【清掃日誌52】 野営地
目が覚めると夕方だったので、ジミーの勧めてくれた乾燥チーズを食べる。
水をガブ飲みして水分も補給する。
え? これトニックウォーターだったのか?
ゴメンゴメン、こっちはジミー用に残しておけば良かったな。
テントの中に幾つかドングリが転がっていたので、それを部品にしての最小モンスター模型作りに2人で挑む事にした。
『「キャッキャッ♪」』
楽しい。
あー、このドングリの質感ならトレントとかゴーレム系が良さそうだな。
今度、ミニ模型フェアでも開催してみるか。
「ちょっと待てやーーーーー!!
アタシ達を完全放置しておいてッ!!
何を自分達だけ豪勢なテントでくつろいでるんスかーーーー!!!!
虫除け常備だしーーーー!!!!」
憩いの一時を邪魔される。
『オイオイ。
ここはジミーのテントだぞ?
勝手に入って来るなんてマナー違反じゃあないか。』
「レニーさんでしたかな?
今、我々は仕事の話で忙しいので席を外して頂けませんか?
それに生憎、このテントは2人用でしてな。」
『嘘つけー!!
ここのタグに思いっきり《1個小隊用》って書いてるじゃねーか!!』
『…。』
「…。」
『あ、チョコバー食べる?』
「取って付けたようなそのリアクション!」
『一応、仕事ってのは本当なんだけどな。』
「アタシの目にはッ!
オッサン同士でワチャワチャとッ!
お人形遊びしてた様にしか映らないんスけどね!
絵面が死ぬほどキモイんでヤメた方がいいッスよ!!!
…まあ、いいや。
地元の役人が来てるっスよ。
入って貰っていいっスか?」
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地元の役人と言うのは大嘘で、入室してきたのは治安局の密偵だった。
そりゃあそうだろうな。
この国境沿いの辺境では、地元の役人には大した権限も情報も与えられていない。
「ここだけの話、私はキーン派なんですよ。」
とにこやかに笑いながら密偵氏は手土産を渡して来る。
コイツラのいつもの手口なので、真には受けない。
密偵は俺からの事情聴取を希望するが、この場では彼の所属を厳密に確認出来ないので後日当局に出頭する事を申し出る。
『申し訳ありませんが、俺の言う当局とは政治局を指します。
俺を担当してくれている職員さんもおられますので。
詳細は彼らから聞いて下さい。』
密偵は滅茶苦茶嫌そうな顔をしているが、法的にはこれが正答なので仕方ない。
やたらと非公式の聴取に拘って来たので、「じゃあ、貴方の直属の上司を紹介して下さい。」と切り返すと、急に脂汗を全身から流して早口で言い訳をしながら逃げ出していった。
きっと上長の裁可なしでここに来ていたのだろう。
「役人の捌き方が随分上達しましたな。」
『歳が歳だからな。
正規の命令で動いているか否かくらいは見分けが付くようになった。』
「ああいう小吏も使いようでゴザルよ?」
『彼、明らかに出世出来ないタイプだし。
ヘマの巻き添えを喰らいそうで怖い。』
「ふふふ。
最近キーン社長に似て来られましたな。」
『えー、似てないよ(笑)
でも、まあ。
最近、これまでアイツから聞かされてきた言葉の意味がようやく解り始めているんだ。
ドナルド・キーンって凄いヤツだったんだな。』
「本人に言って差し上げれば喜びますぞ。」
『やだよ、恥ずかしい。
どうせ、ジミーが尾びれを付けてアイツに伝言ゲームするんだろ?』
「ははは、バレたでゴザルw」
その後、ドラン翁も交えてメッセンジャーに託す手紙の整理を開始する。
ドナルドからの伝令によると、ソドムタウンにはまだ帰るべきではないらしい。
と言うより、帰って来るなとのこと。
《オマエが他人なら結構笑える状況なのだがな。》
手紙はそう結ばれていた。
3万石の麦売買。
結構、問題になっているらしい。
…あの程度で騒ぎが起きるのなら。
