【清掃日誌37】 死体袋
エクスポーション。
アホみたいに値段が高い、高性能回復薬。
親友のジミーから贈られた最後の切札。
愚かにも俺は現地に到着する前に浪費してしまった。
一応、市販のポーションも持ってはいるが、こちらの性能は大した事がない。
このエクスポーションは存在が俺の精神安定剤でもあったので、不安や恐怖が押し寄せて来る。
生存率の下がった音がどこからか聞こえた気がした。
「ボス、オマエは悪くない。
切り替えて行け。」
『あれが、アンタらの業界で言うところのピタゴラトラップ?』
「確かめようはないが、確実に作為だ。
手口はシンプル。
オマエが一番反応するであるタイプを連れてきて引き合わせる。
で、それに対するリアクションを分析して、心理誘導や情報漏洩を狙う。
いつもの奴らの手口さ。
ほら、役人達が今期スカッシュトーナメントの話題を振って来ただろ?
あれ、時間調整だから。
オマエと活動家女を鉢合わせる為のな。
あの女は何も知らされてない。
ただ、ハニトラ的な化学変化の素材にされただけ。」
『エクスポーション、使ってしまったよ。』
「薬品の浪費は問題じゃないさ。
問題はあくまでオマエに対する大きなプロファイリング材料を向こうに渡してしまった事だ。
繰り返すが、首長国はオマエへの幅広い対策が可能な状態になった。
それだけは忘れるなよ?」
『…対策か。』
「幾らでも考えられるさ。
例えば一刻を争う状況で瀕死のあの活動家を目の前に転がされたら?
オマエの足は数分、或いは数時間止まるだろうな。
或いは10年後くらいにオマエが出世したタイミングで感動の再会が演出されるかもな?
そういう選択肢を奴らは手に入れた。
それだけの話だ。」
『スマン。』
「謝る事ではないさ。
向こうもそれだけ必死ってこと。
切り替えて行こう!
さあ、キャンプが見えたぞ!」
視界には巨大な野戦基地キャンプ群が広がっている。
我が国と首長国の対策チームが軍事·政治·外交·経済の各分野に分かれて流通センター奪回の為の策を練っているのだ。
「結構な大軍だな。
首長国軍だけでも2個師団… いや、もう少し居るぞ?
あそこに並んでるのは移動式バリスタ?
本気度高いな。」
『ああ、思ったより規模がデカい。
奪回作戦が近いのかな?』
俺とギリアムは経済人が集中しているテント群に近づく。
探すまでもなく、数名の顔見知りの事業者が駆け寄って来て轡を取ってくれた。
「ポールソン君!
よく来てくれた!」
『御無沙汰しております。』
眼前のウッダー氏はウッダー土建の御曹司。
昔からドナルド・キーンに私淑し行動を共にしているので、俺とは同派閥という事になる。
(俺も何度かご自宅に遊びに行かせて頂いた事がある。)
「すぐに食事を用意させよう。
詳しい話は一段落してからね。」
そう言ってからウッダー氏は片手で顔をさり気なく覆いながらウインクをする。
これは《テント内の会話も首長国に盗聴されているから気を付けろ》の意味である。
俺とギリアムは馬の引換券を受け取ってからウッダー氏に続く。
「えっと今回は。」
『酒保商人申請をと思ったのですが…
これだけ慌ただしい状況ですので、営業は自粛しようかな、と。』
「ああ、確かに。
この状況での売込は悪感情を招きかねないよねえ。」
勿論、酒保商人申請が口実である事はウッダー氏も知っている。
我が国の目的は流通センター及び人質の不可逆的な解放。
但し、首長国に花を持たせたがっている現執行部と真逆の意向を我々の派閥は持っている。
俺は派閥ゴッコを虫唾が走るくらいには憎んでいるのだが、ドナルド・キーンは俺の首長国への秘めた私怨を巧妙に衝いて使嗾している。
腹立たしい事この上無いが、アイツは契約はきっちり守る男だ。
なので、こうして取引に応じてやってるのだ。
俺が柄にもなく馬上の人となったのも、ただ一身上の事情である。
俺とギリアムは会話しながらテントの周囲を見ようとするが、ウッダー氏は無言で俺達の詮索を咎める。
…失礼、まだまだ緊張感が足りなかったようだ。
「いやあ、それにしても参ったよ。
帝国軍の統制が緩い事は知っているが、国全体が停戦交渉を持ちかけている時に
大隊規模で独断侵攻してくるとはね。
首長国が思ったよりも救出に本腰を入れてくれているのはありがたいけどね。」
