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【清掃日誌45】 極星

意外にも重宝された。

そりゃあそうだろう。

文句も言わずにドブ掃除に専念する人材は貴重だ。


よくわからないが、ドブ係にして貰えたらしい。

親方の家の厩で寝泊まりする日々が続いた。

食事のお礼に厩掃除もサービスしておく。


色々あって1日6000ウェン貰えるようになった。

その金額が多いのか少ないのか分からない。



「カネはちゃんと盗られないように保管しておけよ。」



と言われたので、腹をパカっと開けて銀貨をしまっておく。

生命と引き換えただけあって、意外に便利だ。





「おい、ポール。

オマエのドブ掃除、評判いいぞ!」




『あ、はあ。』




「不動産屋の皆様が非常に喜んで下さっている。」




『はあ。』




「オマエのおかげでデカい案件を回して貰えたんだ。


聞いて驚けよ。

なんと!

次に掃除するのは

売国奴野郎のフォードの邸宅だ!


まさか号外イラストで何度も見せられたあの大豪邸の掃除。

俺達に指名が来るなんてなあ。


いやあ、ポール様様だぜwww。」




『はあ。』




「そ、その。

ただ言いにくい事なんだが。


…オマエには引き続きドブ掃除。

そして便所や下水周りをお願いしたい。


い、いや!

俺だってオマエ1人に汚れ仕事を押し付けるのは心苦しいんだぜ?


だ、だがよお。」




『やります。』




「そ、そうか。

わ、悪いな。


オマエの要望は極力聞いてやる!

何かあったらすぐに俺に言え。

いや! 是非とも聞かせて欲しい!

いいな!?」




『あ、はい。』





大体こんな感じで、ドブや便所の掃除を専門的に行っている。

清掃会社の息子に生まれて、それなりに現場を知っていたつもりだった。


…笑っちゃうよな。


今、振り返れば理解出来る。

みんな俺が現場作業に携わらないように必死でブロックしていたんだ。

そんな事すらも分からなかった。


なあ、どうしてもっと本音で俺と向き合ってくれなかった?

清掃業なんて幾らでも改善の余地がある産業じゃないか。

俺が内情を知っていれば君達の待遇を…


ゴメン。

それを防ぎたかったんだよな。

俺は何も知らないまま、公職に就けば良かったのだったか。

勝手に屎尿処理場とか畜産に関わってゴメンな。




「ポール!


…フォード邸は大豪邸だ。

側溝の距離も長いし、便所の数も多い。


オマエの負担もやや増えるかも知れんが。」




『はあ。  …お気遣いなく。』




「そ、そうか。

お、俺もオマエを苛めてる訳じゃないからな?


それだけは誤解しないでくれよな!」




『あ、はい。』





==========================




俺達が作業現場に近づくと、フォード子爵の遺族が屋敷を包囲する役人達と口論をしている最中だった。

どうやら家財の持ち出しの許可不許可を巡ってのものらしい。

家財差し押さえの日に清掃会社を入れるという事は、次の入居者が決まったみたいだな。

慌ただしいことである。



遺族側の言い分はシンプル。

家財はフォード家の財産なのだから、全て持ち出しを許可するべきである、と。


役人側の言い分はシンプル。

その家財はフォード子爵が汚職で蓄えたものであり、持ち出しは容認出来ない。




よくある話だ。

フォード子爵は元から富豪なので金品の受け取りは恐らく無かっただろう。

純粋にハニートラップ工作員を自邸に囲っていただけである。

だがまあ、法律的には役人の言い分が正しい。

外患誘致者の資産に正当性は認められない。

見せしめの意味も込めてその大半が接収される。



特に貴金属。

これは必ず接収される。

なので、引き渡し直前は必ずボディチェックを巡って醜悪な遣り取りが行われるそうだ。




==========================




リビングでフォード子爵の遺族が泣き崩れている。

そりゃあ、そうだろう。

今まで自由都市の第一人者の家族として羨望の的だったのに…

一夜で全てを失ってしまったからだ。



特に奥さん娘さん孫娘さんは悲惨だよな。

彼女達には何の落ち度も無いのに、まるで犯罪者の様に全てを奪われる。

どうやら西部地方州の州都にある奥様の実家に帰るらしい。





「この宝石は実家から持ち込んだものなのに!!!