騎士号とか介錯とかレジエフ問題とかの件が発覚炎上した場合、確実に殺されるな。
後、地味に公爵閣下から乗騎を贈られていることが一番ヤバいと思う。
(メンシェヴィキ号・牡6歳)
…死ぬな、俺。
「ポール殿が切腹する時は拙者が介錯を務めます。
その後、追い腹を切りますので。」
『いつもすまないねえww』
「いえいえww」
冗談めかして言ってるが…
結構、マジに危険な状態ではあるんだよな。
そもそも地政学的に、我が国は首長国との連携なしに独立を保てない。
ハニートラップ問題があろうが、平和維持軍事件があろうが、協調を続けざるを得ないのだ。
親首長国・反帝国は我が国の基本方針。
いや、そもそも我が国は反封建思想・自由市場保護をスローガンに建国されているのだ。
(無論、首長国も封建国家ではあるのだが、市場に対して理解的な顔をするのが上手いのだ。)
その様な経緯があるから、発言が帝国寄りと解釈されただけで政治生命を絶たれた者は少なくない。
「騎士号はマズいでゴザルよー。」
『成金野郎共はみんな爵位だの騎士号だのを嬉々として買ってるじゃないか。』
「カネで買ってくれたのなら
《婚活用のファッションでーす。》
で通せたのでゴザルがな…
…ガチで騎士道貫いてどーする!!!」
『それはもう誠にごめんなさい。』
でもなあ。
故ミハイル氏の遺した騎士典範。
軽く流し読みしただけでも、共感度マックスなんだよな。
多分、俺の気質に合っている。
学生時代にこの書籍に触れていたら、多分経済学はやってなかっただろう。
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ソドムタウンには戻れる雰囲気ではないので、この帝国との国境際でしばらく滞在することに決める。
楽しい楽しいテント生活だ。
地方では物資の欠乏が終わらない、治安もかなり悪化している。
特にこの国境沿いはそれが顕著。
本来、滞在は悪手なんだがな…
だが帰れない以上、居座る他に選択肢がない。
モロー銀行を怒らせてしまった気配も感じるが、今のところは壁になってくれているクレアに任せよう。
「あの子達、テントに入れてあげたら?」
『?』
「貴方のパーティメンバーよ。」
『彼らには貴族区の配膳人斡旋所を紹介したが?』
「両手の花のことよ。
ちゃんとお手手に持っていてあげなさい。」
『ああ。
彼女達には帰るように指示を出したし、路銀も渡してやった。』
「…女から借りたお金で威張るなんて相変わらず最低ね。
さっきあそこでレッドウルフを解体してたわよ?」
『え!?
な、何をやってるんだアイツらは!?
え?
どうして狩りなんか?』
「あら、《エミリー&レニー》って言ったら
最近売り出し中の冒険者コンビとして、有名になり始めてるのよ?
今月の月間賞は確実だって言われているくらい。」
『いや、そんな話俺は聞いてないが。』
「ふーん。
じゃあ、どんな話なら聞いてあげてるの?」
『…。』
「女が剣を取るのはご不満?」
『…危ないだろう。
何かあったら親御さんも悲しむだろうし。』
「じゃあ、それをそのまま伝えてあげなさい。
パーティメンバーなんでしよ?」
『うん。
ちょっと一言言ってくるわ。
…ん?
何でオマエラ着いて来る訳?』
「おもりよ。」
「おもり2号でゴザル。」
釈然としないが、仕方ない。
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『2人共、今いいか?』
「おやおや、《狩りは危ないからやめろ》、とでも言いに来たっスか?」
『何で解った?』
「消去法っスよ。」
『狼を狩っていると聞いてな。
心配になって様子を見に来た。』
「エミリー!
アンタの言った通りになったわ!」
「あ、ポールさん。 やっほ~♪」
見れば、狼系モンスターの死骸が整然と並べられている。
…14!?
