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【清掃日誌41】 サラマンダー

大昔、人が龍を崇めていた時代もあった。

現代人たる俺には理解が困難なのだが、まだ文明が未発達だった頃の人々は飛来する龍に怯え生贄を捧げたり、龍の為の神殿を建造したりしていたそうだ。


辺境の未開国家には未だにこの様な蛮習が存在すると聞く。

案外、彼らの生態を調査する事こそが我々文明人の成り立ちを学ぶためのヒントになるのかも知れない。



人類がそういった歴史を歩んで来た名残なのか、軍人さん達はドラゴンが大好きである。

(俺も男の子だから好きだけどね。)

どこの国の軍隊でも「龍」「ドラゴン」といった単語を好んで兵器や部隊の名称に採用する。



我が国は軍部の権力が他国ほど強くないので、ネーミングセンスは相当控えめなのだが、たった一つだけ龍の名を冠した兵器を備えている




《サラマンダー》



この世界に決して存在してはならない悪魔の化身。

人類史上最悪の大量殺戮兵器。




=========================




待ち望んでいた本国からの補給がようやく届いた。

にも関わらず、陣中が騒然としている。


あれだけ懇願し続けていた食料も被服も武器も触媒も、本国は何一つ送ってくれなかったからである。

巨大な軍用車両に梱包されていたのは…





『…ギリアム、教えてくれ。

何が起こっている。』



「…寝てろ。

オマエだけでも何とか本国に戻してやる。」



『頼む。』



「なあボス。

その身体、生きてるのが不思議なくらいなんだぜ。


オマエはよくやった。

十二分に使命を果たした。


後は軍人や政治家の責任だ。」




『…頼む。』




「やはり送られてきたのはサラマンダーだったよ。」





『…!』




「この陣中に搬入された事は、首長国にも探知されてしまっている。」




『流石の諜報網だな。』




「いや、恐らく評議会が事前にリークしていたんだろう。

将校連中は言ってたぜ。

《予めここに届くと知っていた動き》

だってな。」




『アイツら、前から欲しがってたからな。』





超長距離火炎弾頭砲。

コードネーム・サラマンダー。


7年前、我が国が誕生させてしまった人類の技術と悪意の結晶である。

カタログに記載されている射程10キロ・半径3キロという数字が政治的意図に基づく過少申告であることを知らない者はいない。


過去一度だけ、首長国との合同演習の際に披露された。

その絶大な威力は国際社会を恐慌させるに十分であり、演習期間の終了を待たずに国際社会からのヒステリックな非難声明に見舞われた。


協議の結果、王国・帝国・自由都市・首長国・合衆国の5か国(オブザーバーとして神聖教団が参加)による弾頭砲使用禁止条約が締結された。


直訳すると《ウチが完成させるまでチョット待って。》という意味である。



国際世論の想定以上の反発に、我が国はサラマンダーを封印(破棄は死んでもしないよ?)したが、各国は水面下で共同研究や売却・譲渡を猛烈に打診し続けている。

その中でも、首長国の技術供与依頼は特に熱心であった。

仕方あるまい。

彼らの国土は王国・帝国・連邦という3つの敵国に囲まれているのだから。


いや、彼らが真に恐れ憎んでいる敵は我が国であるのかも知れない。

丁度、俺が彼らをそう見ているように。




「…駄目だな。

首長国の奴ら本気だ。


給水契約の打ち切りを仄めかしてきたらしい。」




『…協定違反だろッ!!』




「少なくとも、現場の連中は俺達を敵として認識している。」




『そっか。』




「奴らの雑兵がな?

昨日の晩に怒鳴り散らしていたよ。」




『うん。』




()()()サラマンダーを置いて行け、ってさ。」




()()()、ね。』




気持ちはわかる。

それこそ我らが条約違反の大量破壊兵器でも譲渡しない限り、血の天秤は大きく振り切れたままなのだから。




午後に伝声管による司令官訓示。

その中には委託業者への契約打ち切りも含まれていた。


表向きの理由は至ってシンプル。

陣中のキャッシュが尽きたのだ。

軍法に照らし合わせても、業者に対してその旨を開示しなければならない。


軍隊的な本音は更にシンプル。

玉砕時に民間人を逃がし損なうのは軍の大恥であるから。





=========================





俺が残留すると宣言しても、もはやギリアムは驚く素振りすらしてくれなかった。




「で?

今度はどんな屁理屈を聞かせてくれるんだ?

