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東院宝物手箱  作者: 馨
百鬼夜行
8/32

 儚い桜の花々は生命力溢れる若葉となり、活力に満ちあふれた夏を迎えた。

 新たな季節を迎え、明里達二回生には新たな課題が出された。

 学生でのグループ展の企画と運営である。

 自分達がこれまで制作してきた作品を展示する為のグループ展を計画し、自分達で運営することが今回の目的だ。

 しかし個性と自己主張が強過ぎる芸大に於いてグループ活動というものは惨劇以外の何ものでもない。

 「…………」

 取りあえず人が集まらない。

 平日の放課後、グループ展の打ち合わせをすることになっていたのだが、定刻を十分過ぎても半分くらいしか集まっていない。数人は知り合いに連絡を入れて来れない旨を伝えているが、連絡が無い者もざらにいる。

 「とりあえずこのメンバーで打ち合わせを始めようか」

 空気の読める者が埒が空かないと判断し、会を仕切り始める。

 初日でこの団結力の無さに明里は不安を覚えずにはいられなかった。

 この日はグループ展を担当している教授が大学の会議の為打ち合わせに参加出来ないので、教授から渡されたプリントを基に自己紹介と展覧会までのざっくりとした予定を教えられる。大まかな役割分担をして次回の打ち合わせの日にちを決めて解散となった。来ていない面々の役割分担は保留にして参加した時に振り分けて行くことになった。

 明里のグループ展での役割は広報担当となった。ポスターやDMなど制作を主とする。

 全員が揃えば各担当は二、三人の配分に成る筈なのだが、集まったのが全体の半分ということで各担当はとりあえず一人ずつしか居ない。しかしグループ展までの日程もぎりぎりなので全員が揃うまで待って時間を無駄にしたくは無い。

 結局真面目に集まった面子が先に仕事を進めなければならないという理不尽な事態に陥っていた。


 悶々とした気分を切り替えたくて明里は東院美術館へとやってきた。

 「あ、明里ちゃん」

 券売窓口で明里に気付いた美喜が硝子越しに手を振ってくれる。

 「こんにちは」

 美喜の目の前の机には掌サイズの小人達がわらわらと集まっていた。

 「わー、可愛いです、ね……」

 近付いて行くにつれ、明里の言葉が尻すぼみになって口元が引きつる。

 机の上にいるのは昔の絵巻物などで見られるいかにも異形です、といった者達のミニチュアサイズだ。鬼や河童、ろくろ首、人魚(西洋風の美しいものでは無く、日本風のかなりグロテスクなもの)などが机の上で戯れていた。

 「今うちでやっている『百鬼夜行展』で他の館から借用してきた子達なの。この子達は絵巻物の付喪神よ」

 道理で見かけた事の無い面子だった訳だ。

 よく見ると愛嬌がある様な無い様な。まじまじと見つめていると付喪神達が話し掛けて来る。

 「このお嬢ちゃん、あたい達が見えるのかい?」

 「お嬢さんどうぞよろしゅうー」

 「よろしくー」

 「よ、よろしくお願いします」

 入館料を支払ってチケットを受け取り、明里はチケットをまじまじと見つめる。

 「展覧会のポスターとかって学芸員さんが考えるんですよね?」

 「そうよー。うちは私と天澤君が交代で考えてるの。今回の展覧会の印刷物は私の担当よ」

 世の学芸員達は自分達のことを「雑芸員」と呼ぶらしい。

 実際学芸員の仕事は膨大だ。

 展覧会の企画や作品の展示計画、実際の展示はもちろんのこと、作品を借りる際には借用の交渉、今美喜が言った様に広報の為のポスターやDMの制作、作品解説のキャプションや展覧会の図録の作成、展覧会終了後は作品が破損しない様に梱包して収納したり借用した館へ返却したりする。果ては掃除なども学芸員の仕事らしい。

