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【清掃日誌48】 暗闘

レニー達が地区長から巻き上げた金額は200万ウェン。

本人達の申告なので実際はもっと接収したのだろう。


俺が問い正した時、彼女達は「200万ッスよ?」と真顔で強調してから不自然に話を打ち切ったので、実際は400万前後せしめたものと見ている。


後から何か指摘されたら「1人頭200万って意味で答えたッス」とでも回答するのだろう。


…女が後ろめたさ無しにカネを稼げるシステムも考えておかなければな。





さて。

金額の真偽はさておき。

地区の人間が一切苦情を呈して来ない、と言う事はその金額分以上の働きを見込まれている事を意味する。

なので、俺もそれ位の義理は果たすつもりでいる。




『寝たままで申し訳ありません。

自力で動けるようになるまでは、ここに拠点を構えます。』




地区長には、そう宣言しておいた。

オブラートに包まず言えば、《カネの貰い逃げはしない》ということだ。




「ありがとうございます。

誰かに駆除を依頼しようにも冒険者ギルドの腰が重くて…」




そりゃあそうだ。

ヒグマもヒッポーもキマイラも、明らかに神聖教団の召喚技術で呼び出されたものなのだから。


冒険者ギルドとしても、最大スポンサーである教団にどうしても忖度してしまう。

万が一、このヒグマ騒動が教団の意向であった場合、確認もなしに討伐クエストを設定してしまえば、教団側と深刻な軋轢が生じるのだ。


故に近年。

召喚獣関連の討伐案件は、依頼者が討伐依頼を申請してからそれに応えるまでに膨大な時間が掛かるのである。

大口スポンサーたる教団に対する確認、相談、調整、報告。

どれも欠かせない。




かつて冒険者ギルドの役職には、ただ純粋に強い者が就任した。


巨大なモンスターを打ち倒した者。

凶悪な盗賊団を逮捕した者。

ダンジョンの深奥から財宝を持ち帰った者。


そういう英雄がギルド長やエリア統括に就任する牧歌的な時代は既に遠い過去のもの。


現代では、スポンサーとの飲み会に小まめに出席する者、美女をアテンド出来る者、果断なリストラを行える者、中抜きのキャッシュバックが上手い者だけが出世する。

最近は銀行からの天下りギルド長も増えた。

我が国の主要銀行連合が、先年の《冒険者ギルド不良債権問題》の解決に尽力したからである。

ギルドとしても旨味のあるポストを彼らに天下り枠として提供せざるを得ない。


結果、今の冒険者ギルドは投資家と金融機関の懇親会場と成り下がった。


もはやこの組織に信頼は残されていない。

王国の賢王エドワードに至っては、即位直後に農業団体に駆除機能を移譲してしまい、密告や対人戦という嫌われ仕事だけを冒険者ギルドに残してしまった。

聡明なる彼は、ギルドにも背後にいる教団にも内心見切りをつけているのかも知れない。




『では俺が駆除を続けても問題は無いのですね?』




「ええ。

ギルド側も、この地区に関しては《自助努力をお願い出来ないか?》の一点張りですから。


…ただ、あんまりおカネ、無いんですけど。」




『では、あまりカネを掛けずに解決するようにもって行きます。』




「そ、そんな事出来るのですか?」




『取り敢えず、ヒッポーから駆除して行きましょう。』




「そのお身体で?」




『あの子達が安静にしろと煩いので、他人の力を借りますよ。』




万が一、俺が変な死に方をしたらあの2人が暴発しかねないからな。

跡は濁したくない。






=========================





「で、俺か?」





『ドランさんも怒ってます?』





「俺とヘルマン以外はみんな激怒していたな。

あんまりテオドラさんを泣かすなよ。」





『あーあ、帰りたくないなあ。』





「言い訳の口裏くらいなら合わせてやるぞ?」





『じゃあ、便所で転んで静養してたって事で。』





「便所で火傷する馬鹿がいるかよ。」





『じゃあ、台所併設の便所で転んだ事にしましょう。』





「衛生的に最悪だな。




さて本題だ。

言われた通り乾燥道具はフルセットで持って来た。」






『対象はヒッポー。

その干し肉を作って下さい。』





「食えるの?」





『判断はプロに任せます。』





「解った。

たまには乾燥職人らしい振る舞いをしよう。

肉さえ持って来てくれれば何とかしてやる。」





『じゃあ、駆除に取り掛かります。』





「狩れるの?

