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【清掃日誌46】 ヒーロー

何日か河原で寝転んでいた。

蒼い星のあった場所をずっと眺めていた。

ずっと考えていた、意味を。


BGM代わりに、喧嘩沙汰や残飯の奪い合いや困窮者向けの演説やらが流れていた。




ふと、視界が曇ったので立ち上がってみる。




『ゴボッ  ゴボッ』




どうやら水に落ちていたらしい。

身体に汚水が纏わりつく。





『ボハッ  ボハッ』





一度立ち上がってしまうと、今度は寝転ぶのが面倒くさい。

当ても無く河原をブラブラ歩いた。

何分か何十分か何時間か、そこらをブラブラしてみた。






==========================







「あ! アイテムボックスの人!」





突然、真後ろから声を掛けられる。





『ああ、フォード邸の…』





清掃作業で家財の持ち出しを手伝ってやった屋敷の使用人連中だ。

追放された使用人のうち、潰しの効かない7人が途方に暮れて河原に流れ着いたらしい。





「清掃の仕事はいいのかい?」





『…もう、十分ですね。

疲れました。』





「…その、良かったら、僕達の仲間にならない?

正直、途方に暮れていてさ。」





本当は断りたかったのだが、マーサの訓戒を思い出してしまう。

もしも俺が困窮する人々を見捨てたら…

それは彼女への裏切りなのではないか?

きっと星を見続けた所為だろう、マーサにお伽話をねだった頃の記憶が掘り起こされていた。






   「どうか、優しい人になって下さい。」






そう、彼女にいつも言い聞かされていた。

優しさってなんだろうな。

もしも貴女にもう一度逢えたなら。

そう問い掛けたのに。



マーサ、教えて下さい。

俺の人生は、ほんの僅かでも貴女が望んだ方向に歩けていましたか。





『…俺で手伝えることがあれば。』





せめて最後くらいは、貴女の誉れでありたい。

ふと、そう思った。






==========================






彼らは思いの外喜ぶ。

よほど窮していたのだろう。

仲間を紹介して貰えた。



期待を持たせ過ぎるのは申し訳ないな。

彼らだってもう裏切られたくないだろう。


声を掛けてくれた義理だけ返して消えよう。

3日も同行してやれば、十分だろう。







『…あ、じゃあ。 よろしく。』








      「笑え。」








『…あの、皆さん。


俺、ポールって言います。

怪我の影響で表情が作れないんですけど


別に皆さんを嫌っている訳じゃありません。

不快にさせてしまったら申し訳ないです。』






「ああ! そんな事気にしなくていいのにー♪

なあ、みんな!」







「よろしくー。」

「前はありがとなー。」

「はじめましてですー。」

「あの時は助かったよ。」








         「だから、笑え。

         そんな顔するな。」







『よろしくお願いします(ペコリ)。』







ゴメンなギリアム。

俺にはこれが精一杯だ。








「ポール君。

この河原、追い出されるみたいなんだけど。

その話はこっちまで回ってる?」






『そうなんですか?』







「ほら、アソコに棍棒を持った連中が居るだろ?