どうしてあんな男の所為で!!!

あの男が分不相応な地位を掴む為に

どれだけ援助してやったか!!!」



「アイツが父親なんて虫唾が走るわ!!!

私は全てを失った!!!

これからどうやって生きろというのよ!!!」





娘さん達が涙ながらに子爵に呪詛をぶつけている。

まあ、気持ちはわからんでもない。


…ただ、今回の事件の重大性を鑑みれば財産没収は甘すぎる。

ここが王国や帝国ならば族滅以外にあり得ない状況だし、そこはもっと我が国の寛治に感謝する場面だろう。





「いえ。

しかし、我々は全てを搬出しろと指示されておりまして。」




子爵夫人が親方に掴みかかりながら猛抗議している。

繰り返すが、気持ちは分かる。




「ねえ、アナタ達!

いい話があるのよ、乗ってくれませんこと?

この宝石を上手く外に持ち出してくれたら

チップを差し上げる!

1人10万ウェン払うわ!!


悪くない話でしょ?


どう?

どうなのっ!?」




「あの、言いにくいことなんですが。

こういう場合のボディチェックは特に厳格なので…

アッシら掃除屋はそれこそケツの穴まで調べられちまいます。


絶対バレますよ。

アッシも打ち首になりたくないんで。」




「ハア!?

男の癖に情けないわね!


ねえ!

誰か勇気のある男は居ないの!?


アナタ達だってプロなんだから

スキルとかそういうのあるでしょ!!


ほら、アイテムボックスとか!

オペラでよくあるじゃない!!!」




「いや、あれはお芝居の中の話ですって。

そんなレアスキル持ってたら、こんな賤業やってませんよ。」




聞けば、宝石1つ1つが5億とか10億とかするらしい。

はぇー、カネってある所にはあるんだね。




子爵夫人は血眼になって作業員1人1人に交渉を持ちかける。

俺も便所掃除の準備をしていると、いきなり胸倉を掴まれた。




「ねえ! 

アナタはどうなの!?

物を消すスキルとか、アイテムボックスとか!

持ってないの!!」




アンタの財産ならきっと消せるだろうね。

この世に不要だもの。

腹がパカパカ開閉するのも、まあアイテムボックスと言えなくも無いか。




「どうなのっ!?」




『あ、いえ。』




「使えない奴!!」




うん、よく言われる。




==========================





俺が作業チェック表を見ながら使用人区画を覗くと、10人程の男女が肩を寄せ合って涙を流していた。




「何で俺達の私物まで没収されなきゃならない!!」




入室するなり怒鳴られる。




『?

いえ、法律的にも使用人の方の財産は保護される筈ですが?』




「役人たちが、《やっぱり全部置いていけ》ってさっき通告してきたんだよ!!

俺達は3セクの指示でここに勤めていただけなのに!!!

何で数少ない私財を没収されなきゃならない!!!

なあ、アンタ!!

どういうことだよ!!」




『はあ。

恐らく現場の勇み足でしょうね。』




「他人事みたいに言いやがって!!!

最下層の掃除屋の癖に!!!


大体!

政治家同士の都合で急に追い出されて!

明日からどうやって暮らせばいいんだ!!」





『…ボディチェックを潜ればいいのですね?』




…別に義侠心からではない。

野垂れ死にするのは俺1人で十分だと思っただけだ。





==========================





屋外まで小さな私物を運んでやる。

それ以上の義理はない。





「あ、アンタ。

アイテムボックス持ちだったのか!?


超レアスキルじゃないか!?」




『じゃあ、俺。

仕事に戻りますんで。』




「ちょ、ちょっと待ってくれよ!!

何でそんな超レアスキルを持ってる癖に掃除屋の下働きなんかしてるんだ?

便所掃除なんて最下層の仕事じゃねーかよ。」




『…誰かがやる必要があるから、かな。』




…嘘だ。

その《誰か》が何なのかを知りたい。

ただそれだけなのだ。





「な、なあ。

俺達と組まないか!


いや、アンタがリーダーでいい!

アイテムボックスさえあれば一攫千金間違いなしさ!!

