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【清掃日誌35】 パーティーメンバー

首長国との国境地帯。

本来なら閑散とした場所なのだが…

今は信じられない程の人員が溢れている。

見渡す限りに軍や企業が張った陣幕が広がっており、この光景が改めて平時の終わりを俺に告げていた。


目の前では若い兵士達が溢れ出るゴミの処理にパニックになっている。

人糞、馬糞、可燃ゴミ、不燃ゴミ、これだけの人数がいれば残飯だけでも膨大な数が出る。


有能な清掃会社に当たればいいな。

皮肉抜きでそう思いながら異臭を掻き分けて進む。



=========================



『ボールソン清掃会社、代表のポール·ポールソン着到しました。

同行者は1名。

案内をお願いします。』



案内係の若い尉官はテキパキとリストを繰って確認すると、厩舎番を呼び俺達の馬を収納させた。



「お待たせしました!

ポールソン専務。

7番テントにて皆様がお待ちです。」



かつての俺にとって軍人とは、本当に恐ろしい存在だった

恐怖とそれに伴う反発から、昔は目を合わせる事すら憚られたものだ。

いつからだろう。

若い将兵達に同情や憐憫を持つようになったのは。

今、俺に敬礼してくれているあの尉官。

見た所、士官学校を卒業したてくらいの年齢だろうか。

まだ少年の面影が見える。

彼の母親が泣くことを思えば、俺が死ぬ方が余程マシ。

そんな考えが脳裏を過る程度には歳を取った。



「ポールソン専務。

お疲れ様です。」



『ブラウン常務。

お待たせ致しました。』



国境沿い広がる無数のテント。

所属毎にナンバリングされている。

その中でも7番から15番までは財界に割り当てられたテントということだ。

どうやら、この7番テントは首脳部を集めた指揮所らしい。

ギリアム・ギアが案内された14番テントはその護衛用であろうか?



「おお、君がポールソン君か。

その… 済まないね。

こちらも貧乏籤を押し付ける気は無いのだが。」



『いえ。

自ら志願した事ですので。』



「そ、そうか。

そう言ってくれると非常に助かるよ。

御社には決して悪いようにはしないから!

そうだ!

私の権限で、次の公共入札枠を!」



これから死ぬ奴には幾らでも空手形を切れるよな。

皆さん商売がお上手でいらっしゃる。



=========================



これから俺は首長国に入国する。

名目は酒保商人資格の申請。

部門は当然清掃部門だ。

(国外駐屯軍の酒保証人資格を取得する為には、自国と派遣国の両政府に申請を許可される必要がある。)

弊社代表のジャック·ポールソンが従軍資格を保有しているので、決して不自然な入国理由ではない。

もっとも、自然不自然を判断するのは首長国であって俺ではないが。



「ポールソン専務。

専務は明日の第2陣で出発して頂きます。

騎馬でのご出立を強いてしまう事、心苦しいのですが…


念を押しておきますが、あくまで民間キャラバンです。

拿捕の可能性も考えられる為、護衛も含めて軍籍を持つ者はメンバーにおりません。」



『ブラウン常務。

委細承知致しました。

打ち合わせ通り、現地に到着後、軍の指揮下に入ります。』



「ご理解に感謝します。

出発まで5時間だけですが、仮眠室を用意しております。

別棟となってしまいますが、お連れ様にも割り振り済です。」



『ブラウン常務。

お心遣い、ありがとうございます。

何かありましたらすぐにお呼び立て下さい。』



「承知致しました。」



会話はそれだけだ。

ジミーが呼んだ従卒に案内され、俺は宿泊区画に進む。



『何かの間違いでは無いですか?

ここは将官テントでしょう?』



「いえ。

ポールソン様はこちらと伺っておりますが…」



『…失礼しました。

案内ありがとう。

出発のコールだけ、お願いしますね。』



「はっ!

それではおやすみなさいませ!

ポールソン様!」



兵隊さんから遜られるとさぁ。

まるで死ぬ事が決まったみたいだからやめてくれないかな。

いや、決まってるんだろうけどさ。



『将官待遇か…

ジミーの奴、どこまで頑張ってくれたんだか。』



軍隊と言うのは、階級によって全てが区切られている。

今日初めて知ったことだが、どうやら枕にまで将官と佐官の区別があるらしい。

軍服、階級章、装備、給与、官舎、老後の福利厚生。

軍隊では全てが階級順に区別がされている。

ただ、死体袋だけに区別がない。

財政的な理由なのか、思想的な理由なのか。

将校も雑兵も死ねば全く同じ規格の死体袋に詰められる。

俺達清掃会社の戦場における仕事は、この死体袋の運用である。

(要は死体処理だ。)