司令様に帰れって言われたばかりだろう?」




『頭が上手く働かない。

アンタが代わりに残留の口実を考えてくれないか?』




「…。


《家出中なので、もう少しここに住ませて下さい。》


というのが一番角が立たない気もするがな。」




『随分、幼稚な言い分だな。』




「自覚あるなら、もう少し大人になれ。」




『俺は大人だよ。

真面目に頑張ってる。』




「あのなー。

オマエはそこら辺がガキなんだ。


悲壮な顔し過ぎ。


《ボクは頑張ってまーす。》

《ボクは真剣でーす。》

《ボクは1人で世界を背負ってまーす。》


思ってる事、全部顔に出てるから。

いっつもいっつも1人だけ気難しい表情して、真面目ぶって。」




『真面目に生きて何が悪い!

誰にも迷惑かけてないだろ!!』




「それがガキだって言うんだ。


迷惑だよ!

オマエが一番迷惑掛けてるんだよ!


なあ。

オマエの周りの人間がどれだけオマエに気を遣ってると思うんだ?

オマエ以外はみんな大人なんだよ!

悩みや苦しみを表に出して世間に八つ当たりなんかしねーんだよ!


オマエ1人がガキだ!

いっつもいっつも眉間に皺寄せて、唇を噛み締めて!


これは黙っておこうと思ってたけど!

ウチの地元の子供達な…

オマエが帰った日、ホッとした顔してたぞ。

わかるか!?

オマエの安っぽいヒーローごっこが世間の空気をずっとぶち壊し続けてるんだよ!」




『…。』




「…笑えよ。」




『こんな状況で笑える訳ないだろ。

俺、元々そういうキャラじゃないし。

アンタみたいに陽気に振る舞えない。』




「そうやってこれからも、世界を睨みつけて生きて行くのか?

若い連中を仏頂面で威圧しながら

憎悪や憤懣をぶつけて行くのか?」




『…。』




「オマエの真摯さは美徳だよ。

政治家や役人連中がオマエの半分でも真剣に職務に取り組んでくれたら

もっと世界はいいものになってたかもな。


でもな?

皆はオマエほど強くはないんだ。

…だから、これ以上、周囲を圧迫してやるな。


なあ、ポール。

笑え。

それが周りの連中への許しになる。


笑え。

俺はオマエだけには笑っていて欲しい。」




=========================




結局。

俺とギリアム以外の全業者が撤収。


首長国もこれは制止しない。

向こうも万が一揉めた時に、うっかり民間人殺害の愚を犯したくないからである。





業者の馬車が地平に消えると同時に、首長国の連絡将校が塹壕の前で何かの公文書を読み上げ始める。

俺の隣にいた古参兵が「水が欲しければサラマンダーを寄越せだとさ。」と翻訳してくれた。




どうやら現在の執行部が独断でサラマンダーの譲渡を決めた気配がある。



《分解破棄のため処分場に運搬中のサラマンダーが戦災に巻き込まれて大破。

有害物質の拡散を防止する為、首長国側が応急的に残骸処理を引き受けた》



信じ難いことだが。

どうやら世の中には、こんな幼稚な言い訳が通ると思っている連中が存在するらしい。

呆れて物も言えない。





=========================




翌日。



「有害物質の除去作業を開始したいので、陣地を退去して下さい。」



とうとう、首長国側まで真顔で悪ノリを始めた。

現物さえ押さえてしまえば、後はもうどうでもいいや、と言わんばかりの態度である。


実際問題、彼らは現物さえあれば精巧なコピー品を生み出せるし、何よりも大量破壊兵器を有効活用するだけの外交力を備えている。


押さえてしまえれば、本当にそれだけで勝利確定なのだ。





「我々は皆様の健康被害を強く懸念しておりまーす!」




拡声器具の声は文面とは裏腹に強烈な敵意に満ち溢れていた。

俺が何気なく壕の外を覗くと…


マジかよ。

…アイツら穂先をこちらに向けてやがる。




レンヌ司令が協議を呼び掛けるも、「臨時健康診断の為に平服で退去せよ。」の一点張り。

軍人に対しての武装解除要求は宣戦布告と同義なのだが…

やはり執行部と話がついているな。

そうでなければ、外聞に繊細な首長国がここまで露骨な物言いはしない。




『アイツらの言い分は理解出来るよ。

首長国がサラマンダーかそれに準ずる兵器の生産に成功したら、その資金力も相まって超大国も手を出せなくなる。』




「俺も報道で見ただけだが…

街を丸焼きに出来るんだろ?」



『それは政府発表だろ?

