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【清掃日誌19】 慰労会

挿絵(By みてみん)




いよいよ長かった音楽祭が終わる。

色々事件があったので、俺としては失敗イベントにカウントしていたのだが…

眼前のお偉いさん達にとっては大成功らしい。



「いやいや、ポールソン君。

何を言ってるの?

大成功じゃない!


イベント収支、現時点で400億ウェン突破だよ?

私の計算では大会全体の経済効果は700億ウェンを越えている筈だ!」




『はぁ。』




「いいかい?

もはや音楽祭云々の次元ではないんだ!


自由都市の財政黒字は21年連続で増加し続けている!

我々は有史以来最も豊かな国家を築き上げたのだよ!


ああ、感動だぁ。

人類史上最高に輝かしい偉業の、この瞬間に私達は立ち合えているんだよ!


ポールソン君もそう思うでしょ!?」




『はぁ、凄いですね。

今日は帰って親孝行します。


ところで、先日からお願いしている裏方スタッフの継続雇用の件なのですが…

彼らも頑張ってくれましたし、何とか措置をして頂けませんでしょうか?』




「ん?


いや、彼らの頑張りに対しては私も評価しとるよ?

だから、来年の音楽祭でまたスタッフとして使ってやると言っとるだろう?」




『いえ。

それまでの一年間ですよ。

毎年毎年、大会の3か月前からスタッフを募集するからノウハウの継承が行われないのではないですかね?

どうせ来年も開催する事が決まっているのですから

何とか通年雇用を検討して頂けませんでしょうか?


そこまでコストは増えません。

寧ろ、未経験者のトレーニングの手間が省ける分、プラスと言っても過言ではないのです。

こちら、試算表となります。』



「ふーーーん。

君の言い分ももっともだがね。

私の一存では何ともなぁ。」




結局、試算表は受け取ってすら貰えず。

俺はトボトボと庁舎を後にした。





==========================




『当方の力不足です。』



控室で裏方スタッフ一同に頭を下げる。

偉いさんに1人1人お願いして回ったのだが…

己の力不足を痛感させられるな。



「いえ、両委員がここまで動いて下さるとは思いませんでしたので。

むしろ、驚いております。」



『来年以降を考えれば。

音響や照明みたいな特殊技術を持つ方は…

手放すべきではないと思うのですけれどね。

これからどうされますか?』



「孫が生まれたばかりですし…

仕事は選べません。

照明技術を活かせる仕事があれば良かったんですけど。」



『音響さんはどうですか?

今回の音楽祭が盛り上がっている影の功労者は貴方だと思うんです。

演者さんの技量に合わせて反響板を調整されておられたでしょう?

あんな手法は初めて見ました。』



「いえいえ。

たまたま若い頃にやっていた演劇ごっこが役に立っただけですよ。

音楽祭が終わったら、冒険者に戻ります。」



『貴方ほどの専門知識を持った方が…

あんな危険な生業を…

出来れば、来年の音楽祭にもスタッフ参加して頂きたいのですが。』



「ははは。

生きていれば、また厄介になりますよ。」




音響係の透徹した目に不吉を感じる。

きっとこの男は自らの死を予見しているのだ。




『通年で働ける音響仕事が無いか、もう一度当たってみます。

他の皆さんもです!