不動産屋の手下だよ。

俺達を追い出して、ここに停車場を作るんだってさ。

さっきも何人か殴られていた。」







『…。』








乞食の溜まり場にするくらいなら、停車場を作った方が生産的だよな。

居座る連中を追っ払うのなんて、チンピラを数人雇えば済む話だしな。







「君は若いから知らないかもだけど

ああいうの、地上げ屋って言うんだよ。

僕らの若い頃に猛威を振るったんだ。

金持ちの手先になって弱いもの虐めばかりする。

…本当に酷い連中だよ。」







『…勉強になります。』







==========================







グループが住み込みの仕事を探していたようなので、出来る範囲で相談に乗ってみる。

その中の1人がベテラン馬丁だったので紹介状を書いた。

知り合いに運送会社を経営している者が数名いたので、宛名はそこだ。

常々人手不足の話を聞かされていたので、恐らくは誰かが俺の顔を立ててくれるだろう。




残った6人の中にコックがおり、明らかに手に職のある者だったのでジャンクマンを紹介しようとするも断られる。




「ずっと同じ職場だったので知人のいない職場は怖い」




とのこと。

気持ちはわかる。





結局残ったコックと俺を含めた7人で、仕事探しをすることにした。

勿論、ちゃんとした仕事は奪い合いなので、河原で寝泊まりしている乞食は応募すらさせて貰えない。

ちゃんとした仕事は、ちゃんとした住所を持っている者にしか振り分けられないのだ。





結局、いつも通りだ。

持たざるものの選択肢は2つ。


最下層とされる掃除屋のような蔑まれる仕事。

冒険者や一般兵卒といった、死亡リスクの高い仕事。


わかっていた事とは言え堪えたのだろう。

グループのメンバー達は泣きそうな顔で求人ボードの前で立ち尽くしていた。




「ポール君。

決して世の中を甘くみていたつもりは無いんだ。


それでも、ここまで足元を見られると…

辛い。」





『何とかマシな求人を探しましょう。

掃除屋は最後の手段ということで。』





「…ポール君、君に謝罪しなければならない事がある。」





『はい?』





「僕は今まで掃除屋を差別していた。

無意識に、劣った者や怠け者がやる仕事だと思い込んでいた。

…酷い態度を取ってしまった事もある。」





『ええ。』






「自分の番が回って来た途端に

こんな事を言うのは人として恥ずべき事だとは知っているが。


…それでも、済まなかった。」






『いえ。

職業に貴賤はありますよ。

だから、差別されるのも仕方ないとは思ってます。


ただ、母からは

《偏見に晒された者にしか解らない事がある。》

《苦しんだ人間にしか成し得ない使命がある。》

そう教わりました。』






「そうか。

素晴らしいお母様だね。」






『ええ。

もっとちゃんと孝行したかったです。』






とは言え、未経験者を清掃業に誘導するのは良心が咎めるので、俺も強くは勧められない。

グループは話し合い、冒険者ギルドの依頼でマシなものを探す事になった。



…持たざる者は、結局命をチップにせざるを得ないのだ。





==========================






「ポール君。

この求人はどうだろう?


農家の収穫バイト。

住み込みで日当5000ウェン。


《軽作業、稀に害虫駆除作業が伴います》


と書いてある!

これ、結構当たりなんじゃないか?」




『…いや。

これ有名な騙し求人なんです。』




「え!?

騙しって?」




『農家がバイトに《害虫駆除》と言い出した時は。

大抵、相手はモンスターです。


…ホーンラビット、この時期だと狼系かな?

王国の方ではジャイアントタートルが増え始めているみたいですし。


今は魔物が増えやすい周期なのでしょう。』





「ほ、ホーンラビット位ならなんとかならないかな?」





『報道はされませんが、結構死人出てますよ?』





「そ、そうなの!?」





『彼らは小柄ですが、角は脇差サイズです。。

それが、騎兵の全力疾走のスピードで突っ込んで来る時もあるんですよ。

ベテラン冒険者でも不意を突かれて殉職するケースがありますし。』





「…そ、そうか。

農家も大変だなねえ。」





俺達7人が農家求人について語り合っていると、カウンターの奥から恰幅の良い紳士がやって来る。





「お!

ウチの求人を見てくれてるんですか!

嬉しいなあ♪


如何ですか?

空気も旨い、寮完備、アットホームな職場♪

週払いにも応じますし、食事も提供しますよ♪」





こういう美点ばかり並べ立てる求人は危険だ。

俺達はペコリと一礼してその場を去ろうとする。





「待って!

今、丁度日当を引き上げるタイミングだったんだ!


7000ウェン!

1日7000ウェン出すよー♪」





逆に怖いな。

何でいきなり2000ウェンも値上がりするんだよ。





紳士は俺をリーダーだと認識したのか、にこやかに擦り寄って来る。






「どう?

こんなにボロイ商売はないでしょう♪

お得ですよー♪」





『彼らは戦闘経験がありませんし、害虫駆除は不可能です。

ホーンラビットすら狩れないでしょう。』





「あ、あははww


う、うん。

そうね。


たまーに、ホーンラビットが出る事があるかな?

たまにね! たまに!」





『狼も出るんでしょ?』





「え!?


あ、あはははw

うーん、どうだったかなあ。

私はそういう報告は聞いてないんだけど

なきにしもあらず…  かな?」





『じゃあ、我々はこれで。』





「1万ウェン!

1万ウェン出す!

ちょっと力になってくれないか!?」





1万ウェンと聞いて6人がそわそわし始める。

「ポール君、話くらいは聞いてもいいんじゃないか?」

と。




気持ちは分かるが、アンタら死ぬぞ?






「うん!

確かにモンスターは出ます!


あっれー、ちゃんと求人票に明記したつもりだったんだけど

印刷ミスかなー?」





紳士は白々しく言い訳を始める。

印刷ミスで殺されちゃ割に合わないよな。





「うん!

ホーンラビットや、たまに狼が出るね。


認める!!

謝罪します!


それはそれとして。


…まずは来てくれないかな?」






これ、もっと厄介なモンスターが出るパターンだな。

絵巻物で散々読んだわ。






『御主人。

お困りなのは理解出来ます。


でしたらその旨を伝えた上で冒険者を雇われた方が話が早いのでは?


あまりこういう物言いはしたくありませんが

生命の危険を伴う形での虚偽求人には…

雇用者側であっても偽計業務妨害罪や業務上過失致死が適用された事例があるのです。』






「そ、そうなの?

私、捕まるかな?」





『それは治安局が判断する事ですので。

現場の捕吏が悪質と感じたら、とりあえずは連行されることでしょう。』





「…いや、騙す気は無かったんだけど

本当に困ってて。」





『何があったのですか?

俺は戦闘は出来ませんが、法律や補助金の解説くらいなら可能ですよ。』





「え!?

そうなの!?


じゃあ、是非!

是非相談に乗って頂戴!!


お兄さんにおカネは弾むから。」





『…俺はもういいので。

彼らを安全な場所で作業させてやってくれませんか?