 それに加えて作品研究もある為学芸員達は毎日多忙を極める。

 美術が好きで、我が身や精神を献身するくらいの心持ちでなければ続かない職業だ。

 「私や天澤君は作品研究の分野から来た学芸員だから、広報物を作ったり実技のワークショップをする時は作家上がりの学芸員さんが羨ましいわ」

 美喜は苦笑を浮かべて肩を竦める。

 学芸員のタイプは大きく分けて二つある。

 一つ目は美喜が言った様に美術史など過去の作品や作家について研究を主とする分野から学芸員を目指すタイプ。二つ目は作品を自分で制作していたタイプだ。

 どちらも長所と短所があり、一概にどちらが良いとは言えないが、不得手の分野に挑む時は自分が持ち得ない才能を羨ましく思ってしまうのが人の常である。

 「今はパソコンがあるから大概どうにかなるけどねー。あ、でも天澤くんの直筆画はなかなかの衝撃よ」

 「へ、へぇー……」

 遥は何でも器用にこなしそうな印象があるので意外だった。

 それは見たい様な見たく無い様な。

 「私も今度グループ展をするんですが、ポスターとか考えなくちゃいけなくて……」

 考えるだけで頭痛がしてきそうだ。まだまだ序盤だと言うのに前途多難なグループ展の計画に溜め息しか出ない。

 今日の感じを見る限りでは穴の空いた船で処女航海に繰り出そうとしている気分だ。

 「それならうちの館の広報資料とか見て行く?」

 「え、良いんですか?」

 美喜のありがたい申し出にすぐさま明里は飛びついた。

 過去の作品から傾向を学ぶのは大切なことだ。それに制作者の話しを聞けたりするかもしれないのは非常に貴重だ。

 「減るもんじゃないし大丈夫よ。私はしばらくここから離れられないけど、館長か天澤君に話しておくし、どっちかに出してもらって」

 「ありがとうございます!」

 館長と遥は恐らく事務室にいるということだったので展示を見る前に事務室に行って過去の広報資料を見せてもらうことにした。

 いつもの様に展示室に続く自動ドアを潜ると、最近見慣れてしまった極彩色の毛並みが足下を横切る。

 「しっ、獅子丸殿!お止め下され!お止め下され!いやあああ!!」

 「あそぼー!あそぼー!」

 悲鳴を上げているのは細長い体をしたイタチかテンの様な動物で、追いかけているのは言わずもがな極彩色のポメラニアンこと獅子丸だ。

 展示室の中は何人か人が居るが、足下を走り回る二匹の存在に気付く者はいない。

 明里は小さくため息をついて自分の足下を通り過ぎようとした獅子丸の首の後ろを摘まみ上げて一度展示室を出る。物陰に隠れてしゃがみ込み、獅子丸と見つめ合う。

 「あ!明里だ!ねーあそぼー!?」

 忙しなく尻尾を振って遊べと言って来る獅子丸に思わずため息が出る明里。

 「遊びません。獅子丸さん何してるんですか」

 「くだぎつねとおいかけっこしてたのー!」

 どう見ても狩猟の一場面にしか見えなかったが、彼に突っ込むのはまさに暖簾に腕押しなので明里は口を閉じた。

 獅子丸が追いかけていたのはどうやらイタチ(仮)では無く管狐と言うらしい。相変わらず能天気な獅子丸の発言に明里はもう一度ため息をついて、明里達から距離を取っていた管狐に目を向ける。

 「すみません。獅子丸さんも悪気は無いんですが……」

 明里が頭を下げると管狐は恐る恐る明里達の方へ近付いて来る。

 「ありがとうございます。悪気が無いのは分かるのですが、どうにも恐ろしくて……本当に助かりました」

 管狐が細長い体を折り曲げて頭を下げ、明里に礼を言う。

 イタチくらいの大きさしかない管狐にとって小型犬くらいの大きさの獅子丸はちょっとした脅威だろう。悪気が無いことがもっと救い様が無い。

 「えっと、東院美術館の方ではないですよね?」

 明里が問い掛けると管狐はととと、と軽い足音を立てて明里の足下に近付いてその場に座る。くるりと長い尾を足下に巻き付ける仕草が愛らしい。

 「はい。今回の『百鬼夜行展』の為に西の白峰美術館より参りました掛け軸が一幅、『妖狐図』の付喪神にございます」

 同じ獣の姿をしているというのに、こんなにも性格が違うのかと明里は獅子丸と管狐を交互に見る。

 ここで獅子丸を離してしまうとまた管狐を追いかけ回しそうなので、早く遥か館長に渡してしまおうと獅子丸を腕に抱えた。

 「展覧会を観なくても良いのですか?」

 「獅子丸さんをここの学芸員さんに預けてからにしようかと」

 「……お心遣い、痛み入ります」

 余程獅子丸に追いかけられたのが怖かったのか管狐の尻尾や耳がぺたりと垂れた。

 最近では道案内をされなくても事務室まで一人で行ける様になってしまった。

 腕に獅子丸を抱き、足下に管狐を連れて事務室の扉の前まで来る。

 ドアノブに手を掛けようとしたその瞬間、明里が触れる前にドアノブが下に下がる。

 「あ、明里ちゃん」

 部屋の中から出て来たのは遥だった。

 「あまさ……」

 扉が開き切った瞬間、明里は分かりやすく固まった。

 遥の肩に見えてはいけないものが見えてしまった。

 骨と皮だけのやせ細った女。

 顔もそれに比例して骨の部分がやたら出っ張っている。目は落窪んで目元に影を落とし、頬は病的に痩けている。今にも切れそうな細い蜘蛛の巣を描いた墨色の着物を着崩して着ており、艶を無くして乱れた髪が狂気の雰囲気を醸し出している。

 「だあれ?この女」

 女が口を開いた瞬間、明里の意識はぶつりと途切れた。

 失神、というには生易しい。意識の強制終了である。

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