この下らない人生を一緒に一発逆転しようじゃないか!!」




『人… 生?』




「ああ人生だよ!!!

アンタだって好きで便所掃除してる訳じゃないんだろ!?

これから先はもっと面白おかしく生きて行こうぜ!!」




悪いな。

先はない。




あっちで泣き叫んでいる子爵の遺族。

話なら、アイツらに持ちかけてやった方がいいんじゃない?





==========================





かなり便所掃除が上達した。

どうやら才能があったらしい。


こびりついたウンコやら、ションベンで黄ばんだ便器やら。

俺がゴシゴシ擦ると、そういう汚れがかなりマシになるのだ。


最初は便所掃除を押し付ける為に周囲が大袈裟に驚いているのかと思ったが

どうやら俺は便所掃除界のスーパールーキーだったらしい。


まあ、掃除屋の息子だからな。

本来、こうあるべきだったのだろう。





「おい、ポール。

これもオマエが掃除したのか?」




『あ、はい。』




「なあ、オマエ。

正式に俺達の仲間にならないか?

形式的に1年は見習い身分に置かざるを得ないが

来年には幹部扱いしてやる。

それまでには他の連中は必ず説得する!!」




『…はあ。』




「特別に日当を弾む!

8000ウェンでどうだ!?

厩の脇の用具部屋あるだろ?

アソコをオマエに提供しても構わない!」




『あ、いや。 別にどうでも。』




悪気はないのだが欠伸が出る。

眠いのだ。

最後に眠ったのはいつだったか?



眠ろうとすると眼が冴える。

起きようとすると瞼が下がる。




…じゃあ、生きようとすれば死ねるのかな?



参ったな。

もしそうだとすれば、いつまで経っても死ねないじゃないか。





==========================





仕事から帰って厩で寝転がっていると、親方の娘さん夫婦に説教される。

考え事をしていたので内容はよく覚えてない。



人生を有意義に使えだの、自分を大切にしろだの、そういう話である。




「ポール君!

人間には誰しも価値があるんだよ!」




『はあ。』




「せ、せめて食事くらいはとりなさい!!!」




『はあ。』




食事?

昨日食ったばかりだぞ?




あれ?

食ったかな?




あ、そうだ。

後で食べようと思ってアイテムボックス(笑)にしまっておいたのだ。


おお、干からびた餅がある。

ハイハイ、食べればいいんでしょ。




「ちょ、ポール君!?」




『あ、はい。』




「え?

今、何にもない所から食べ物を出さなかった!?」




『…さあ。』




「あ、アタシも見てたよ!!

ポールさん、今空中から餅を出した!!


それ… スキル?」





あーあ、めんどくせえ…

どいつもこいつもスキルスキルうるせえよ。

一斉診断後のガキじゃあるまいし。

いい歳した大人がギャーギャー騒ぐんじゃねーよ。



話を拒絶する意味も込めて、彼らに背を向けて寝転ぶ。

はいはい、この話終わりね。



娘婿が母屋に駆け込んだ気配があり、すぐに親方が飛び出してきた。




「ポール!

いや、ポール君。


ちょっと俺と話し合いをしないか?

君に損はさせない!


いや、まずは今までの扱いを謝罪する必要があるな。

よ、良かったら母屋でディナーを御馳走させてくれないだろうか!」




『あ、すみません。

メシ、もう喰ってます。』




俺は餅をクチャクチャしながら答える。




「ベッドを用意させてくれ!!

君の個室も提供したい!!」




『…ふわぁ。


ねえ、親方。』




「な、なんだね!?」




『最近、空に何かありましたか?』




「そ、空?」




『見覚えの無い星が増えたなーって。』




「え!?


い、いや、君が何を言っているのかわからない。

もしも怒っているのであれば、これまでの事を正式に謝罪させて欲しい!!」




『ほら、あそこ。

大きな星が点いたり消えたりしている……

ギリアムはどう思う?

あれって彗星なのかな?』




「え? す、彗星?

ポール君!?」





おかしいなあ。

空って、あんなだったか?

子供の頃、マーサが星見を教えてくれた。

首長国の庶民に伝わる…

王族達が騙るそれとは真逆の民族譚。


星の一つ一つにもこことは異なる世界があって…

そこに住んでる奴らがたまに遊びに来るんだってさ。


俺は信じるよ。

マーサが言うならそうに違いない。




「ポール君!

