表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/68

【清掃日誌26】 ゴブリン征伐

今、自由都市市民が最も恐れているのはゴブリンである。

無論、超大国の帝国や王国、野蛮国の連邦もそれなりに危険な存在だが…

ゴブリンに比べると大した脅威ではない。


身軽で器用な体質。

勤勉で辛抱強い性格。

水中や地下での作業適性の高さ。

そして何より法外に安い賃金水準。


このゴブリン労働者の存在が、人件費の強烈な下げ圧力になっているのだ。

一般市民達はゴブリン労働者に雇用を奪われることに日々怯え続け、また昨今の給与相場下落を彼らの所為であると激しく憎悪している。


当然、条約がある。

魔族は港湾区の中だけでしか居住・労働を許されず、従事可能な業種も相当限られている。

実数で言えば、ゴブリンの労働者数は2000人に満たない筈である。

(オーク労働者は80名が定数とのこと。)

俺も港湾区でそれとなく探ってみたが、容貌魁夷が故に存在は際立ってはいたが、探さなければ見つけられない程度の規模感ではあった。


魔界からの労働者はゴブリンだけでなくオークも居るのだが、感情的な国際摩擦を恐れる魔界側が大柄で威圧的な風貌をしているオークの派遣数を絞っているので、自由都市市民が連想する魔族と言えばまずゴブリンだった。



「うわぁ、聞きしに勝る惨状でゴザルな。」



『…ここまでとは聞いていないぞ。』



地方州では反魔界感情が首都ソドムタウン以上に強いとは聞いていた。

《小規模な抗議集会が開かれた》とも報道されていた。

知識としては知っていたのだ。



「ああ…  いやはや、これは酷い。」



日頃冷静なジミーが絶句する。

俺も、あまりの光景にもはや言葉が出ない。

州都では至る所に魔界労働者への門戸開放に反対するポスターが貼り付けられていた。

田舎である所為なのか、その絵柄が極めてセンシティブだ。


ゴブリンを斬首するイラスト

ゴブリンが絞首台に吊るされているイラスト

狂暴な表情のゴブリンが人間種に斬りかかっているイラスト

下卑た表情のゴブリンが人間の少女を凌辱しているイラスト



『…いや、幾らなんでもこれは駄目だろ。』



かろうじて、そう絞り出す。

仮にも彼らは、国家間の条約に基づいて受け入れている労働者なのだぞ?

あまりにものマイナス感情に直面して、頭が少し混乱する。

いや、問題はそこではないんだ。

問題は州庁舎に掲げられた巨大な横断幕に「ゴブリン征伐!」と書き殴られていることなのだ。

つまり、このゴブリン(魔族)への強烈な敵意は個人レベルのものではなく…

地方州の総意なのだ。



「ポール殿!

この場を去りますぞ!」



ジミーに身体を揺すられて、我に返ると遠巻きに群衆が囲んでいた。

彼らの目に籠った敵意。

俺が横断幕を批判的な表情で見ていた所為だろう、或いは親魔界派と思われたのかも知れなかった。



「早く馬に乗って!

宿舎に戻りますぞ!