ウッダー氏は俺達の目を見ながら、話せる範囲の現状報告を淡々と続ける。
『帝国側がもう停戦を持ち掛けて来たのは意外です。
いつもなら年単位で暴れるのに。』
帝国の奇襲&一方的な停戦申出はいつもの事である。
しかもそれを諸侯単位・師団単位、最近では大隊単位で敢行して来る。
滅茶苦茶な話だが、彼らはそれが国際社会で通用すると思い込んでいる。
(通用する訳がないからこそ、彼らの国債は年々買い手がつかなくなっているのだが。)
ただ、彼らの停戦要請は大規模攻勢から1~2年後に打診してくることが通例である。
にも関わらず今回。
まだ侵攻から数か月である。
俺の訝しんだ表情を見てウッダー氏は「大量の兵糧を奪って満足してくれたのかな?」と呟いた。
『この前も地方州に対して、兵糧強奪と見られる突発的侵攻があったじゃないですか。
ほら、樹海越えの。』
「ああ、あれも酷かったねえ。」
そう言いながらウッダー氏は素早く左のウインクを2回。
これは俺達の派閥の符丁、
意味は《この話題は危険、さり気なく別の話題に移行せよ》という意味。
『あいつらには困ったものですよ。
俺は昔から乱暴者は苦手で。』
「まったくだよね。
この産業と資本の時代に迷惑なことだ」
俺はウッダー氏の目線を慎重に伺いながら、話題を抽象的な方向へずらして行く。
何だ? 地方州の話が危険なのか?
「ところでポールソン君。
清掃会社としての君に質問なんだけど。
戦場清掃って儲かるものなの?
みんな興味を持ってるみたいなんだけど
やっぱり君に直接質問するのは憚られるみたいでね。
ほら、昔は職業差別とか酷かったみたいじゃない?」
『今でもイジメられますよー。
特に年配の方は露骨ですからねー。』
この遣り取りは数年前に既に済ませている。
当時と一言一句変わらず文言で質問してきたこと自体が一種の暗号なのだ。
とりあえず俺も当時と一言一句変わらない返答を返す。
…考えろ。
ウッダー程の切れ者がこんな無意味な遣り取りを蒸し返す筈もない。
しかも内容は俺にとって相当センシティブなものだ。
普通なら絶対に口にしない台詞。
つまり、この問いかけ自体が核心のメッセージ。
『ここは偉い人が多いみたいですし。
掃除屋風情の俺が生意気なことを言ってしまわないように注意します。
人間分相応が一番ですからね。』
…どうだ?
この方向でいいんだよな?
この回答を首長国側に聞かせればいいのだよな?
「いやいや!
ははは。
生意気とかそんな。
確かに爵位持ってる人で、キツイ態度取る人は多いけど。
私はそういうの気にしないタイプだから。
どんどんディスカッションしよう。
あ、でも首長国や帝国の人は身分意識強いから
そこはちゃんとケジメ付けてね。」
流石だな。
勘の鈍い俺でもギリギリ察知出来るように伝えて来た。
《意図を隠すのは当然として、清掃屋の立場を徹底してミッションに当たれ。》
ということなのだ。
言い終わってからウッダー氏は心底申し訳なさそうな目線で俺を見つめている。
わかってる。
貴方が現代的な価値観を持つ紳士だという事はちゃんと理解している。
「立場上、皆の前じゃキツイ態度取ってしまうかも知れないけど。
そこは仕事だと思って割り切ってね。
安心して、私は下請けさんにはちゃんと報いる人間だから。」
ウッダー氏は誠の紳士である。
まかり間違っても《下請けさん》なんて下品極まりない表現は使わない。
それを敢えて使ったということは、この元請下請関係のロールを使って話を動かす、という事なのだろう。
『あっはっは。
嫌だなぁ、前も旨い仕事回して貰ったじゃないですかーーwww
これ以上は望みませんよ。
あ、でも
ここだけの話、父が庁舎案件を請けたがっていて…』
「え? 入札資格まだだったか?」
『いやはや。
ウチは成り上がりですから
推薦人になって下さる方もおられず、いつも悔しい思いをしております。』
「あ、そうなんだ。
いや、ウチは清掃に関してはまだどこにも推薦状発行してないんだけど。」
『え! そうなんですか!?』
「何? 弊社の推薦状が欲しいの?」
『あ、いや。
あはは、もしも枠を頂戴出来れば』
「あれも結構手続き煩雑だからねえ。
実質的な保証人だしさ。
まあいいや。
もう少し、もう少しだけ弊社に誠意を見せて。
私なら役員会を説得出来るから。」
『あーーいやいや!