まずは母屋に入ってくれ!

このままじゃ死んでしまう!!」




アンタ何でそんなに必死なの?




「そうだ!

風呂があるんだ!!

是非、浴びて行きなさい!!


そうだ、それがいい!

そうしよう。

ラスティ君! ポール君をお招きしようじゃないか。」




「ええ、賛成ですお義父さん!!

さあ、ポール君。


肩を…」




俺を両方から持ち上げようとした親方達の顔面が蒼白になって、大量の冷や汗を垂らす。

きっと俺の身体のどこかに違和感を感じる要素があったのだろう。

恐らく体重か体温だろうが、面倒だったので黙っておく。


よくわからないまま身体を洗われて、粗末な湯船に入れられた。

シャボンの質は悪くなかった。




「何か希望はないか?」




と風呂の中で何度も聞かれたので

『黙って死なせてくれないか。』

と答える。




「死ぬ以外で!!!」




親方が泣きながら、そう繰り返すので少し考える。

俺の希望?

何だろう?




「何かあるだろう!」




『急に言われても思いつかない。


…親方は?』




「お、俺!?」




『いや、さっきからアンタ希望希望って。

じゃあ、アンタはどんな望みがあるわけ?』




「い、いや。

そりゃあ生きていれば望みなんて幾らでもあるよ!


まずはカネだね!

カネさえあればこんな賤業に携わらずに済む!

俺だって好きでこんな穢らわしい仕事をしている訳じゃない!」




『くれてやりたいのは山々だけど。

今、5万ちょっとしかなくてね。』




「ご、5万って

渡した日当そのままじゃないか!?

食事とかどうしてたんだ!?」




『…親方が餅をくれたじゃない。』




「いや、流石にあんなので身体がもつ訳がない!

幾らかは食費に回したんだよね?」




『…一々覚えてねーよ。』




親方がしつこかったので、腹を開けてカネを見せてやる。





「うおっ!?

空中からカネを出した!?


あ、アイテムボックス!!!」




『そんなレアスキルは持って無いから。』





「い、いや!

確かに今、何も無い所から出現させた!」




『…腹を刳り貫いて保存スペースにしている。』




「そんな非常識なこと、あるわけないだろう!!!」



非常識かな?

結構便利なんだけどな。




「君がアイテムボックス使いと知っていれば…

その、もっとマシな待遇をしたのに。」




『そんなスキル存在しない。

子供向けの絵巻物じゃあるまいし。』




「は、ははっ。

うん、わかってる。

わかってるとも!

勿論、秘密は守る!!」




『…。』




「そ、それで提案があるんんだ。

特別ボーナスを払う!


俺と組んで仕事をしてくれないか!?」




『…ふわぁ。』




「取り分は4:6!  いや3:7でどうだろう!?

勿論、君が7だ!」




『俺、泥棒が嫌いなので。』




「…い、いや。

泥棒とか、そんな。


…そういうわけでは。」




『風呂、ありがとうございました。

厩に戻っていいかな?』




「ちょ!!  それは出来ないよ!!

ポール君は賓客だ!!

それを厩なんて…」




『はぁ。』




「何とか残って貰えないか?

カネは払う!


俺はただ何事かを成し遂げたいだけなんだ!

折角アイテムボックス使いなんて、超レア能力者と巡り合えたんだ!

何かに活かしたいじゃないか。」




しつこいオッサンだなあ。




『じゃあ、犯罪以外で人様の役に立つ使い道を考えて下さい。

1回だけ付き合ってあげます。』




「は、犯罪以外…  か。

わかった!

必ず見つけてみせる!!!」




その日は結局、ソファーで寝た。

参ったな、感触が失われている所為か厩と大して変わらない。




==========================




「頑張って考えたのだが…

合法の範囲内では思いつかなかった。

全く思いつかないんだ。


密輸とか財産秘匿とか、そういうのは幾らでも思いつくのだが。」




…へえ。

アンタ、結構まともな人なんだな。

気に入ったよ。





「わ、悪いモンスターを退治するのはどうだろう!?

この世には存在するだけで迷惑な害獣が存在する!

