【清掃日誌44】 報い
数日、ジミーの部屋で寝泊まりさせて貰う事になった。
部屋と言っても巨大な邸宅敷地に建てられた小邸宅の一間なので、この男の邸宅と同様である。
「エクスポーション、どうせ自分では使わなかったのでゴザロウ?」
『何でわかるんだ?』
「長い付き合いでゴザルからな。
こちらはエクスポのおかわりでゴザル。
どうぞ。」
『どこも悪くない、とは口が裂けても言えないな。』
「お身体。
逆にご無事な箇所はありますか?」
『こうやって変わらず喋れているから、俺は余程口達者なのだろう。』
「口、全然回ってないでゴザルぞ?」
『そうなの?』
「言葉と表情がリンク出来てないでゴザル。」
『そっか。』
「気長にリハビリしましょう。」
『オマエには迷惑ばかり掛けるなあ。』
「好きでやっている事でゴザル。
こうしてポール殿が生きていて下さっただけでも感謝でゴザルよ。」
ジミーがワイングラスに注いでくれたエクスポーションを飲み干す。
どこか回復したのたろうか?
わからない。
まあ、高価な薬である。
何かしらのプラス作用は見込めたのだろう。
そう信じたい。
結局、政治の話も戦争の話もしなかった。
2人で次に作るモンスター模型の計画を立てる。
ロットガールズと一緒に合同イベントを開いてもいいね。
今度はよりオープンなイベントにして、児童層の見学席を設けてもいいかもね。
なんかお茶菓子でも出そうか?
酒のツマミもあるといいかもね。
ココア風味はどうだろう?
引率の保護者が怒るかもね。
この企画、出版社に売り込めないかな?
政治色の薄い出版社がいいね。
スポンサーがつくかな?
オタクの社会的地位も上がるかもね。
エッセイに起こすとしてタイトルはどうしようか?
女の子ウケを狙いたいね。
BGMとか流すのが流行ってるって本当?
俺達陰キャも挑戦してみてもいいかもね。
作戦会議も兼ねて皆でメシでも行かない?
チーズフォンデュに女子を誘ってもいいかもね。
デート用の服でも見に行こうか?
最近流行りのメンズフリルなんかもいいかもね。
いつもと同じ下らない会話。
ジミーはいつもと変わらず優しく俺の背を抱いてくれている。
ありがとう。
ちゃんと自覚出来たよ。
表情、言葉に全然リンク出来てなかったね。
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それから数日。
ジミーの世話になった。
ブラウン会長に報告しなければならない事も山の様にあったからだ。
俺にとってのXデーは、その最中である。
フォード子爵のスキャンダル報道から丁度7日後。
我が国は首長国の悪質なハニートラップ工作に対する非難声明を発表。
内容自体は今まで我が国が出して来たそれとほぼ同じ。
ただ、今回は同日に同趣旨の声明を王国・帝国・連邦・合衆国が発表した。
「この5ヶ国共同声明。
君が仕組んだんだって?
相変わらず恐ろしい事を思いつく男だ。」
ブラウン会長は言葉とは裏腹に愉快そうに笑う。
『いえ。
共同声明ではありません。
我が国が彼らに声明発表日及び内容を事前通告していたのです。
通告さえしておけば
必ず同調してくれると考えておりました。』
「首長国はやり過ぎたか?」
『ええ。
ハニートラップ位は、どこの国でも仕掛けますが
それでも限度はあると思うのです。
帝国皇帝は果断な方と聞いておりましたし、王国のエドワード王も賢王と名高い方です。
彼らにピンポイントで発表日を伝えれば、首長国の諜報網に引っ掛かる事なく、奇襲的な同日声明を出せると確信しておりました。』
「君も父上に似てきたなあ。
彼も奇策を次から次に思いつく男でね。
毎回、舌を巻かされたものだ。」
『この同日発表。
首長国から見れば合議の上の共同声明と映りましょう。
包囲網以外の何物でもありませんからね。
今後、彼らは諜報行為に対して相当慎重にならざるを得なくなるでしょう。』
「見事だ。
その功を喧伝してやれぬのが口惜しいがな。
本来なら勲章間違いないだろうに。」
いや、策士が称えられる事などあってはならない。
外交戦・諜報戦とはそういうものだ。
それに、これは俺の私戦だしな。
本当に私事なのだ。
賞賛される謂れがない。
ハニートラップ戦術を多様する首長国では、絶えず若い女性工作員候補が必要とされている。
その為、首長国情報部はリクルートに積極的であるし、地方領主も協力の義務を負っている。
今は随分マシになったらしいが、一昔前の首長国の地方領主には《候補生探し》と称して卑劣極まりない婦女暴行行為を繰り返す者が多かったらしいのだ。
たまたま、その被害者の中にマーサ・ニューマンなる少女がいた。
きっとルイ国王はそんな少女を知らないだろうし、その少女を傷付けた田舎役人の存在すら知らないだろう。
(時期的に彼の即位前かもな。)
ただ、俺が勝手に憎悪を燃やし続けていただけなのだ。
当然だろう?