催促するつもりは無かったのですが
はい! 勿論です!
このポールソン、これまで以上に忠勤を尽くします!
どのような事でもお申し付け下さい!』
俺もウッダー氏も演劇経験ないからな。
どうしても棒読みっぽい遣り取りになった。
だが、彼の頷き方を見ていると、恐らくは話をこの方向に持って来て正解だったのだろう。
…ああ、読めたな。
俺を清掃会社の立場で現場に放り込む策なのか。
何故俺なのか?
聞くまでもない。
ドナルド・キーンを除けば、財界で一番荒事に向いているのが俺だからだ。
何より、御立派な誰かさんと違って俺は所詮掃除屋。
死んだところで国際問題には発展しない。
死んで困らない奴が居るのなら、そいつから殺して行くのが政治なのだ。
「それにしても首長国さんが、ここまで本腰を入れてくれるとは思いませんでした。
北部戦線の方がよっぽど大変だと思うのですがね。」
ウッダー氏は俺を強く見つめながら、俺に語り掛ける。
そう、これこそが問題の核心なのだ。
現在、帝国越境軍の主力は首長国領のもっと北部にある大都市を包囲している。
(信じ難い事だが、彼らはジェノサイドと並行して停戦交渉を持ちかけているのだ。)
我が国の平和維持軍が派遣されているのもその北部戦線だし、幾ら友邦の経済人が人質に取られているとは言え…
こちらに部隊を回し過ぎではないだろうか?
現にこちらに越境している部隊は撤退したそうな気配を望んでいるのに。
俺達の疑念はそこだ。
しかも今回、妙に執行部のトーンが低い。
…余程の要人が人質に取られたのだろうか?
首長国はその事実に勘づいている? いない?
わからない。
数十分の雑談が続いた後。
「それにしても首長国さんが、ここまで本腰を入れてくれるとは思いませんでした。
北部戦線の方がよっぽど大変だと思うのですがね。」
ウッダー氏が先程と同じセリフを繰り返した。
それも一言一句変えずにだ。
つまり《よっぽど大変な北部戦線から部隊を回す理由》をウッダー氏は知りたがっている。
単なる好奇心ではない。
執行部が口を濁している秘密を暴くことこそが、自由都市の改革に繋がる。
キーン派(国政改革を訴える若手財界人グループ)の連中はそう考えているのだ。
まあ、俺もその点に限っては賛成だが。
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食事を交えながら、ウッダー氏からキャンプのメンバーを紹介される。
殆どが財界人で、天下り役人が数名混じっていた。
初めて話す者も居るが、顔くらいは見知っている仲なのでそこまでの緊張はない。
最中。
首長国側の客人が来訪する。
赤い髪…
王族?
「はじめまして
主席按察官のベルトランと申します。
この度は我が国の力不足から
皆様に多大なご迷惑をお掛けしております。
誠に申し訳御座いません!」
この誠実さの塊のような人物は王族のベルトラン卿。
現首長国国王ルイ18世の庶兄に当たるアルセーヌ殿下の嫡男で地方統治のエキスパートである。
その有能さからトラブルの起こった土地に真っ先に派遣され、危険を顧みず事態の収拾に当たっているとのこと。
傍流ながらも国内序列は7位と相当の厚遇を受けている。
ベルトラン卿は俺達1人1人と目を合わせながら真摯に謝罪の言葉と打開案の説明を行った。
時間にして30分強の滞在だったが、日頃から首長国に反発感情を持っている連中ですら唸らされるほど見事な対応であった。
…見事だ。
考えられる限り最高の対応姿勢だと言っても過言ではない。
現在の我が国に、ここまで矜持を持って任務に取り組めている者が1人でも居るだろうか?
