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【清掃日誌47】 三角関係

頭痛が痛いな…

眉間の奥がズキズキする。


痛み?

生きてるのか、俺?



記憶が混濁している。

巨大キマイラに放り投げられた俺は…






   「あ、意識が戻ったみたいッスね。」



   「良かった…  本当に…」






…ここは?

ベッド?

俺、寝てたのか?

目が薄っすらと開くが、完全に心身が戻って来ない。







   「やっぱりエクスポーションでなきゃ駄目だったのかも…」




   「カネがあったら、そっちを買いたかったんスけどね。

    そうだ!  キスしてみて下さいよ。

    きっと目を覚まします。」




   「レニーちゃんに悪いよ。 私なんか…

    追放されちゃった身だし。」




   「いつも言ってますけど、自分に嘘を吐くのは良くないっスよ。

   一番良くないのはこの人なんスけどね。」







何だ?

枕元に誰か居るのか?


女?

聞き覚え?


俺…

生きてる?





   「ああ、ポールさん…」




   「湿っぽいのは無しっスよ。」




   「そ、そうだよね…」

 



   「堂々としていればいいッス。

    アタシ達はパーティーなんだから。」





パーティー?

ああ、そっちの。

宴じゃない方のパーティー。

冒険者用語の。


ああ、一度組んだな。

活動実績は厩舎掃除のみだけど。


あれって解散したんじゃなかったか?

よく覚えて無いな。





   「ポールさん、私達の声が聞こえますか?」




   「聞こえてないなら聞こえてないと返事して欲しいッス!」





あれ?

呼び掛けられてる?

返事した方がいいのか?





   「ポールさん。  ポールさん!」





   「意識はあるッスか!?」 






あ…  あ…





『…マーサ。』





    「え? マ…?」



    「カーチャンの名前っスよ。

     この人マザコンだから。」



    「ああ、そういう…」




  


『…あ、う。』






2人の女が覗き込んで来る。





「ひ、久しぶり…  だね。」




「御無沙汰ッス。」






記憶の糸が降りて来て、世界と繋がる。


あ、思い出した。

一緒にパーティー組んだ。。

衣装係にクローク係。






     「ねえ、お兄さんは自分の名前、好き?」






こういう場合。

名前を呼んでやった方がいいのか?





『エミリー…  レニー。』




「うわああんっ!!!!」





片方が抱き着いて来て、俺の胸で泣きじゃくった。

不意の事なので戸惑う。





「ポールさん。

ちゃーんと抱きしめてあげて下さいッスねー。

アンタに追放されてから、エミリーはずっと泣き暮らして居たんスから。」





あ、こっちがエミリーだったか。

じゃあ、あっちがレニー。

うっかり逆に呼び掛けてしまう所だった。






『…ああ。

声が…  まだ…』






「無理して喋らなくていいッスよ。

生きてるのが不思議なくらいなんスから。

アタシ、全身発火しながら身体に穴開けてる人なんて初めて見たッス。


…ああ、安心して下さいッス。

火は消しましたし、身体の蓋も閉めておいたッス。

お腹に謎空間発動させるのやめて下さいねー。

アタシ、蓋を閉じる時に2回くらい死に掛けましたから。」





『…あ、あ。


ゴホっ…。


…世話を掛けたな。

君にはいつも。』





「勘違いしないで欲しいッス。

お母様に頼まれてたから、助けてやっただけの話ッス。」






『…?』






「ほら、音楽祭の時。


マーサさんからアンタのこと。

《くれぐれも宜しくお願いします》

って泣きながら頼まれたッス。」




『そうか。』





「だから女子の掟に従って面倒見てやるッス。

世話を焼いてやるッス。」





『…ありがとう。』





「お礼なら親御さんに言いなさい。

あんまり心配掛けちゃ駄目っスよ。」





『そうだな。』





…不思議だ。

この女と話していると妙に毒気が抜かれる。

良くも悪くも戦意が削がれる。





『ありがとう、エミリー。』





「どういたしましってオイイイイイイーーーーーッ!!!