誰もが忌避し激しく差別される仕事なので、志願すれば驚くほど簡単に従軍が許可される。

無論、離脱の許可を取るのは非常に困難ならしいが。



『一応、目だけ閉じておくか。』



机の上に置かれていたブラウン商会からの指示メモ。

開封して読んだ形跡を作る。

クシャクシャにしてゴミ箱に捨てる。


先程の7番テントでもそうだったが、俺達の言動はその端々に至るまで厳重に監視されている。

特に盗聴は素人の俺でも察する事が出来るくらいに露骨だ。

故に何重にもアリバイを用意し、揚げ足を取らせない体勢を作らなくてはならないのだ。



=========================



この世界には、帝国という最悪の侵略国家が存在している。

彼らと長い国境線を挟んで対峙させられている首長国は、何とか我が国と対帝国軍事同盟を締結したい。

一方、帝国とわずかしか国境を接していない我が国は何としても全方位中立を堅持したい。

結果、表向き友邦である筈の首長国が我が自由都市に対して最も頻繁に工作を仕掛けて来る事になった。

ハニートラップ、メディア工作、偽報に偽計。

冗談抜きに首長国はあらゆる策謀を我が国に仕掛けている。

しかも、彼らは極めて優秀だ。


今回の街道封鎖に端を発した食糧危機。

越境して、首長国内の物流センターを包囲しているのは帝国だが、その状況を作り出したのが首長国であることは火を見るより明らかである。

大体、国境線から十数キロ離れた我が国の施設だけがピンポイントで占領されるなんて話がある訳がない。

それも複数の財界人が視察をしているタイミングを狙って。


どう考えても首長国の差し金なのだ。

彼らの意図は明白。

我が国に対帝国戦争を宣言させたいのだ。

そしてあわよくば、我が国が保有する大量破壊兵器を供与させたいのだろう。


今回。

3ヵ国の思惑は極めて明白。

我が国の目的は街道封鎖の不可逆的な解決。

首長国の目的は我が国の正式参戦。

帝国の目的は、物資の略奪とあわよくば身代金か…

これに加えて、それぞれの国内派閥ごとの思惑が複雑に絡む。

俺に与えられた任務は敵地潜入、そして情報収集である。

或いは、偉い人達の間では死ぬ事も俺の任務に含まれているのかも知れなかった。


そして。

こちらが本題なのだが、どうやら流通センター内に取り残されている中に、偉い人達の上位者が含まれているらしい。

(権力者にウロチョロされると迷惑だよな。)

財界がパニック状態を起こしているのは、その為のようだ。


俺に要求されているのは、その凄く偉い人の救出支援。

ついでに経済封鎖解除の端緒を見つけること。

これが財界の目的である。

俺は財界人でも何でも無いのだが、彼らの目にはその末席位には認識されていたらしい。

ドナルド・キーンを除けば、一番動けるのは俺だしな。

そりゃあ、話くらいは来るだろうさ。


まあ、報酬分の仕事はするよ。

オマエらが交換条件を守る事には大して期待していないが。

…俺にだって目的くらいあるさ。



=========================



一睡もしていないが、眼は閉じたし身体も横にしていたので、体力の消耗はなくなった。

これからギリアム・ギアと共に友邦と言う名の敵国を渡らなくてはならない。



『おはようございます。

準備完了致しました。』



「おはようございます

ポールソン様。

少し時間はありますが、キャラバンの待機エリアに向かいますか?」



『ええ、お願いします。』



こんな街道情勢でもキャラバンは組まれる。

我が国に輸出を止める理由がないからだ。

材木問屋や繊維業者、ブラウン商会の様な建材メーカーも散見される。

あちらのガラの悪い連中は冒険者ギルドか…。

俺ですら護衛を連れて来た位だからな。

そりゃあコイツラに需要が無い筈はないだろう。



「ポールソン専務。

お休みになられましたか?」



『ブラウン常務。

昨日はお気遣いありがとうございました。

過分な待遇に感謝しております。』



俺とジミーしか知らない符丁で、治安局員が2名キャラバンに乗り込んで来た事実を教わる。



「専務、道中の無事を祈念しております。」



『ありがとうございます。

常務も連絡委員の任は大変かと思いますが。

何卒宜しくお願いします。』



なるほど、軍の情報部も人員を出しているのか。

その3名は素人の俺でも判別が付いた。

呼吸や瞬きの区切り方だけでも、符丁は通せるからな。

俺とジミーの《会話》は恐らくまだ誰にも悟られていない。



=========================



「だから!

通して!」



冒険者ギルドの方向から女の叫び声が聞こえたので、その場にいた皆が振り返る。

おいおい。

非常識な連中だとは知っているが、この状況で女なんか連れてくるなよ。

一応、国家存亡の危機らしいんだぜ?



「本当に関係者なんです!」



徐々に声が大きくなる。

気配が、近づいている?



「私もポールソンさんのパーティーメンバーなんです!」



…。

参ったな。

作戦行動前に仕事を増やさないでくれるか?



『…。』



「エミリーです!

ウェイトレスのエミリー!」



人垣をすり抜けて来た少女は馬上の俺と目が合うなり、そう叫んだ。



「ギルドの記録にもあったじゃないですか!

私はポールソンさんのパーティーメンバーとして記録されています!」



両肩を衛兵に押さえられた少女は咎める周囲に必死で反論する。

どうやら主張に多少の分はあるらしく、冒険者ギルドの関係者らしき男が困り顔で俺を振り返った。

身辺整理は終えたと思ったのだが、どうやら捨て残しがあったらしい。

俺もいよいよ清掃屋失格だな。



「ポールさんが護衛を探していると聞いたの!

それで駆けつけたのよ!」



『…。』



「あれから風系のスキルを幾つか修得した!

役に立つ自信はある!」



『冒険者エミリー。』



「は、はい!」



『君をパーティーから追放する。』



「…え。」



俺達騎走組は割当通りに進発しなくてはならない。

中立地帯を抜けるまでは馬車の進路や速度を確保する必要があるからな。



  「ど、どうして…」



入国手続が完了次第、高速レーンを騎走。

産団連のメッセンジャー達と情報交換しながら目的地まで疾走する。



     「待って!」



本来なら物流センター前の合流ポイントまでは2日も騎走すれば到着するのだか…

さて、ちゃんと着かせてくれるかな?



『行くぞ、ギリアム。』



「畏まりました、ボス。」



俺の名前はポール・ポールソン。

清掃会社の跡取り息子なのだが、後始末が下手でいつも苦労している。

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