いや、残念ながら居ない。
首長国の真の恐ろしさは、ハニートラップなどの卑劣な手口と、ベルトラン卿のような高潔極まりない人士の抜擢を並行して行ってくる所である。
奸謀と至誠、これを同時にぶつけられる恐怖。
俺達はこんな怪物国家と向き合わなくてはならない。
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俺とギリアムは厩舎で馬のブラッシングをするフリをしながら、密談を行い情報を整理する。
(手文字と符丁を総動員した。)
・帝国軍に包囲されている流通センターは首長国軍によって二重包囲されている。
・帝国軍にとっては予想外の対応だったらしく、ややパニックに陥っている。
・テロリストとの交渉を嫌う首長国だが、今回に限って過度の人命優先シフトを敷いている。
・人質救助の最優先は首長国王ルイ18世からの厳命とのこと。
・これからの情報から想像すると流通センター内の人質の中にはかなりのVIPが存在する
大体、こんな感じである。
俺は左右を何度も確認しながらギリアムと意見を擦り合わせる。
…流通センター内にそこまでのVIPが居るのだろうか?
名簿を見た限り、そこそこの大手企業経営者の名がチラホラと見えるが…
首長国王が躍起になる程の大物は見当たらない。
まあ順当に考えれば、バークシャー製粉の会長かヒッコリー木材の社長あたりが序列が高いのだが…
この見解は林業のプロであるギリアムに否定される。
ヒッコリー木材の経営陣は全員天下り役人。
死んだところで社会に益こそあれ損失はないとのこと。
ああ、天下りなら死んでも誰も困らないな。
(と言うか頼むからこれ以上税金を盗まないでくれ。)
林業は高齢化が著しいらしいから、若手の木こりが死ぬ方が余程の損失だ。
バークシャー製粉とも一度パーティーで会った事はあるが…
まあ産団連の中堅ポジションだよな。
偉い社長さんの後ろで必死にメモを取ったり追従の拍手をしたりしている印象だ。
彼らの発売している胡桃パンは確かに美味だが、別にその会長は誰でも構わない。
前例を捻じ曲げて軍隊を派遣するような相手だろうか?
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その日の深夜。
俺とギリアムの宿所にウッダー氏が来訪。
「申し訳ありませんが…
埋葬の仕事をお願いします。」
その一言で全てを察する。
流通センターに潜り込むのは予定通りに俺。
死体処理作業員として赴く。
流通センター包囲からの日数を鑑みれば、その時に発生した死者の遺骸が腐臭を発している頃である。
言い出したのが帝国側か首長国側か、それとも我が国かはわからないが。
誰かが埋葬(というより処理)を訴え。
一番近い場所にいる俺に声が掛かった。
ここまでは想定内。
ドナルドともジミーとも、何度も繰り返しシミュレートしている。
ここから先が未知。
想定とは情勢が大きく異なっているから。
《首長国が想像以上に人質奪還を最優先している。》
これは全くの想定外。
確かに我々は表向き友邦だし、彼らの国内で発生した軍事的事件である以上、彼らに解決する努力義務はあるのだろうが…
いつもの彼らはもっとさらっとお茶を濁すのだ。
今回に限って、奇妙な熱意。
「突然で申し訳ないのですが
明日一番で出発して頂きます。
…後事は責任を取りますので。」
首長国の盗聴を警戒して、一応常識的なリアクションを取っておく。
『ひ、ひえー。
そんないきなり言われてもー。
うー、でもこの状況で断ったら
来期の契約切られちゃいますよねー
ね、ねえ。
俺、死にませんよね?
