【清掃日誌57】 魔法
状況だけ簡潔に報告する。
ここは帝国領。
帝国国境警備隊の要人用医療室で治療を受けている。
シモーヌ・ギアに刺された俺は丸1日だけ昏睡状態に陥っていたらしい。
あの後、情勢が更に悪化した。
翌朝、大量のカウボーイが中立地帯に雪崩れ込んだのだ。
目算500騎。
どうやら治安局が正式に追討令を発動したらしい。
ここから先は未確認情報だが、自由都市内のカウボーイは(カタギの者も含めて)全て斬殺されたとのこと。
カウボーイはその語源からして、本来は牧畜業務従事者に過ぎないのだが…
今ではすっかり無法者を意味する存在となっている。
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「安心しろ。
外交問題には発展しない。
両国当局共にかなり冷静だ。
既に双方が、事態収拾に尽力する声明を発表している。
誇れ、ポールソン。
オマエの根回しは、かなり功を奏しているぞ。」
喉を負傷した俺は喋れないので[[筆談]]で返答する。
頭部はギブスで固定され、身を起こす事すら禁止されている。
[[ありがとうございます
ドランさんが居てくれて本当に助かりました
皆は無事ですか?]]
「あ、うん。
嬢ちゃん達は収監中だけど。」
『!?』
「動くな、バカ!」
『…。』
「昏睡中のオマエを激しく殴打して人工呼吸器を破損しようとしたんでな。
帝国の連中も困っていたぞ。」
『?』
「その傷。
女にやられたんだろ?
ああ、答えんでもいい。
それもかなり因縁のある女だな。
…オマエが発見された時、喉の傷口にハンカチが乗せられてたんだよ。
清潔に洗濯された純白のハンカチ。
男はそういう事、絶対にしないよな。
それを見て、嬢ちゃん2人が発狂しちまって…
押さえ付けるのに苦労したわ。
俺にもよく分からんのだが…
クレアに言わせればな。
男に自分のハンカチを被せるという行為は…
女社会じゃ絶対にやっちゃいけない
最大級の男寝取りマーキングの合図らしいんだ。
…嬢ちゃん達、手負いの野獣の様に猛り狂っていたぞ。」
[[何故、俺が暴行を受けるのですか?]]
「わからん。
クレアに言わせれば、浮気者への当然の制裁らしい。
俺はそうは思わんのだが、女社会では割と順当な対応みたいだぞ。
どうやらハンカチが清楚だったのが逆鱗に触れたらしい。
商売女が使う様なケバいハンカチなら、男にそこまで怒りの矛先は向かないらしいんだが…
あのハンカチは、男の俺から見ても本命オーラ出てたからな。
何?
昔の女?」
[[戦死した親友の妹なのですが
彼から後事を託されておりまして。
現在、俺から求婚中です。
父には許可を取りました。
相手も《お慕いしている》とは言ってくれました。
肉体関係にはありません。]]
「おいおーーーい。
それ、典型的な本命女じゃねーか。
妙に正統性あるじゃん!
ガチの純愛路線じゃん!!!
もうその子が王道ヒロインじゃん!!
恋愛演劇でもこんなコテコテの設定ないぞ!!!」
確かに。
改めて文字に起こすとガチ感半端ねーな。
「ヤバいヤバい、ヤバいって!
…万が一、あの2人に見られたらマズい
俺まで巻き添えを食いかねん!!
この書きつけは全て焼き捨てるぞ。」
ドラン翁は葉巻を使って巧妙に俺のメモを焼き捨ててしまった。
「今、クレアがあの2人を宥めてくれてはいるが。
あまり期待するな。
ニック君もアバラを砕かれとる。
オマエ、殺されるかも知れんぞ。」
[[今後の外交情勢の見通しは如何ですか?]]
「アホ!!
まずは自分の心配しろ!!!
帝国の連中ですらオマエの命だけを案じとるわ!!