最愛の母が侮辱を受けたのだ。
最愛の女性が陵辱されたのだ。
未来永劫許す訳には行かない。
何十年も虎視眈々と報復の機会を待ち、その方策を練り続けて来た。
その日がたまたま今日だった。
それだけの話だ。
ルイ王よ、持たざる俺の剣、少しは届いたかい?
これはオマエが当然受けなくてはならない報いなのだ。
例え知らなかったとしても、それは知らなかったという罪だ。
少しは驚いたかい?
少しは焦ったかい?
苦しみを感じてくれたかい?
マーサの受けた苦痛と屈辱はそんなものじゃなかった筈だがな。
こんなに喜ばしい事は無い。
あの世への土産が出来たよ。
勿論、こんな声明文一枚で国際社会は変わらない。
来月には俺と当局者以外は忘れているだろう。
だが、少しだけ気が晴れてしまった。
積年の恨みが消えた訳じゃない。
俺も歳を取り、敵の事情が理解出来てしまうようになってしまったのだ。
それで少しだけ鬱憤が解消され、俺の人生に区切りが付いてしまった。
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確かに区切りなのだ。
もう潮時なのだ。
その証拠に、スキルが使えなくなった。
さっき気付いた事だが、照準を合わせて発動しても何も消えなくなった。
ジミーに借りたタオルが血まみれになったので、こっそり清めようとしたのに。
『セット。』
『【清掃】』
やはり駄目だな。
俺のスキルは不要と思ったものしか消せない。
ふと鏡を見つけて最後に残った悪戯心が持ち上がる。
昔からずっと思っていた。
最も不要なものを消すべきなのではないか、と。
『この世で一番不要な奴がここに居るじゃないか。』
目の前の陰鬱な男がそう言った。
愛想の欠片も無い男。
俺はこの男が昔から大嫌いだったが、その主張には賛同出来る点が多い。
『オマエなんかが居るから、皆に迷惑が掛かる。
オマエ以外は立派な人間ばかりなのに。
なーんで、こんな奴がのうのうと生きてるのかね?
なあ、オマエ生きてて恥ずかしくない訳?
どの面下げて街を歩いてるんだ?
ギリアムを殺した癖に。』
ご尤もだ。
反論の余地もない。
『なあ、オマエ死ねよ。』
それが筋だな。
『折角、ゴミを消せるんだからさぁ。
一番大きなゴミを消そうぜ。
ほら、目の前のオマエ。
皆も言ってるぜ?
オマエなんか邪魔だってさ。』
うん、賛成。
死体をジミーに片付けさせるのは申し訳ないしな。
『セット。』
目の前の男が俺を照準に収める。
オイオイ、何だよそのポーズ(笑)
オマエ、自分でカッコいいとか思ってる訳?
嫌だよね、いい歳して自分を客観視出来ない奴。
なあ、オマエさあ。
ひょっとして世界でも救ってるつもりだった訳?