1日で14匹!?
『いや、俺はこういう武張った話に疎いのだが…
1日に14匹ってペース早過ぎじゃないか?』
「うふふ、驚いてくれましたかな?」
いつの間にかエミリーが俺の真横に立っていた。
あれ?
この女、さっき丘の上に居なかったか?
「こうでもしないと、ポールさんは私達に興味も持ってくれないから。
少しは構ってくれるかな~って♪」
『いやいや!
な、何を言っているんだ?』
「心配、してくれた?」
『するに決まってるだろう!
若い女の子が怪我でもしたらとうするんだ!!』
「えへへ///」
『と、取り敢えず。
怪我はないのか!?』
「お陰様で、健康でーす。」
『まあ、いい。
辺りも暗くなって来たから、もう休みなさい。
ご飯とかちゃんと食べてる!?』
「あはは、父親みたいな口の利き方(笑)
私ね?
子供の頃からずっと想像してたの♪
お父さんって、どんなのだろうって♪
あははは。
他の子が鬱陶しがる気持ちわかるwww」
「じゃあ、このレッドウルフの討伐報酬受け取ったら撤収するっスわ。
エミリー、ヒグマの剥ぎ取りは完了だから。」
「おっけー。
リアカー持ってくるね。」
『ヒグマ!?
おい、ヒグマってどういう事だ!?』
「あははは。
レニーちゃんのお父さんもこんな感じ?」
「流石にここまで酷くはないけどね。
外仕事の時は口煩いよ。」
「いいなー。」
結局、コイツラもジミーのテントに放り込むことにした。
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『ジミー、スマン。』
「まあ、ポール殿のご友人ですし。
レニー殿とは知らない仲でもありませんしな。
そちらはエミリー嬢でしたか…
お2人には奥の小部屋を割り振ります。
言うまでもありませんが、屋内にある書類・備品には一切手を触れない事。
よろしいな!」
「「はーい。」」
俺、ジミー、ドラン翁、クレア、レニー、エミリー。
小隊用の大型テントとは言え、6人入ると少し圧迫感出て来るな。
「で?
今週中に帝国が来るのでゴザッタか?」
『先方の通告ではな。
既に中立地帯での調査を開始しているらしい。』
俺が公爵閣下に依頼された内容は極めてシンプル。
トハチェフスキー新体制を正規の外交ルートで我が国に繋ぐ為の仲介。
要は根回し係である。
既にキーン派を通して書簡は政治局に送っている。
政治局長のウェーバー氏はドナルド・キーンの手腕を認め方針には賛同しつつも、その独断専行癖を激しく憎悪しているらしい。
故にこそ、これから我々は必要以上に各省庁との繊細な連携を模索しなくてはならない。
ドナルドは、あの男は自分で思っているほど官僚機構に対する冷笑的な態度を隠せていない。
あれでは駄目だ。
ハロルド君も最近は父親の人格的欠陥を危惧し何度も諫めているようだが…
あそこは夫婦揃って全く人の話を聞かないからな…
「帝国は…」
そこまで言い掛けてジミーが押し黙る。
女共が聞き耳を立てている気配を感じ取ったのだろう。
2人で表に出てストレッチ体操。
ジミーが野外の焚火で沸かしてくれた湯で茶を振舞ってくれたので、それを飲んでから眠った。
「ちょっと待って下さいッスよー!!!」
『何だよ?
ここが軍隊なら就寝時の騒音行為は懲罰ものだぞ?』
「何で男同士一緒のマットで寝てるんスかー!?
あーーー!!
しかも毛布も一緒に使ってるし!!!!!!」
『?』
「いや! ポールさん!
普通この状況なら!
アタシらを労うッスよね?
主に身体とかで!
ほら、あっち!
あの眼鏡女とハゲ。
さっきからコソコソやってるじゃないッスか。」
「嬢ちゃんも混ざるかーw?」
「…バカ。」
「うおっ!