内訳は

コック×1、メイド×2、庭師×2、ポーター×1です。

つい最近までとある高貴な方の元で勤務されておられました。

能力は保証します。』





「うーーーん、彼らはお兄さんとセット… なんだよね?」





6人が縋る様に目線を向けてくる。






『ええ、我々は昔馴染みのパーティーなんです。』






  「ポール君。」

  「助かった。」

  「…ゴメンね。」






「OK。

どのみち帰る所だ。

一緒に行こう。」




上手くハメられた感もあるが、どの道アテが無かったので紳士の小キャラバンに同乗した。

…カネが無いって駄目だな。

最悪の選択肢だと分かっていても拒絶が出来ない。

俗に言う、《足元を見られる》という立場だ。





「言い忘れたんだけど。

ウチ、地方州なんだ。


それも帝国さん寄りの…  たはは。」





『今度から、それも求人票に記載した方が良いと思いますよ。

怠れば、貴方にとって不利益になる可能性が高いです。』





「いやあ、ははは。」






『帝国の近くで働きたい労働者なんて

きっと一人も居ないでしょうから。』






==========================






まだ情報が錯綜しているが…

帝国情勢は激変した。


あくまで小耳に挟んだだけだが。

またしても皇帝アレクセイが奇跡を起こしたようなのだ。


砂漠を挟んで帝国と長年睨み合って来た異民族国家。

30万と号する大軍を率いて帝国領に向けて進撃していたらしい。

山岳民族の蜂起に加え、対王国戦争・首長国との武力衝突。

帝国が三面作戦で疲弊しているタイミングを衝いたのだろう。



異民族国家の本隊はヒクソス湖畔に総勢17万の大軍で布陣。

周辺諸都市の接収が完了次第、帝国領に雪崩れ込む算段であったらしい。




ここから先は、やや理解に苦しむのだが。





その異民族国家の本陣をアレクセイ皇帝が雷雨に乗じて強襲した。

これで、異民族側が壊滅した。

初撃で大王以下首脳陣の大半が討ち取られたらしい。

王族、将校、随行していた閣僚。

悉く斬られたという。



旗本6千騎で17万を包囲殲滅したとの情報が断片的に寄せられているそうだ。

流石に6千は非現実的なので、6万の誤記と見做すのが妥当であろう。

兎に角。

そういう誤記載が起こるレベルの滅茶苦茶な勝ち方をしたらしい。

(恐らく5年もしないうちに世界史・戦史の教科書が改訂されるだろう。)



どうやら、これが半月ほど前の話。

そして、勝った皇帝は異民族側の輜重だけ奪うとすぐさま軍を帝都に反転させたらしい。

ヒクソス湖畔から帝都まで一ヶ月強の距離があるらしいので、恐らく今頃は凱旋道中だろう。





この様な一大変事があったので、首長国は無条件で帝国からの休戦要請を受け入れ、王国の強硬派ですら和平論を唱えだした。

アレクセイに勝てる者など存在しない。

改めて世界が震撼し、…観念した。


これが英雄的軍事指導者の恐ろしさである。

好む好まざると関係なく、ヘゲモニーは最強が握るのである。





この奇跡的勝利によって帝国宮廷で激変が起こった。

皇帝の意に反して我が国や首長国への攻撃を行っていたグループの粛清が始まったのだ。

《不動産の不正取得》というキーワードを数回耳にしたので、恐らくは俺の策も多少は貢献したとみて差し支えないだろう。





本来。

それで平和が訪れる筈だった。

我が国でもそういう見方が支配的である。

だが、古来より国境沿いの平和は最初に破られ、回復は最後より後と相場が決まっている。

この地方にまだ春の気配はない。






「これ、証拠は無いんだけど。

帝国さんが、こっちにモンスターを大量に放ってるんだ。」




『ああ、ヒッポーですね。

少し前に話題になっておりました。』




「いや、そんな生易しいもんじゃないんだよ!

ヒッポーも多いけど!

水辺はヒッポーだらけで近寄れないけど!


それ以外にも!

色々な有害モンスターが洪水の様に押し寄せて来ている!

僕も川向こうの農地は全部諦めたほどだ!!


酷いと思わないか!」





『…いや、そういう事情を隠して求人する方がよっぽど酷いと思いますけど。』





「あ、うん。

それはゴメン。

反省している。」





『でも、そこまで露骨なのは条約違反ですし。

そもそも皇帝が望んでないのでしょう?』





「ウチの地区。

トハチェフスキー公爵の領地と大森林を挟んで隣接してるから。」





公爵ミハイル・トハチェフスキー。

高地ウラジオ121万石を領する帝国屈指の大諸侯。

猛将として名高く、初陣以来数十年陣頭に立ち続けている。

そして、我が国と国境を接している上に、対自由都市最強硬論者。


我が国は、帝国側の全面攻撃の可能性は高くないと分析している。

だが、トハチェフスキー公爵の単独侵攻は大いに危惧している。

(何せ本人が帝国宮廷で毎年単独侵攻の許可を求めて上奏しているからである。)