『【清掃】!!』
…昔から何の役にも立たない奴だ。
慌てて飛び込んで来たジミーが無言で俺の胸倉を掴む。
流れる涙を見れば、この男が全てを察した事も理解出来る。
『ジョークだよ、ほんのジョーク。
そんなに怒らなくてもいいじゃん。』
ジミーは強く俺を抱き締めたまま、ただ涙を流し続けた。
オマエには迷惑ばっかり掛けるなぁ。
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軍隊、実家、地方州、ジミー。
どんどん居場所が無くなって行く。
いや、最初から居場所なんか無かったのかもな。
実家は…
もう、いいか。
ロベールに任せよう。
彼は優秀だし思い遣りもある、惣領息子とはああいう人物が務めるべきなのだ。
ジミーからもしばらく距離を置こう。
アイツは、俺なんかの介護をさせていい男じゃない。
数日の滞在で改めて解ったことだが、ジミー・ブラウンは使用人達から畏怖敬愛されている。
今まで実感は無かったが、我が国の次世代を背負う人材として成長したのだ。
まかり間違っても、俺のお守りなんかにそのリソースを費やさせてはならない。
フランキー先輩には、挨拶だけしておくか。
菓子折りでも持って行かなきゃならない場面だが、参ったなカネが無い。
財布どこ行ったかな?
まあ、いいや。
もう、いいや。
先輩の邸宅の門前をウロウロしていると、ロレンツォ君が見つけてくれる。
「ポールソン専務!
さあ、お入り下さい!」
『やあ、ロレンツォ君。
先輩は今ご在宅?』
「いえ!
父は現在、政治局の公聴会に出席しております!
20時までには帰宅すると聞かされておりますが!」
『あ、ならいいんだ。
改めて伺うよ。』
あのフランキーが政治局?
思わずクスリとなる。
一瞬、ロレンツォ君に言ってやろうかと意地悪な感情が沸く。
なあ、知ってるかい。
君のお父さん、子供の頃に校長の銅像にウンコぶつけて大騒動だったんだぜ。
俺も尻拭いさせられて大変だったよ。
…まあ、先輩には世話になったしな。
勘弁してやるよ。
アンタだって息子の前じゃ、威厳ある父親で居たいよな?
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酒場に行くつもりだった。
ただ、よくよく考えてみれば。
今の俺にどうせ酒の味は解らないし、飲んだ所で酔える保証もない。
肝臓だったか、腎臓だったかが無い奴は酒を飲んじゃ行けないって小耳に挟んだ記憶があるしな。
俺の内臓って、何が残ってるんだったっけ?
理科の授業、もっと真面目に聞いておけば良かったな。
商業区の酒場の軒で何人かが寝ていたので、俺もご一緒させて貰う事にする。
この地面は冷たいのだろうか?
それとも熱いのだろうか?
どうして夜空には見覚えのない星ばかりが輝いているのだろうか?
わからない。
まあ、いいや。
ギリアムに聞けば何でも教えてくれるさ。
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翌朝、蹴飛ばされて起こされる。
寝ぼけ眼で周囲を見ると、日雇い労働者の点呼風景だった。
『俺は、別に仕事しに来た訳じゃないです。』
「ああ?
カネに困ってないなら強制はしないけどな。」
『あ、カネ無いです。』
「所持金幾らよ?」
『あ、ゼロです。』
「オイオイ!
じゃあ働かなかきゃ!」
『あ、はい。』
「兄ちゃん何か仕事出来るのかい?
直近の職歴は?」
『いや、仕事は何も出来ないです。
最近まで首長国の方に居て…』
「兵隊さんか?」
『いえ、戦場清掃。
塹壕とか、塹壕とか…
ご遺体とか。』
「ああ、それで陰気な顔をしてるんだな。
丁度良かった。
掃除係が足りないんだ。
今回の現場、ドブ攫いも業務に含まれてるから。
みんな、嫌がるんだよ。
カネないんだろ?
日当5000ウェンだ。
雇ってやるから来いよ。」
『あ、はあ。』
「よっし!
決まりだ。
じゃあ馬車に乗れ!