アタシはレニーッス!!!!

女子の名前を間違えるなんてウルトラギルティッスよおお!!!!」





『?

…そうか、戦闘直後で記憶が混濁しているようだ。』





「…いや、戦闘関係なくアンタ絶対女子の名前覚えられないヒトっスよね?

いい歳なんだからカーチャン以外の名前も覚えましょうよ。」





『…善処する。』





スマンスマン。

俺、女の名前を覚えるのが苦手なんだよ。

モンスターの正式学名なら一瞬で暗記出来るんだけどな。。

おかげで子供の頃はクラスの女子達から大いにキモがられたものだ。





=========================





身動きが取れない上に意識の半分が戻らない俺にレニーが淡々と状況を説明する。



・現在は戦闘から16時間後。

・キマイラは完全沈黙

・ここは廃農家跡。

・俺は死に掛けている。




「ほら、エミリー。

アタシは休憩して来るから…

後は任せたッス。」




レニーは優しくエミリーの肩を叩くと、ドアの外に出た。

起き上がれない俺は目線で見送る。




「…色々、ごめんなさい。」





『いや、君が詫びることなどないよ。』





「私、どうしてもポールさんの役に立ちたくて…



ゴメン、嘘。

一緒に居たかっただけ。」





『…気持ちは嬉しい。』





「…迷惑だよね。」





『いや。

君を迷惑に思った事はないよ。』





「私ね、ズルい女なの。

嫌な女なの。

嘘ばっかり吐いてるの!!


レニーちゃんにずっと助けて貰って来たのに。

出し抜くことばっかり考えてる。」





『奇遇だな。

俺も似たようなものだ。』





エミリーは、もっと快活に笑う印象だった。

さっぱりとした姉御肌の自立した女性。

それが彼女に対する印象。


だが俺が追放を告げた事で、彼女の中で何かが壊れたらしい。

心が平衡を失ったのだ。


それまで笑顔を絶やさない人生を送っていたのに笑えなくなった。

それまで殆ど泣いた記憶もなかったのに、涙が止まらなくなった。

何より自他ともに認める中性的な性格が失われ、女を抑えられなくなった。




「自分がこんなに弱い女だったなんて

…知らなかったの。

女同士で固まってるような子達、無関係な存在だって思ってた!

自分は進歩的で自立した女だって思い込んでた。


でも、あの日から。

ずっとレニーちゃんに依存してるの。

1人で寝るのが怖いから、夜も一緒に居て貰ってる。」




『そうか。

せめてもう少し配慮した物言いを心掛けるべきだった。

すまない。』




「…悪いのは私だから。」




そこまで言うと、またエミリーは涙をこぼす。

思い出した。

俺は彼女の太陽のような笑顔に惹かれていたのだ。

快活な性格も内心羨ましく思っていた。




「さっきもレニーちゃんに叱られたの。

ポールさんが目を覚ましたら、笑顔で迎えてあげなきゃ駄目だ、って。


でも、どうしても笑えなくて。

何もかもわからなくなってしまって…


私…  私ッ!!


ごめんなさい。

本当はポールさんにこんな顔見られたくなかったの。

幻滅したでしょ?」





『…俺もさぁ。


笑う練習してるんだ。

友達が五月蠅くってさあ。』






   「笑え。」






『顔を合わせる度、笑顔笑顔って注意して来るんだぜ。

陽キャってそこら辺、遠慮がないよな。』

   




「…うん。」





『だから。

時間は掛かると思うけど…

俺は笑い方を見つけに行くよ。


君も取り戻して欲しい。』





「…はい。」





=========================





不意にエミリーが扉を見て、慌てて外に出る。





   「ゴメンね、私ばっかり独り占めしちゃって。」



   「言ったっスよね? 謝るの禁止。」



   「ゴメンなさい。」



   「本当は泣くのも禁止したいんスけどね。」





5分位ドアの外でヒソヒソ話し合ってから、入れ違いにレニーだけが入って来る。


俺にはよくわからんが、女同士にはそういう細かい作法があると聞いた事がある。



  