公爵がフリーハンドで動かせる手勢だけでも2個師団。

現在、対王国戦線に張り付いているが

「万が一休戦が成立した場合、練兵も兼ねて自由都市を攻める。」

本人が宣言している。


当然、帝国中枢は公爵を何度も戒めている。

2度の訓告処分もあった。

ただ、公爵は侵攻の口実を虎視眈々と狙っている。

そんな状態。





「公爵の奴はさあ。

侵攻を禁止された腹いせにモンスターを手当たり次第に召喚して…

こっちにぶつけてる。」




『滅茶苦茶ですね。』





「政治局の人から注意喚起されたんだけど。

公爵は我が国が冒険者を雇って大森林で駆除作業するのを待ってるらしいんだ。

《越境されたから反撃した。》

って体裁が欲しいみたいだね。」






『そんな暴論。


…通すつもりなんでしょうね。』






「だから、森には入れないんだけど。

こっちの農地に居座ったモンスターだけでも、何とか出来ないかなって。」






『それって、軍や政治局の仕事でしょう?』






「担当の人から、《公爵を刺激したくない》って言われて。」






『…。』






「僕らの地区は元々帝国領だったんだ。

かなり昔の話だけど。


だから、帝国の人達は《ここは帝国領なんだから何をしても構わない》って思ってる。

面と向かってそう脅された事もある。」





…俺は思う。

逆にこれは解決し易い状況なのではないか、と。





==========================






「ほら、川向こう!

あの辺は本当は僕達の麦畑だったんだ。


茶色い生き物が見えるだろ?

アレが押し寄せてから、近寄れなくなった。」





『んー?

ベアですか?』





「アレが帝国の召喚したモンスターだよ。

鑑定名はヒグマ。」





『ふーーん。

ここからじゃサイズが分からないですけど。

そんなに危険なモンスターなんですか?


ベア系にしか見えないんですけど。』





「いや!

そんな生優しいものじゃない!!!


地区の人間が何百人も食われてるんだ!!


ここからじゃ分からないかもだけど!

体重だって小さい個体でも500キロ以上ある!!」





…距離があってよくわからないな。

ベアの体重なんて、せいぜい200キロくらいだろう?

気性だってそこまで荒くない筈だ。


あのヒグマにしたって、この距離ではおっとりした動きに見えるが。

やり方次第では餌付け出来るのではないだろうか?





「他所の人はみんなそう言うんだ!!

いいかい?

1年で200人以上だからね!?

この1年の話だよ?」






『…じゃあ、求人票にその旨も追記しておいて下さいね。』






「…はい。


でも記載したら、来てくれなかっただろう?」






『行かないでしょうね。』






「で、アレはまだマシな方。

実はもっとヤバいモンスターがうろついてるんだ。」







『…後出し、やめて下さいね?』







「わかってる!

わかってるよお!


でも求人票にそれを書いたら話も聞いてくれないだろう?」







『否めませんね。』






「…キマイラ。


それもあり得ない程デカい。

たまにヒグマを食べてる。


それも丸呑みするんだよ!!

あの巨大なヒグマを!!

軽々と空中に放り投げて、落ちて来た所を丸呑みするんだ!!!!


…う、う、うー。

あんな化け物…

どうしろって言うんだよ~。」






『…逆に伺いたいのですが。

我々なんかを連れてきて何をさせたかったんですか?』






「いや、あそこで実っている麦を借り入れてくれたら助かるなー。

何て思ったりして。」






『…500キロ越えのモンスターと、それをエサにするキマイラの特別個体でしょ?

これ絵物語の騎士とかじゃないと退治出来ない奴ですよ。』





「ポールソン君。

騎士の知り合いとかいない?


騎士道に訴えたら、何とかしてくれるかな?」






…ボグダーノフ中佐の言葉が真であれば、今頃俺が叙任されている可能性は非常に高い。

いや、あの人の性格なら多分俺を騎士名簿に乗せてしまっているだろう。

アレクセイ皇帝は書類のチェックを真面目にしないって噂だし、早かれ遅かれ騎士だな。






『騎士の方とお話した事はありますけど。

帝国の方ばかりですからね。』





「そっかー。

その人達、来てくれないよね。」





『帝国は貴族同士の気遣いとか大変な国なので

呼ばれない限り公爵領には入らないと思いますよ。』





「だよねー。」






『なので、俺が何とかしておきます。』






「ッ!?


え?

何で?

君、やっぱり冒険者なの?

凄いスキルを持ってるとか!?」







『いや、ただの掃除屋です。』






「なーんだ。

掃除屋さんかあ。

期待して損しちゃった。」






『ええ。

なので、期待せずに待っていて下さい。』






「もしもさー。

麦を刈り入れてくれたら半分渡すから。」






『あ、そのインセンティブは好ましいですね。

それ、求人票に乗せたら人が集まる確率上がりますよ?』






「嘘!? マジ!?

じゃあ、ちょっと加筆してくるーー!!!!」






藁にでも縋りたいよな。

お察しするよ。




俺も、出来得る限りの準備を整えるか。

小戦闘なら、あの男との旅でそれなりにレクチャーされたからな。







…そうだ。

最後にギリアムの教えを実践しよう。

折角教わった戦闘ノウハウだ、一度も使わず死ぬのは申し訳ない。







    「笑え。」








ゴメン。

もう許してくれ。



俺は逃げる。

日常が怖いんだよ。


何度も戻ろうと頑張ったけど…

アンタが居なけりゃ無理だよ。


最後にみんなの役に立って死ぬよ。

麦の一俵でもせしめれば…

それで納得して欲しい。


もう、それで勘弁してくれよ。

俺は英雄の道に逃げ込んで死ぬ。



なあ、みんな。

俺は十分頑張った。

頑張ったんだよ!!!



もう、疲れた。

…限界なんだ。

頼むから、ここらで許してくれないか?