ちゃんと挨拶するんだぞ!」
『あ、はい。』
どうせ居場所も無かったので労働者馬車に乗る。
勝手がわからなかったのでペコペコしておいた。
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現場。
郊外のお屋敷。
どこぞの政治家が愛人を住ませていたらしい。
「それでよ! それでよ!
その女ってのが首長国のスパイだったんだ!」
「俺達の税金で好き勝手しやがって!」
「死刑だ! 死刑だ!」
「あーあ、俺にもハニトラ仕掛けてくれないもんかねー。」
「オマエみたいな底辺野郎から何の情報を盗むんだよw」
一同笑。
そっか。
そりゃあそうだよな。
政治家が失脚すれば邸宅や妾宅が空く。
じゃあ、そこを清掃する仕事も当然発生するよな。
「おい新入り!!
おい!
オマエだ!!」
『あ、はい。』
「オマエの担当はあそこのドブ掃除だ!!」
『はあ。』
「も、文句あるのか!?
新入りはドブ攫いから始める決まりなんだよ!」
『はあ。』
「ワンオペになっちまうが、俺を恨むなよ!
掃除屋なんてそんな仕事なんだからよ!!」
美しい邸宅だったが、敷地の脇を流れる側溝にはヘドロが溜まり異臭が漂っていた。
なるほど、この程度の政治家ならハニトラにも引っ掛かるし、発覚して失脚もするだろう。
『セット…』
構えを取りかけて止める。
触媒は1ウェンも無いし、あったとしてもスキルが発動しない予感がしたからだ。
親方から支給された掃除用具を駆使してヘドロを取り除いていく。
案外難しい。
弊社の社員達は優秀だったんだな。
俺がどれだけ真面目に手を動かしても、記憶の中にある彼らの半分以下の作業しか出来ない。
ゴメンな、君達の技能や精勤を当然のものとして享受していたよ。
「おい新入り休憩だ!」
「何? あのオッサンまだやってんの?」
「戦場帰りだってさ。 たまに居るよねー。 ああいう奴。」
「新入り! 聞こえねーのか!」
「もう放っておきましょうよ。 本人がやる気なんだからww」
「仕事してくれるんならいいんじゃねーの。」
「ドブ係は全部アイツに押し付ければいいしなww」
一同笑。
こびりついたコケはどれだけガリガリ削ってもちっとも減らない。
バケツ何杯分のゴミを一輪車で運んだのだろう?
鈍臭い俺はヌメヌメした場所で3度転んだ。
いや、起ち上がる時にコケた分も入れたら7回か。
不法投棄だろうか?
馬車の車輪が大量に投げ込まれていた。
全部で27本。
車輪って結構重いんだな。
もしも感覚が残っていたら絶対に持ち上がらなかったと思う。
途中、虻の群れが襲って来たが、遂に刺されず仕舞いだった。
まあ、彼らだって限られた針を無駄撃ち出来ないよな。
狙撃櫓の死番も怒鳴られてたっけ。
どうも作業の進みが悪いと思って手元を確かめてみると、すっかり薄暗くなっていた。
ああ、もうこんな時間か。
「おい、新入り!」
『…あ、はい。』
「あの後もずっと作業してたのか!?」
あの後ってどの後だろう?
『はあ、まあ。』
「言っておくが日当に割り増しは無いぞ!
オマエが勝手に残業したんだからな!!」
『はあ。』
「じゃあ今日の日当だ。
この場で確認しろ。
後から文句を言っても無駄だからな!」
『はあ。』
銀貨が1、2、3、4。
「な、何だその反応は!!!
仕方ないじゃないか!!!
元請けへの上納金があるんだから!!
額面通りの日当が出ないなんて常識だろ!!
俺だって協力金は払ってるんだ!!!」
『元請…』
「仕事割り当てて貰ってるこっちは文句言えねーんだよ!!!
オマエも上の人相手に妙な態度は取るなよ。
逆らったらブッ殺されちまうぞ!!
あそこは政治家とも癒着してるって有名だしな。
この業界でポールソンさんに逆らえる訳ねーだろうが!!」
…そっか。
俺、本当に何も知らなかったんだな。