聞いていたより、かなり大型なんだが。

気性も相当荒そうだぞ?」





『弱点が見えましたので、数日前から対策してます。


ほら、昔ドランさんが水棲生物の弱点を教えてくれたじゃないですか。』





「ああ、そんな話もしてやった事もあったな。」





『風聞通り、ヒッポーは1日の大半を河中で過ごしてました。

たまに岸に上がって暴れますが、それ以外は鼻だけ出して水に浸かっております。

近くで見れば体表はかなりヌメヌメ。


かなりの確率で弱点は乾燥。

なので今、河の上流を堰き止めさせてます。』





「河干しか。

昔の人間が水龍退治に使った手だな。」





『ええ。

まずは近辺のヒッポーを干し殺します。

弱った個体がこちらに這い上がって来たら、それを討伐させます。』





「あの子達か?」





『どうしても討伐すると言って聞かないので、俺も妥協しました。』




「オマエにしては珍しいな。

女に危ない橋を渡らせるなんて。」





『最大射程からの投擲攻撃だけ認めました。

回収も禁じております。


なまじの腕自慢だけに、反対し過ぎるのは却って危険だと感じたので。

勝手に突出されたら皆が迷惑します。』





「…どの面下げて言うかな?」






=========================






そこから河が干上がるまで数日。

ドラン爺の模型作りに付き合う。

流石にベテランだけあって、数体の死骸を見ただけで精巧にヒグマ模型を作り上げてしまった。

塗装も完璧である。




「で?

サイズ表も添付して、各所で展示させればいいんだな?」




『ええ。

ヒグマ被害の深刻性を広く訴えたいのです。』




「ああ、そういう趣旨なら一般的なベア系とのサイズ比較ジオラマがいいな。

ブラッディベア辺りと並べて…

それを5組作るか…

あえて高めに値付けして、耳目を集めたいな。

週刊サバイバルの編集長に相談してみるよ。」




『何から何まですみません。』




「俺が勝手に小遣い稼ぎしてるだけだ。

イラスト周りの仕事が生まれればロットガールズに振るぞ?

それでいいな?」




『はい、お任せします。』




歩行に支障の無い状態にまで回復していたのだが、周りが騒ぐのでおとなしく静養してやる。

どのみちこの身体では大立ち回りは不可能だ。

しばらくはベッドの上での謀略に徹するしかない。








=========================






考案したヒグマの忌避臭も今のところは機能しているように見えている。

少なくとも河よりこちらに踏み込んで来る事は無くなった。




「ポールソンさん。

対岸の農地は諦めなきゃ駄目ですか?」




『今後の推移が読めない以上、大森林への接近は控えましょう。

今まで通り、防衛線は河沿いに張るべきです。』




「実った分は丸損か…」




『以前も申し上げましたが地区の損害額を厳密に算出しておいて下さい。

今季の損害額は幾らになりますか?』




「いや、20億ウェンは固いですよ?」




『もっと厳密に算出して下さい。

100ウェン単位まで!』




「いやいや、普段そこまでは計算していませんし。」




『概算では補償を請求出来ません。』




「請求!?

誰に!?」




『帝国です。』




「いやいやいや!

無いない!  それは無い!

帝国の連中が賠償なんかする訳がないじゃないですか!