専門技術をお持ちの方、特別技能を活かした仕事を探しておられる方は

是非お申し出下さい!』





==========================




祭典は終わる。

それも史上最高の収益を叩き出して。

ただ、それがスタッフに還元されないだけという話だ。




「ポール殿は自分以外の事には熱心でゴザルな。」



『来年から自分の事も頑張るよ。』



「ふふふ。

言質取ったでゴザルw」



『取られちまったかーw』



「それにしても。

結構、冒険者率高かったでゴザルな。」



『そりゃあ、仕事がなければ…

命でも懸けざるを得ないんだろう。

俺が子供の頃はさ。

冒険者なんて地方に生まれた人間が、農閑期にやる仕事だったんだぜ。』



「うーん、拙者はポール殿より10コ下でゴザルからな。

その時代は覚えてないでゴザル。

物心付いた時には、工業区に冒険者登録センターがあったでゴザルからな。」



『昔は軍隊経験のある奴しか登録させてなかったらしいんだけどな。

最近じゃ女でも登録出来るように改悪されちまった。

死人もガンガン出てるって聞くしさ。

酷い話だよ。』



「社員達に聞いてみましたが、就職環境。

本当に悪いみたいでゴザルな。」



『カネはある筈なんだが。

上手く回らないなぁ。』



「カネの流れを堰き止めるのが上手い者が出世する。

これが資本主義社会の特徴で御座るからな。

一点露悪しておくと、拙者は堰き止めが巧妙な方でゴザル。」




『別にジミーを責めるつもりはないよ。

税金はちゃんと払ってるんだろ?』



「露悪ついでに打ち明けておくと、税金の払い方も器用な方でゴザル。」



『そっか。』



「ポール殿が今やろうとしている事にはカネを出すでゴザルよ?」



『税金払えよ。』



「ポール税なら喜んで払うでゴザル。」




コイツ、年々口ばっかり達者になっていくな。

子供の頃はもうちょっと可愛気があったのだが。



「で?

どうやってスタッフに報いるでゴザルか?」



『まだ何にも思いつかねーよ。

そもそも俺、子供部屋おじさんだし。』



「まあ、急に言われても難しいでゴザロウなあ。

明日で千秋楽。

次の音楽祭は一年後。

音楽祭が無ければ、音楽技術者は用無しでゴザルからなあ。」



『だよな…

役人連中も頭が固いんだよ。

そんなに音楽祭が好きなら一年中やってればいいのにさ。』



「…それでゴザルよ。」



『ん?』



「ポール殿が音楽祭を開くでゴザル。

そうすればスタッフを使えるでゴザロウ?

役人なんかが主催するより、ポール殿が企画した方が面白いでゴザルよ。」



『え? え?

いや、そんな事、勝手にしていいものなのか?』



「ふふっ、やりたがってる癖にww

今のポール殿、凄く嬉しそうな顔をしてるでゴザルよ。」



『いや…

正直、面白いな、と。

勿論、簡単に行くとは思わないけどさ。


でも

経費とか滅茶苦茶掛かるんじゃないか?』




「さっきも言ったでゴザロウ。

ポール殿がやろうとしている事なら、拙者喜んでカネを出すでゴザルよ。

もっとも、厳密には親のカネでゴザルが。」



『それ出してるうちに入るのか?


まあいいや。

俺も自腹切るよ。

父さんに頼んでみる。』



「それは自腹じゃないでゴザルーww」





==========================




冷静に考えれば当然だが、父さんに怒られたので自腹を切る事にする。

ジミーのやや気まずそうな表情を見ていると、ブラウン家でも似たような遣り取りがあったのだろう。




何はともあれ、千秋楽。


偉い人達が壇上で満足気に挨拶。

歌姫達は泡銭が手に入ってホクホク、金持ち達は愛人を確保出来て上機嫌。

最後は荘厳な国歌斉唱で幕を引く。



鳴り響くトランペット、格式高いピアノの旋律、歌姫達の切なくも凛とした絶唱が国旗を勢いよく揺らす。

感極まったのか壇上の偉い人達が落涙し、観客たちも目頭を熱くする。



「「「「「自由万歳! 自由万歳! 偉大なる祖国よ永遠なれ!!!」」」」」



最後は外国人たちも混じっての熱狂的な自由都市コールで幕は下りた。

皆で肩を組んで号泣ウェーブ。

涙、涙、涙。

感動感激の涙がソドムタウンを埋め尽くした。




…いや、ただの売春イベントなんだけどな。




==========================




『はい、お疲れ様でした。

それでは今から撤収作業を開始致します。

お手元の撤収マニュアルに解かりにくい部分がありましたら

私かブラウン委員に御質問下さい。』




音楽祭終了。

歌姫と金持ちは既に会場に居ない。


ん? アイツらが何故居ないかって?