大人の余裕見せてやがる。
アタシ、流石にこの展開は予想してなかったスよ!」
『じゃあ、まあ。
今日は寝るから、話の続きはまた今度な。』
結局。
翌日に帝国側が来訪した為、当然話の続きはしなかった。
…いや、仕方ないだろ。
ここは外交の最前線なんだよ。
余分なリソースは割けないんだって。
大物ぶるつもりはないが、俺も忙しい。
本国への報告書も同じ内容を省庁毎に書き分けて作成してるんだせ?
なんか俺を懲罰委員会に掛けたがってる連中も居るみたいだしさ。
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セルゲイ・トハチェフスキー公爵が送り込んで来たのは、獣害に対する調査団。
当然、それは表向きの話であり、受け入れが許可され次第自由都市への使節団に切り替わる準備を整えての来訪である。
リーダーのイワノフ氏は帝都大学で教鞭を取った経験もある農学・生態学の権威である。
数年前から、故ミハイル氏の私的なスタッフとしてウラジオストクの農業法人を指導していた。
「相応しい形での入国許可が降りるまでは中立地帯でキャンプを張ります。
連れて来た警護兵も最小限のみです。
確認を取って頂いて結構ですので。」
イワノフ氏はセルゲイ新公爵から自由都市新執行部に宛てた親書を携えている。
直前まで皇帝の馬廻り衆を務めていたセルゲイ公爵による着任早々の親善打診。
これ自体が帝国からの明確なメッセージである。
関係改善。
明らかに彼らはそれを望んでいる。
今までの様な起債目当とか、そういうチャチな次元の話ではない。
少なくとも皇帝アレクセイは抜本的に帝国の対外姿勢を転換させようとしているのである。
多少極端だが、現在の全方面戦争状態から全方位講和に舵を切ろうとしている。
本来なら無理筋の方針だが、常勝不敗の戦績を誇る彼なら実現可能なのだ。
どこの国もアレクセイだけとは矛を交えたくない。
何をやっても勝てない彼が平和を望んでくれるなら、これを甘受する以外に選択肢が存在しないのだから。
『イワノフ博士。
滞在中には色々とありがとうございました。』
「いえいえ、お安い御用です。
御屋形様もポールソン卿のお心遣いにはいたく感謝しておりました。
お願いばかりになってしまい心苦しいのですが。」
『御安心下さい。
責任をもって取次を行います。』
「ありがとうございます。
当面はフィールドワークも兼ねて、この中立地帯でキャンプを行います。
ご注意下さい。
クズが徐々に貴国側に生殖範囲を広げております。
何せ《グリーンモンスター》なる異名が付けられている程の侵略的植物ですからな。
我々も駆除を続けておりますが、根絶には数百年単位の途方もない時間を要する筈です。」
『…数百年ですか。』
「ええ、異世界召喚を行うのは容易いですが。
その被害からのリカバリーには国際社会の団結と忍耐が問われます。
関係諸国が連携して、計画的に随時焼き払うのが一番なのですが。
…行政や地権者の協力を得るのが本当に難しいので。
私も我が国の前任者たちの犯した愚行を目の当たりにして絶望的な気持ちです。」
博士からクズの駆除マニュアルを私的に託される。
万が一、我が国が彼の進言に耳を傾けなかった場合、俺がこれを完遂するのだ。
イワノフ博士は口を濁しているが、どうやら公爵は領内で召喚に携わっていた神聖教団施設の幾つかを閉鎖したらしい。