奴らは過ちを認めない文化だ。

ましてや農民の我々に賠償なんてありえません!」




『ありえないから都合が良いのです。』




「?」




『兎に角、算出を急いで下さい。

申告しない被害には補償もありませんよ。』





支払いの有無なんて駄目元で良いのだ。

大切な事は政治問題化することなのだから。


次に皇帝が我が国に何かを要求しようとしたタイミングで賠償問題をチラつかせる。

これにより、トハチェフスキー公爵には帝室外交を妨害した失点も加算される。

要は公爵を切腹に持っていくだけの材料集めをしたいだけ。

自由都市との関係改善を希望しているとされる皇帝派が、反対者を粛正し易い空気を産み出す。

それが現在の俺が為すべきミッション。

数字は大きければ大きい程、細かければ細かい方がいい。


理想は、トハチェフスキーを粛正した皇帝がその没収財産を被害者への賠償に充てること。

流石にそれはあり得ないだろうが、それに準ずる結論に持って行くはそこまで困難ではない。

この案に乗るのは帝室にとって非常に都合が良いのだ。

自由都市との関係改善を図れる上に、肥沃なトハチェフスキー領を公然と接収する口実が出来るのだから。


無位無官の俺に出来る事は、策略の成功率を1%でも上げる為の材料集め。

絶対に手は緩めない。

どうせ持たざる身、最後の1秒まで攻め続けよう。





「今年の損害額…

57億ウェン。

…これを賠償させるなんて不可能だ。」




『端数は?』




「え?

4587万0900ウェンだけど?」




『今後は意識して端数まで読み上げる癖をつけて下さい。

それがこの地区を助けます。』




「あ、ああ。」




『地区長。

これは戦争なんです。

貴方の世代には理解が難しいかも知れませんが


現代戦というのは

こうやってデータと資料を関係部署全てで共有して

打てる手を全て打って決着を付けるのです。


地区長がデータを緻密に集計すればするほど

政治局や産業局に使える手札が増えます。


騎士が戦場でぶつかりあっていれば済む時代は終わりました。

もはや盤外も盤内もないのです。


貴方も私も一個の駒です。

出来る範囲の事は全てやりましょう。


この総力戦の勝利でのみ

貴方は故郷を取り戻せるのです。


その点だけは自覚しておいて下さい。』





この男にそこまで理解出来るとは思わないが、ニュアンスを変えて同じ話を何度も繰り返す。

国民全員が時代の変化を僅かでも理解してくれなくては、自由都市は確実に滅ぶ。


薄汚く積み上げられた見積計算書の山。

ここが人類の新たなる戦場なのだから。





『それにしても』




ベッドの中で思わず呟いてしまう。


57億か…

行けるな。

皇帝派が失点として公爵を責め得る金額。

満額とは行かなくとも保障費が降り得る金額。



勝った。



後は切腹までのスケジュールをどれだけ早められるか、だ。

…帝国債の募集再開日直前にヒグマ・ヒッポー被害者支援債をぶつけるか?

合同慰霊祭をソドムタウンで開催するのも悪く無いな。

《愛国通信》や《週刊リバティ》なら告知に協力してくれるだろう。

よし、そちらの外堀も埋めておくか。





=========================






「ポール。

ヒッポーの肉を検分したぞ。」




『どうでした?』




「見た目に反して草食動物の肉質だった。

胃の内容物は、大量の草本・根・木の葉。

消化器官の構造上、肉類の分解はほぼ出来ない。」




『なるほど。

食用に向きそうですね。』




「風味は牛肉に似ている。

いや、豚肉と牛肉の中間くらいかな。

ただ食感はかなり固い。」




『ジビエ風味を残したままで、長期保存用の干し肉を作りましょう。』




「野性味を敢えて残すのか?」




『ヒッポーを絶滅させた時に稀少価値が出るでしょう?