そういうのをやっつけるのはどうだ!」




安心しろ。

ソイツはもうすぐ死ぬ。





「お、俺だって男に生まれたからには、何か大仕事をして英雄になりたいんだ!

わかるだろ!?


好きでこんな卑しい仕事に就いてる訳じゃあない!

男に生まれた証が欲しいんだよ!」




卑しい考え方をする奴だ。





「ぼ、冒険者ギルドに登録しないか?

一緒にパーティとか組んでさ!

アイテムボックス持ちなら優遇されるかも知れない。」




『仮に、俺がレアスキル持ちだったとしても、アンタまでが優遇されるとは思えない。

すぐに引き離されて終わりだろう。』




「…だよな。」




『それに、掃除屋が冒険者ギルドに登録した所で、厩舎掃除を押し付けられるだけだよ。』




「そ、そうなのか?」




『どこの世界でも新人なんてそんな扱いだろ?』




「…君への不当な扱いは、本当に反省してる。」




『そういう意味で言ったんじゃないよ。

ただ、ああいう体育会系的な組織はパワハラとかも清掃業界の比じゃないって話。』




「ガラ悪いものな、アソコ。

君はそういう事情にも詳しいのか?」




『詳しい人に教えて貰ったんだよ。』





店番屋。

俺がいつも傷付けてしまう少女。


あ。

あの子への贖いを忘れていた。


ふー、助かった。

うっかり義理の借り逃げをする所だったよ。






『最後に頼みがある。』




「さ、最後!?

ちょ! 君への態度は本当に反省してるから!

転職はもう少しだけ待って欲しい!」




『アンタらにとっても悪くない話だ。


工業区に店番屋ってビジネスがある。

今は、港湾区の方が盛んかな?』





「あ、ああ。

少し前に聞いた事があるよ。」





『ジャンクマンってレストランが根城だ。

そこを皆で使ってみてくれ。

手取りはすぐに上がるから。


いい子なんだ、本当に。』





   「私、ノーラって言うの。

   これ孤児院が付けた名前!

   昔の偉い聖女サマの名前なんだってさ!

   本当の名前は知らない!

   大嫌いな名前!

   でも! それでも!」





『…ノーラという少女からだけ仕事を請けろ。

搾取されずに済む。


そして、出来る範囲で彼女を護ってやって欲しい。』




「少女?

あれってヤクザのシノギだろ?」




『元々、その子のシノギだったんだ。

ヤクザ達もその子には口を出さない。

女子供の商売を取り上げたとは見られたくないんだろうな。』




その点はニックにも厳重に確認して貰った。

密かに庇護も頼んである。

ヤクザ側にしても、少女の話は蒸し返されたくないらしい。

まあ、店番屋業界の草創譚が知られたら彼らにとって大恥だからな。




『騙されたと思って、その子の案件を請けてみるといいよ。

清掃以外にも色々ストックあるから。』




「いや、だが。

組合から割り振られる案件があるから。」




『それ、相場より安いよ?』




「え?

やっぱりそうなの?」




『親方は来た案件を言い値で請けるタイプなんだと思う。

だから仕事を振る側は、誰もやりたがらない仕事を最低価格で押し付けてるんだ。』




「そ、そうなのかな。」




『騙されたと思って3回連続で案件断ってご覧。

向こうから単価引き上げしてくるから。』




「で、でも。

そんな事したら、恨まれて仕事を干されるかも知れない。」




『大丈夫。


俺達が思っている以上にこの業界は差別されてるから。

誰かを干す程、人員に余裕はない。


親方だってそうでしょ?

いつも人手不足に悩んでるじゃない。』




「そ、そりゃあ!

こんな仕事、誰もやりたがらないもの!