==========================






『キマイラの死骸。

残しておいて下さい。


そして、これらの手紙を宛先通りに送って下さい。

但し公爵には絶対に渡さない様に。』






「え? え? 

キマイラ死んだの?」







『まだです。』







「え? え?」







『ああ、そうだ。


ヒグマでしたっけ?

アレ、1匹殺したら幾らくれますか?』






「いや!

無理だよ!!

アレはヤバいって!!」







『幾らですか?

賞金が無いならヒグマは無視します。』







「じゃ、じゃあ10万!!

死体一つにつき10万ウェンを払う!!」






『OK.

受取はパーティーの連中で。


承諾してくれますね?』






「ああ、勿論だとも!」






『書面化させて貰っていいですか?』






「…う、うん。

勿論。


でも、あんな狂獣を本当に退治できるの?

頭蓋骨が固いんだ!!!

狩猟用ボーガンを跳ね返す事もあるんだよ!?」







『ベア系の構造なら、俺が一番詳しいので。』







「え!?

そうなの?」








…嘘だと思うなら貴族区の動物博物館に行ってみな。

多分、アンタ驚くぜ。







『口先で何を言われても実感がないでしょうから

まずは1匹仕留めます。

死体を見て、俺に賭ける気が沸いたら契約を交わしましょう。』






「あ、いや。

君を疑う訳ではないのだが…」







『…戦場では、誰もが剣で語ります。

俺もその作法に従うのみです。』






母さんゴメンな。

貴女が命懸けでソドムタウンに来た意味を無くしてしまったな。



思えば親不孝ばかりの人生でした。

俺は、貴女の一族と同じ道を辿ります。

《英雄的行動》

母さんが涙ながらに戒め続けてくれた愚者の道。







==========================






俺の予想通りだな。

ヒグマは通常のベア系よりも嗅覚が優れている。

コイツラ相手のかくれんぼは不可能だが、臭いを起点とした攻撃が想像以上に有効だ。

特に刺激臭に弱い。


俺から逃げるのは多分無理だよ。


こっちは本職の掃除屋なんだぜ?

大抵の臭気は即興で再現可能だ。

おまけに、どこまで強めれば脳機能に障害が発生するかも熟知している。

言い忘れていたが、風も読める。







『なあ、オマエらも召喚された来たんだろ?


もしかしてさー、星から来たのか?』






目が合ったヒグマ全員に、そう問い掛けていく。

それで確信。


ああ、コイツラ頭いいわ。

こっちの言葉は通じなくても、感情は読み取ってくれてるな。







『せめて、川を渡って来るのはやめてくれないか?』






驚いた事に何頭かが戻ってくれる。

ヒッポーの群れと格闘になったが、何頭かのヒッポーの死骸が川面に浮かぶと、彼ら同士で相互不干渉が成立した。






勿論、襲って来るものも居る。

本来そちらが筋なのだろう。

だって彼ら、俺達に勝手に召喚されただけなのだから。






『スマン。

俺は召喚反対派だ。


なるべく召喚行為を行わないように遺書にも書いておいた。

スマン。』






1頭だけ殺すつもりだったが、7頭を殺した。

俺が強い訳じゃない。

戦闘における相性が良過ぎるのだ。

俺にとってヒグマはノーリスクで完封出来る相手。

嫌でも一方的な虐殺となってしまう。


…多分、生物全般に俺は相性勝ち出来る。






『左上アイテムボックス解放!!

12体圧縮ホーンラビット射出!!!』






全弾が刺さる。

そりゃあ、そうだ。

彼らは小柄を補うために、敵を一撃で屠る為の肉体構造に進化したのだから。



世界一ホーンラビットに詳しい俺が殺意を持って運用すれば、ノーモーションでランスチャージを無限に繰り出す事が可能なのである。




回避やガードは無理だろう。

俺はこの世界で誰よりもモンスターの構造に詳しい。

ヒグマは初見だが、彼が出来る動き出来ない動きは手に取る様に理解出来る。





『左下アイテムボックス解放!!

36体圧縮ホーンラビット、ジャイロ射出!!!』





…試射も成功した。

シミュレーション通りなので特に感慨はない。


脳だの心臓だの、そういう大事な箇所を吹き飛ばし続ければ生物は機能を停止する。

それだけの話だ。







実質上、残弾を無制限に補充できるのも強い。





『そこの兎の巣穴ッ!

スマンが命を貰うぞ!!!』





俺のアイテムボックスには常に使い捨ての重装騎士団が待機しているのだ。

おまけに指向性臭気による弾幕を任意の場所に張れる。

これで勝てなければ、逆に不自然であろう。






『もうわかっただろう!

獣は賢い筈だ!!』






押し殺していた罪悪感が膨れ上がる。

ギリアムからは殺生の是非を考え込むことは禁止されている。

にも関わらず思考は嫌でもそちら方面に向かう。






『退いてくれないか!!!!』







叫べば、10頭のうち9頭は川の向こうに戻ってくれるようになった。

1頭だけヒッポーに噛み殺されたヒグマが居たので合掌して冥福を祈っておく。

浮かんでいるヒッポーの死骸にも祈る。





『オマエラの模型をジミーと作ったんだ!!!

まさかこんな形で会う事になるとはなーー!!!