ただの埋葬ですよね!?』
ウッダー氏の表情を見るに百点満点のリアクションだったらしい。
彼はカネで俺を釣るような発言をして、俺が前金を寄越す様に訴える。
そういう敵諜から見て自然な遣り取りを小一時間程演じた。
ウッダーが帰ると、俺とギリアムの間でさっきと似た遣り取り(危険任務ボーナスを出せ/出さない)をもう1ターン繰り返して寝た。
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結局、死体処理要員を呼んだのは帝国人だったらしい。
他にも医者や料理人が指名された。
早朝6時に出発して8時前には帝国が勝手に構える通行ゲートに到着する。
「ここから先は帝国領だ!
歴史的に見ても帝国領なのだ!」
門番氏の第一声がそれである。
俺達は何とも言いようがないので、黙っている。
「あー、つまりだ!
我が帝国に入国させてやるのだから
光栄に思えと言っている!」
…誰も声を発しない。
出発前のブリーフィングでかなりの想定問答を叩き込まれたが
こういう軽率な発言への回答までは用意されてなかったのだ。
俺達のチームのリーダーであるブランフォード医師が
「お話が違う様なので出直します。」
と言って皆を纏めて帰ろうとすると、通行ゲートの兵隊達が一斉に飛び出して来て媚びた表情で思いとどまらせようとしてくる。
「アンタらが到着しないと、俺が上官にぶっ殺されちまうんだよ。」
とのこと。
アホらしいので誰もコメントをしない。
結局、通行ゲートの門番氏達が小一時間走り回ってから
「やっぱりここは首長国の領土とのことです!」
と敬礼しながら訂正して来たので通ってやった。
この時点で俺を含めたメンバー全員が早くも白けた雰囲気で、何もかも馬鹿馬鹿しくなっている。
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流通センターの周囲にはかなりの数の死体が無造作に転がされていた…
帝国軍が奇襲してきた際に殺されたのだろう。
作業着を着た者、軍服を着た者、明らかに身分ある商人。
それらの死体が無造作に転がされて腐臭を発している。
「やあやあ! よく来てくれたねー。」
満面の笑みで俺達を迎えたのは、帝国軍の将校である。
大佐の階級章を付けているので、この男が攻めて来た大隊の責任者なのだろう。
俺は不思議でたまらないのだが、異常に陽気でフレンドリーな態度である。
「困ってたんだよー。
すぐに帰るつもりだったんだけど
帰るに帰れなくなっちゃってさー。」
侵略軍とは思えない程の馴れ馴れしさで、大袈裟に身振りを交えて大佐氏は苦境を訴えて来る。
「あ、医者の人ってどの人ですかー?
あ、貴方が医者ですかー。
いやー賢そうな顔してますね。
あ、怪我人とかあっちですんで
お願いしまーす。」
あまりの軽いノリに皆が呆然として反応が出来ない。
「あ!
お医者さーん。
ちゃんと黒鍬を連れて来てくれたー?
我々すぐ帰るつもりだったからさー。
死体のこと全然計算に入れてなかったんだよ
はっはっはw」
…ゴメン、あまりの態度に咄嗟にコメントが出てこない。
「ん?
オマエラが黒鍬?
表の死体。 (顎でクイッと指す動作。)
第二倉庫の脇にも溜まってるから
ほら、何してんの?