早く!」



『あ、ああ。』



俺は群衆と一切目を合わさず、馬に何度も鞭を入れた。

こんな速度で騎走したのは勿論生まれて初めてである。

背後で攻撃的な物音が聞こえていたので、或いは投石されていたのかも知れない。



==========================



「この辺は鉱山労働者が多いですから…

両親も銀鉱で働いておりました。」



宿所に逃げ込んだ俺に妹さんが説明する。



『言われてみれば、ツルハシやシャベルを持った人が多かったです。』



「鉱山労働者にとっては、ゴブリンほど恐ろしい存在はないのです。

皆がゴブリンに怯えていると言っても過言ではありません。

ポールソンさん。

首都はゴブリンで満ち溢れているという噂は本当なんですか?」



最初、何かの冗談かと思っていたが、どうやら地方州ではそのような誤報が広まりつつあるらしい。

現金獲得手段の少ない地方州では、雇用の減少はまさしく死に直結する悪夢である。

教養の欠如も相まって兎角デマに煽動されやすい土地柄なのだ。


俺は懇切丁寧に

如何に首都では条約が遵守されており、どれほど魔族が割り当てられた団地でおとなしくしているかを説いた。

ギア兄妹やその取り巻きも表面上では納得したような体だったが、目の奥の不信感は消えていなかった。



「少しいいかな?」



私室で休んでいるとギリアム・ギアがノックをして入室してくる。

盗賊王の異名を取るだけあって、その巨躯にも関わらず殆ど足音が立たない。



「最近、財界の連中がオーク労働者の林業参入を解禁しようと企んでいるという噂が流れているんだ。

事実かな?」



当然、俺の回答は否。

オーク種が林業向きである事は事実だが彼らにそこまでの拡大意思はない。

魔界は唯一の受け入れ国である自由都市の住民感情に相当気を遣っている。

説明には具体例も挙げる。

港湾区の魔族団地の割り当て面積が極端に狭く、炊事やゴミ捨てにすら苦労している実情も付け加えた。



「随分、詳しいんだな?」



『掃除屋だからね。』



「答えになっていないぞ?」



『下町を訪れる機会が多いのさ。』



「…。」



オイオイ、アンタの殺気スイッチ起動時だけ迅速だぞ?



「なあ、我々は何も無理難題を吹っ掛けている訳じゃない。

中央の連中が当初の条約を守ってくれることを《お願い》しているだけだ。

言い分、何か間違っているか?」



『いや、妥当な主張だよ。

そもそもが荷下ろし労働者に限定した労働協定だったからな。

彼らが港湾区から出ること自体が違法行為だ。』



「…でも、中央の資本家連中は法律そのものを変えようとしている。

それも、俺達属州民が関与不可能な評議会の中で合法的にな。」



ああ、やはりだ。

コイツらって馬鹿じゃないよな。

寧ろ、配られたカードで最大限に奮戦している。

魔界の連中同様に、手札の悪さには同情しかないが。



『公平に情報を提供させて欲しい。

まずは良いニュース。

評議会では慎重派が大多数だ。

魔族の労働条件緩和が議題に挙がる度に、多くの反対意見が生まれる。』



「なあ、ポールソンさんよ。

それ良いニュースか?

否決された議題が何度も挙がるという事実に戦慄するのだが?

それって拡大派は可決されるまで法案を提出し続けるってことだよな?」



内心舌を巻く。

少なくともこの男は単なる腕自慢ではない。

…そりゃあそうか。

鉱夫の息子が徒手空拳で園遊会に潜り込む程の地位を獲得したのだ。

そんな奇跡、馬鹿には起こせない。



『共和政体の通弊として、一度可決された法案は中々廃案されない。

これは法案を通す事は功績としてPR材料になり得るが、廃案作業は地味な上に反発も見込まれるからだ。』



「法学部だったっか?」



『経済。』



「…で?

悪いニュースは?」



『作業現場。

特に地下道・水中作業に魔族が参入し始めている。』



「条約違反だろッ!!!」



『ああ、条約違反だ。』



「それが事実なら雇用者に対して告発をしたい。

カネは何とか工面する。

手助けをお願い出来ないか?」



『実は内々に違法性を尋ねてみた。』



「お、おう。

それで!?」



『魔族の違法労働は…

作業名簿の名義貸しで運用されているんだ。

強引に起訴しても、名義貸しした労働者が微罪逮捕されるだけで…

抜本的な解決には至らないということだ。』



「逮捕リスクがあるのに名義を貸すのか?」



『現場の作業員はみんなカネが無いんだよ。

小銭欲しさに危ない橋を渡る。

それくらい追い詰められてるんだ。

飢え死にする者も珍しくない。

栄養が足りないから、病気も流行りやすい。』



「いや、首都では神聖教団の治療サービスを受けられると聞いているぞ?」



『それが無料なら、俺も神を信じたかもね。』



「…そうか。」



俺とギアは粗末な机を挟んで無言で思索を巡らせ合っていた。



「取引がしたい。」



『取引?』



「魔族の労働枠拡大を阻止して欲しいんだ。

それも不可逆的な形で。」



『ああ、それが地方州の要求だという事は政財界も…』



「違う。」



『?』



「ポール・ポールソン。

オマエと取引をさせて欲しい。

対価はギリアム・ギアが支払う。」



『荒唐無稽だな。

アンタは公職者でも何でもないだろう?

別に地方州から給料を貰ってる訳でも…』



「仁義だ。」



『…わかった。

この辺のヤクザ者が昔気質の…』



「違う。

オマエだ。」



『?

俺?』



「義侠の人だ。

信じるに値する。

賭けるに値する。」



『買い被りだよ。

昨日も言っただろう?