《不慮の失火によって焼け落ちた》とのこと。
加えて、何人かの教団寄りの騎士や豪商も難癖を付けられて切腹させられた。
(他国の話なので深入りも深読みもしない。)
帝国は方針転換を始めたのだ。
だが、今まで召喚されたモンスター達が消滅する訳ではない。
水辺の覇権はヒッポーが、山林の覇権はヒグマが握ったままである。
軍事的な観点から見れば帝国との緩衝帯が強固になるという利点があるのだが、付近の土地が利用出来なくなるので生産的には甚大なマイナスである。
そして何よりクズ。
繁殖の爆発力が洒落にならない。
数年経たずに、自由都市側の農地を飲み込む可能性すらあるとのこと。
これに関しては甚大などという生易しい被害では済まないそうだ。
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ここから先、無位無官の俺に出来る事は殆ど存在しない。
ひたすらソドムタウンに報告書を送り続け、出張して来た軍部や治安局の事情聴取(正規のルートのみね。)に応じるのみである。
新執行部としても、当然イワノフ使節団は受け入れる腹積もりである。
評議員10名を筆頭に各省庁の局次長クラスで編成されたメンバーが週明けにこの地で集合。
現地での歓迎セレモニーを開いた後、皆でソドムタウンに移動し、各式典と主な帝国関係者を招いての友好パーティを開催する。
肚の底までは不明だが、首長国大使も歓迎の意を表明したらしい。
(煮えくり返ってるか、冷え切っているか、さあどちらだろう。)
セレモニーまで数日のタイムラグがあるので、イワノフ博士に外来種駆除と農地活用方法を伝授して貰う。
「で?
ポールさん。
ここって中立地帯ッスよね?
流石にここで野営するのはマズくないっスか?
アタシでもわかるッスよ?」
『帝国側のテントだけが張られていたら、地元感情を刺激するだろ?
でも俺達のテントを並べておけば、共同調査っぽく見える。』
「ふーーーん。
ポールさんが死刑になるかも知れないって監視所の兵隊がコソコソ噂してましたけど。
ここにテント張ったから殺されるんスか?」
『まさか、中立地帯での野営はそこまで重罪ではないよ…
精々10年以下の服役で済ませて貰えると思う。
それにここでの野営はイワノフ博士の打診に応えた形だからな。
死刑の罪状に関しては心当たりがあり過ぎてわからん。
少なくとも。
《友好国の将校を殺した癖に、仮想敵国とお友達ごっこを繰り広げてるで賞》
のグランプリに輝く自信はある。』
「男の人はそーゆーの好きっスね。
死刑判決出そうになったら逃げましょうよ。
山越えならお役に立てると思うッスよ?」
『無意味だ。
逃げ場なんてどこにもないよ。』
「首長国に嫌われてるんなら。
帝国でも連邦でも、それこそ魔界でも
アタシが連れてってやるッス。」
『腹を切るよ。
その方が社会的なコストが抑えられる。』
「男の人は安上がりッスね。」
『それが仕事だからな。』
「あっそ。
大変っスね。
でも楽しんでるんでしょ?」
『否めないな。』
この世に危機ほど楽しいものはない。
悲壮な顔で汗さえ流していれば、下らない日常生活に関わらずに済むからな。
塹壕や足軽長屋は素晴らしかった。
あそこに居る時は、俺が俺である事を許されたからだ。
同じ理由で、この中立地帯のテント生活も居心地が良い。
『セット!!!』
「うおっ
いきなり叫ぶなし。」
『【清掃】!!』
「何々?