無粋な質問するなよ。




「ポール殿。

根回し完了でゴザル。

但し、お歴々に対してはあくまで《引継ぎマニュアル制作》で通して下されよ?」




『スマン。

本当は年上の俺がそういう厄介事をするべきなんだが。』




「まあまあ、適材適所♪ 適材適所♪


みなさーん。

撤収作業が完了したら、ポールソン委員から慰労品の贈呈があります。

最後にスタッフルームにお集まり下さい。」




作業員達から歓声が沸く。

そりゃあ、物が貰えるのは嬉しいよな。

さて、慰労会の準備をとっとするか。

いつもはジュースだけ配る俺だが、今日は茶菓子も付けちゃう。


じゃーん。

マフィン喫茶のオーナーパティシエを慰労会用の助っ人に呼んであるのだ。。

この人はマーサに優しくしてくれるから好きだよ。



「ポールソン専務。

連日ありがとうございます。」



『いえいえ、御社のマフィンは最高ですよ。

王国や帝国から移住して来ている貴族達も絶賛しておりました。


ブランデーに漬けたマフィン最高ですね。

俺、あんなの初めて食べました。』



「おかげさまで贈答セットの予約が入り始めました。

やはり音楽祭は宣伝力凄いですね。」



『では、チップ弾みますので。』



「はい、お任せください!」





首長国の第十一王女カロリーヌ姫。

正真正銘の怪物。

債券市場でまずスタッフに菓子を配って、一瞬で皆の心を掌握してしまった。


自由都市国民は専制国家である首長国を非文明的と内心下に見る傾向があるが…

とんでもない履き違えである。

首長国王族には明確なストラテジーがある。


俺達も謙虚に学ばなくてはならない。




これは俺の仮説。

ドナルド・キーンの予言通り資本主義の時代が到来したとすれば…

最後は労働者の支持を得ている資本家だけが生き残る事を許される。

何故なら、労働力こそが真の資本だから。

カネは労働力を集めて動かす為のツールに過ぎない。


自由都市が生き残るには、資本家だけが満足する社会を作っていては駄目だ。

それよりも労働者サイドが納得出来るようにもって行かなければ。

それを俺は天才・カロリーヌから学んだ。




「だから経済学者になれ、と。

みーんなポール殿に言ってるのに。」




『経済学者ってクソしか居ないから嫌だよ。』




「まーたそういう事言う。

だーから学会に呼んで貰えないんでゴザルよー。」




『だってホントの事だもん。』



「ハイハイ。

じゃあ、市井からポールソン理論の正しさを証明して行きましょうねー。

最前列のテーブル、ジュース置き忘れてるでゴザルよー。」



『あ、忘れてた。』



「再分配を主張するのは結構でゴザルが

まずは得意のジュース配りをちゃんと出来るようになってからでゴザルな。」



『へいへい。』



慰労会で出すのは、ジュースとマフィンだけではない。

音楽祭でVIP達に供出される菓子も土産として配る。

毎回、アホみたいに余って廃棄されてたのだが、俺が文字通り哀願泣訴した事により、今年から裏方スタッフで分配してよい事になった。


たかが菓子と侮る事なかれ。

甘味には精神を安定させ多幸感を与える効能がある。

その多幸感が政治的記憶と結びついた時、恐ろしい化学変化をもたらすのだ。

まだ見ぬカロリーヌ姫よ、アンタの戦法を勝手に試させて貰うぞ。





「どうもー。

皆様、お疲れ様でしたー。

テーブルのジュースとマフィンは、ここにおられるポールソン委員からの気持ちです。

また委員が上層部に掛け合って、余った饗応菓子をスタッフで分配する許可を取って下さりましたー。」




『どうもどうも。

皆様、お疲れ様でした。

さあさあさあ、粗餐ですがどうか楽しんで行って下さい。


勿論、ここの片づけはこちらでやっておきますのでー。』





一同(良い意味で)驚き。





…そう、これがキモなのだ。

労働者に対して慰労会を開く経営者は少なくない。

それ自体は悪い事ではないし、反対もしない。

但し、その後始末を労働者サイドにさせてしまうと慰労が逆効果になる。

片づけをさせられるのなら、それは慰労の名を借りた労働なのだ。


俺は清掃会社の息子だ。

そういう齟齬から生まれるヒューマンエラーを嫌と言う程見て来たし、無神経な経営者が気付かない労働者の本音部分を目の当たりにし続けて来た。

俺なりに知見を活かす自信はある。




「モーグモグモグ!

ムーシャムシャムシャ!


ポールソンさん!

アタシ田舎から出てきて正解だったッス!」




『あ、衣装係。

咀嚼しながら喋らないように。』




「ガーツガツガツ!

ベーチャベチャベチャ!

わかったッス!」




全然わかってねーじゃねーか。




「衣装係、これ以上ポールソン委員の面白れー女ポイントを独占しないように。」




ジミーが、《これ以上この女に肩入れするなよ》、と目で制して来る。

わかったッス!