そんな生易しいものじゃないみたいだぜ?』



「街を焼く以上の威力となると想像が付かないな。」



『俺も軍人さん達の噂を聞いただけだけど。

大きめの無人島を丸ごと焼き熔かしたらしい。』



「島を熔かす?

スマン、理解出来ない。」



『爆発地点から5㌔離れた海域で待機していた観測船のクルー。

高熱に晒されて全員が死んだ。』



「…!?」



『島を熔かした真偽はわからないけど。

クルーが全員殉職したことと、観測船の識別コードが抹消されたことは事実。』



「そりゃあ欲しがるよな。」



『俺が首長国人でも、このチャンスは逃さない。』




そして俺が司令官の立場なら。

…自爆以外の選択肢がないな。





=========================




帰れと言われたので、こう答えてやった。




『残ります。

清掃業務に武器破片の処理が含まれておりますので。』




「現在、陣中の清掃は完了している。」




『サラマンダーの話です。』




「貴殿が何を言っているかは判らないが。

民間人が口を出す問題ではない。」




『俺なら消せます。』




「貴殿は何を言っている?」




『腹を割って話しましょうよ、閣下。


あれはあってはならない悪魔の兵器だ。

この際、消滅させましょう。


閣下には説明が不要かと思いますが、俺なら出来ます。』




「要不要を決めるのは貴殿ではない。

それに強力な兵器の存在が我が国の安全を保障しているのも事実だ。」




『引き渡すんですか?』




「引き渡す?


向こうは事故が起きて大破したのだろう?

少なくとも首長国はそう主張している。」




『…貴方は何を。』




「塹壕内でたまたま発生した大爆発によって、到着した補給物資は復元不可能なまで粉砕した。

幸運にも業者も将兵も壕外を移動中であった為に無事だった。


それで終わりだ。」




『閣下も壕外を移動中なのですよね?』




「貴殿がそれを知る必要はない。」




『閣下も無事なのですよね?』




「くどい。」




『閣下も一緒に行きましょう。』




「司令官には最後まで基地を見届ける責務がある。」




『…最後?  アンタ今最後と言ったか!?』




「司令官には最後まで基地を見届ける責務がある。


そして民間業者には退去を命じた筈だ。

ポールソン清掃会社。

速やかに退去されよ。」




『…嫌だね。


アンタも一緒だ。

皆で帰ろう。』




「憲兵!


ポールソン清掃会社との契約が満了した。

安全な御退去に協力して差し上げる様に。」




司令官の脇に控えていた憲兵が泣きそうな表情で唇を噛み締めていた。

ゴメンな。

アンタのポジションが一番辛いよな。




「スコット大尉。

命令が聞こえなかったのか。」




「…。」




「大尉!」




「…中佐殿、申し訳御座いません!」




「シドレ曹長。

大尉の命令を引き継げ。」




「…。」




「曹長。」




「…。」




憲兵の癖に泣くなよ。

オマエらが泣いていいのは亡国の日だけだろ?


…ゴメン、じゃあやっぱりその涙は咎めない。



レンヌ司令も特に憲兵を咎める気はないらしく。

何事も無かったように基地の巡回を命じた。





『司令官閣下。』




「退去を命じた筈だが?」




『ええ、帰りますよ。


但し、帰るのは皆でです。

将校も、兵卒も、傷痍兵も、さっきの憲兵さんも。

勿論、貴方も。』




「それを決めるのは貴殿ではない。」




『いや、俺です。

契約は終わった。


俺は帰る。

みんなを連れて。』




「脱柵は斬罪に値する。」




『派兵期間はとっくに終わっております。

脱柵ではない。』




「仮に派兵期間が終わっていたとしても

本国が帰還命令が発令されない限り撤兵は出来ない。」




『首長国が塹壕からの退去要請を出しました。

それを無視しての残留は協定違反になります。』




俺、この人にだけはこういう屁理屈染みた攻め方をしたく無かったんだけどな。

まさか国際情勢の方が自分よりも理屈っぽいなんて思わないよな。

長い、長い沈黙があった。




「…健康診断だったか。」




『あれって他国でも受診出来るんですか?』




「そんな前例がある訳がない。」




そりゃあ、そうだろう。

将兵のパーソナルデータを外国勢力に渡して良い訳がない。





=========================





『ゴーレムがあるじゃないか。

あのパワーならサラマンダーを軽々抱えて帰国出来る。』



「…。」



『あのゴーレムは俺個人の鹵獲品。

サラマンダーは残骸。

廃棄の為に運搬中なんだろ?