オマエラ、好きでこんな所に来たんじゃないんだろ!?


…ゴメンな。』






でも、俺だって好きで俺なんかに生まれて来た訳じゃねーよ。

誰かわかってくれよ。

なあ。

せめて…

せめて、わかってくれよ!






『好きでこんな事やってる訳じゃねーんだよ!!!!!』






その後、ヒグマが9頭。

ヒッポーが5頭死んだ。

ホーンラビットに至っては、何百匹が犠牲になったのか想像もつかない。





苦しい。

辛い。

早く楽になりたい。



頼む。

誰か、俺を助けてくれ。






==========================






「ぽ、ポールソン君!!!!

いや!!

ポールソンさん!!!


貴方は英雄だ!!

いや救世主だ!!!


貴方というヒーローさえいれば!!!

この地区は奪還出来る!!!


また皆で暮らせるようになるんだ!!!」






『…。』






「も、勿論!

約束のカネはお支払いします!!

ヒッポーは契約にありませんでしたが、1頭5万ウェンを払います!!!


地区の皆も、是非駆除を続けて欲しいと願っています!!!


つ、続けてくれますよね?


…あの怒ってます?」






『…いや、疲れただけなので。』





「あーーー、良かった!

ポールソンさんがずっと怖い顔をしているから

ご機嫌を損ねてしまったかと。


あ、そうだ!!

娘に酌をさせましょう!!!

まだ16歳!!

勿論、処女です!!


丁度、婿を探し始めていた所なんですよ。


それで、それですね。

ポールソンさんが独身だと伺いまして。


もし差し支えなければ!

ウチの娘どうでしょう!?

英雄を迎えたとあれば、当家の格も上がりますから!!」






『…すまないが。

明日の準備をさせてくれ。』





「あ、明日で御座いますか?」





『ヒグマの死骸や分布から、このキマイラの習性を理解出来た。

本意では無いが、明日殺す。』






「え? え? え?」





『手筈通り、死骸には近寄るな。

この手紙、言われた通りに届けろよ?


それでこの地区は安全圏に入る。』





「あの、この宛名…

え?


いや、評議員の方の名前もありますし…


え!?

こっちは、アチェコフ?

リコヴァ?


リコヴァ!?」





『私事につき詮索はやめて欲しい。

アンタは機械的に俺の指示通りに手紙を届けてくれ。


どの道、トハチェフスキーが生きている限り戦争は終わらない。』





「え? え? え?

え。   いや、トハ…」





『大丈夫。

あのキマイラ、遠目にも常軌を逸して巨大だ。

だからこそ、その死骸とこれらの手紙が効力を発揮する。』






異形には異形の使い道がある。

そうだろ?






「…あ、いや。」






『俺が勝手にやってる事だ。


どうせ最後なんだ。

好きにやらせてくれ。

公爵にはあの世で詫びておくよ。』





「え? え? え?」







厩を借りて寝ようと思ったが、農場主の娘が来る気配があったので物置小屋の屋根に移動する。

そこで寝転んで、ずっと星を見ていた。

何となく、俺の中で結論が出る。


召喚って、アレだな。

きっと、あの星のような遠い場所から、命を無理矢理連れて来ているんだ。

残忍な君主が農奴を徴兵するように。



連れて来られた命は、生き延びるために足掻く。

その必死の足掻きが、俺達にとっては攻撃のように感じてしまっているだけなのだ。

…ワカメもヒッポーもヒグマも全部そうなのだろう。



被害者ぶって悪かったな。

君達こそ、俺達に苦しめられているのにな。



坊主はわかっていないようだが。

召喚は万能の魔法なんかじゃない。

ただ借金をしているだけなのだ。

他所様の命を勝手に借りて、それを自分の富か何かと勘違いしている。


なあ、多分それ。

ただの借金だよ。


…近いうちに愚行のツケを払う事になるだろう。

俺達は報いを受けるのだ。


いや、裁かれなくてはならない。






==========================





これはあくまで仮説だったのだが。

俺達、モンスターオタク内での仮説だったのだが…




キマイラは厳密な意味での生物ではない。

恐らくは兵器運用を前提に産み出された人工的な生命体。




今、実物を見て改めて確信した。

やはりあれは、戦闘や殺戮の為に製造された生物フォルムの機具。

イメージ的にはゴーレムに近いな。





最初に教えてくれたのはソーニャ。

彼女の近臣達が既にその結論に到達している。

その領地では(帝室に無断で)キマイラを囲っていたのだが、その死骸を幾ら調べても生殖に関連する部位が見当たらなかった。

召喚学の発達した帝国人の目から見ても異常なことらしい。






ソーニャの起こした三面図を元に俺達が模型を作ったのだが…






「これ、本当に生きてるのか?」






恐らくは我が国で模型歴が最も長いドラン翁が首を捻ったのだ。








「なーんか、色んなモンスターの死体をくっつけたみたいだな。」






あの時の何気ないドランの言葉。

流石は年の功。

正解だ。





今、俺を視野に収めたあのキマイラ。

生物の定義からやや外れている。

いや、ドラン翁の言葉を額面通りに受け取った方がいい。




ほらな。

頭部はライオンだが…

明らかに焦点が合ってない。

肉食獣の首の据え方ではないのだ。


代わりに、蛇形の尻尾。

こちらが油断なく四方八方をキョロキョロ偵察している。

いや、木立との接触を恐れているのか?