何スか?何スか?」
『何でもないよ。
自分が何者でもない事を確認しただけ。』
厭うフリをしながら、俺が内心唯一の誇りとしていたチートスキルも消滅した。
そりゃあ、そうだよな。
《消えろ》と願い、実際に仕掛けたのは鏡の中の俺なのだから。
内臓やら色々な感覚やらが喪失して、それでも生きているのが逆に不思議なくらいである。
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先行してきた政治局の応接係がイワノフ博士との接触に成功。
俺も最初の挨拶にだけ立ち会わせて貰ったが、概ね友好的な雰囲気となった。
(この僅か80分後。)
続いてやって来た治安局の役人が余計な発言をした事により
洒落にならないほど険悪な雰囲気になる。
表で両国の役人同士が声を押し殺して論争を始めたタイミングでイワノフ博士をテントに招いた。
万が一が発生しても、博士さえ無事なら外交的辻褄を併せられるからである。
「実際、我々が悪いんだけどね。
厳密に言えば事前通告無しに中立地帯でキャンプを張るのは協定違反だから。」
博士の美徳は口先だけは殊勝な点である。
これは帝国人にしてはかなりマシな部類。
立場上、怒りを表明せざるを得ない軍部の人間もそこは評価していた。
『せめて事前通告が可能な外交チャンネルがあれば良かったのですが。』
「多分、外交チャンネルは来月には完成しているよ。
皇帝陛下の御意思でもあるからね。」
『そうなんですか?』
「最終的に公爵領も自由都市と隣接した地区は直轄とする。
外交的な齟齬を少しでも減らす為にね。
もうそういう計画が宮廷で進んでいるんだ。
貴族が個々に和戦に関与しようとする在り方自体、改善されるべき古い在り方だしね。」
マクロで見れば世界は平和に向かっている。
その恩恵が周辺住民に波及するのに何十年掛かるかは不明だが…
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帝国側のテントにはジミーが表敬訪問している。
要は人質交換である。
あの男なら上手くやってくれると信じたい。
「おお、クレアお嬢様ですか!
美しくなられましたな。
まるで大輪の薔薇で御座います。
モロー頭取、いや今は会長か。
お爺様は壮健でおられますか。」
『結んでしまった実がよく囀るので頭を悩ませているようです。』
「ふふっ、情景が目に浮かぶようですな。」
モロー家との縁がある事もイワノフ博士がこの任務に抜擢された理由の一つらしい。
同時にそれが、クレア・モローがこの国境地帯から動かない理由なのだろう。
こっちが何も聞かされていないだけで、当然各勢力は様々な思惑を秘めている。
俺の出番は終わった。
後は雑用に勤しみながら、お役御免を周囲が告げてくれることを待つだけだ。
『ドランさん。
やはり頭取の娘ともなると顔が広いんですね。』
「モロー銀行自体が学術界に広く浅くカネをバラ撒いているからな。
もっとも、乾燥工房に撒く予定は無いそうだがな。」
『資本家も思った以上に帝国にカネを出して居たんですね。
普段は封建制度の悪口ばっかり言ってる癖に。』
「貧乏人は賭け金を一カ所にしか置けない。
金持ちは全てにベット出来る。
ただそれだけの話さ。」
『はええ。
金持ちは恐ろしいですね。
世の中がどう転んでも生き残れる。』
「…その金持ち達が最も恐れる奴がソドムタウンには居るそうだ。
何でもソイツは金持ちの癖に貧乏人ぶって下層民達を篭絡しているらしくてな。
おまけに本当は騎士階級の癖に賤業ぶって人気取りに励んでいるとのことだ。」
『随分酷い奴ですね。』
「話してみると結構面白い奴なんだがな。」
ドラン翁の話はそこで終わる。
続きは俺自身が考えなくてはならない。
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結局、
イワノフ博士はめでたく国賓扱いされる事になった。
新執行部の想定以上に住民の反帝国感情が高まっていたので、セレモニーはかなりの簡略化。
派遣された軍楽隊はそのままトンボ返りさせられた。
幾人かの役人(キーン派)に
「今、貴方に帰られたら本当に迷惑です。」
と指摘されたので、テントに残ることにした。
「で?
クズの駆除をするのでゴザルか?」
『いや。
俺個人では、もうどうしようもないよ。
スキルも、使えなくなったからな。』
「でもスキルが無くとも
ポール殿はどうにかするのでゴザロウ?」
『クレアがクズのカラーイラストを作成してくれたからな。
それをこの地域で周知するよ。』
「殊勝なことで。」
俺の名前はポール・ポールソン。
色々あって、スキルや内臓や帰る場所を喪失した男だ。
だが悲観はない。
在り方なら、もう皆が教えてくれたから。