俺だって嫌だよ!」




『嫌な事、やってやってるんだから

カネ位はもう少し貰おうよ。』




聞けば親方は相場より安い価格で恒常的に案件を請けさせられていた。

田舎者で市内の業者とも付き合いが乏しい為、指摘される機会も無かったようだ。

元請も《コイツらは田舎者だし、この価格で十分だろう。》という意識で発注している気配がある。




俺は世間一般の相場と、店番屋のシステムをこの男に伝えてから、再度目を閉じた。

親方は俺の身体を揺すって話の続きを聞きたがったが、面倒だったので無視していた。






==========================





そのソファーで3日程、寝転び続けた。

途中、娘婿のラスティ君なる男が食事を取ることを懇願してきたので、日持ちのしそうな物だけを、腹のパカパカに収容した。

後で腹の中を覗いてみると、小さい食べ物から順に消えていたので、案外消化器官にでも繋がっているのかも知れない。




「仕事単価上がったよお!」




興奮した口調で親方が飛び込んで来る。

そりゃあそうだろう。

慢性的な人手不足業界で業者が仕事を選ぶ素振りを見せれば、割り振る側だって機嫌を取りに来る。

仕事単価など所詮は需給バランスで決まる。

供給を絞る選択肢をチラつかせれば、それだけで上げ圧力になるのだ。




『じゃあ、話は終わったみたいなので、俺はこれで。』




「ま、待ってくれ!

我が社の正社員になってくれないか!?


いや、副社長のポストを用意したい!」





『これ以上のお役には立てないだろう。

体力も徐々に落ちて来ている。

そのうちドブや便所掃除も物理的に出来なくなる。

遅くても今週中には死ぬんじゃないか?』




「そういうこと言うなよおお!!!


ぽ、ポーションを買って来たんだ!

これを飲んでくれ!」




『いらない。』




「勝手に飲まさせて貰うよー!

こ、これは救命行為だ!

あくまで救命行為だからね!」




親方に半分位飲まされた所で、むせて吐いてしまう。

そりゃあそうだろう。

最近、何も飲んでなかったからな。


しつこくせがまれたので、ポーションを瓶ごとアイテムボックス(笑)に収納すると、また大袈裟に喜ばれた。



その反応があまりに過剰で鬱陶しかったので、便所に行くと言ってそのまま立ち去った。

宿代代わりに銀貨をテーブルに一掴み置いておいた。




==========================





特に行く宛も無かったので、乞食の集まってる川原の端で寝転がっていた。

一度だけ親方の手下らしき男が必死の表情で人捜しをしている様子を見掛けた。

恐らくは俺を探していたのだろう。





ずっと星を見ていた。

何故、あの星はピカピカと点滅するのだろう?


なあ、あの星だよ。

ほら、北天の中央にある…

俺達の星と一対になっている蒼い星。


…俺達の星?

今、俺が寝転んでいるこの大地も誰かにとっての星なのだろうか?

そうだとしたら、あの蒼い星の連中も俺達を見ているのだろうか?




『こんにちは。』




最後なので挨拶だけしておく。

子供の頃、マーサが教えてくれたのだ。

いつか星の果ての人々がうっかり落ちて来る日があるかも知れない、と。

その人々とどういう関係を結べるかは、結局迎える側次第なのだと。

だから笑顔で温かく接しなければならないと。




『俺の名前はポール・ポールソンです。』




あの頃は、マーサの言葉の意味がよくわからなかった。

最近、ようやく朧げに見えて来た。

他者は所詮己を映す鏡である。

無礼や無関心な態度を取る者は、世間からもそう扱われる。

俺がここで野垂れ死にするのも、きっとこれまでの蓄積の帰結なのだろう。

誰も助けず、何も救わず、自分の都合だけ考えて生きて来た。

いや、自分を取り巻く事情すら全然知らなかった。

知ろうともしなかった。




『出来の悪い息子です。』




星が頷くように何度も瞬く。




『家業も手伝わず、結婚も上手く行かなくて。

何か色々足掻いてみたんだけど…

どれもモノにならなくて。』




マーサ、貴女を愛していた。




『俺なりに少しでも他人様の役に立とうと頑張ったんだけど。

何をやっても裏目に出て。

人がいっぱい死んで、俺の所為で… 俺の所為で!』




ギリアムからの最後の手紙。

大きく男らしい字で《笑え》とだけ書いていた。




『俺、本当に何も出来なくて!!!

無能な癖に愛想一つ使えなくて!!!

職場でジュース配ったり、そういう下らないことしか出来なくて!!!

ずっと自分が大嫌いだった!!!』




瞬き続けていた星が一拍だけ休み。

最後に弱く優しく笑った。




『それでも!

いつか、君に出逢えたら!』




天が、染まって消えた。

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