いずれにせよ異常に機敏である。




《ヒグマが喰われた》




そう聞いていた割に、噛み跡のあるヒグマの死骸を一匹も見つける事が出来なかった。

証言通り、全てが丸呑みにされているのだ。

その場面も2度確認した。



蛇が放り投げたヒグマの巨体。

ライオン状の頭部は大口を開けて、ヒグマが口内に滑り落ちるのをのんびり待っていた。



…牙が無い。

そう、キマイラにはあれだけ立派な獅子頭を持ちながら

咀嚼の為の牙がないのだ。

口の入り口が、無機質な返しになっている。



ヒグマを丸呑みにしているのではない。

丸呑みしか出来ないのだ。



少なくとも、あのキマイラには咀嚼機能がない。

あれだけ発達した獅子の顎を持ちながら。




ヒグマを捕食する様子を見て確信する。

やはり目玉の部分に視覚機能が備わってない。

モデラ―の俺だから理解出来る。

少なくともあの目玉は彼の命に直結していない。


ライオンの頭部は、獲物を口内に押し込む為だけのもの。

目玉はin/outを判別する為だけのセンサー。

断言出来るが、脳や心はあの立派な獅子頭に内蔵されていない。


アレは生きているフリをした化け物。

偽物、紛い物、異物。


…ふふっ、どこかで聞いた話だ。









『…よう、同類!』







親しみが湧いたので声を掛けてみる。

蛇形の尻尾が振り向く。

尻尾は旋回中も猛スピードで蛇首を左右に揺らして、岩や草木から身をかわしていた。






『ああ、ゴメンゴメン。

今度からそっちに話しかけるよ!』






蛇形の尻尾と目が合う。

蛇が、俺にしっかりとピントを合わせた。

ああ、なるほど。

そっちがロックオン機能なのね。





キマイラが生物の体温を感知して攻撃(もしくは捕食)を仕掛けている事は、最初から理解出来ていた。

だから体格が大きく基礎体温が高いヒグマばかりを狙うのだ。



残念ながら現在の俺の体温は常人より数度低い。

かつては37度が平熱だったが、今は30度もあればいい所だろう。

この状態ではキマイラが、こちらを狙ってくれない。




なので、身体を燃やす。

厳密に言えば、燃焼物を体内に収納する。

最初は焼けた薪を一本。

次に焼けた石を一塊。


体温が…  上がる。

まだだな。

ヒグマの体温にはわずかに及ばない。



あのキマイラは、熱効率順に生物を捕食している。

それは理解出来た。

後は簡単だ。

俺の熱効率が一番良いように見せかければいい。



ふと思いついて、体内で炎を燃やしてみる。






『…何事も試してみるものだな。』






灼熱。

身が燃える。





当然、ヒグマもヒッポーも呆れ顔で見ている。





だがキマイラだけはちゃんと反応してくれた。

規則的な歩行で渡河を試みる。

付き合いのいい奴だ。



直線的な進路。

生物であれば当然避けるべき大地の凹凸を無視している。

命ならば、そんな馬鹿な進路は取らない。


普通、命は己を労るのだ。

そう出来ている。





『出来損ない同士、仲良くしようぜ。』





蛇が理解的な眼で頷く。

アンタとは気が合うね。




良かった。

同類が相手なら気兼ねせずに済む。






==========================






作戦はシンプル。

キマイラの死骸を評議会を通じて帝国側に検分させる。


これは明らかな生物兵器。

ヒッポーやヒグマの様に《召喚実験の失敗個体が逃亡》という弁解が難しい。



帝国宮廷内の派閥に関してはスミルノフ准将に教わった。

ドナルド・キーンからは綿密なプロファイリングを授けられている。

結果、どうすれば坊主や拡大派を迂回して皇帝への直訴が叶うかの筋道が立っている。



要は皇帝権力がトハチェフスキー公爵を粛正し易い状況に持っていけば良いだけの話。

この越訴は必ず通る。

通した方が帝国の国益に適うし、通さなければ今まで以上に起債が困難となる。

魔界起債申請を手伝った時に、経済小国への圧力の掛け方も教わったしな。


公爵、材料は全部アンタがくれた。

俺が有効活用してやるから、ありがたく死ね。

文句はあの世で聞いてやる。






『オマエには悪い事をしたなーーーー!!!!』






最後にキマイラにも詫びておく。

皇帝だの公爵だの、自由都市だの地方州だの。

彼には何の関係もない話なのだ。






『オマエは悪くない!!

悪くないからな!!!!』







蛇が虚ろな目で俺を見つめている。

妙に見覚えのある目だと思ったが…



ふふっ。

仕方ないだろ。

もう俺の姿、鏡に映らなくなっちゃったんだからさ。

確かに俺達の目はそっくりだな。

オマエ、俺の生き別れの兄貴かなんかじゃないの?








『さあ、幕にしようぜ。』








キマイラの行動予測は呆れるほど簡単だった。

《俺がコイツだったら、こうするだろうなー。》

というアクションを忠実に再現してきたからである。





自らを省みず、機械的に目的を果たす。






生物の摂理に反した攻撃方法。

例えば、身体の欠損を無視するとかな?



