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東院宝物手箱  作者: 馨
百鬼夜行
13/32

十三

 グループ展の二週間前、入稿したポスターやDMが業者から届いた。

 広報物が無事に届いて明里はほっと一息ついたが、広報物が出来たことはまだスタートラインに立ったに過ぎない。

 グループ展の準備はこれからが佳境である。

 出品する作品の制作も大詰めになると同時に展示プランも大体固まってくるので、それと同時に準備を進めて行く。

 もちろん展示班だけでは手が足りないので他の班の手が空いている面子が手伝いに駆り出される。

 釈然としない気持ちはもちろんあるが、文句を言っても物事は進まないので淡々と仕事を潰して行く。

 先日は展示の為に使用する材料の買い出しを頼まれ、郊外にあるホームセンターに買い出しに行った。無事に目当ての物を買えたものの、買った物の中には明里の身の丈以上の木の棒などがあり、帰りのバスの天井に棒を突っかからせてしまい、大変恥ずかしい思いをした。

 ミーティングを欠席していた面々は後ろめたさもあってか率先して展示を手伝ってくれていた。明らかに労働量に差がある物の、それを埋めようとしている努力は認めるべきであろう。

 作品展示の基本は水平垂直に作品を飾ることなのだが、これが意外と難しい。

 水平垂直は物から離れて見ないと分かり辛い。近付いて離れてを繰り返して微調整を繰り返すのだが、一人でやるとなると地味に辛い作業なのだ。

 その他にも照明やキャプションの設置も加わってくるので展示とは思っている以上に重労働である。隣り合う作品同士の兼ね合いや展覧会のルートの流れなどなどもある為、事前の計画にもかなりエネルギーを消費する。

 だが、実際飾ってみると上手く行かなくて作品の場所を取っ替え引っ替えすることなどざらだ。そこで作者同士が揉めれば労働力は一気に擦り減る。

 展覧会とは文系の総合格闘技ではなかろうかと明里は最近思っている。

 紆余曲折を経たものの、なんとか全員無事に新作も完成ししてグループ展の初日を迎える事が出来た。

 今回は作品の販売が無いので、展覧会が始まってしまえば大きな問題も無く会期が過ぎて行くだけだった。

 会場には来場者の対応が出来る様に毎日展覧会のメンバーの誰かが詰めることになっており、必ず一人一日は当たる様になっている。

 明里は幸運なことに来る人が少なさそうな平日の当番になる事が出来た。

 当番当日は暇なことを見越して暇つぶしの為の文庫本を持参していた。

 会場の隅に置いた椅子に腰掛けて本の中身に意識を落とす。

 夏は今盛りを迎えており、建物の外は焦げ付きそうなくらい強烈な光が地面を灼いている。

 しかし会場として借りているギャラリーは住宅街の奥まった所に位置しており、建物の周囲は様々な木々に覆われている所為かクーラーを付けなくとも涼しかった。時々通り抜ける風が心地よく肌を撫でて行く。読書をするにはうってつけの気候だ。

 「お疲れさん」

 突然声を掛けられ、本の中に沈みこんでいた意識が一気に浮上する。

 顔を上げれば目の前に遥が立っており、明里は椅子ごと飛び上がった。

 そういえば今日は美術館は休館日だ。

 「明里ちゃんが当番の日に来れて良かった」

 明里は心の底から当番が一人で良かったと思った。誰かと一緒に当番に入っていてこの状況を見られたらまた消えかかった噂が再び大炎上してしまう。

 「あり、ありがとうございます」

 まさか遥が本当に来てくれるとは思っていなかったのでお礼もしどろもどろになってしまった。

 「若い感性に触れて自分の感性も磨こうと思ってな」

 明里は、ははは、と乾いた笑みを浮かべて曖昧に返事を濁した。

 一体どんな感性が磨かれるのかは全くもって謎であるが。

 「六条の君もありがとうございます」

 遥の後ろには最早見慣れてしまった六条の君の姿があった。物珍しそうに周りの作品を眺めていたが、明里に声を掛けられて瞬時に顔を顰めるその反射神経は天晴れな物である。

 「遥に変な虫が付かないか付いて来ただけよ。あんたらのやってることに興味なんか無いわ」

 とか口では言っているが視線は先程からちらちらと展示されている作品を気にしている。まるで目の前でねこじゃらしを振られている猫の様だ。

 今回のグループ展の為に借りた会場は学校に近いギャラリーで、つまり東院美術館にも近いので六条の君もついて来やすかっただろう。流石に遠出となると遥が止めただろうが。

 遥は来場者の任意の記帳を済ませるとゆっくりと展覧会会場となっている部屋の中を見渡した。

 「皆作品に勢いがあって良いね。荒削りだけどそれが宝石の原石って感じだ」

 会場を一度見渡すと手前にあった作品からじっくりと鑑賞していく。

 六条の君は遥にべったりかと思いきや、好きな様に作品を眺めている。

 自分の作品を見られているかと思うと落ち着かないので、持っている本に意識を集中させようとするのだが、全く集中できない。目は文字を追うものの、意味が理解出来ずに何度も何度も同じ文章をなぞってしまう。

