008
森へGO
早朝、30人前後の一個小隊を連れて森へ辿り着くと、タスクはモンスターを切り裂いた例の場所へ案内した。
鎧を纏った屈強な男達が、草木に足をとられないよう気を付けながら、2列に並んで付いて来る。
ミクスチュアの広場から森に入って暫く進むと、森林が拓けて少しだけ見晴らしが良くなった。
「この辺。」
木が四方に倒れ、草木が枯れたように真っ黒に萎れている辺りを指差す。
拓けているように感じたのは、モンスターが木々を倒したからだと予想できるが、昨日両断したモンスターの残骸は無い。
周囲はモンスターの体液が土に染み込んで、嫌な臭いを放っている。
草木が枯れているのはそのせいだろうか。
タスクに切られた為に、散らばって蠢動していた触手髪すら、ほとんど残っていない。
枯れ草に絡まった糸状の何かが風に煽られて揺られているが、生きた触手には見えない。
「確かに何か居たような形跡はありますね。他のモンスターが喰ってしまったのかも知れませんな。」
2mはあろうかと言うアールの部下の一人が、辺りを見渡しながら話し掛けた。
「いくつかの班に分け、周囲を調査する。サットン。君が指揮しろ。」
先程アールに話し掛けた男が敬礼して、他の部下に何か指示し始める。
タスクはあたりを警戒しながら、しゃがんで地面を触ってみた。
土は時間を置いた肉や血の匂いと、モンスターの体液の匂いが入り混じって残っている。
早朝だと言うのに、森は静かで小鳥の歌声も聞こえない。
他の生物の気配もない。
息を潜めているのか、森林から出て行ったのかは定かでは無いが、異様な雰囲気をかもし出している。
「ここで倒したモンスターが居ない。あんなデカイの引きずった形跡も無い。他のモンスターが食ったのなら、食った形跡位あっても良さそうなもんだ。」
タスクは手についた土をはたきながら、立ち上がった。
「あるいはまだ生きていて、自ら森林を這い回っているか…か。」
アールは周囲を見渡しながら、一番可能性に出したくない言葉を吐いた。
二人は押し黙って、周囲を警戒した。
勿論何か飛び出してくる訳でも無い。
早朝なのに爽やかでもない森林の中を見渡しても何も起こらない。
「仮に」
沈黙に耐えかねたのか、何もせず警戒だけしていても仕方が無いと踏んだのか、アールが口を開いた。
「モンスターが生きていると仮定し、かつ髪の毛で体を持ち上げて移動するのが本当なら、足跡は残らんのでは無いか?」
「…かもな。」
タスクはアールの言葉と自分の記憶を幾度も反芻しながら、広場の方向へ目を向けた。
「ミクスチュアの広場だっけ?あそこにある塚が見たいんだが。」
「解った。サットン!我々は広場へ向かう。何かあったらすぐ報告してくれ!」
サットンの了解の合図が、静かな森の中に大きくこだました。
広場も同じように草花が萎れ、かつての美しい花畑は消え失せていた。
塚の横に生えていた立派な樹木も倒され、元の原型が解らなくなっている。
もっとも、元の景色をタスクは知らないのだが。
タスクは大きな塚を色んな角度から眺めた。
割れた大きな塚の根元に、何かが刻まれている。
長い年月の中で、風化してしまったせいで、何が書いてあるのかハッキリしなかったのが残念だ。
次に大きなくぼみを覗き込む。
暫く目を凝らして眺めていたが、窪みの中は真っ暗で、中の様子までは解らない。
「思うんだが…伝承とか寓話とかによる記録とか無い訳?神話の中に似たような生き物の記録があるとか、何百年に一回目覚める伝説の怪物の話とか、大昔偉い魔導師が名のあるモンスターを封印したとか、そういうの。」
よくよく見ると大きな塚は、自然に出来たものでは無い。
安易かも知れないが、人工的に出来た塚が何のいわれがあって、この広場に設置されたのなら、それについて調べれば、あのモンスターの事も自ずと解って来るのでは無いだろうか。
「それについては目下調査中だな。……あ!待て!」
アールの静止も聞かず、窪みの中にタスクは飛び込んだ。
中は急な坂道のようになっていて、頑張れば降りれなくもない。
この窪みがどこまで続いているのかは不明だが。
途中同じような坂だと思って降りていたら、突然崖に変わり、足元をすくわれたタスクはそのまま落下した。
とりあえず何処まで落ちるのか解らなかったので、頭だけ守り転がりながら落下する。
地面に肩がぶつかり、すぐ上体を起こしながら剣を握る。
いつでも抜刀できる姿勢で目を瞑り押し黙っていたが、生き物の気配は無いと判断し、一息ついて立ち上がった。
中は結構深いようで、早朝だというのに、辺りは暗くほとんど何も見えない。
体感した深さは4~5m位だろうか。
手を伸ばすと大小様々な岩が転がっている事が解る。
割れた塚の一部だろうか。
一歩一歩と周囲に気を配りながら進んでいると、不意に足元がやけに頑丈であると気付く。
落下した時も体中ぶつけたが、土の感触は余り感じられ無かった。
窪みの中の状態を確かめようと地面を軽く蹴ってみる。
えらく硬い。
岩か何かだろうか。
四方の地面の土を払ってみると、人口的に造られたような、真っ平な床である。
土を払い、つたい歩きで移動しながら床をなぞり、壁まで到着したので、そのまま壁をなぞると、地面の床から直角に上に伸びていると解る。
流石につるつるとした手触りでは無いが。
床から天井へ真っ直ぐ伸びる壁を、今度は真横になぞりながら壁の端を探す。
更に直角に横へ壁が伸びている。
「タスク!返事をしろ!」
首を傾げ、考え事をしていると、天から声が降りてきた。
「今戻る!」
アールの声だと確認し、大きな声を挙げながら、タスクは窪みを抜け出した。