いや、全部わかるんだよ。

だって、俺達痛覚が無い者同士だから。

…行動パターンが一緒なんだよ。






キマイラがヒグマを空中に放り投げる理由は至ってシンプル。

ヒグマの巨体が落下する勢いが無ければ消化器官まで運べないから。


但し、人間種である俺を呑み込むのにそこまでの勢いは必要ない。

キマイラは頭部をグロテスクに裏返して一直線に突っ込んで来る。





『ははは、オマエ頭がおかしいんじゃないのか。


理解してやれるの、俺くらいかもな。』





俺は身体のパカパカを全て解放する。

今のこの姿、さぞかしグロテスクだろうなあ。






『中央アイテムボックス解放!!

最高圧縮機械油ッ!!! 

楕円霧状発射ァッ!!!!!!! 』






…俺さぁ。

昨日、オマエの排泄物をチェックさせて貰ったんだ。

だから、オマエの身体が何を必要としていて、何を拒絶するのかは知っている。


ほら、俺って掃除屋じゃない?

嫌でも色々な生き物のウンコを見るんだよ。


異世界とか関係ねーよ。

俺、多分オマエよりオマエに詳しいと思うぜ?





『さあ、俺はここだ!』





うん、嘔吐より突撃を優先するのも知ってた。

こうやって重心を下げれば、直線的な突撃から蛇による捕縛投擲に切り替える事も知ってた。

だって俺ならそうするもの。





キマイラの最大の武器。

ライオンを模した大きな口でも、竜を模した翼でもない。

まぎれもなく蛇頭の尻尾。

コイツが司令塔兼攻撃担当。

但し、この大質量の操作に脳のリソースを割く為か、咀嚼機能も咀嚼機関も持ち合わせていない。


蛇の口っぽいデザイン…

ああ、あれは模様だな。

だから獲物の四肢に巻き付いて膂力だけで空中に放り投げるのか。






『…左足を狙う事も知っていた。』






他のキマイラはどうだか知らないが、この個体はずっと蛇頭を左側から覗かせていた。

地を這うように回り込んで、やはり左か…

だろうな、どんな工程であれ作業を最適化する為にはルーチンが必要だ。

特に左右の重心。

これは固定しなければパフォーマンスが出せない。

なあ知ってた?

スライムにさえ利き身があるんだぜ?


オマエは右利き。

最速で最遠から回り込んで、獲物の左接地面に巻き付いて放り上げる。


ほーらね、俺の左足が砕けた。






『…これが空か。』






せいぜい輸入用穀物サイロを5つ重ねた程度の高度。

それも俺にとっては天空だ。

真昼だというのに、満点の星が燦然と輝いた。






『…よお。』







俺と蛇はただ見つめ合っていた。

俺は遥か空中。

そんな高さまで放り投げてしまった蛇の首は勢いで伸び切ってしまっている。


筋肉が伸び切った状態なら、あの高速首振りは不可能。

つまり、ノーガード。






『全アイテムボックス解放ッ!!!!!!!!


西地区農具ッ!!! 

全弾発射ァッ!!!!!!! 』







元々、ここ農業地区だからな。

それも住民の大半が逃散した農業地区。

だから農具は山ほどあった。

女神像よりデカい銅像を建立可能な質量は確保してきたぜ。



ん?

身体に入る訳ないって?

そりゃあ、そうだろう。

()()()()()()()()()()()()()()()能力者でもない限り、身体への収納は無理なんじゃないかな?







『おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!』







オマエの弱点は尻尾。

だって、そこに脳を始めとした中枢機能が全て詰まってるんだもの。


そりゃあ、あれだけ必死に常時スウェーされたらね。

「狙って下さい」って言ってるようなモンだぜ?


あの凄まじい膂力。

存外あれも尻尾の回避性能維持の為の筋力の副産物なんじゃないかな。








眼下。

大半の農具が蛇の頭を潰し終わっている。


生命の切れた音が聞こえる。

ああ、死んだか。

オマエも災難だったよなあ。


勝手にこんな世界に連れて来られてさ。

まるで悪者みたいな扱い受けて。

挙句の果てには俺と2人きりで地獄行きだ。

同情するよ、可哀想になあ。






一応、着地まで計算に入れたつもりだったが…

所詮は机上の空論だな。

空中で姿勢を制御する為の余力がない。





ああ、この分だと余生は数秒だな。

走馬灯は要らん。

もはや俺にはマーサを見る資格が無い。






…俺にしては上出来だろう。

最後に世間様のお役に立てたのだから御の字だ。




…もう疲れたよ。




長い長い落下。

何でさっさと終わらせてくれなかったのだろうな。









   長かった。












      これで…













            もう…















                  「まだッッ!!!!」


















                 終わ「終わらせないッ!!!」















ダダダダダダダダダダダダッ!!!!!

















             


                「届けええええええッーーー!!!!」


















ダンッ!!!!!!!!




















      「ウオォォオオーーーーーーーーーッッッッ!!!」




















フワアァァァ…























ガシッッ!!!!!!!!!!!!!!!!
























…ズサーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!































ズサササササーーーーーーーーーーーーーー!!!!












































モクモクモクモクモクモク…


























バァー―-----------------―ンッッ!!!!!!!




























「アタシ、参上ッス。」





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