奇食家に高く売れますよ?』




「随分、小知恵が回る様になったじゃねーか。」




『誰も回さない事がわかりましたので。

俺が回します。』




「よくぞ言った。

そのセリフ親父さんに言ってやれ、喜ぶぞー。」




『そうですね。

これからは父さんとも、そういう話題を広げてみます。』




「テオドラさんの前では禁止な。

流石にこれ以上お母さんを泣かしたくはないだろう?」




『ですね。』




「小知恵界の大先輩からの提案なんだが

この地方の名物の山椒をレシピに加えさせてくれ。」




『山椒を?』




「ローカル色が強い方が稀少価値が上がる。」




『流石は大先輩。

小知恵界の大賢者ですな。』




「ああ、後継者が太鼓判を押すのだから間違いない。」




俺は本当に良き師に恵まれた。

無論、もう少し早く気付くべきではあったのだが。





ヒッポーの干し肉は高級料理店でイベント食材として用いて貰う。

《国境沿いの農民たちが命を懸けて帝国の侵略から国土を防衛している証》とのストーリーを添えて。

この状況なら、少しでも世論を煽っておきたいからな。




調整はドナルド・キーンに任せる。

あの男からの返信は快諾。


手紙の末尾に

《オマエが無茶ばかりをする所為で、私の王国出張が周囲から反対され始めて困っている。》

と書いてあったので、思わずクスリとする。


アンタ結構面白い奴だよな。

今更だけど。





=========================






余程、忌避臭が効いているのだろう。

ヒグマは河にすら近づかなくなった。

何より上流の堰き止めに成功し河の水位を大きく下げたことで、ヒッポーがかなり苦しみだした。

遂に共食いが始める。




苦し紛れにこちら岸に上がって来たヒッポーの一群をレニーとエミリーが殺す。

食肉が確保出来た個体だけでも27頭。

恐ろしく早い手際である。





「ポール、褒めてやれ。」




『ドランさん。

称賛は、彼女達を更なる危険に向かわせてしまう可能性はありませんか?』





「…あの2人が見ず知らずの女冒険者コンビなら褒めたか?」





『そりゃあ、謝辞も賛辞も述べますし

ポケットマネーから幾らか包まなくちゃマズいでしょう。』





「何故、あの子達にそれをしてやらない。」





『いや…

贔屓する訳じゃないのですが…


やはり付き合いのある仲ですし。

あの子達だけには危ない橋を渡らせたくないんですよ。

エゴだとは自覚してますけど…


だから、例え関係が悪化したとしても

彼女達に賛辞は贈らないつもりです。』




「今、オマエが言ったこと。

そのまま伝えてやれ。」





『?

いや、そんな話をした所で。』




「いいから伝えてやれ。

大先輩命令だ。

今から行って、その通り声を掛けてやれ。」




『…まあ、ドランさんがそこまで仰るのなら。』




2人は何かを言いたそうな表情で無言で俺の言葉を聞いていたが、以降の当たりが柔らかくなった。

年の功とはよく言ったものである。




=========================




ベッドから動かない。

地方役人がこの付近に戻り始めたからだ。

彼ら個々の政治スタンスを把握するまでは、極力こちらの姿は晒さない。

情報は俺が一方的に貰う。

その為の小細工も幾つか仕掛けさせて貰っている。

(酒場に置かせた各社の号外、手に取る順が最大のプロファイリング材料となる。)



誰が敵かを誰よりも早く見極めなければならない。

俺が誰を敵視しているのかは最後まで誰にも悟られてはならない。



この件での俺の目標は国境線の完全なる保全。

全てフラットにもっていく。

プラスマイナスゼロ。

着地点はそれ以外にない。





=========================





「どうもー。

お邪魔してもよろしいでしょうか?

被災地区のお見舞いに参りました。」





一度だけチャリティ団体が訪れる。

こんな危険な場所に珍しいと思ったら、首長国の物流センターで監禁されていた社長グループであった。


本能的に警戒レベルを上げる。

何不自由なく生活している経営者が前線に近い場所でチャリティ?

怪しい。

コイツラに何のメリットがあるのだ?