「ポールさん、今いいッスか?」




『あ、うん。』




「ここの組合長。

ポールさんは婿だって主張してるんですけど。

本当ですか?」




『ただの依頼主。

1ミリも婿入りしていない。』




「娘さんと契りを交わしたとも主張してるんスけど。」





『契っても交わしてもいない。』





「じゃあセックスはしてないんスね?」





『ちゃんと回避した。』





「でしょうね。

ポールさんって逃避だけは一流だから。」





『否定はしない。』





「今、表にその組合長が来てます。」





『…へえ。』





「娘を連れて。」





『なるほど。』





「父親の方は我慢出来たんスけど。

娘の方がねー。

妙にメスマウントを取って来るんで

アタシもイラついて…


《今、パーティー恒例の3Pセックス慰労会してるから入って来たらブッ殺す》


って啖呵を切ってきたッス。」





『最近冒険者ギルドはセクハラ発言の厳禁に動いてるから…

お互い注意して行こうな。』





「昔は酷かったみたいッスからねえ。


で、ここからが本題。

エミリーの追放を取り消して下さい。



…アタシが怒ってるの、わかりますよね?」






『わかるよ。

昔から怒られ慣れているから。』





「あんまりお母さんに手間を掛けさせちゃ駄目っスよ。


で?

追放の件は?」





『取り消しをさせて欲しい。

…彼女さえ良ければ。


いや、一言詫びたいというのが本音かな。

女性が危ない橋を渡る事にはこれからも反対し続けると思う。』





今、思えば。

もっとやりようはあったな。

ギリアムからも指摘された事だが、物は言いようが全てなのだ。

男は苦しい時ほど明るく振舞うべき、とも諭された。





「じゃあ、エミリーと2人きりになったら

自分の口でそう言いなさい。」





『君は居てくれないのか?』





「…ポールさん、そろそろ乳離れしましょうや。

女と話を付ける時に、女に付き添わせるとか…

ウンコ以下ッスよ?」





『そうだな。

猛省する。』





「用件はそれだけっス。

事務的な話は、ポールさんがもう少し回復してからにしましょう。


じゃあ、ここまで送ってくれた傭兵さん達にお礼言って来るんで。

何かあったら声掛けて下さいッス。」





『君は本当にいい女だな。』





「ありがとッス。

でも、そのセリフはエミリーに掛けてあげること!」





『…うん。』





=========================





エミリーと2人であれからの事をポツリポツリと報告し合う。

俺は戦争の話をかなりオブラートに包んで話した。

自分自身が戦闘に加わった話は伏せるが、恐らく見抜かれているな。




「私とレニーちゃんは…

首長国との国境付近で冒険者としてのクエストを受けていたの。

…未練だけど。  …貴方への。


それで、しばらく過ごしていたら

ゴーレムに乗った民間人が国境破りをしたって噂が流れて。

すぐに軍が情報統制に動いたみたいなんだけど…


乗ってたのはポールさん以外にあり得ないって思って。

それから足取りを追い続けて、何とか追いついたの。」





…まあ、あんな事しでかす奴って限られてくるよな。

消去法で俺しかいないだろう。






『足取り?』






「変わった事件を追って行けば、その先に必ずポールさんが居るから。」






『流石に大雑把過ぎだろう。』






「でも、《ドブ溝奇跡事件》ってポールさんの仕業でしょう?」





『…緻密な捜査に敬意を表する。』





「そうしたら、ヒグマやヒッポーをソロで狩った人が居るって大騒ぎになってたから。

隣村から慌てて駆け付けてきたの。

丁度、山岳民の傭兵が滞在してたから、レニーちゃんも山の出身だし

それで途中まで送って貰えて。」





『田舎は噂が早いな。』





「両方とも討伐難易度B+だよ?