何の問題もないさ。』




「…。」




『…怒らないのか?』




「オマエは怒られるような事をしているのか?」




『してない。』




「そうか。」




ギリアムは何事も無かったような表情で俺にゴーレム運転のコツをレクチャーする。

水とレーション。

そして武器もコックピットに運び入れる。




『俺は剣なんて使えないぜ?

大体、これ帝国のサーベルだろ?』




「使えるか使えないかは戦場が決める。


鞘から出しておくから自傷事故に気を付けろ。」




『…。』




「安心しろ。

機体には俺が張り付く。

あの馬、借りるぞ。」




『ありがとう。

何から何までギリアムのお陰だよ。』




「感謝しなくていい。

これは任務だ。

オマエは既に報酬を支払った。

俺は果たすべき義務を履行しているだけだ。」




『…友達が。

アンタが居てくれたから、こんな俺でも何とか堪えて来れた。』




「…。


街道に出たらローラーダッシュ形態に切り替えろ。

僅かに浮遊するが接地面はゼロにならないから気を付けろ。


自動的に直進しているように見えるが、絶えず操縦桿で微調整する必要がある。

かなりの体力勝負・気力勝負だ。


出来るな?」





『…アンタも来てくれるんだよな?』





「俺はいつでもオマエの側に居る。」





『…出来る。』





サラマンダーをゴーレムに固定する作業は、想像以上の速度で完了した。

適切な命令さえ下ってしまえば軍隊程有能な組織はない。

日頃の不当な評価は、ただ不当極まりない扱いが故なのだ。




手順はシンプル。

俺のゴーレムが先行した後、部隊は街道を広く塞ぐ形で村落まで移動。

他の民間人に撤収を呼び掛けながら国境を目指す。


首長国側は俺の乗機をピンポイントで狙って来ることが予想されるので、拿捕されそうになった瞬間にサラマンダーを起爆させる。





…子供の頃の俺は軍隊に妙な信仰を持っていた。

もっと緻密な連中だと思っていた。


だが実際の戦場は大雑把で言い訳染みていて…  

人間という生き物がそうであるように極めて愚かだった。

士官学校を主席卒業したり博士号を持っているような秀才達が、噴飯物の屁理屈を捏ね回して必死に人殺しの正当化を企んでいる。


やれやれ。

オマエらの幼稚さには本当に裏切られたよ。

心から失望した。


そして若い人達へ。

色々裏切ってしまってゴメンな。


どうか俺達の愚かさを後世への教訓として欲しい。




=========================




俺は渋るがゴーレムに軍旗が掲揚され、脚部に大きく識別コードが記載される。

これで国際法上、この機体への攻撃は正規軍騎士への攻撃と同等の扱い(要は宣戦布告)となる。

同時に、俺も法的には業者から戦闘員となる。

俗に言う、《死ぬことも給料のうち》の立場だ。



ゴーレムは2機あったが。

発進前に、損傷が激しい方のウスチノフ機を消滅させた。



《触媒残量31%》



現状、俺しかゴーレムを動かせないしな。

本国までの距離を鑑みれば牽引も現実的ではない。

消去法で消去した。

(今後を考えれば首長国には戦力向上の為のヒントすら与えるべきではないだろう)