いい歳して自立も出来ず、親の脛を齧って近所の笑いものになっている。

それが俺さ。』



「どうせ家から出るに出れない事情があるんだろ?」



『…ないよ、馬鹿馬鹿しい。』



「じゃあ、あるんだな?」



『アンタ馬鹿じゃないのか?

人の家庭事情に知ったような顔で一々踏み込んで来るなよ。』



「誰かを庇って実家に残ってるんじゃないか?」



『…しつこい。』



「ああ、わかった。

使用人か何かを庇ってるんだな?」



『…。』



「図星か?

その顔は図星だな。

そうかそうか。

オマエが居なくなると、苛められるか追い出される使用人を庇ってるんだな?」



『いい加減にしろ。』



「こういうパターンだと美人のメイドを庇うのが相場なんだが…

ポール・ポールソンはそんな俗物ではない。

寧ろ逆だ。

美人や若い娘に恩を着せるような恥知らずではない。

そうか、見えたぞ。

老いた醜女を庇っているんだな?」



『…黙れ。』



「…。」



『…。』



「まず、不快にさせた事を謝罪させて欲しい。」



『…。』



「せめてオマエだけには理解して欲しかったんだ。」



『…何を?』



「俺には…

いや、属州民にだって人並みの知能があるってことをさ。

知能だけじゃない。

感情も情緒も苦悩もある。

血や涙も流れている。

身体の内にも外にもな。」



『あるだろうな。』



「本当にそう思っていてくれたか?

なら助かるんだがな。

なあ、聞かせてくれ。

中央の人間は俺達が同じ人間であると思ってくれているのか?」



『園遊会であんな席次を用意してしまった以上、Yesとは言えないな。』



そうだろ?

ギリアム・ギアと地方首長に与えられた席は最末席。

地方ではかなりの有力者である彼らが、中央省庁の課長クラスよりも遥かに低い序列に…

それも俺みたいな下賤の掃除屋と同席させられたのだからな。

口が裂けても地方州に正当な敬意を払ってるとは言えない。



「絶対にタダ働きはさせない。

信義には必ず報いる。

それを怠る事のデメリットくらいは理解出来ているつもりだ。

そんな俺がオマエに取引を持ち掛けるのだ。

ただ同国民を殺さないで欲しいと。

なあ、一つだけ卑怯な物言いをするぜ?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()



ああ、コイツは秀逸だ。

そりゃあこれだけクレバーなら国有林からの盗伐も成功させてしまうだろう。

地方州が帝国に転ぶ選択肢も、ちゃんと言外に匂わせれている。

アンタ100点満点だよ。



『…貴方達は同国民だ。

我が国は国民全てに対して平等なケアを行う義務がある。』



「公平なケアをお願いしたい!」



『…。』



「お願いしたい!」



『憲法の趣旨からは僅かに逸れるが…

俺は公平に振舞うことを約束する。』



「…スマン。」



『取引なんだろ?』



「?」



『俺とアンタの取引なんだろ?

謝る必要はない。』



「…では感謝する。」



『俺はこれから魔族労働者の雇用枠拡大を抑止する為に動く。

そちらは対価には何を出せる?』



「御覧の通りの貧乏地域でね。

帝国領時代から、何も出せずに泣き続けてきたよ。」



『…そうか、知恵を出せるということだな?

どのみち、俺は地方事情に疎い。

対価はおいおい考えてくれ。

まずはこちらが先払いするよ。』



「支払いの準備をしておく。

どうせ、オマエ個人では受け取ってくれないんだよな?」



『昨日も言っただろう?

部屋住み身分なんだ。

そもそも大口決済が物理的に出来ない。

だから、国家に対して払って貰う。

借りは、アンタら自身も含めた自由都市同盟に対して支払ってくれ。』



「…ギリアム・ギアはこれを確約する。」



『ポール・ポールソンは履行を宣誓する。』



さて、オッサン2人が部屋でブツブツ語り合っていても、ただの茶番だよな。




==========================




とりあえず食堂に居たジミーとドナルドに頭を下げながら経緯を報告。

2人とも何とか真顔で俺の軽挙を叱責しようとしているのだが、笑いを堪える事が出来ていない。

独断で始めた大事を為し遂げるコツはな?

まずは自分のシンパに謝罪することなんだよ。

特に誰かから教わった訳ではないが、人生怒られ続けてきて、ようやく最近朧げに見えて来た。



「で?

評議員でもないポール殿が、どうやって雇用枠問題に口を出すのでゴザルか?

言っておくが拙者も含めた財界一同。

ゴブリン種の労働枠が広がった方が金銭的には得をするでゴザルよ?