この小柄な男には見覚えがある。

あの時は衰弱し切っており、周囲の社長から心配されていた。


改めて挨拶を交わすと、如何にも気の弱そうな老人だ。

それこそ部屋の隅っこでお行儀よく座っているようなタイプ。




《懲りてないのだろうか?》



俺のそんな思考が表情に出ていたのかも知れない。





「あはは。

老人の集まりですからね。

あの件で多くの会員が引退しました。

特に各省庁から出向されて来た方は、皆さん出席されなくなりましたね。


それに。

意欲のある方でも、お子さんやお孫さんに反対されてしまうんですよ。」




『そりゃあ、俺だって親があんな危険な活動をしてたら止めますよ。』




「でも、あなた自身は歳を取っても誰かを助けようとしますよね?」




『…出来る範囲でなら。』




「生活に余裕があったら、分配してしまうタイプなのではないですか?」




『…さあ。

でも、自分の生活が困らない程度なら

何かしらを周りにくれてやるんじゃないですか?』




「そういう事です。」




『…。』




「我々はずっと貴方に再会したいと願っておりました。

あんなに親身に助けて下さったのに、名前すら名乗ってくれなかったので。


あれは偉業ですよ!

以後ずっと貴方の話題で持ち切りでした。

せめてこちらの自己紹介くらいは。」





『…偉業に名は必要でしょうか?』






「…なるほど。


そこまで徹底されておられるとは。


失礼。

決して貴方を過小評価していた訳ではなかったのですが。」






『御用件は?』





「いえ、被災地復興の為に財界有志で力になれる事があればと。」





『引き出しの上から2段目に財政面でのレポートがあります。

青色の封筒。


前半はこの地区の復興に関する内容。

後半はややマクロの話になります。』






「え!?

おお!!  これは!?

私達に!?」






『いえ、俺が死んだ時に各所に送付するように指示していたものです。


茶封筒には触らないで!』





「わ!

す、すみません。」





『大声を出してしまい申し訳ありませんでした。

そちらは軍関係者に宛てたものですので。』




「ああ、それはそれは。

青い封筒、どうすればいいですか?」




『この場で目を通して頂きたい。

俺の提案に聞く価値があると感じたなら、想いを受け継いで下さい。』




「い、いや。

極力、希望には沿いますよ。

貴方は命の恩人ですし。


でも、私達の政治主張が貴方と真逆のケースだってあるじゃないですか。

その場合、私はどうすれば良いでしょうか?」





『チェストの上に脇差があります。』





「えッ!?



…な、なるほど。

ですが私は平和主義者なので、そういう暴力的な解決方法は好みません。」





『レポートに目を通して頂いて…

それが平和を阻害すると感じたなら


貴方はこの場で主義を貫徹しなければならない。』





「帝国首長国間の国際幹線道路ですか…

確かオーギュスティーヌ姫の発案でしたな。」




『勿論、俺は楽観主義者ではありません。

当然、弊害はあるでしょう。

先日、帝国軍人と会話する機会に恵まれたのですが

やはり彼も道路の完成が軍の暴発を誘発すると危惧しておりました。』




「…私もこの件に関しては懐疑的です。

いや、正直に申し上げると仲間内でも反対意見を述べておりました。


武力衝突の端緒となりかねないので。」





『織り込み済みです。

衝突が起こればプロジェクトは即座に空中分解するでしょう。

もう誰も1ウェンたりとも出さなくなります。


それでも、秩序の構築に挑んだという事実は残る。

語られた事実は歴史として後世に伝わります。』




「武力衝突の歴史を学んだ者は、より国際関係に悲観し国粋的な思想を持つのではないでしょうか?

少なくとも私は世界の歴史を学び、帝国や王国との完全協調は諦める結論に至っております。」





『ええ、仰る通りです。

なので、だからこそ俺なりに振舞には気を付けております。』




「振舞?」





『俺自身もそうだったのですが。

若い人は年長者の行動姿勢を見て本能的に是非を決めるので。


なので地位や財貨が各案の提唱者たる自分に集中してしまわないように留意しております。』





「行動の動機が私欲か公徳心かという事ですね。

確かに若い方ほどこれに敏感だと思います。


…やはり富の集中は悪徳ですか?」




『悪ですね。

社会の維持発展を阻害します。』




「社会は善ですか?」




『善です。

万民を益します。』




「…貴方のように高潔な方の元に富が集中すれば

より多くの方を救済出来ませんか?」




『愚問ですね。

確かに運用なら幾らでも可能ですよ?