軍隊という組織の性質上、彼らはウスチノフ機の早急な探索を余儀なくされる。

こちらへの追撃リソースが少しでも削減できればありがたいが…

そこまで甘い連中ならここまで泣かされないよな。





深夜。

俺はゴーレムを静かに起動させた。

搭乗してみて改めて、その常軌を逸したパワーに戦慄する。

なあ首長国さんよ、これはこれとして翡翠の価格操作案には乗ってくれると嬉しいんだけどなあ。





=========================





《触媒残量30%》




サラマンダーを運搬している所為だろうか…

俺が想定していた以上に燃費が悪い。

もしも本国まで辿りつけなければ、その時点で自爆する。

後々の外交戦の支障になり過ぎないように、少しでも首長国側の被害が少ない形で自爆しなければならない。

自爆ポイントの選定はギリアム・ギアに一任する。


ポイント指定後、ギリアムは全力離脱。

俺はギリアムが安全圏まで退避した事を確認次第機体を爆破する。




…ガバガバな作戦だな。

俺が普段執筆している児童向けの冒険絵巻の方が余程知的である。


父さん…

大学まで出して貰ってゴメンな。

学校のお勉強は戦場では何の役には立たなかったよ。


いや、違うな。

俺には与えられた教育を活かすだけの器量が無かったのだ。

本当にゴメン。




《触媒残量27%》




前線村落を通過。

ここで随伴騎兵が我が国の軍民に退去命令を発令する。

レンヌ司令官にそんな権限は恐らくないのだが、命令に従うか従わないかは個個で判断してくれればいい。




ここで、首長国側の騎兵が一騎飛び出す。

背後に怒鳴り返している所を見ると、どこの世界にも独断越権野郎は居るらしい。


当たり前だが、建前上は友好国同士である、俺も独断野郎もいきなり攻撃したりはしない。

独断野郎はぴったりとゴーレムの真横について何事かを叫んでいる。



ギリアムが割って入って、2人で激しい遣り取りが起こる。

俺はチャンバラが始まる事を危惧していたのだが、流石に文明国人同士である。

身振りで伝声管を投げるように指示された。





「こちらギリアム・ギア!

聞こえるか!?」




『この轟音の中で明瞭に聞こえる事に驚いている。

帝国の技術も馬鹿には出来ないな。』




「首長国のバルテル准佐がオマエとの通信を希望している!」




『代わってくれ。』




言ってから後悔する。

国境までまだまだ遠いのだ。

迂闊に情報を与える場面ではない。

理由を付けて交信を拒否するべきだった。





「こちらは首長国第5軍団ランス駐屯部隊所属シモン・バルテル准佐である。

交信への応答に感謝する。」




『はじめまして准佐殿。

ポール・ポールソンと申します。』




「…その口ぶり、軍籍はお持ちでないのか?」




『はい。

清掃業者です。

契約が満了した為、帰国中です。』




「つまり話し合いは無駄という事かね?」




…理解が早くて助かる。

もっとも、今は時間稼ぎがしたかったのだが。





『互いに言い分は腐る程ある。

共に聞く耳は使い果たした。


俺はもう疲れました。

後は外交官に任せませんか?』





国際法やら両国の協定やら、軍隊移動の国際条約やら

事前に準備していた想定問答は全部捨てる。


問題ない。

俺達には原始の掟が残されているのだから。




「ポールソン君。


君の建設的な意見に敬意と賛同を表明する。」




1秒だけ考えてから、宣戦布告を受けた事に気付く。

いや喧嘩を売ったのは俺かもな。

まあ、どちらでもいいさ。

体裁なんて生き残った奴が整えればいいのだから。




《触媒残量25%》




マズい。

想定よりも消耗が早い。

…もう国境に辿り着く事は諦めるべきか。

俺がそう思って自爆地点を探し始めた瞬間。




天に大輪の花火…

違う!

散々レクチャーされたじゃないか!


首長国の信号弾!


《ケース・オレンジ》


敵襲信号!!




…何の承認も無く未確認兵器で高速移動。

敵以外の何物でもないよな。





《触媒残量24%》




眼下ではギリアムとバルテル准佐の議論が終わった。

互いに戦闘に対応可能な距離を取る。


不意に准佐は胸元から何かを取り出し、口に含んだ。

左目で俺を、右目でギリアムを、しっかり捉えたまま瞬きもしない。





ピ―――――――――――――――――――――――――――ッ!





警笛!?

あっ、やられた。


そりゃあ、そうだよな。

最前線に駐屯している軍人が非常招集手段を持っていない方がおかしい。

先程、彼は准佐を名乗った。

佐官であれば、それなりの権限も保有している筈だし、裁量で動かせる直属の部下も居るだろう。



少し背後で、もう一発信号弾が上がる。

当然、《ケースオレンジ》。



…甘く見ていたつもりはなかったが。

こうも簡単に目論見を潰されると凹むな。




《触媒残量22%》




街道の道路状況が悪くなってきた。

機体の速度が僅かに鈍る。



背後に煌々と明かりが灯り始める。

…反応が早過ぎないか?

首長国の即応力にただただ感服させられる。


反面。

前方は夜の闇のままだ。

つまり彼らは、この状況を想定していなかった。

もしくは、俺に視界を与えない為に敢えて灯火を禁じた?

わからない。


いずれにせよ。

足を止める訳には行かない。




《触媒残量21%》




『…嘘だろ、さっき減ったばかりじゃないか。』




何故だ?

俺の操縦に無駄が多い?

サラマンダーの重量が想定を越えている?