作業開始。 (顎でクイッと指す動作。)」
黒鍬とは、昔の兵制で輜重・土木を担当する工兵科の様なポジション(と言うより身分)である。
戦場埋葬も担当する為、士分の中では概ね最下層に位置する…
体制内被差別階級だと思ってくれてもいい。
とっくに消滅した概念だと思ったのだが、どうやら後進国にはまだ存在するらしい。
俺とギリアム、そして首長国側からの助っ人処理作業員(高い確率で俺達の監視だが)の計8名は無言で埋葬作業を開始する。
まず遺骸の身元確認。
そして遺品・遺髪を収容(身に着けていたと思われる貴金属は御丁寧に全て略奪され終わっていた)。
リストにチェックを入れてから死体袋に死体を収納する。
同胞よ。
どうか安らかに眠って欲しい。
俺は遺体埋葬の経験は殆ど無かった(しかも実作業には携わっていない)ので、ギリアムの指示に従い死体袋に死体を詰めて行った。
不覚にも2度嘔吐した。
その後も吐き気は止まらなかったが、幸か不幸か胃の中は空っぽだった。
消滅スキルを持つ俺、土系スキルを持つギリアム・ギア。
本来なら死体処理に最も向いたコンビだが、無論スキルは使わない。
幾ら俺が馬鹿でも敵の眼前で手の内を晒す程ではない。
途中、通り掛かった帝国兵たちが。
「もっとチャキチャキ動かんかい!」
「臭えーんだよ!」
「もたもたしてたらぶっ殺すぞ!」
「仕事くれてやってるんだから感謝せーよ!」
等と俺達を罵倒してきた。
面白半分に小石を投げて来るものすらいる。
そのうちの一つが俺の眉間を割って血が止まらなくなった。
何が面白いのか若い兵士達が俺を指さして皆で哄笑した。
首長国作業員が優しく俺の背中をさすってくれる。
大丈夫、問題ない。
裏表のない敵意に関してはそこまで怖くない。
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問題は死体の中に少なくない帝国人が混じっていた事である。
作業着を身に着けている事から出稼ぎ労働者のようだった。
「え? 何?」
『いえ、ですから。
御遺体の中に貴国の方が居られまして
判断に迷いましたので、ご指示を仰ごうと…』
「あー、死んだつっても出稼ぎでしょ?
いや、指示も何も…。
別に。」
『では、貴国の御遺体で御芳名が判明した方のリストを提出致しましょうか?』
「えーーー!?
やだよーーーー!!!」
『は?』
「俺の仕事増えちゃうじゃん!」
『…え?』
「あ、そうだ。
いいこと思いついた!
オマエラが好きにしていいよ。」
『え、いや!』
「だってオマエラ年中死体さわってるんだろ?
プロじゃん。
そんなん黒鍬の仕事じゃんw
よw 死体のプロwwww
任せるわ。
はーい、この話終わり―ww
あっ!
酒見つけたのー!?
マジ!? バーボン大好き!!!
俺の分も残しとけよーーーwww
じゃ、そういうことで。」
俺達は呆然と立ち尽くし、大佐氏を見送る。
ただ、絶句。
理解が出来ない。
=========================
俺を見かねたのかも知れない。
ギリアムや首長国の助っ人が抱きかかえてくれる。
え?
軍隊ってもっと厳格なものではないのか?
いや、それ以前に
君達の同胞だろ?
それを平然と殺して、平然と放置出来るものなのか?
脳が理解を拒み、忘れていた疲労が大量の脂汗と共に溢れてくる。
「どうする?」
『…帝国の方も平等に身元を調べて下さい。
遺品・遺髪は別個に保管します。
名簿にも控えて下さい。』
「…わかった。」
首長国側の助っ人全員にも個々に許可を取る。
返答は消極的ではあるもののOK。
後は作業。
気が付くと日が暮れていた。
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『あ! 申し訳ありません!
首長国の皆様に休憩を取って頂くのを忘れておりました。』
故意ではないんだ。
本当に気がついたら夜だったのだ。
慌てて作業の完了を皆に宣言し休憩して貰う。
そして俺はくたくたになって大佐氏に作業完了を報告する。
「え!?
マジ!?
こんな時間まで働いてたの?
勤勉だねー。」
大佐氏とその取り巻きは感心したように「ほえー」と声を挙げる。
「うおっ!
本当だ!
全部なくなってる!
いやあ、助かったわー。
臭くて酒がマズくなってたんだww
わはははww」
『それでは我々はこれで。』
「あ、黒鍬クン。
最後にもう1個だけ。」
『は?』
「我々が保護しとる商人さん達。
エサをやるのを忘れとった。
今、キミの顔を見て思い出したわ。
あそこの毛布と食料。
配ってくれていいよ。
もし死んでる奴が居たら教えて。
我々が責任を持って遺品を保管するからwww」
…。
『畏まりました。
大隊長閣下の御温情に感謝申し上げます。』
「わはははwww
キミは話がわかる奴だねーーwww
黒鍬なんぞにしておくのは惜しいくらいだww
そうなんだよー。
こっちは滅茶苦茶気を遣ってるのにさあ。
厚意が全然伝わらないのね?
