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【清掃日誌36】 ハニートラップ

「ようこそ!

友邦の方々。

我が国は心から歓迎します!」



検問所のゲート前に居たのは小太りの男。

遠目から見ても解るほどの福相であった。


男はユーモラスな動きでドタドタと俺達に駆け寄ると、人懐っこい笑顔で轡を取ってくれた。



『識別番号E88キャラバンです。

私は先触れのポールソンと申します。』



まさかこの歳になってキャラバンの先触れ係を務める羽目になるとは思っていなかったのだが…

軍や治安局との軋轢を少しでも避ける為には、このポジションが丁度良い。

(馬車に乗り込んでしまうと、接触時間が増える。)




「ポールソン様!

素敵なお名前ですね!

私はフーシェと申します。

ようこそ首長国へ!」





国境検問所と言えば剣呑なイメージがあるが、首長国と我が国を結ぶそれに関しては全くの別物である。

豪華で明朗。

言われなければ検問所と分からないくらい、友好的な雰囲気を醸し出す事に成功している。

壁一面に貼られてるのは、地元の初等学校の絵画であろうか?

両国の友好を子供なりに表現したとみられる純朴な絵が丁寧に並んでいる。



《ようこそ首長国へ♪》



垂れ幕の字体すらもユーモラスであり、まるで郊外のバカンスハウスを訪れたような錯覚に陥る。

施設内に焚かれたアロマは首長国が品種改良に力を入れているブルーベリーだろうか?




双方が全力で互いの国民感情に配慮しているのだ。

我々は国際的にはニ大経済大国と評価されているものの、言い換えれば軍事小国同士である。

小国同士で揉めてしまえば、共に超大国に呑まれてしまう事は明白。

互いの本心がどうあれ、自由都市と首長国には敵対姿勢が許されていない。

なので、両国民は必死で友達ごっこに明け暮れている。





俺達は入国申請を済ますと、検問所内のレストスペースで水筒の水を飲んだ。

先程の小太り男フーシェがニコニコしながら頼んでもいないお茶を用意してくれる。

口こそ付けないが、こちらも笑って礼を述べる。

(かなり後で知ったことだが、このフーシェこそが国境区域全体を統括する総責任者であった。)



レストスペースには両国の商人がたむろしており、あちこちで帝国の街道封鎖に義憤の声を挙げていた。


俺とギリアムは彼らと距離を置き、持参したナッツを噛りながら、キャラバン本隊の入国まで時間を潰した。

馬車をこちらに入れてしまうまでは、自由に動く事が出来ないからだ。




「首長国と言えば羊料理だよな。

ボスの好物も羊だったか?」




ギリアムが陽気な声で俺に雑談を持ちかける。

眼の奥には《深刻ぶった表情をするな》という非難の色が見える。




『母の得意料理でね。

月に1度は母の作った羊のハンバーグを食べないとテンションが落ちるんだよ。

いい歳して情けない話だけどね。』




「オフクロの味って奴だな。」




『ギリアムに好物はあるのかい?』




「俺は可愛気が無いから酒と女だ。」




ギリアムがそう言った瞬間。

一瞬だけ聞き耳を立てる気配がした。


素人の俺でも察知出来たという事は、ここに配置されているのは腕利きの諜報員ではないのかも知れない。





=========================





「レストハウスの職員は当然として、俺達の右後ろに居た団体客。

あれが監視だ。

ボスにも解ったか?」




『特定までは出来なかったけど、空気が露骨に変わったのには驚いたよ。』




「まあ、そういう国だからな。

こうやって路肩で話す時も口元はさり気なく隠せよ?