喉からゆっくり広がる血の味が、無言で俺に警告する。

ズキリ、臓腑のどこかからそんな刺激が響いた。


頼む。

もう少しだけ、もう少しだけ待ってくれ。




《触媒残量19%》




ここでバルテル准佐が再度警笛を鳴らす。

今度は長短交えて、何らかの複雑な信号を周辺に発信している。

そして突然の急加速。

僅かに俺の機体を追い抜いてから姿を消す。




一瞬、コックピット内の俺と目が合った気がした。

暗闇越しにもよくわかる。

この戦場で幾度も見て来た、覚悟を決めた男の眼光であった。




《触媒残量18%》




背後から急接近する灯火を視認する。

敵集団に捕捉されたか、と怯えた瞬間。




「友軍!」




伝声管からギリアムの短い叫びが聞こえる。

友軍?


…我が軍の将校団だ。

騎兵だけで合流してくれた?




思わず安堵の笑顔が漏れそうになった瞬間、俺の全身が硬直する。

幾つかの馬影から、刺さった矢が伸びていたからである。


撃たれた!?

いや、不思議に思う方がどうかしている。

この状況で攻撃されない方がおかしいじゃないか。




「ポールソン!」




聞き慣れた声が響く。

俺達業者の面倒を見てくれた古参将校の声だ。




「何が何でも国境内に入れ!

妨害者は殺せ!


いいな、命令だ!

躊躇わずに殺せ!


サラマンダーだけは絶対に渡すな!!!」




普通、軍人は民間業者にこんな指示を絶対に出さない。

何かあった時の責任問題になるし、何より勘違いした民間人ほど邪魔な存在はないからである。

それでも、敢えて命令という形式を踏む事により俺のブレーキを外した。


やるしかない。

プロがそう判断せざるを得ない状況なのだ。




《触媒残量15%》




俺の周囲を護ってくれているのはギリアム・ギアも含めて8騎。

レンヌ司令官がハンドサインで指示を出している。

彼の肩に矢が刺さっているように見えるが…  

マントの留め金か何かに当たっただけだと信じたい。




一騎が馬速を落として集団から脱落する。

作戦?  馬の疲労?  足止め?

意図は分からなかったが、彼が馬上から贈る敬礼姿があまりに繊美だったので…

俺の視界をどうしようもなく歪ませた。

強引に気持ちを切り替えて歪みを拭き落とす。




《触媒残量12%》




突然、左後方から無数の信号弾が上がる。



《ケース・レッド》



言うまでもない。

攻撃信号だ。




「奴ら長槍を持ち出して来た。

こっちはサーベルしかない!」




ギリアムの手短な報告。




「馬のスタミナの差もある!

10分以内に捕捉されるぞ!!」




だろうな。

ただでさえ土地勘の差がある。

しかもこちらの逃亡はアドリブ。

逃げ切れる訳がない。




「仕方ないか…


俺も奥の手を使う!

時間が稼げる反面、向こうの躊躇も完全に無くなる。

そのつもりでいろ!

飛び道具も来るぞ!」




ギリアムがレンヌ司令官と数言交わしてから馬列を離れた。



「ポールソン!

空が白み始めた!

軍が起きるぞ!!」



古参将校の声が響く。

確かに、いつの間にか街道の先に薄っすらと地平が浮かび始めていた。


計算では夜が明ける前に国境地点に到着する筈だったが…

流石に見通しが甘すぎるよな。


敵中で朝を迎えるのは完全な破滅を意味する。

文字通りに嬲り殺しにされるだろう。



《軍が起きるぞ。》



古参将校の叫びを何度も反芻する。

恐らく、現在は敵の有志が追走している状態。

だが朝になれば通常シフトの軍隊が一斉に動く。

指示を待つまでもない。

こんな巨大な所属不明機が自国を疾走していれば、まずは攻撃するだろう。




《触媒残量10%》



1割にまで減ったという認識がそうさせたのだろうか。

俺の心身が急激に重くなる。

荒くなった呼吸は、既に機体の走行音より大きくなっている。


過呼吸は駄目だ。

せめて、せめて呼吸だけでも。


焦る気持ちがますます息と鼓動を乱す。



嘔吐。

胃液だけが糸を長く引く。

今がまだ夜で良かった。

真っ赤な胃液を見れば、きっと俺の士気は挫けてしまっていたから。





《触媒残量9%》




高速走行で戻って来たギリアムが叫ぶ




「上澄みが来るぞッ!!!!」




…上澄み?