でも俺個人が所有するのは百害あって一利ない。』





「…御言葉を返すようですが。

そのお考えは万民を害します。


貴方も御存知の通り、私も含めて大半の人間は富を私有し継承させる事に躍起です。

理由は簡単、弱いからです。

そうしなければ生き残れないからです。


力量ある方が、それを放棄してしまえば

自分達も放棄させられるのではないかと不安になるのです。


それはとても残酷な姿勢です。

結局は非情極まりない強者の論理です。


民衆は統治者の平凡な欲を垣間見たいのです。

相手も同じ人間である、あって欲しいと願っているのですよ。」





『皆さんは生きれば良い、溜めれば良い。

俺は両方要りません。


それでこの話は終わりです。』





「…貴方の哲学に賛同する勇気はありませんが

それでも御意見を持ち帰らせて頂きます。


幹線道路の件。

私は賛成に踏み切れないと思いますが…


それでも議論する事自体は大いに歓迎する事を約束します。」






レポートは全てこのボランティア団体に託す。

あくまで感触だが、分の良い賭けだろう。

向こうがこちらに持っている負い目も利用出来ると見た。


例え後々反対に回られたとしても、それはここまで足を運んだこの老人達への報酬である。

一切の恨みは抱かない。






「せめてキマイラの討伐報酬だけでも受け取って…  貰えないんですよね?」




『討伐したのは地域住民です。

報酬が発生するのであれば、地区の住民全員に平等に分配してやって下さい。』




「…。」




老人は長い間黙り込んでいたが、「承知しました。」と言って青い封筒を鞄にしまう。

土産にヒッポー干し肉の試作品を渡したら思いのほか無邪気に喜んでくれた。

食品業界にも宣伝してくれるそうだ。






これが現代の戦争風景。

騎士達の激突と異なり、見て面白い要素など何一つない。



陰湿で地味で醜悪。

故にこそ、この戦場は俺と極めて相性が良い。






=========================








遂にはクレア・モローまでやって来る。




「オイオイ、自分は両手に花を堪能してる癖に

大先輩には1人寝させるのか?

酷い奴だなぁ。」




『あ、いえ。

まさかクレアが来るとは思わなかったので。』




「新婚旅行だ。」




『え? 

ご結婚されるんですか?』




「気分だけだがな。

流石に若い娘の戸籍を汚す訳にはイカンだろ?」




『うんうん、全くです。』




「建前だけでもフォローしろや。


…ちなみに、クレアがここに来たのはオマエへの説教の為だから。」




『えー。

もう説教されるの疲れましたよ。


ドランさん庇って下さいよ。』





「俺、辛気臭い話苦手だしな。

オマエが怒られてる間、女でも買いに行って来るわ。」





『新婚旅行の意味ーーーー!!!!』





「ハイハイ。

部屋の隅っこで模型でも作ってますよ。」






ソドムタウンに帰ったら…

こんな日々がしばらく続くんだろうな。

嫌だなぁ。

帰りたくねえな。





=========================





「いい御身分で。」



第一声がそれである。

相変わらずキツイ女だ。




『…久しぶり。』




クレアは軽く溜息を吐くとチェストに見舞い品を淡々と並べだす。




「ここに並んでるの、帝国の軍用薬剤だけど。

戦利品? 鹵獲品?」




『親切な帝国のお兄さんがくれたんだよ。』




「あっそ。

仲のよろしいことで。


成分分析はしたの?」




『してない。』




「この場で簡易分析をするわ。

悪く思わないでね。」




『大人の判断だと思う。』




「知ってた?