奴ら、唇の動きを読んでくるからな。」




事実、首長国の諜報能力は国際社会の中でも群を抜いている。

読唇術くらいで驚いていたら、この国ではお荷物である。


そして、彼らの諜報活動の中でも最も恐れられているのが悪名高いハニートラップ戦術である。

勿論、我が国も全く用いない訳ではないのだが、彼らは本当に薄く広く仕掛けて来る。


これが本当に怖い。

知らない間に国家機密が全て筒抜けになっているのだ。


先程、ギリアムは「好物は酒と女」と明言した。

セオリーなら、こういう発言をした人物は真っ先にハニートラップの餌食になりそうだが、我が国が何度かそれを逆手に取った逆諜報作戦を成功させたので、今の首長国はこの手の対象への仕掛けに二の脚を踏んでいる。


加えてギリアムのヤクザ丸だしの風貌。

仕掛ける側にとっては、一番やりにくい相手だ。

(ヤクザは騒いで問題を大きくするのが仕事なので。)

ハニートラップ戦術は発覚時のリスクがあまりにも高い為、仕掛ける側のプレッシャーは相当のものと聞く。

故に、あの「酒と女」発言の牽制力は馬鹿に出来ない。



『妹が居れば、ボスの安全を保証出来たんだがな。

少なくともハニトラを仕掛けられる確率は激減した筈だ。』



『それ、ハニトラの卸元がヤクザになっただけじゃないかw』



「お、やっと笑ってくれたね。」



『…。』



「…そのまま笑っとけよ。

ミッションの成功率、上がるぜ?

どうせ色々魂胆があるんだろう?


昨日のオマエ。

とても見れた顔じゃなかったからな。

エミリーだったか、あの子も可哀想にな。」




可哀想なものかよ。

女なんて勝ち残った奴にくっつくのが一番なんだ。

あの子は俺と離れられて幸運だよ。

後はどうかいい人を見つけて欲しい。




『緊張しているだけだ。

俺は生まれついての臆病者でね。』



「ふふっ。

てっきり真逆だと思ったが、俺の見誤りかな?」



『…。』



「そう言えばさぁ。

ウチに攻めて来た帝国の連中。

どうやら生きて帰れた奴は居なかったみたいだぜ?

敵とは言え可哀想になぁ、暗い樹海でモンスターの餌になっちまった。

2個大隊が全滅って酷い話だよなー。

いやいや、ご家族さんには同情してしまいますなー、ははは。」




『無駄口はやめろ。』



「まあまあ。

護衛の献策には耳を傾けるものだぜ?

ボス。」




『献策?』




「ああ、そうさ。

忠実な部下からの献策だ。


今のままじゃ…

オマエは何一つ目的を達成出来ないぜ?

それどころか、盛大に周りに迷惑を掛けて大失敗するよ。」





『…。』





「キーン社長やブラウン常務。

あの人達も巻き添え喰らうだろうなー。


誰かさんのせいで。」





『…。』





「献策、聞きたいか?」





『是非に。』





「前から思ってた事なんだがな?

オマエは決意が顔に出過ぎてる。


《ボクは正義の味方でーす。

命を賭けて世界を救いまーす。》


そんな顔をしてる。」





『そんな表情ある訳ないだろ。』





「俺もオマエと会うまではそう思ってたさ。」





『…。』





「いや、責めてる訳じゃないんだよ。

むしろ尊敬している。

俺が知る中で一番の英傑だ。


ポール・ポールソンは本当に世の中全体の為に頑張ってくれている男だ。

評議会に巣食ってる猟官野郎達に爪の垢でも飲ませてやりたいくらいさ。


でもな?

わかってるんだろ?

ここは敵地だ。

しかも2ヶ国を同時に相手しなきゃならない。


もしもオマエが中央の連中から睨まれてるのなら、3ヶ国が相手になるんだろうけどさ。

まさか、そんなヤバい雇い主なんてこの世に居る訳ねーよなー(笑)」




『報酬を加算する。

そちらにも備えてくれ。』





「ひっでえボスだな(笑)

俺、こんな酷いクライアントは初めて見たぜ(笑)



なあ。

…オマエ、バカか?

敵地で敵意剥き出しにしてどうするんだ?


今のオマエ。

《撃って下さい》って言ってるようなモンだぞ?


オマエは鏡の無い世界で育ったのか?

違うだろ?


自分の表情くらいコントロールしろ。

オマエの所為で皆が死ぬぞ?


…笑えよ、ポールソン。」





『…これ、どうだ?』




「駄目駄目。

いじめられっ子が虚勢張ってるようにしか見えんぞ?

もう少し何とかならんのか?」




『いじめられっ子が虚勢張ってんだよ。

何ともならんよ。』




「あのなあ。

オマエだって解っている筈だよな?