…最悪、帝国に亡命しろ。」
[[何か俺、色んな連中に追い回されてますねww]]
「この緊迫した場面で文末に《ww》を付けるなー!!!」
カウボーイ500騎は一見大軍に見えるが、所詮は烏合の衆。
全世界と戦争を繰り広げてきた帝国軍から見れば射撃訓練の的に毛が生えた程度の相手に過ぎない。
問題は俺を巡って発生するであろう痴話決闘である。
帝国軍人は基本的にモテるので、不倫したり愛人を密かに囲っている者が多い。
《万が一、この騒動が自分に波及したらどうしよう。》
心当たりのある者は、内心かなり焦っているらしいのだ。
そりゃあね、国家間の外交問題なんかより自分の不倫問題の方が一大事だよね。
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「名誉の負傷でゴザルなw」
[[不名誉だよw]]
入室して来たジミーと笑い合う。
この男も先の逃避行で腕を射られたが、3か月ほどで完治する見込みらしい。
「…鎖帷子を着込んでいてもあの痛みでゴザったからな。
負傷したまま作戦行動を続ける軍人さん達には頭が下がる思いでゴザルよ。」
[[確かにな。
俺もちょっと森を走っただけで、すぐにバテて動けなくなった。
改めて彼らの偉大さを思い知ったよ。
手の怪我ゴメンな。]]
「好きで首を突っ込んだだけでゴザル。
アレは不幸が重なった事故。
そんな事より、今後発生するであろう真の脅威について備えませんと。」
[[せやな。]]
「あの2人、ポール殿を殺す気満々ですぞ。
看守殿から見せて貰ったのですが
支給した食事が皿ごと食い千切られていたそうでゴザル。」
[[やっぱり俺、殺されるのかな?]]
「ほら。
恋愛系の絵巻物で良くある展開じゃないですか。
《手に入らないなら、いっそ。》パターンでゴザルよ。」
[[ゴメン。
俺、少年向けしか読まないから。]]
「うーーん、この。」
そういう会話をしていると別室での治療を終えたニックも入室してくる。
「お互い女難の日だったようだな。」
第一声がそれ。
エミリーに脇腹を握り潰されたらしい。
[[全てにおいてゴメン。]]
「あ、うん。
まあ、兄貴は外交は頑張ったから。
うん。
クレアさんに言わせれば
両国から叙勲されてもおかしくない位の貢献してるらしいから。」
[[あの女共はその点考慮してくれそう?]]
「くれる訳ねーだろ。
アンタを拷問するとか息巻いてるんだぞ!」
…ま、マジか。
俺の逃げ場所、どんどん無くなっていくぞ。
ニックに問い質されたので、名を伏せた上でシモーヌの説明をする。
「…そうか。
まあ死者の頼みじゃ断れないよな。」
[[先に言っておくがオマエは死なないでくれ。
ナナリーさんの事は本当に何とかするつもりだ。
勝手に死ぬなよ! 怒るぞ!]]
「…正直に言うと、そういう卑怯な計算も多少はしていた。
安心しろ。
自分から死ぬことはないよ。
しかし姉さんを気遣ってくれるのは嬉しいが…
先にあの女共を宥めて欲しい。
完全にバーサーカーモードに入っている。」
[[最近入手した情報だが。
女の精神異常を鎮静化する魔法があるらしい。]]
「へえ。
まあ、社会の維持には必要不可欠だよな。」
[[頭文字が《キ》という事までは突き止めたのだが。
誰か心当たりはないか?]]
「…古来より女の機嫌を直す方法は1つだけッス。」
「ヒントは《キ》から始める魔法ッスね。」
「ふむ。
すまんな、兄貴。
俺は教養がないから魔法の方面はさっぱりなんだ。」
「拙者も法学部でゴザルからな。
こんな事なら魔法概論を受講しておくべきでゴザッた。」
…魔法系の講義人気ないからな。
そりゃあ、そうだろう。
学生時代に身に着けるべきは、何を置いても金融系・法学系の知識と資格である。
現代人は魔法なんて酔狂に時間を割いている暇はない。
「ポールソン。
そういう事なら、帝国側に問い合わせた方がいい。
魔法学なら帝国の方が盛んだからな。」
確かに。
帝国は後進国だが、その分魔法の様な古典的技術の活用には熱心だ。
ここは素直に教えを乞うべきだろう。
「じゃあ、善は急げでゴザル!」
こんな話の流れで、帝国軍の魔法に詳しい人に知恵を貸して貰える事になった。
イワン・ハベンスキー少佐。
セルゲイ新公爵の属官として赴任して来た軍官僚の1人である。
学生時代に古典魔法学を専攻していたとのこと。
「ポールソン卿。
我が国に対する様々な御配慮、深く感謝しております。」
そう言って少佐は丁寧に頭を下げる。
国境際での俺のアレコレは概ね好意的に捉えてくれているらしい。
「ご側室に悋気に悩まれているとの事でしたな。」
側室ではないのだが、話が長くなるのでそういう事にしておく。
(そもそも俺には正室すらいない。)
筆談は結構しんどいので、あまり話を脇道に逸らしたくないのだ。
[[解決する為の魔法があると聞いたのです。
頭文字は《キ》と。]]
「ふむ。
《キ》から始まる治癒手段…
ずばり《キュア・マインド》ですな!」
おお、流石はプロフェッショナル。
一瞬で解決した!