心配するに決まってるじゃない。」





『そうか、B+か。

随分安く請けてしまったな。』





「この村に到着したら…

ポールさんがキマイラを1人で討伐しに行ったって聞いて…」





キマイラの討伐難易度はA。

データに無い特殊固体に至ってはSとされるらしい。

本来なら複数の州軍や騎士団が十分な討伐計画を練ってから対策する相手である。





『そりゃあ、驚かせてしまったな。』





「…凄く驚いた。

ポールさん燃えてるし。

何かを発射しているし。

空中で動いてるし。」





『…俺のパーティ。

戻って来る?


いや、また一緒に居てくれないかな。』





「レニーちゃんに、そう言えって言われたんでしょう。」





『…うん。』





「酷い人。」





『ゴメン。』





「私って嫌な女だから。

最初にポールさんがレニーちゃんを呼んだ時安心したの。


《こんな子が相手なら盗られずに済む》って。


その癖、表向きでは友達ぶって。

でも心の中でレニーちゃんをずっと馬鹿にしていた。


ね?

最低でしょう?


私、自分がこんな人間だって知らなかった。」





『…そっか。

嫌な奴同士、仲良くしようぜ。

俺もさあ、日々自分の駄目さ加減を発見し続ける日々だ。


きっと、これからも最低記録は更新され続けるんだと思う。

…でも、頑張って少しでもマシな男を目指すよ。』






突然、キスをされた。

そういう文脈ではなかったので少し驚く。

そしてエミリーは泣き崩れながら詫びる。





「ゴメンさない!!


《抜け駆けはやめようね》

って自分から言ったのに!!!


ゴメンなさい!!!!

今もこうやって貴方の気を惹こうとしてる!!!!!


ゴメンなさい!!!!

ゴメンなさい!!!!

ゴメンなさい!!!!」





ああ、この女の事がよく分かった。

最初からそうだった。

頭の回転が良過ぎるのだ。

おまけに果断。

自分を客観視出来過ぎる。

その上、妙に潔癖な性格をしている。

だから自分の美点や功績に目が向かない。

悪い部分だけを見つけては責め続ける。



愚かな女だ。





俺と居るのは苦しいか?、と尋ねる。

とても苦しい!、と返される。

レニーが居れば大丈夫か?、と尋ねる。

あの子が居なければ死ぬ。、と返される。






『じゃあ、パーティー復活だな。

レニーが承諾してくれればの話だけど。』



   



「いいッスよ!!」






突然、窓が開く。

そこにはレニー。

背後には討伐依頼主の地区長と… 恐らくはその娘。





「あ、ポールソンさん。

手紙、言われたとおりに出しておきましたので。」





地区長が窓越しに発送明細を見せようとして来る。






「ちょっとおおおおお!!!!」





「うわっ!

何ですか?」






「何ですか、じゃないッスよ!!!


見てわかる通り、我がポールソンパーティーは

討伐成功3Pセックス慰労会を開催中ッス!!


部外者は見学禁止ッスよ!!!

ブッ殺すッスよ!」





「え!? え!? 

あ、それはスミマセン!!」





地区長はどこかに行ってしまう。

勢いって大切だよな。





「お2人さん。

仲直りックスは済ませましたか?」





「…ゴメンなさい。

私、レニーちゃんが居てくれないと

出来ない… かも。」





「…スンマセン。


アタシも別に経験豊富な訳じゃないんで。

そーゆー高度なプレイは不可能ッス。


ポールさん!

アンタ、バツ1の年上男性なんだから場を上手く収めて下さいッス!」





『ゴメン。

俺、陰キャだから複雑な人間関係に対応出来ない。』





「はあ~つっかえ!