もう少なくない餓死者が出始めている。

中央ですら医薬品が不足し始めてるんだったか?


オマエがヘマをすれば、もっと多くの連中が死ぬ。

オマエが一番救いたがってる層が死ぬ。


もっと真面目にやれよ。」





…俺はいつだって真面目だよ。




『どう、笑顔作ってるんだけど?』




「うーーーん。

文字通り《作り笑い》だな。


もっと、こう。

根本的に作り込めんかね?

えっと。

こういうの都会の若い連中はキャラ作りって言うんだったか?


オマエ、大人なんだから

そこを柔軟に対応しろよ。」




好き勝手言いやがって。

でもありがとう。

アンタが居てくれて良かった。




『どうもー、ポール・ポールソンでーすww

出来の悪い息子でーすww

ジュース買って来まーす♪』




「ふっ。

少しはマシになったかな。


今の笑顔忘れるなよ。

それならイマドキの若者とだって上手くやって行けるから!」




…いや。

それは若い人を舐め過ぎだろ。

何だかんだでジェネレーションギャップってあるからさあ。

こんな猿芝居で親近感を持って貰えるほどチョロくないだろ。




=========================




首長国は表向き友好国である。

特に、我が国との国境付近。

その中でも街道沿いの住民は相当仕込まれている。

少なくともすれ違う住民は全員がテンプレ的な友好国民だった。



  「こんにちはー。

  ボク、去年ソドムタウンに旅行に行きましたよ。」



  「今、大変ですよねー。

  ええ!? 今、自由都市はそんな事になってるんですか!?」



  「食料大丈夫? 少しなら分けてあげれるから遠慮なく言ってね。

  なあに困った時はお互いさまだって。」



  「あらあ、ゴメンねぇ。

  普段は旅人さん用の振舞食を備蓄しているのだけど

  今、こんな情勢でしょう?

  ゴメンなさいねぇ。」



  「おやあ、ソドムの人?

  垢抜けてるねー。

  ほら、お茶飲みなよ。

  おーい、婆さん。 干し柿あっただろう。

  あれお出しして。」




どこまでが演技で、どこまでが素なのかわからないが…

街道沿いはずっとこんな感じなのだ。



「ボス。

笑顔笑顔。」



『笑顔貯金、尽きそうなんだけど。』



「普段、女共から散々貰ってるだろうが!

思い出せ!

オマエの周りで一番笑顔がかわいい子!

一番好きな子!

オマエ、その子の前でもそんな顔してんのか!?」



『…いや、そんな急に言われても。

いや、一番好きな子は正直決まってるんだけど。

笑顔の素敵な子だからさ。』



「あーーー残念!!

それ絶対俺の妹じゃねーだろ!!



でもこの場面じゃウチの妹は逆効果だ!!

しんみりしたい時は妹を思いだせ!!


でも今はその子を思い出せ!!

その子と接している時の笑顔!

それがオマエの最高の笑顔だ!!!」





急に思い出せって言われてもな。




  「どうもー!

   アタシも歌姫になりたいっス!」




冷静に考えたら、数回程度会っただけの関係だからな…



  「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

  まーた、アタシ何かやっちゃいました!?」




そんな都合よく思い出せる訳ねーだろ。




   「ゲロゲロ〜、オッサンの癖に真面目クンかよ〜。」




俺も歳が歳だしさ。

そろそろ若い子が全部同じに見えて来てるんだ。




  「ふっふっふっ♪

   ここまではほんの小手調べっス。

   それそろ出しますか、本気って奴をね♪(ニチャア)」




最近の若い子ってみんな綺麗だからな。

そうじゃない子以外は、みんな一緒に見えちゃうんだよ。




   「ホゲゲのゲ〜♪」




大体、なんだよ。

好きな子を思い浮かべて笑顔とか…




  「モーグモグモグ!

  ムーシャムシャムシャ!

  ポールソンさん!

  アタシ田舎から出てきて正解だったッス!」




ヤクザって顔の割にロマンチストが多いよな。

ぶっちゃけキモいからやめて欲しいんだけどな。



   「クッチャクッチャ?」




女の顔を思い浮かべて笑顔とか。

馬鹿にしてんだろ。

そんなに簡単に出来たら苦労しねーよ。




  「おひょひょひょ!!