一瞬呆けてから、すぐに事態を思い知らされる。


ギリアムは土系のスキルを使ったのだ。

それで多くの首長… 敵兵はきっと脱落した。


だが、その奇襲を潜り抜けた猛者達が居る。

それが上澄みだ。




思った瞬間、猛スピードで突撃してきた槍騎兵がこちらの馬群にそのまま突っ込む。

あっと思い、再度機体の足元を確認した時には、こちらの馬影は6騎に減っていた。




「進路を逸らすな!」




ギリアム・ギアの怒声が飛んで来る。

動揺して操縦が鈍ったらしい。

慌てて機体を街道の真ん中に戻す。





《触媒残量7%》




背後から複数の敵影が再接近する。

…武装がまちまち、飛び道具を持っていない?


どうして馬弩を持って来なかった?

持ち出しを許されなかった?


軍服の色や形状もバラバラだ。



…ああ、君達を尊敬するよ。

軍人としてではなく、男としての資格で俺を追っているんだな。




《触媒残量6%》




先手を取ったのはギリアム・ギア。

突如、右旋回すると敵馬群に何かを射出した。


暗器?

わからない。

だが、敵側の隊列が大きく歪んだ。




《触媒残量5%》




背後の一騎が超加速して、俺達の左側を大迂回してくる。

早朝の闇に薄く浮かび上がる姿は、ヘルメットもマントも着用していない。

ただ、手には大槍。

個人装備なのだろうか、槍の穂先が十字になっている。


間違いない、この男。

戦士としての本能で飛び起きて、そのまま追撃戦に参加したのだ。





「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」




獣の様な咆哮。

聞こえる筈も無いのに、はっきりとコックピット内に響いて来る。




十文字槍の男は絶叫と共に更に再加速し、我が軍を襲う。

今度はハッキリと見えた。

喉を貫かれて転がり落ちる味方。



その味方の死をブラインドにして、死角から十文字槍の男を…

ジャン・ロベール・レンヌが刺した。

刺されながらも男は短剣のようなものを投げつける。


2人は馬上で組み合ったまま、何事かを叫び合っている。

やがてもう一騎の味方が真後ろから十文槍の男の首を撥ね上げた。




《触媒残量3%》




「ポールソン!

駆け抜けろォッ!!!!」




さっきまでの古参将校の声ではない。

恐らくは俺が人生で初めて聞く声。




唇を噛んだ俺が操縦桿を握り直した瞬間。

視界には…



自由都市仕様の監視塔…


国境線!?

国境!?

辿り着いたのか!?




《触媒残量2%》




そう思った瞬間、機体のハッチが飛んだ。

突風と共に俺の視界に入って来たのは。



満身創痍の首長国軍服。



走行中のゴーレムに飛び移ってきた!?




「長い夜が明ける。」




声、バルテル准佐!?




『…ッ!』




俺が反応しようとする間もなく。

バルテルのサーベルが俺の胸を貫いた。




「馬鹿なッ!」




俺同様に驚愕したバルテルが慌ててサーベルを一旦引き抜こうとする。

だが、俺の体内のミスリル収納箱が引っ掛かって、それがままならない。



…流石に、動けない相手なら俺でも刺せる。

俺はギリアムが操縦桿脇に据えてくれた抜身のサーベルを握りしめ…




『うあああああッ!!!!』





身体の真ん中辺りを狙った。

手応えはある。

それが致命部なのか、急所を外してしまっているのかまではわからない。




俺とバルテルは互いの身を貫き合いながら、相手の表情を目に焼き付けていた。

そりゃあそうだろう。

自分を殺した相手の顔を覚えておかなきゃ、地獄で続きが出来ないからな。




「化け物が…」




憎悪に満ちた呪詛。

俺が身体を弄り回してから戦場に臨んだことを指しているのかも知れないし…

俺の一連の非常識的な行動を非難しているのかも知れないし…

或いは、それは我が国の卑劣な外交姿勢を指したものかも知れなかった。




《触媒残量1%》




「だが、俺の勝ちだ。」




最後にバルテルが宣言する。

その確認に満ちた目に一瞬違和感を感じ…



操縦桿!?




『ッ!!!!』




バルテルの踏み込みによって大きく曲げられた操縦桿。

進路が大きく逸れて街道から脱落してしまっている。


慌てて進路を戻すも…

ローラーダッシュが使えない!?