マ~ジでつっかえ!」





=========================





3Pとまでは行かなかったが、リラックスした雰囲気となり休憩を取った。

そもそも、俺は死に掛けていて起き上がることすら困難なのだ。

その提案は後日引き出す時まで貯金させてくれると助かる。


…もしもフランキー先輩と再会出来たら

こういう場面での対応方法も教えて貰おう。



アイテムボックス濫用の後遺症なのか蓋が噛み合わせなくなったので、以後の俺は衣服の上から縄帯を巻く事となった。

また、相変わらず鏡に姿が映らないので、髭は2人に剃って貰う。





「なーんで鏡に映らないんっスかね?」




『鏡に向かって《消えろ》って言ったら、映らなくなった。』





「ああ、そいつは自業自得パターンっスね。」





『否定はしない。』





「じゃあ、追放しても追いかけてくれる女の子の貴重さはわかるッスね?

エミリーほど健気な女子は居ないッスよ。


アンタがまだ死んでないのはエミリーの応急措置のおかげッスから。

ちなみに、あの時のアタシが空中キャッチ出来たのも

エミリーの風魔法あっての事っス。」





『ありがとう。


何?

俺、やっぱり死に掛けてる訳?』





「…身体に穴ボコ開けてる人が何言ってるんスか。」





『何で俺生きてるの?』





「医者に聞いて下さい。

もしくは児童向け冒険絵巻の作者。」





『…実は俺、まさに児童向け冒険絵巻の作者なんだけど。』





「…いい歳なんスから、現実とフィクションの区別は付けましょうねー。」





『…よく言われる。』





「で?

医学的見地はさておき、冒険絵巻的には何で生きてるんスか?」






『業界ではギャグキャラ不死身の法則ってあるんだけど。

お笑い担当キャラは売り上げに貢献するから基本的に作者が死なせないんだ。

死亡シーンを書こうとすると編集長に怒られる。』






「アンタが死なない答え、既に出てるじゃないですか。

こっちは1ミリも笑えねーッスけど。」





『…これからは、もう少し明朗な人間になるよ。』





「言質取ったッスよ。


()()()()()明るく楽しく生きて下さい。」





『…わかった。

全力で取り組むことを約束する。』





「…ハイ、説教終わり!


じゃあ頭切り替えるッスよ。

これからの事を考えましょう。


ポールさん、先の事何にも考えてなかったんスよね?」






『…うん。』






「死ぬつもりだった?」






『うん。』






「まだ死にたいッスか?」






『わからない。』






「じゃあ生きてよッ!」






『そうする。』





「…OK.

本人の同意も取れたことですし。

まずは治療に専念するッス。


エミリー。

この人を回復させるには何が必要ッスか。」





「火傷を回復させる状態回復薬。

お腹の蓋は… 多分超常の一種だから一生治らない。

厳重封印しなくちゃ駄目。

…ポールさんは誰かが困ってたら、その超常を使うと思うけど。


後、かなりの栄養失調状態だから。

魚介系を中心に滋養のあるものを摂取させないとマズいと思う。」





「あ、スンマセン。

今のは下ネタ的な答えを期待したフリでした。


《回復に必要なのは乙女の愛でーす♪ いつでも準備OKでーす♪》


とか言って場の雰囲気を和ませて欲しかったッス。」






「この状態で… セックスしたら…

ポールさん死んじゃうと思う。」





「アタシ的にはそれでもいいんスけどね。

年齢的にもそろそろ産んでおきたいと思ってたし。


でもまあ、片親は生まれた子が可哀想だから。

今は勘弁してやるッス。」





『…仲いいんだな。』





「そりゃあ、ここまで助け合って旅をしてきたッスから。

女2人って、大変なんスよ?」





…だろうな。

頼りになるギリアムとの男旅でさえも結構な苦労はあった程だから。





「無一文なんでしょう?」





『カネ?