  アタシの魅力にメロメロメリングじゃないッスかwww

  仕方ないなー

  いい女の宿命って奴?

  いやー、つれー、マジつれーわー♪」




状況わかってんのか?

今は戦時だぞ?

ひょっとするとこのまま国が滅びるかも知れない。

ヘラヘラ笑っていい場面じゃねーだろ。




  「オイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

  ハアハア!

  フ――――――――――。

  落ち着けアタシ、落ち着け―

  素数を数えるッス 1・2・5・8・11・16・29。」




大体、俺…

軍人でも役人でもないし。

そういう訓練も受けたことない。

正直、いっぱいいっぱいなんだよ。


そりゃそうだろ。

怖いよ、怖いに決まってるじゃないか。

ここはもう戦場なんだぜ?

援軍はこない。

物資は止められた。

首長国は故意に帝国軍を引き入れている。


俺が失敗すれば、もっと多くの餓死者が出る。

弱い者から死んで行っている。


こんな限界状況で笑える訳ねーだろ。




 「どうしたっスか?

 早く始めるッスよ?」



やっべ。

克明に思い出せる。

っていうか、脳裏に刻みついて消えないわ。

あーやべ。

今、死んだら俺の走馬灯、全部あの子だわ。




『…俺、何をゴチャゴチャ言ってたんだろうな。』




目の前のギリアム・ギアが、ようやく柔らかい笑顔を取り戻した。




「…いい顔になった。

今度さあ。

妹にそういう表情で話し掛けてやってくれ。」




『今の俺、どんな顔してる?』




「年相応の馬鹿ボンボンの顔。

あー、コイツ甘やかされて育ったんだろうなーって顔してる。

大してモテない癖に女にヘラヘラ手を振ってる顔。


いいんじゃねーの。

俺は好きだぜ。

近所に1人くらいこんなアンちゃんが居ても悪くないよな。」




『なあ。

ギリアム。』



「ん?」



『俺、好きな子が出来たかもなんだけど。

口説き方とか、詳しい方?』



「今度は気を抜き過ぎイ!!

戦時下なんだぞ!

もっと緊張感を持てって!!」




…どうしろって言うんだよ。




=========================




その後の俺達は小まめにキャラバン本隊の様子をチェックしながら、先触れの仕事をこなした。

おかげで日が沈むまでには輸出品を現地の倉庫会社に納品出来るらしい。


俺とギリアムのキャラバンメンバーとして仕事は殆どオシマイ。

後はこの街で一泊して、俺が政府出張所に酒保商人資格の申請を行う。

認可なんぞ即日で降りるものではないので、それが観光としてブラブラする口実となる。



勿論、街道封鎖されている地点はここから2日は掛かる位置にある。

騎馬で全力疾走すれば1日で着きそうな距離だが…

外国でそんな事をする馬鹿はいないだろう。




俺に課せられたミッションは。

資格申請結果を待つ間の情報収集。

それも政府当局ではなく、財界の意向を受けて動く。

(世間が思い込んでいる程、現執行部と財界は完全に連携している訳では無い。)


評議会にオブザーバーとして参加しているドナルド・キーン。

対策本部で委員を務めるジミー・ブラウン。

そして現地に到着した俺ことポール・ポールソン。


俺達3人は(財界側として)有機的に連携しなくてはならない。

事態はあまりに深刻で、情勢はあまりにピーキーだからである。





「で、以上を踏まえて、だ。」




『うん。』




「ハニトラは明日仕掛けられる。

それも日が昇ってから。」




『え?

ああいうのって

普通は夜に来るもんじゃないのか?』




「いやいや。

オマエが普通じゃないから。

向こうも普通じゃない手段で来るよ。」




『お、俺は普通の人間だよ。』




「そうか?

アンタ、ハニトラ仕掛ける側からすれば一番嫌な奴だと思うぞ?

妙に潔癖なところあるからな。」




『別に潔癖じゃねーし。

仮に潔癖症だったとして、入国したての俺の感性なんてわかる訳ないだろう?』




「覚えてないか?