大半の投資信託には鉱業株がかなりの比率で含まれてるのは…

釈迦に説法でゴザルな、ポール殿の論文を読んで拙者も知ったことでゴザルから。」



『でもオマエも雇用枠拡大には積極的には賛成しないだろう?

何故だ?』



「これ以上、労使間に亀裂が入れば社会が維持できませんからな。」



『そうだ。

もう結論は出ている。

社会とはその維持が目的であり

経済活動は手段に過ぎない。

人間も含めた国土の防衛こそが、国家が唯一存在を許される理由なんだ。』



「ポール殿の卒論のテーマでゴザッたな。

そんな過激な主張さえしなければ、財界やら学会やらに目を付けられずに済んだのに。

もはや国家論ではなく国土論でゴザらぬか。」



『税金を盗んで生きようとする奴には都合の悪い主張だと知ってるよ?

でも、いつか必ず志ある者に伝わる。

絶対に無駄にはならない。

それを俺は確信している。』



「ふふふ。

傾奇ますなー。

こんな特等席で見物出来るのは幸運としか思えんでゴザル。

さて、その理屈をどうやって現実に落とし込みますか?」



『特別な事はしないさ。

魔界側に雇用枠反対を主張させる。

そして正式に国債起債の申請書を提出させる。

それだけだ。』



「?

え?

いや、そんな簡単なこと?

もっとスキルとか?

言論工作とか?

派手なパフォーマンスとか?」



『国事は小細工で成し遂げるべきではないよ。』



俺は横目で誰かさんを睨みながら言う。

もっとも、誰かさんは嬉しそうに声を殺して笑うだけだったが。



『そもそも。

本当に鉱業分野にゴブリンが参入するのか?』



「いや…

推進派が議会内に居ると…」



『ジミー。

たまには見物料払え。』



「え? け、けんぶ?」



『ガキの頃からポールソン・ピエロ劇場をずっと見せてやってるだろう。

たまには投げ銭くらいしろ。』



「…ふっ

…ふふふ。

ふはははははははははは!


合点。」



『魔族の労働業種枠を増やそうとしているのが誰か。

調べて欲しい。』



「…。」



『別にソイツをどうこうする訳じゃないよ。

我が国には言論の自由がある、立法の権利がある。

それを行使している事自体を責める気は無いんだ。

ただ、自由や権利は俺にもある。

地方州の人間にも当然ある。』



「…暴力に訴える訳ではないのでゴザルな?」



『誰かさんじゃあるまいし。』



「私に祖国を害する意図は一切ないぞー。」



うんうん知ってる。

それが他国を害する免罪符だと勘違いしている事も含めて、よーく知ってるよ。



『ギリアム・ギア。

悪いが社会は無法のダンジョンじゃぁない。

迂遠に見えるやり方を貫かせて貰うぞ?』



「アンタがそう言ったという事は、そこまで迂遠ではないのだろう?」



『労働枠拡大を主張している奴らの見当はもうついているからな。』



「何!? それは誰だ!?」



『前からおかしいと思ってんだ。

ゴブリン雇用枠問題は、労使を巻き込んだかなりスケールの大きい問題だ。

なのに、法案を提出してる大元の名前を俺達が知らないんだぜ?

不自然だろう?

他の法案は提出議員が自慢気に支持者に吹聴しているのに。』



「確かに…

考えてみれば奇妙でゴザルな。」



『答えは簡単だよ。

法案を提出しているのが評議員ではないから。

そいつらにカネを出している異邦人だから。』



「いやいや。

それは無いでゴザルよ。

わー国の治安局・産業局は国外からのカネの流れを完全に把握しているでゴザル。

これまでだって数千万ウェン規模の工作資金ですら、即座に摘発され続けたのでゴザルよ?