貴方も世間的には十分大人なのよ?」





『男の判断を下しただけの話だ。』





「あっそ。

それが美徳とされる時代が続けばいいわね。」





…知っている癖に。

それはもう遠い過去だ。





「毒物反応なし。

品質は…  

開封数日後でこれならブルー判定してもいいかな。」




『結婚おめでとう。』




「ゴッコよ。

誰かさんの大冒険とは違ってね。」





『お互い真面目に生きてるだけなのにな。』





「…そこだけは同感。


ねえ。

ソーニャも混ぜてあげなさい。」





『混ぜる?』





「今の結構な御身分の生活によ。


一応、あの2人には話を付けておいたから。」





『おいおい。

勝手に話を進めるなよ。』





「それはこっちのセリフなのだけれどね。


あちこちでトラブルの種をバラ撒くの、いい加減やめてくれないかな?」





『トラブルの種?

俺は事態の収拾に動いてるだけだ。

まかり間違ってもトラブルの原因になんてなっていない。』































「ば~~~~っかじゃねぇの!?」










『ッ!?』










「…貴方の所為で皆が迷惑してるわ。

ここで根回ししておかなきゃ刃傷沙汰に発展するわよ?」










『…いや、あの2人にはそういう事はさせないつもりだし。』






「言って退くような女ならここに居ない。

違う?」






『…まあな。』





「それにソーニャがあの2人を殺す可能性も高いわ。」





『いや!

あの子はそんな事をする子じゃないよ!!』






「…ねえ?

貴方、ソーニャの何を知ってるの?

ちゃんと、知ろうとしてあげた?


昔から何度も忠告してあげてるわよね?

もっと人間を見なさいって。


いい加減、大人になりなさいよ。」






『…。』





「一応教えておいてあげるけど。

女も普通に殺し合いしてるよ?」





『…政治の舞台とかだと、そういう謀略戦があるとは聞いている。』





「違う違う。

普通に剣を抜いてチャンバラするし

死体が出たら埋めてるよ?

最後に皆で口裏合わせてオシマイ。」





『いや、それは流石に

スラムとか、地方とか、そういう治安の悪い場所ではそういう事もあるかもだけど。』






「アンタ馬鹿?


中央区でも普通にある話なんだけど?

っていうかコニー・キスリングって貴方の同級生よね?」





『え?

コニーさん?


昔、ラクロスサークルに居た人だよな?

中等学校の時のクラスメートだよ。』





「それを殺したのがミミ・ブレッドだから。」





『え!? え!? え!?

いやいやいや!

あの2人は友達だろ!?

いつも仲良さそうにしてたぞ!?』





「ああ、男の人の目にはあんなのが仲良しに見えるんだ。


脳味噌マシュマロかよ。」






『殺したって…

ブレッドさんは普通の主婦だろ?

いつも朗らかで優しい女性だよ。

そんな人を傷つけるような事をする訳がない。』






「旦那にちょっかい出されたら殺すでしょ、普通?」






『い、いや!

それはおかしい!!

そんなの間違ってるよ!!


確か交差路の店主だろ?

昔から遊び人で有名だ。

悪いのはアイツなんだよ!

男の間でも評判悪い奴なんだよ!』





「悪いけど。

男の人同士の評判なんて、私達には関係ないから。

売られた喧嘩は買うし、相手の子供も同罪。


ロットガールズでさえ

婦人用の脇差くらいなら全員ポーチに入れてるから」





『…それは流石に信じ難い。

大体、そんなニュースは報道されないじゃないか!

俺は聞いたことないぞ!!」





「あのねえ、男の人同士がこれだけ世界中でドンパチやってて

毎年数えきれないくらい死んでる訳じゃない?


ならどうして女同士でそれが起こらないって言えるかな?

考えればわかるでしょ、普通?」






『…。』






「男の人って強い方がモテる訳じゃない?

生物学的な常識よね?


だから男の人同士の殺し合いで生き残った方は、その戦果を大いに喧伝する訳でしょ?