入国直後のレストスペース。

オマエ、俺が《酒と女が好物》って言った瞬間

物凄く嫌そうな表情になったんだぜ?」




『そんな話もあったかもだけどさ。

ガキじゃあるまいし、そんな露骨な態度取るか?』




「取ってたよ!

え? 自覚なしにああいう表情してたのか!?


ガキかよ!

なあ、オマエ来年40歳だろう?

もう少し大人になろうよ。」




『はいはい。

どーせ俺はガキですよ。』




「…兎に角だ。

こっちの政府もさっきのオマエの表情は絶対に見ていた筈だ。

あの表情を起点にしたプロファイリング、多分とっくに完了してる筈だぜ。


だから、オマエには通常のハニートラップは来ない。

かなり捻りの効いたハニトラ…

ああ俺達ヤクザはピタゴラトラップって呼んでるんだが。

そういう滅茶苦茶な変化球がオマエには投げられる。」




『いや、そんなイレギュラーだったら

ハニトラかどうか全然わからないよ。』




「多分、滅茶苦茶不細工な子が来る。」




『?

普通、ああいうのは妙齢の美女が来るもんだろ?』




「オマエ、そういう事されたら激怒するだろう?」




『激怒とまでは行かないけど。

まあ、不愉快ではあるよな。』




「俺の予想を提示するぞ。

ちょっと箇条書きで羅列するな?



・不美人

・無愛想

・不幸

・生まれ育ちが貧しい

・嫌われ者

・性的な事が嫌い

・自由都市も大嫌い



↑ こういう子が登場したらオマエ用にチューンされたハニトラ要員だから。

そのつもりでいて。」




『いや。

流石にそんな子居たら…

ハニトラの役目を果たせないだろう。』




「オマエには効く。」




『…いや。』




「俺、オマエ以上にオマエの事理解してるんだけどさ。

オマエ、困ってる順に助ける奴だよ。

恵まれてない順に助ける。」




『…いや、そうかな。

それはないと思うけど。

…いや。』




「これ、俺の勘なんだけどさ。

最近、魔族の奴らが妙に優遇されてるじゃない?


アレ、どうせオマエの差し金なんだよな?」




『さあ、記憶にないな。』





「…まあいいさ。



オマエは無自覚なんだとは思うよ。


あ、ちなみに俺の妹。

地元のママさん達に滅茶苦茶苛められてるから。

友達も居ないし可哀想なモンだぜ。


あ、打ち明けとくとな?

化粧で隠してるけど、アイツ顔にも凄い傷あるよ?


あ、ちなみにレベルが滅茶苦茶高い。

俺のバディとして殺しまくってる所為なんだけどさ。

だから普通の結婚は絶対に出来ないし、治安局に逮捕されたら自白するまで余罪を追及され続けるから。



話戻すぞ?

オマエにはそういうタイプのハニトラが明日の昼間に仕掛けられる。


安心しろ、俺が何とかしてやるから。」





『えっと、まずはアンタが執拗に仕掛けてくる妹さんトラップを何とかしてくれない?』





=========================




その夜は…   セーフ。

俺は結構警戒していたのだが、特に何かをされる気配はなかった。



「な? 大丈夫だろ?」



隣で寝転がっているギリアムが唇の動きでそう伝えて来る。

屋内は100%音声が傍受されているらしいので、無難な話題だけを発声しそれ以外は唇の動きだけで会話する。



『盗聴ってマジか?』




「この床の材質。

音響を極限まで響き易く調整している。

そして天井。

模様で誤魔化しているが、やたらと低くてドーム状になってるだろ?


これ楽器の中に居るようなものだぜ?

小声でも確実に拾われる。」




『確かに。

俺は掃除屋の仕事でかなりの種類の邸宅を見て来たけど。

あんな天井は生まれて初めて見た。』




「…これ、オマエがマークされているな。

そのつもりでいろよ?」




『思い当たるフシは無いんだけどな。』




「そう?

付き合いの短い俺でも思い当たるけど。


まあいいや。

ここから声を出すぞ。

風呂の話をして。

飯の話をして、上司の悪口を言って寝ろ。」




特に風呂や飯の話題が思いつかなかったので、ドナルド・キーンの悪口を2時間ほど繰り広げてから熟睡した。




=========================




次の日の朝。

ギリアムはあまり眠れなかったらしい。



「当たり前だろ。

寝入りに濃厚な悪意をぶつけて来やがって。

滅茶苦茶気分悪くて、全然寝付けなかったわ。


もうあの人の悪口禁止な!