「では、ポールソン委員。

そろそろ本題をお願いします。」




『ありがとうございます。


皆さん、食べながら聞いて下さい。

私はプライベートで様々なイベントを主催してきました。』




一同が少し期待の籠った目でこちらを振り向く。

「ムーシャムシャ、ガツガツ!」

いや、食べるのに夢中の子もいるけど。(1ポイントup)




『モンスター模型の展示会や駄菓子の食レポ、少年用冒険絵巻物の感想オフ会など。』




言っててマジで恥ずかしいな。

ひょっとして俺って幼稚なのか?




『で、次は音楽イベントをやってみたいのですが。

報酬をお支払いしますので、皆様にも協力頂けませんか?』




「ここにおられるポールソン委員は、何と!

あの総合芸術展への出展実績もあり、その際に国立美術館とのコネも作っております!」




…ジミー君、ハードル上げるのやめてくれるか?

オマエ絶対楽しんでるだろう。





俺も一応大人だから、根回しは相当頑張った。

既に理事会にも話は通してある。


まず、《音楽祭》やそれを連想させる名称は一切使わない。

また翌年の音楽祭に対してスタッフ募集に協力する義務も負う事になった。



「え!?

港湾区でやるんですか?

どうして?」



『議員共が擦り寄って来ないからです。』




一同笑い。




『勿論、ボランティアではなく

大衆用巨大レストラン「ジャンクマン」の集客イベントとして開催します。

舞台は同レストランに隣接する空き倉庫。

入場料は1000ウェンでワンドリンク付き。』



「委員。

1000ウェンで採算が取れるものなのですか?」



『いえ、皆さんの日当とトントンになると予想しております。

ただ、音楽祭のスタッフでこのイベントを運営する事により、興行主やスポンサーとのコネを最も簡単に作れると判断しております。

無論、問い合わせに対しては積極的に応対し、皆さんをプッシュしていく所存です。』




「おー。」という歓声が上がる。

スタッフの日当は2万。

54名が従事してくれる事になったので、俺とジミーで半分ずつ出す。

(逆に言えば、出資枠を俺達2人で独占する)

開催期間は6日間。

6日あれば興味のある者は遠方からでも来てくれると踏んだ。


トントンというのは勿論嘘だ。

恐らく大幅に赤が出るだろう。

それでも、俺は試してみたいのだ。

《売春を絡めない純粋な音楽イベント。》

《単純労働者扱いされていないスタッフが回すイベント》

多分、最後はこちらが残る。




==========================





皆が帰った後。

ジミーと2人でだらしなく床に座り込んで乾杯する。



「お疲れ様でゴザル。」



『もう音楽祭なんて2度と関わらねえ。』



「でもスタッフの面倒は見るのでゴザロウ?

奇特でゴザルな。」



『別に。

俺の遊びに付き合って貰うだけさ。』



ジミーは肩を揺すって笑う。



「いやいや、流石にスタッフ慰労どころか、その後片付けすらやってしまうとは。

脱帽でゴザルな。


…選挙には出ないんでゴザルよな?

今の慰労会も厳密には選挙違反とも…」



『出たくないから、こういうムーブしてるんだよ。』



「あーあ。

まーた御父上が悲しみますぞー?」



『まあな。

ジミーはどうなんだよ?

オマエこそ公職に就かなくていいのか?』



「拙者、ポール派幹部としての業務が忙しいでゴザル♪」



『やれやれ。

まーた俺がブラウン会長から怒られちまうよ。


じゃあ、幹部。

今から後片付けするから、触媒にコイン貸してよ。』



「ん?

拙者、手持ちをジャンクマンへの前金で支払ってしまいましたぞ?

触媒はポール殿が持ってるのでは?」



『いや、マフィン喫茶への支払いに使い果たしてしまった。』



「いやいやいや、幾らなんでも1ウェン無しというのは非現実的…

うおっ!?

空っぽの財布裏返す人、初めて見たでゴザル。


ちなみに、拙者の財布も♪」



『うそ!?

何でブラウン商会の御曹司が1ウェン無しなんだよ!?』



「ですからぁ。

小銭は全部チップでゴザルよ。」




『マジかー。』



「マジでゴザルよー。」




ん?

触媒も無しにどうやって清掃スキル使ったのかって?


ジミーと2人で普通に掃除したよ。

当たり前だろ?

俺は清掃会社のボンボン様なんだぜ?


いつかこれが奇行扱いされない時代が来ればいいよな。

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