ああ、多分無かった思う。』





「中央区のボンボンが無一文とか

逆に上級国民的な余裕を感じてムカつくッスけどね。


さっき、地区長の所に、ポールさんの仲間を自称する人達が居たんですけど

あれ、仲間っスか?」





『…一応。』





「アタシ達は仲間っスか?」





『…かけがえの無い仲間だ。』





「その言葉に感情こもってたら合格点あげたんスけどね。

…しばらくはリハビリかな?」





『…。』





「どうせあの人達の面倒見るんでしょう?」





『頼まれれば。』





「と思ったので、アタシの独断であの人達に薬草とか集めさせてます。」





『え!?  それは悪いよ。』





「いいも悪いも。

ポールさんが死んじゃったら、あの人達の人生詰みますよ?

他に頼るアテもないみたいですし。

それは本人達も理解してるみたいなんで、かなり熱心に薬草や食材を集めてくれます。」




『一応、まとまったカネはくれてやったつもりなんだが。


…そうだな。

詰むな。』





「優先すべきは、その火傷。

エクスポーションがあれば治るんスけどね。」





『俺、火傷してるの?』





「火達磨になってた人が何を言ってるんだか。

大体、誰にやられたんスか?

あの辺に炎系のモンスターは居ないはずッスけど。」





『戦闘を有利に進める為に必要だったから

自分で自分に火をつけた。』





「…あっそ。


何度も同じこと言って恐縮なんスけど。

ガキじゃねーんだから現実と絵巻物の区別はちゃんと付けましょうや。


…ねえ。

アンタもういい歳でしょ?


じゃあその技、永久封印ってことで。

OK?」





『OK。』





「はい、それじゃあミーティングを纏めます。

今後の我々は!


1、火傷の治療をする。

2、栄養補給をする。

3、各種外傷の治療はポーションで賄う。

4、生活費をキープする。

5、セックス可能な水準まで体力回復したら目的達成とする。


↑ これでいいッスね?」





『はい。』





「じゃあ、地区長と旧パーティーメンバーの皆さんを

一旦ここに入れていいッスね?

当然、地区長の娘は出禁。


いいッスね?」





『はい。』







=========================






カネとポーションをレニーがその場で彼らから巻き上げていた。

俺は内心冷や冷やしたが




「この人を生かしておかなきゃ

ここにいる全員が死ぬッスよー!」





との言葉に全員が納得した。

幾ら俺の策が万全とは言え、即座にトハチェフスキーに届く訳でもない。


…じゃあ、生きざるを得まいか。







皇帝の近臣にあのキマイラを見せる方法はないだろうか。

いや、流石にそれは高望みだな。

親皇帝勢力の要人。

せめて将官クラスのコメントを何とか引き出せないものか。




やり方次第でトハチェフスキーの改易・切腹まで持って行くのは、そこまで難しくない。

現在の国際情勢がそうなっているのだ。


ただ、それが5年後10年後では話にならない。

現場は今、苦しみ抜いているのだから。






=========================






地区長とは入れ違いに、2人をここまで送った傭兵がお見舞いに来てくれる

山岳民の割にガタイはかなり良い。

帝国人とのハーフなのだろうか?




「はじめましてーーーー!!!

任務中故、身元は明かせませんが

小生は帝国軍人であります!

ちゃんと検問は通って参りました!!!」




馴れ馴れしい笑い方。

きっと笑顔を維持する事を強要される環境にあるのだろう。

山岳民か…

帝国ではかなり差別されるって聞いたしな。





 「ええ?

 傭兵って言ったじゃないッスかぁ!」





「軍人だよー。

オジサン、ちゃんと言ったじゃなーい。」





『はじめまして、ポールソンと申します。』





「おお! ポールソンさん!

素敵なお名前ですなー!!!