その方が生物として得だから。


貴方だってそうでしょー?

強い男に思われたいよねー?

男の子だもんねー?

いつもオトコノコ向けの冒険絵巻必死で読み漁ってるものねー?


でも、女は逆なの。

ちょっとでも暴力的な噂が立つと、すぐに縁談が潰れて婚期逃しちゃうの。

だからみんな必死に死体を隠すし、口裏も合わせる。

口の軽い馬鹿は真っ先に埋められる。


みんなそういう淘汰圧に何百万年も晒されて、それでも勝ち残ってここに居るんだよ?」





『…。』





「地域性とか関係ないから。

帝国でも王国でも首長国でも合衆国でも、これは普通にある話。

多分、魔界でも似たような女ルールはあるんじゃない?」





『信じられない。』





「信じなくてもいいのよー。

女にとってはその方が都合が良いから。

純真なオトコノコってとってもチャーミングだしね。


でも、もしもこの話が事実だったらどうする?

貴方の無知が周りの女を全員殺すよ。」





『…それは、嫌だ。』





「そうよね。

嫌よね?


そういう下らない悲劇を防ぐ為にも婚姻制度は存在するの。

社会や国家が存在するの。

慣習、法律、文化、全てがそう。


子供みたいに反発している暇があったら

それらのルールが存在している理由を

もっと真剣に考えなさい。」





『…うん。』





「人の男には色目を使わない。


これ女の法律なんだけど

何でこんなルールがあるかは理解出来る?」





『い、いや。

それはトラブルとかの原因になるから。』





「男は女にとって唯一の財産だからよ。

オトコノコと違って女にはそれしかないの。


…だから、もっと優しくしてあげて。」






=========================






『ドランさーん。

何で助けてくれなかったんですか。』





「アレはオマエへの説教に見せかけた俺への警告だから。」





『いつも飲み屋でああいう話をしてるんですか?』





「?

普通にグルメや旅行の話をしてるぞ。」





『みんな俺にだけマジな話をし過ぎ…』





「昔から《馬鹿な子ほど可愛い》って言うからな。

それだけオマエは愛されてるのさ。」





『…俺、どうすれば大人になれるんでしょうね。』





「笑え。」





『…!?


それ、友達にも言われました。』





「オマエ、必死な顔し過ぎ。

俺は年上だから許容してるけどさー。


若い子には結構プレッシャーになってるんだぜ。

威圧し過ぎなんだよオマエ。」





『俺、陰キャですし威圧なんか出来ませんよ。』





「オマエの内面や半生なんて誰も知らねーよ。


若い子からしたら、自分の親ほどの年齢の人間が1人でテンパってるんだぜ?

怖いに決まってるだろ。


大体。

オマエがカフェに来た頃、俺やヘルマンがどれだけ気を遣ったと思ってるんだ。」





『そうなんですか?』





「オマエ、いつもマーサさんの後ろでずーっとビービー泣いてたからさ。

俺達、持てる全ての愛想を絞り出してたんだぜ?

ヘルマンの子分がドン引きしてたわ。」





『それは悪い事をしました。』





「次はオマエの番だ。

わかるな?」





『…俺なんかに出来るでしょうか。』





「笑え。

政治に関わるなとは言わん。

闘争するなとは言わん。

オマエが男子である以上、それは避けては通れない道だ。


だがな。

志を貫く事は、誰かの日常を脅かす言い訳にはならんぞ。」






『…。』






「道化だ、男は!

所詮みんな、笑われる為の道化だ!


オマエも本当は理解している筈なんだよ。


もう充分泣いただろ?

次は誰かの涙を止める番だ。



…オマエなら出来るよ。」





=========================






深夜。

映らない鏡の前で笑ってみる。




「どうもー、出来の悪い息子でーすww」




陰気で空虚な声は想像していたよりも大きく響き、しばらく俺の耳に残り続けた。





もしも大人として振舞えたら、俺は誰かの光になれるのだろうか?

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