なあ、オマエ来年40歳だろ?

スクールカーストの愚痴はいい加減卒業しろ!」



失敬失敬。

俺は熟睡出来たから気分爽快だけどね。





首長国の政府出張所が開庁する時間になったので、書類を持って窓口に向かう。

役所にありがちな不愛想や意地悪は皆無で、親切な職員さんが手取り足取り教えてくれる。

高級なハーブティが出され、「ここだけの話ですけどね」の苦笑しながら首長国軍部への愚痴を聞かされる。

俺とギリアムは膝を揃えてニコニコしながら聞き手に回って余計な事は言わない。


被害妄想かも知れないが、誰かに見られている気配が途切れなかった。

背中にびっしょりと脂汗が流れるが、笑顔は途切れさせない。

途切れそうになる度に脳内の衣装係を召喚するのだ。


…おもしれー女。





=========================





職員さん達とひとしきりスポーツ大会や流行歌の話題で盛り上がってから庁舎を去ろうとした時。

それが襲撃タイミングだった。



庁舎前で1人の女性がビラのようなものを配っていたのだ。

やけに眉毛が濃く、ずんぐりした雰囲気の30代半ばくらいであろうか…

そういう女性だった。



「政府はただちに自由都市軍に責任を取らせよー!」



要するに活動家であろう。

我が国にもそういう輩は存在するので何となく理解出来る。




「私達の街に外国の軍隊はいらなーい!」




ああ、なるほど。

反自由都市派ね。

首長国側はひた隠しにしているが、自由都市を憎悪する首長国人は少なくない。

彼らは《自由都市人は首長国人を緩衝帯として酷使し、自分達だけが繁栄を貪っている》と主張する。

そしてその主張は1点の曇りもない真実なので俺は反論出来ない。



「あなた達!

自由都市の人ですよね!?

今回の物流センターの件!

どう思ってるんですか!?」




『え?』




「え、じゃないですよ!

我が国の領土内とは言え、帝国に封鎖されているのはあなた方の施設でしょう!?

どうして我が国の軍隊だけが奪回戦を行っているんですか!?


おかしいじゃないですか!

この件だけでも首長国人は100人以上死んでるのに!


自由都市の人は安全な場所でコソコソ隠れて!

恥を知りなさい!」




俺が呆気に取られていると、首長国庁舎から数名の警備員が駆け付けて来て活動家女性を羽交い絞めにして制圧してしまった。




「ポールソンさん!

お怪我はありませんか!?

何かされたんじゃないですか?」



『あ、いえ。

ビラを渡されただけなので。』




「またネリーの奴か!!


気にしないで下さい!

あの女は兄が戦死したことで自由都市さんを逆恨みしてるんです。

それで、何度か逮捕されてるのに、懲りずにこんなデマビラを撒きやがって。」




職員さんは没収したビラを憎々しげにビリビリ破いた。

警備員たちが倒れた活動家を何発が殴っている。




『まあまあ。

たかがビラじゃないですか。


俺は気にしてませんから

穏便に穏便に。』




「いいんですよ。

あんな奴。

ただでさえ醜女の貧乏人で街の嫌われ者なんです。

少しくらい痛い目に遭った方が本人の為なんですよ。」




『いや、そうは言われましても。


警備員さん!

本当に、俺は気にしてませんから!

お願いですから!』




俺が懇願すると、警備員たちは気絶している活動家を敷地外に放り捨ててから去ってしまった。

活動家は頭から激しく流血しぐったりしている。



やれやれ。

国家機関が仕掛けてくる工作を回避する方法とかあるのかね?




俺は虎の子のエクスポーションを活動家に振りかけると、その場を去った。

隣でギリアムが「ピタゴラ! ピタゴラ!」と狂ったように呟いていた。

いや、自分が一番わかってるから黙れよ。




ジミー、すまん。

オマエが用意してくれた最後の切り札。

現地に着く前に喪失してしまった。


我ながら度し難い愚かさだが…

俺は回復手段を持たない状態で戦地工作に挑む。

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