兼ねた俺は慌てて荷物をまとめる。





『っち、るっせーな。

ハイハイ、今度実家に放り込んでおくよ!』






俺の名前はポール・ポールソン。

39歳バツ1。


チートを濫用していた時期もあるが

失った今は、極めて平凡で穏当な活動しかしていない。


まるでモフモフとした毛皮クッションのようにね。

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