こちら、お見舞い品です。

エクスポーションと火傷用の治療薬。

どうぞ、御笑納下さい。」





『いや、困りますよ。

こんな高価なもの受け取れません。


それに仲間を保護して下さったとも聞き及んでおります。』





「ははは。

御婦人をお護りするのは騎士として当然の務めですよ。

我が国から越境したキマイラを単騎討伐した勇者が居ると聞きまして。」





『…虚聞でありましょう。

あのキマイラは地区の住民達が命を賭して討伐したものです。』




「…なるほど。

それだけ大きく御負傷の貴方は討伐に関係が無い、と。」




『便所で転びました。

故に見舞われる道理がありません。』




「ははははww

便所で転ばれましたか。

それは災難でしたな。


では、キマイラの討伐は…

この地区の住民の功ということで宜しいのですか?」




『如何にも。

彼らは多大なる犠牲を払いながらも、自分達だけの力で事態を収拾しました。

貴国が適切な国境管理を行って下されば必要の無かった犠牲です。』





「…仰る通りですな。」





『貴方に申し上げるのは筋違いだと思いますが

それでも、この場を借りて貴国の無道に対して強く抗議致します。』





「我が国が隣国の皆様に多大なる被害と苦衷を与えてしまった事

厳粛に受け止め、深くお詫び致します。


…無論、不可逆な形での再発防止策も講じます。」





思わず感情的になってしまったが…


見た目に寄らず如才のない答弁をする男だ。

帝国軍人にしては珍しい。

外交部にでも所属していた事があるのだろうか?





「それはそれとして薬剤を受け取って頂きたい。」





『断る。

恵んで頂く理由がない。』





「ふふふww

聞いていた通り難しい御仁ですな。


レニー殿!エミリー殿!

さぞかし苦労されておられるようで!」





  「本当ッスよ!! 

  振り回されっぱなしッス!」






「ではポールソン殿。

代金として一手御教示願いたい。


それであれば薬剤を受け取って下さりますよね?」






『…生憎、俺は無知無学の身です。』






  「傭兵さん騙されちゃ駄目っスよ!

  そこのポールソンは隙あらば教養をひらけかして

  女の前でいい格好をしようとします!

  そこさえなければ、アタシはガチ惚れするんスけど!」






「ははは。

教養人と出会えたのは小生の幸運でありますな。


これも何かの縁です。

どうか教えを乞いたい!」





『…。』







男は横たわる俺を静かに見据えて言った。







「世界から無駄な戦いを無くす為に…

我が国は何を為すべきでしょうか。」







確かにそう言ったのだ。








『世界中に戦争を仕掛けているあなた方がそれを問いますか?

それもこれだけの被害を受けた国境の町で!

今回の越境事件でどれだけの人間が殺されたと思っているんだ!!』





「…お怒りは御尤もです。

きっと全世界の方が我が国に対して同じ考えを持っているに違いありません。


ですが。

だからこそ、小生は道を探りたいのです。」






『ならハッキリ言わせて下さい。


そもそも!

貴国の皇帝陛下が問題なんですよ!!


口先では和平論を唱えながら、諸侯を全然統制出来てないじゃないですか!

いや諸侯どころではない。

大隊長クラスの卑官が独断専行で周辺国を脅かしている!!』






「…皇帝は、愚かな男ですからな。

何も知らないことが言い訳になるとすら錯覚している。

断じて帝位になど就くべきでは無かった。」






『失礼。

少し感情的になってしまいました。


貴方の御主君に厳しい物言いをしてしまった事を深くお詫び致します。』







「いえ、正しい御指摘だと思います。」







『…現実的な話をします。


必要なのは道理に基づいたディスカッションであって

感情をぶつける事では無かった。』






「…。」






『首長国の第九王女であられるオーギュスティーヌ姫。

御存知でしょうか?』





「…ごく最近、盟友からその名を教わりました。

確かあまり芳しくない綽名で呼ばれておられた。

首長国との和平に道筋を立て得る人物であると。」





『学者姫。』





「…その名です。」





『貴国と首長国で合弁会社を起ち上げ

産業用道路を建造する案を提唱されておられます。』





「概要は小生も聞いております。

悪くない話だとは思います。」





『御存知でしたか。

少なくとも俺はその計画こそが両国の平和に益すると確信しております。』





「いや、それは楽観論でしょう。

道路が出来れば、そこを通って勝手に攻め込む不心得者が現れるやも知れません。

我が国の国風はポールソンさんも御存じですよね?」





『軍事衝突は、当然起こり得るでしょうね。』






「…それでは逆効果なのではないでしょうか?