 「友禅、だね」

 呟かれた言葉に弾かれた様に顔を上げる明里。

 遥は明里の作品を眺めており、明里は顔から火が出るかと思った。

 「はい。友禅染、です」

 遥の問いに明里は途切れ途切れに答える。

 一回生の時に体験した染織の授業に興味があったので、今回染織専攻の先生に教えてもらいながら作品を作った。

 今回このグループ展の為に制作したのは六枚のスカーフだった。プラスチックの板を切り抜いて作った物にスカーフを巻いてそれを壁に吊るし、平面の状態のデザインも分かる様にパソコンで作った原案をパネルに印刷して展示している。

 実物の展示はモビールの様にしているので風でくるくると回っている。

 展示作品のテーマは自由なので今回明里は「映画」をテーマに設定した。邦画洋画問わず、名作と呼ばれる様々な映画を鑑賞してそこから得た印象をデザインに起こしたのだ。

 「友禅の風合いと独特の色遣いが良い味出してるな。展示も頑張ったなぁ」

 社交辞令と理解しているのだが、それでも嬉しくてどこかくすぐったい。明里はどういう言葉を返せば良いのか分からず口を開いては閉じるを繰り返していた。

 「おもちゃ箱におもちゃをぎゅうぎゅうに詰め込んだ感じで面白い。これだけ色々な種類の作品の展示も大変だっただろう」

 「什器の材料調達から加工までが一番苦労しました……」

 本格的な作品の展示はこれが初めてだった明里は思わずげんなりとした表情を浮かべた。

 作品作りも毎回精神体力共にすり減らすものだが物心ついた頃から繰り返しやっている事なのでそれに対する疲労はある程度慣れている。今回初めて行う作品展示は遠い目をして展示に慌てふたいめいたここ一週間の出来事に思いを馳せる。

 初めてのことなので事前の展示計画も充分練ったつもりだったのだが、実際に展示してみると場所の雰囲気や照明の具合、他の作品との兼ね合いなど予想外の事が次から次へと発生した。当初は搬入日に展示を終える予定だったのだが、結局こまごまと調整をしていると予備日も丸一日使ってしまった。

 「改めて学芸員さんって大変だなと感じました。はい」

 「分かればよろしい」

 遥は小さく苦笑を浮かべた。

 「……どの子も綺麗ね」

 しゃがんで陶芸作品を食い入る様に鑑賞していた六条の君はすっと立ち上がって呟いた。

 彼女の目には少し寂しそうな色が浮かんでいた。自分が欲しくて欲しくて仕方ないけど、手に届かないものを見つめる時の目だ。

 「六条の君ほどじゃないでしょう」

 彼女が切なそうに作品達を見つめる理由が明里には分からなかった。

 彼女の姿は確かに恐ろしい。

 だが、

 「確かにあなたの外見は怖いですけど、それはあなたが美しいからです」

 美しいが故に怖さが際立つ。

 相反する二つの要素が絶妙なバランスで成り立つからこそ、二つの要素が互いを高め合う。

 明里の言葉に六条の君は目を見開き、やっと明里の言った言葉を理解したのか一気に顔を真っ赤にする。

 「はぁ!?あああああんた目悪くなったんじゃないの!?」

 真っ赤な顔でツンデレキャラが言いそうなことを口走る六条の君。

 今まで怖くて仕方なかったが、こうなるともう怖く無い。

 「いや、思った事を言っただけで……」

 「ううううううう嘘言うんじゃないわよ!!」

 「嘘なんて言ってどうするんですか」

 「そうですよ。六条の君は美しいですよ。俺昔から言っているじゃないですか」

 遥からの援護射撃もあり、最早六条の君は酸欠の金魚の様に口をぱくぱくと開け閉めしている。

 「はははははは遥は趣味がおかしいからよ……!」

 「そうなんですか?」

 「自分では変だと思ったことは無いが」

 「遥の好きな女は上村松園の『焔』の女よ!?」

 上村松園とは有名な女性日本画家であり、『焔』は彼女の代表作の一つである。嫉妬のあまり生霊となってしまった源氏物語の六条御休息所を描いたどろおどろしい作品だ。

 美術を学ぶ者ならばほとんどの者が知っていると言っても過言では無い有名な作品であり、すぐに作品に思い当たった明里は、ああ、と頷いた。

 「好きな人は好きだと思います。私は女なので男心は分かりませんが、作品としては私も好きですね」

 敵将の首を討ち取ったと言わんばかりの六条の君には悪いが明里も遥の意見に同意すると、六条の君は変な生き物を見る胡散臭そうな目で明里と遥を見つめていた。

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