困るわー、マジで困るわー。
キミからも厳しく言っといて。
あんまり舐めた態度取ってると、ブッ殺しちゃうよって。
あはははwww
ジョーダンジョーダンwww
身分のありそうな奴を殺せる訳ないじゃーんwww
ただでさえ皇帝にバレたら切腹モノなのにさーーーwwww
あははは。
じゃ、そういうことでw」
…え?
マジか?
俺達、情報を収集する手段をかなり深刻に考え抜いて来たのに
如何に帝国側の内情を探るかを腐心していたのに。
そんな核心をペラペラ話していいものなのか?
「ただでさえ皇帝にバレたら切腹モノなのにさーーーwwww」
いや、それが事実なら絶対に伏せなくちゃいけないだろう?
え?
逆に罠?
逆にそういう情報工作なのか?
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俺とギリアムは毛布セットを持って人質が軟禁されている用具倉庫の見張りに声を掛ける。
「あ? 何?」
『大隊長閣下にこれを持って行くように言われまして。』
「ああ、エサ。
まだだっけ?
ほれ。」
『え? 鍵?』
「ん?
オマエラがエサ係なんだろ?」
『あ、はい。
彼らの食料補給を行う様にと』
「んじゃあ、任せるわ。」
『あ、ありがとうございます。』
「…なあ。」
『は、はい。』
「オマエ、自由都市から来た訳?」
『はい、そうですが。』
「へー、金持ちじゃん。
俺もカネ持ちの子供に生まれたかったわー。
親ガチャ外すと人生詰んじゃうよな。」
『え、いえ、はい。 いえ。』
「ウチ、貧乏でさー。
母親には捨てられるし、父親には死なれるしでさー。
ハアーーーー (溜息)
世の中不公平だよなーーーー。
金持ちの子は金持ち。
貧乏人の子は貧乏人。
オマエもそう思わない?」
『あ、はい。』
「小遣いくれよ。」
『は?』
「ああ、別に賄賂とかカツアゲとかそういうのじゃないんだ。
マジでカネに困っててさ。
遅配っていうの?
給料日がどんどん後回しにされるんだよ。
被服費とか寮費とか後付けで天引きされて…
先月の手取り8万ウェンだぜ?」
『そ、それは大変ですね。』
「隊長が男気見せてくれて助かったわ。
久しぶりにちゃんとした食事が出来た。
捕まえた女とも一発ヤレタしな。」
『…。』
「別にカツアゲじゃねえ。
単なる憐れな乞食だ。
黒鍬の旦那、カネを恵んでくれよ。」
俺は無言で5000ウェンだけ渡す。
多くも少なくもない金額を選んだつもりだ。
見張り氏は何も言わずに、俺に鍵を渡すと10歩ほど歩いてから背中越しに呟いた。
「…悪いなぁ。」
その声があまりに寂し気だったのが妙に気になって。
結局は俺の中で彼が帝国人全体の印象となった。
=========================
『皆さん、お怪我はありませんか?
ソドムタウンから参りました。』
そう声を掛けながら愕然とした。
用具倉庫には数十人の老人達が無造作に転がされていたのだ。
彼らの脱水症状気味の様子を見て全てを悟る。
あ、これ人質とかそんなチャチなものではない。
暴行されて有り金を巻き上げられた後に、倉庫に放り込まれて…
多分忘れられていたのだ。
『ギリアム!
皆さんに水を!』
「お、おう!」
ヤクザのギリアム・ギアですら思わず硬直してしまう程の粗雑さだった。
全てが酷い。
『怪我をされた方はおられますか!?
動ける方は状況を教えて下さい。』
「ああ、助かったよ。」
「ピットさんの様子を優先して!