少なくとも小生の周囲は道路が大規模軍事衝突を引き起こすと信じております。」





『…我が国で。

いや、我が国である必要も無いのですが。

第三国も交えたプロジェクトである事に意義があります。』





「ああ、なるほど。

ソドムタウンで起債するのであれば、厳密には3か国プロジェクトですな。」





『万事において、第三者の存在は

軋轢や衝突を和らげる方向に作用しますので。


帝国は巨大になり過ぎたので、オブザーバーになれる勢力は極めて少数です。

ですが。

それでも仲介者を確保する努力は怠るべきではありません。』





「ははははは。

美女を両脇に侍らせている御仁がそう仰るのなら、それが正論なのでしょう。」





『せめて衝突の原因にならないように励みます。』







実際問題。

帝国・首長国・自由都市は国際社会の主要プレイヤーである。

この3国が本腰を入れて三角外交関係を構築出来れば…

当然、牽制はあるだろうが…

それでも無駄な争いは減少するのではないだろうか?







「…よし!

腹が決まりました!


小生も道路計画に賛同します!

責任を持って!」





『我が国が国際社会にとって、善き隣人となれる事を願っております。

そして貴国もそうあってくれると信じております。』





「…誓いましょう。」





『それにカネさえ出させておけば

自由都市の財界人が勝手に和平維持に協力しますしね。

起債の際に、投資家と交流を図れば外交的なパイプも構築出来るのではないでしょうか。

我が国の総合債権市場でしたら、世界中の資本家が集っております。


現に首長国王族は積極的にパイプ作りに勤しんでおります。

帝室もこれに倣えば、もっと世界は緊密となり

無駄な争いが生じにくい風潮が生まれるのではないでしょうか?』






「皇帝は…

生まれの悪さもあり、宮廷内でも野人と嘲笑されるような無教養者です。

きっと大いに恥を晒し、皆様に迷惑を掛けるのでしょうな。


ですが、時代から逃げる事は許されない。」





『帝国の皆様の御苦衷お察しします。』





「ポールソンさん。

貴方、さぞかし学のある方なのでしょう。


帝国に仕官してみませんか?

財政顧問はかたいですぞ。

見た所、帝国の血がかなり入っているようですし

紹介状でも書きましょうか?」





『…お察しの通り母が帝国人です。

ただ、父が賤業に従事しておりまして

恐らく帝国に行ったところでお役には立てないでしょう。

発言の是非が生まれで判断されるお国柄と聞き及んでおります。』





「ははは、耳が痛いですな。

小生は母親が…  まあ所謂異民族の婢女です。

どれだけ地位を高めた所で、誰も協力してくれません。

なので、いつも惨めな思いばかりしております。」





そうか。

こんな明朗に見える男でも…






「それでも全力で取り組みます。

小生は愚かで無力ですが…

愛する祖国の為に死力を尽くします。

きっと長生きは出来ないと思いますが…

それでも、最後の1秒まで

1人の帝国軍人として足掻き続ける所存です。」






『…どうか御武運を。』







「ええ、互いに。」







男は約束通り薬剤をチェストに置くと身を翻した。

数分もしないうちに、馬列が窓の外を駆け抜ける。


僅か9騎。

帝国軍人を名乗っていた癖に、いずれも異民族風の甲冑を纏っていた。

外人部隊の隊長か何かだったのだろうか。



九つの騎影をいつまでも俺は見つめ続けていた。

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