ハベンスキー少佐はしばらく考え込んでいたが、俺に一礼すると、どこかに行ってしまう。
そして30分程経って、駆け戻って来る。
「キュア・マインドの発動水晶です。
MPの残量さえあれば、対象の精神異常を回復可能です。
衛生部隊の備品なのですが、持ち出し許可は取得しております。
こちらを贈呈させて下さい。
ただ、ポールソン卿が幾ら騎士号を保有されておられるとは言え、
外国籍の方に軍の支給品を譲渡するのは好ましくありません。
出来れば、御内密に。」
[[お言葉に甘えさせて下さい。
この見返りは必ず。]]
「いえ!
盗品の返還案を出して下さったこと、我々全員感謝しております。
勿論、寄付金の件も。」
俺は、改めてカウボーイ騒動で取得した盗品返還プロジェクトへの協力を申し出た。
我が国が隣接しているのが、帝国・首長国・連邦の3か国。
その中でも最大の軍事力を誇り、かつ拡大傾向が強い帝国との緊張がほぐれるのであれば、幾らでも助力するべきである。
その後、少佐の指導で《キュア・マインド》の発動方法を覚える。
てっきり少佐が撃ってくれるのかと思ったのだが
流石にそこまでは責任を負いかねるらしい。
まあ、所詮は痴話喧嘩だしな。
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数日経って俺の容体も回復する。
帝国が提供してくれた軍用エクスポーションのおかげで、小声なら出せるようになった。
騎士の誼という事で、帝国印の軍用のど飴も大量に貰えた。
あったあった。
思い出した!
懐かしいなあ。
足軽長屋に住んでいた頃、売店で売ってたよ。
あれ、地味に軍票5枚(5000ウェン相当)するんだよね。
ああ、老後は足軽長屋で楽隠居したいな。
じゃあ、俺の必殺技で女共を教育してやりますか。
何せ軍用魔法だからな。
勝ったも同然である。
『やあ、お2人さん。
久し振りだね、会いたかったよ。』
物凄く怖い目で睨まれる。
ここは帝国軍施設の捕虜収容区画。
一応気を遣ってくれているのか、士官用区画に2人は保護されていた。
「女に会ってたんでしょ!!」
「どこの女!? 私の知ってる子!?」
第一声がそれである。
やはり精神に変調を来たしている様だ。
『い、いや。
今さぁ、外交的に大変な時期だから
そういう話はどうでもいいじゃない?』
臆しつつも勇気を出して、そう発言する。
「…。」
「…。」
『…。』
…ゴクリ。
「殺すぞォッ!!!!!!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!!
レニーが面会扉まで駆け寄って来て叫ぶ。
気のせいか蹴られた扉がやや歪んだ気がする。
いや、まさかな。
鉄製の扉が歪む訳ないじゃないか。
俺は本能的に扉から離れようとしたのだが、鉄格子の隙間から伸びたエミリーに手首を掴まれて引き寄せられた。
『ひ、ひえ。』
「ねえ?
どんな女?
名前と住所だけ教えてよ?」
『うわあ、痛い痛い痛いーーー!!!!
兵隊さん、た、助けてーーー!!!!
殺されるーーーー!!!!!』
「アタシらの知ってる相手?
ん?
アタシらと面識ある相手?」
『うがあーーーーーーーー
折れる!! 折れる!!
いやあああああ。』
ば、化け物か!?
て、手首が砕かれてしまう。
お、落ち着け!!
俺には秘密兵器があるじゃないか!!
ふふっ、馬鹿め!!