…お歳だから。」
「痛! …脚を折られてしまってね。」
軟禁(というより放置)されていた財界人は計45名。
残念ながら2名が衰弱死していた。
生き残っている者も、自力歩行可能は難しそうだった。
どうやら彼らはチャリティ団体らしく、社長同士が集まって首長国内の戦没者墓地・孤児院を支援する為の活動を行っていたらしい。
企業規模のバラつきがあったのはビジネスではなく、理念で集まったグループだから。
この流通センターには帝国からの要請で受け入れた帝国人出稼ぎ労働者の就労支援の為に訪問したとのこと。
(当然、この活動は帝国政府との合意の基になされている)
そして文字通り視察中を急襲された。
訳のわからぬまま暴行を受け、所持金や貴金属が奪われたとのこと。
食事は支給されたりされなかったり。
何とか皆で励まし合って地獄の軟禁生活を耐え忍んできたらしい。
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『大隊長閣下。』
「んー?
おう、黒鍬クンじゃない。
勤勉だねーーww」
『遺骸の件なのですが。』
「あん?」
『気温の所為か腐敗がかなり進行しております。
明日はかなり暑くなりそうですので…
今日の5倍程度の臭気になると予測されます。』
「え!?
ちゃんと死体袋に入れたんだよなー!?」
『はい。
ただ、死体袋に収納した場合でも腐敗が一定度合を越えると
もう臭いを防ぐ術がないのです。』
「オイオーイ!!
困るよー。」
『我々、本当に疲れておりまして。
搬出は明日で宜しいですか?』
「え? 搬出?」
『いえ? この付近に首長国側の焼却場があるようですので
そこに運ぶものと思っておりましたが。』
「ああ、なるほど。
うん、それ。
その指示を出そうと思ってたんだよ。
今、丁度そう言おうと思ってた!」
『では、申し訳ありませんが
明日の午後以降で宜しいですか?
本当に皆疲れておりまして。』
「あーーー!!!
駄目駄目!
仕事はちゃんとしろよなー!!
プロでしょー?
今晩中に搬出してよーーー!!」
『か、畏まりました!
隊長閣下の為に精進致します!!!』
「ははは!
物分かりいいじゃんwww
黒鍬なんて素直が一番だよーww
じゃあ、夜勤中隊には伝達しとくから。
今夜中に死体袋、全部搬出しといてねー。」
『は! おやすみなさいませ閣下!』
「おーう、黒鍬クンも徹夜頑張れよーーーwww」
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本来、こんなリスクの大きい救出作戦など行わないのだが。
俺の独断でこの夜を決行日とした。
物語のような勇戦も奇策も無い。
単に人質及び同行してきた全スタッフを死体袋に収納して正面ゲートから搬出しただけである。
「おーう、大佐殿から聞いてるぜー。
今夜中に死体を捨てさせろってな。」
「日が明けて死体残ってたら
残ってた数だけブン殴るよーーww」
「オラ、ちんたらしてんじゃねーよ。
臭いから早く行けや!」
信じられない事に、彼らは死体袋を改めることすらしなかった。
普通、チェックするだろ。
おかげで俺が用意した小細工や脚本は全て無駄になった。
今思えば、《人質戦術を使われている》と思い込んでいたのはこちらだけで、占領部隊はそこまで深く考えてなかったのかも知れない。
通行ゲートを出て20分程経過した地点で、暗闇の中から誰何される。
ああ、これが噂に聞く首長国の夜戦装備か。
握手の距離まで近づいてようやく認識出来た。
財界人及び同行スタッフを死体袋から取り出した後、自由都市・首長国の合同対策チームの取り調べに応じる。
財界人も力を振り絞って、全生存者の脱出を証言した。
最も重要視されたのは当然。
「ただでさえ皇帝にバレたら切腹モノなのにさーーーwwww」
俺が聞いたこの発言である。
何度も執拗に真偽を問い質され、誓約書にもサインさせられた。
ああ、構わないよ。
嘘だったら軍法会議でもなんでも掛けてくれよ。
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俺の脱出から50分後。
夜陰に紛れて首長国側の総攻撃が敢行された。
数名の将校以外は全員殺害。
捕虜は尋問の後、帝国との交渉材料として使用される。
その報告を聞いた俺とギリアムは、シャワーも浴びずに待機区画のマットの上で寝た。
これは内緒だが、あの見張り氏の冥福は今でもこっそり祈らせて貰っている。