加えて、わー国は世界屈指の経済大国でゴザル。

その中でも評議員は資産家ばかり。

仮に資金を直接国内に持ち込めたとしても、評議員に影響を与え得る金額を動かせる訳が無いでゴザル。」



『いや、居るんだよ。

我が国には出所不明の大金を山のように蓄えている外国人が。』



「いや、それはあり得ないでゴザル。

首長国の王族だって厳重に監視されてるんでゴザルよ!?」



『今、確信したよ。

演説大好きなお喋り野郎が、さっきからずっと黙り込んでるんだからな。』



オマエだ、ドナルド・キーン。

数秒怪訝な顔をしていたジミーが「あっ!」と声を挙げる。

流石だな。

これだけ聡明な若手が青年部長に就任してくれるなら、まだ我が国も希望はある。



『国外から大量の資金を持ち逃げしてきた亡命者。

そいつらが雇用枠拡大法案の中核だ。

そうだな?』



「…なるほど。

言われてみればその可能性もあるな。」



…しゃあしゃあと。



『多くの亡命者は投資の分配金くらいしか収入を得る手段がない。

だから投資信託の目論見書発表会では一番五月蠅いし、常に1%でも配当を上げる事ばかりを考えている。

特にセグメント全体の収益率が向上しそうな法案に関しては狂喜して賛成議員の背中を押す。

問題は彼らが国益よりも短期的利益を優先する点だ。

自由都市で生まれ育った者なら到底賛同しない近視眼的な政策をゴリ押ししたりな。』



「…。」



『ソイツらの引率者はアンタだろ?

責任をもって道理を分からせろよ。

いや、アンタが大層な御高説を囀ってる癖に破壊や混乱にしか興味が無い事は知ってるよ?

でも人間の仮面くらいはちゃんと被れよな。』



「…ふっ。」



なあ。

アンタ、何が楽しいんだよ?

はいはい。

じゃあ、何度も法案出してる連中への説諭は任せるからな。



==========================



妹さんが酌を申し出てくれたが、軽食だけ受け取って退出して貰った。

女に聞かせる事が許される話題って意外に少ないよな。


俺とギアは行儀悪く床に転がってピクルスを摘まんでいる。

コイツは本当に聡い。

仮にドナルド・キーンが拡大派を説得しても、労働者賃金の下げ圧力が止まらない事を良く分かっている。

これは資本主義とやらの構造の話なのだ。


首都と地方の格差は拡大し続ける。

資本家と労働者の格差がそうであるように。

ソドムタウンも地方州も魔界も、極めて平等に労働者賃金は下落し続ける。

だって雇用者サイド、というより出資側はコストを1ウェンでも抑える事しか考えてないもの。



『考えてみれば資本家も弱いよな。』



「資本家が弱いだって!?

そんな訳ないだろう。

アイツら、封建君主よりも手に負えないじゃないか。」



『でも、人生の打開策がカネしかないんだぜ?』



「働けばいいじゃねーか。」



『アンタ、100億ウェン持っちゃったら働ける?

この辺の林業の日当って7000ウェンくらいだろ?

働ける?』



「100億もあったら無理だな。」



『100億あったらダンジョン潜る?』



「妹がさせてくれねーだろーよ。

ってか、金持ちにウロチョロされたら周りが迷惑だよ。」



『だから、キャッシュだけ持ってる彼らは人生の選択肢が極度に少ない。

向上心の全てが利率の上昇に向かってしまう。』



「何が言いたい?」



『持たないからこそ取れる選択肢幅を活用して行こうぜって話。』



「ふーん。

ちょっくら国有林漁ってくるわ。


ポール。

アンタはどう活用するの?」



『ジュースでも配っとくわ。』



「下らねぇな。」



『貧乏人にもタダで飲ませてやる。』



「悪くねぇな。」



『貧乏人にはゴブリンも含まれるんだぜ。』



「勘弁してくれ。」



『それと勿論、地方州の人間にも配ってやる。』



「…勘弁してやるよ。」



『あの《ゴブリン征伐》の看板って帝国の工作も入ってる?』



「入ってない訳ないだろうな。」



『じゃあ、対価はそっちで払ってよ。

アンタだって地元で好き勝手されたくないんだろ?』



「…ヤクザ仲間に回状を回しておくよ。」



『ゴメンな。

中央への牽制材料、一つ減らしてしまった。』



「じゃあ、その埋め合わせに妹をやるよ。」



『いらない。』



「じゃあ、その埋め合わせにジュース配りの助手を派遣してやる。」



『同じじゃねーか。


少しは本人の意思を尊重してやれよ。』



「尊重してるから、ここまで粘ってるんだよ。」



家系図にヤクザが加わったら父さん母さんも怒るだろうな。

俺の人間関係図、どんどん複雑になって来てるもんな。


まあいいや。

素直に怒られよう。


俺の奇行が激しいから、あの2人もポーラもかなり耐性ついて来たしな。

それこそ魔界に転籍でもしない限り、何だかんだで許してくれるだろう。

大丈夫、俺は子供部屋おじさんだ。

そこまで遠くに行く予定はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