鈍重な歩行で何とか街道に戻ろうとする。

たった数十メートルが中々修正出来ない。



ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!

どうする!?

ここまで来て!?



『ここまで来て!!』



思わず発した俺の叫びを見届けてからバルテルは逝った。

この男は十二分に使命を果たした。

内臓の詰まっていない部分を突いたとは言え、操縦席に串刺しにする事により俺の身動きを完全に封じた。

更には視界を塞ぐように己の死骸をハッチ部分に留めている。





足元の馬影は3騎。

司令官と1人は護衛のCQC要員、もう1人は主計官。


ギリアム!?




『ギリアムッ!!!』




「ここだ。」




頭上から聞こえる落ち着いた声に心の底から安堵する。




『無事なんだな!?』




「…俺を誰だと思ってる。」




『無事なんだな!?』




「…ゴーレムの肩に乗った。

丁度、オマエが前に括りつけられていた場所だ。


俺は狙撃に専念する。

オマエは国境を突破しろ。


触媒は残してあるんだな!?」




《触媒残量0%》




『…俺を誰だと思っている。


ローラダッシュ形態に戻るぞ!』




「角度を5度だけ右に修正しろ。」




『わかった!!』




「よし、その角度で固定だ。

後は何も考えずに触媒を使い切って全力疾走しろ!!」




《触媒残量マイナス1%》




『加速するぞ!』



「行けッ!

太陽に突っ込め!!!!」




気が付けば、バルテルの背中越しに朝日が広がっている。

そして、この男の全身の太刀傷が嫌でも目に入って来る。

アンタ、1人でよく頑張ったな。

俺もすぐにそっちへ行くよ。

延長戦、ちゃんと受けてやるからな。




《触媒残量マイナス2%》




恐らく首長国の国境線を完全に抜けた。





《触媒残量マイナス3%》





そこで記憶が飛ぶ。





=========================





「オマエと居ると退屈しねえな。」




いつもと変わらぬギリアムの陽気な声で、目が覚める。

陣中は騒然としている。


ゴーレムの脚にもたれ掛かっている俺とギリアムを役人やら軍人やらが囲み

その内側で何とか数少ない軍人さん達が護ってくれている。




  「死刑だ!!!」

  「何て事をしでかしてくれた!!!」 

  「国賊ーーーーー!!!!」

  「殺せぇーーーー!!!」

  「憲兵団!!  どうして動かない!!」

  「斬れ!!!  斬り捨てろ!!!」




誰かの絶叫が丁度いい目覚ましになる。

ありがとう。

その殺意がなければ、俺の目は覚めて無かったかも知れないな。




『皆は?』



「結構死んだ。」



『そっか。』



「もう少し役に立ちたかったんだがな。」



『…あの、ギリアム。』



「ん?」



『俺、アンタが生きてくれただけで嬉しい。

不謹慎かもだけど、アンタだけには死んで欲しくなかったから。』



「…そうか。」



『…あの、俺は。  俺!』




「…ポール。」




『ん?』




「オマエの戦争は終わった。

後はオマエ以外の誰かが道筋を付けるだろう。

いや、付けさせなくちゃならない。」




『うん。


なあ、ギリアム?』




「オマエ、不器用な奴だから難しいかもだけど。

もう戦場には行くな。」




『…わかった、行かない。


…なあ、アンタ、もしかして。』




「…戦場から帰って来た連中は。

しばらくは日常に溶け込めない。


でも、それは一時の事だ。

オマエなら必ず帰って来れる。


心も戦場から連れ戻してやれ。」




『うん、わかった。


…もうわかったから!』




「そんな顔するな。

なあ、知ってるか?

オマエ、ヘラヘラ笑ってる時の方がよっぽどいい男なんだぜ。


だから、笑え。

そんな顔するな。」




『…わ゛がっだ。』




俺を鎮める為なのか、ギリアムは俺の頭をゆっくりと抱き寄せた。

それはとても大きな男の手だった。


俺を落ち着かせる為に、わざと優しい口調で下らない話をしてくれた。

頑張って調子を合わせようとしたのだが、嗚咽でちゃんと話せて無かったに違いない。



俺達は。

子供の頃の失敗談や、新しく出来たレストランに行く約束や、女の好みや、2人で組んで始める儲け話をいつまでも続けた。





堂々と昇った太陽はあまりに澄んでおり、雲一つない蒼天は国境の果てまで鮮明に広がっていた。





最後まで快活な男だった。

掛け替えのない師であり兄だった。



この日、俺は全てを失った。

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