オマエがくれたヒントだぞ、レニー。
「…古来より女の機嫌を直す方法は1つだけッス。」
「ヒントは《キ》から始める魔法ッスね。」
頭文字さえ判ってしまえば、後は造作もない。
『ぐ、ぐおおおお!!!!!
テメエら、こっちが甘い顔をしてりゃあ!!
いつもいつも好き勝手しやがって!!!
もう対策済なんだよお!!!!』
俺は日頃の恨みを込めて、キュア・マインドの発動水晶を2人に向けた。
咄嗟に射線から逃れようとするが、もう遅い!!
『俺の勝ちだあああ!!!!!!
必殺!!!
キュア・マインドォォ!!!!!!!!』
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まさか運び込まれて来た時よりも容体が重くなるとは思わなかった。
少なく見積もって全治2か月。
左目の視力は回復しない可能性が高い。
魔法…
全然効かねえじゃねえか。
あの後、鉄格子のギリギリまで引きずり込まれてフルボッコにされた。
泣きながら命乞いをしたが許して貰えなかった。
帝国のCQC要員が助けてくれなかったら、多分今頃はこの世にいないだろう。
昏睡から醒めた俺にドラン翁がニュースを読み上げてくれた。
基本的にはポジティブ。
王国と帝国の休戦交渉に対して我が国の政財界が歓迎の意思を表明した事がトップニュース。
次いで砂漠を挟んで帝国と対立していた異民族国家が後継者を巡って内戦に突入したとも報じられている。
(そりゃあ、主だった王族と閣僚を纏めて殺されたらそうなるよね。)
兎に角。
世界は急速に平和に向かっている。
カウボーイ問題はとっくの昔に解決していたし、盗品の返還セレモニーが意外に反響が良く、マーケットもかなり好意的に反応してくれている。
懸念されていた帝国の国債起債は思ったより早く実現しそうな雰囲気である。
「ポールソン。
オマエ、本当に英雄だぞ。
ここまで劇的に帝国との関係が改善するなんて想像もしてなかった。
まるで魔法の様な成果だ!!
いやあ、あの泣き虫ポールソンがなあ。
俺も歳を取る訳だよ。」
『俺、いつ退院出来るんでしたか?』
「頭をかなり殴られたからな。
次の精密検査が終わるまでは、おとなしくしてろ。」
『鉄格子曲げるとか反則でしょ?』
「あんな小さな隙間から片腕だけで殴り続けるなんてな。
俺も現場を少し見せて貰ったが、背筋が凍ったわ。」
1つ報告。
喪失したと思っていた痛覚が回復していた。
だって今、滅茶苦茶痛いもん。
世界がそうであるように
日常は痛みを伴いながらも戻りつつあるのだ。
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「あら、駄目駄目魔法使いさんじゃない。
もう病室を抜け出しても大丈夫なの?」
『メディカルチェックの帰りだよ。』
「怪我は治りそう?」
『エクスポーションで回復出来る範囲はな。
向こうもかなり副作用を警戒している。
だから最低限ずつの処方のみ。』
「病気は治りそう?」
『病気なんてしてないよ。』
「頭の病気よ。」
『これは男のデフォルト装備さ。
治る訳がないだろう。』
「あらあら、可哀想に。
そんな可哀想な貴方に
女のデフォルトを宥める魔法を教えてあげましょうか?」
『おいおい、俺の情報網を甘く見ないでくれ。
《キ》から始まる魔法だろ。
試してみたが1ミリも効果が無かった。
帝国軍の発動水晶というから信じていたのに
何が古典魔法学だよ。
とんだ期待外れだったぜ。』
「くすくす。
それは《キ》違いな判断だったのかもね。
貴方って昔から《キ》待外れな人♪」
『何だよ?
その思わせぶりな態度は。』
「あのね?
《キ》から始まる魔法は女の子だけの秘密なのよ?
学校の授業じゃ習わないかもね。」
『何?
クレアは知っていたのか?』
「くすくす。
内緒♪
今度、ソーニャに尋ねてみなさい。
あの子ならこっそり教えてくれるから♪」
『なんだよ、勿体付けやがって。
まあいい。
ソーニャだな?
生きて帰れたら、聞いてみるよ。
おい、何がおかしい。
俺は死にかけたんだぞ!!』
軍病院の廊下。
窓から差し込む暖かな日差しの中で。
クレア・モローはいつまでも機嫌良く肩を揺らし続けていた。




