009
今行く言うたやん
幾度か窪みの中へ声をかけたものの、一度返事はあったが中々タスクが戻って来ない。
いっそ自分も中に入ろうか、他の誰かを呼びに行こうか考えていたら、森の方から幾人もの悲鳴が聞こえた。
「一旦森を抜けろ!」
部下のサットンの指示が響く。
アールは窪みから離れ、腰の剣を引き抜き、体制を整えた。
サットンが指揮するのなら、何があったにせよ広場へ出て来る筈だ。
『騎士団長への現場報告も一度に済みます。』
などと冗談か何か解らんような台詞を抜かすのが内の副総長サットンである。
間も無くサットン率いる騎士団員たちが森からバラバラに抜け出した。
森を抜け、少し離れたところで剣を構え、2班に別れ何かを待つ。
サットンがアールの横に走り寄り、二人で森に向かって剣を構える。
「報告しろ!」
言わなくても分かる気はしつつ、アールは現状報告を求める。
サットンは振り向きもせず、報告した。
「奴です!」
それが報告か。と言いたかったが、突っ込む時間もなさそうだ。
森の木々がメキメキと音を立てて、何者かが近づいて来る。
うねりながら束ねた髪の毛が触手のように蠢き、何本もの大木に巻きついた。
更に樹木が芯から軋んで折れて行くような音がいくつも響き、騎士たちが生唾を飲む。
巨大な咆哮をあげて、突然森林の間からそれは現れた。
それも2体。
大木に絡んだ髪を利用し、髪の毛の塊が森林の間から2つ抜け出してきた。
双子のような左右対称の動きで、這い出して来る。
触手のようにうねりを上げる髪の毛は、大木に器用に絡みつき、ぐんと勢いをつけて前進した。
タスクの話では黒い髪の塊は一つ目だった筈だが、現在は確認が取れない。
しかも仲間がいた。
ただただ黒い塊が2体並び、咆哮をあげながら髪を武器に、騎士団員達に襲い掛かっている。
2人の騎士団員が武器ごと払いのけられ、身体が空中に飛ばされた。
部下達にもっと敵との距離をとるようにと指揮を下すアール。
「あれ、何だと思う?」
騎士団長が質問すると、サットンは緊張の面持ちで回答した。
「カツラ屋が見たら喜びそうですな。」
「お前、将来つけるか。」
「今から予約しますかね。」
サットンが後方に控えていた騎士達に指揮を出すと、弓隊が1歩前に出た。
2体のモンスターに弓を放つ。
モンスターの一振りで、弓矢はあっと言う間に叩き落とされた。
「剛毛ですな。」
緊張感と焦燥感を混ぜつつ、サットンは舌打ちする。
「一人で攻撃するな。誰かが守備に回れるよう常に準備!」
アールはそう指揮しながらサットンから離れると、もう1班の方に走りこんだ。
二人叩き飛ばされた為に、騎士団員達の士気が上がらず、攻撃の連携が取れていない為、アールが率先して空気を変えに前に出る。
「槍を。」
部下から槍を受け取ると、器用に髪の攻撃を避けながら走りこみ、モンスターの中心部にぐんっと差し込んだ。
その瞬間、咆哮を上げてモンスターの髪の塊が弦のように伸び、アールを襲った。
止むを得ず槍を離して後ろへ飛ぶ。
忌々しくも刺した槍は、モンスターの触手毛髪がバキバキと音をたてて破壊された。
それとほぼ同時に反撃の髪が真っ直ぐアールの方へ伸びる。
騎士達がざわめくも、一歩引いたアールの元へ攻撃が届かず、途中で止まってしまった。
槍で挿したから警戒されたか、攻撃が利いたから止まったのか、と思われたが、モンスターの動きを見るに、槍で致命傷を負った様子は感じない。
とは言え、アールの攻撃が騎士達の勇気に火をつけた。
モンスターとは逆に、騎士達の動きの方が驚く程良くなったので、攻守を繰り返させながら、アールは少し離れた場所でじっくり観察する側に回った。
槍で牽制する騎士隊と別に長剣部隊が率先して襲い来るモンスターの髪を払いのけたが、切り落とすまではいかないようだ。
勇ましく牽制しているものの、ワイヤーのように硬い髪に翻弄されている。
下手な切り方では刃こぼれしそうだ。
ただ、ある一定の距離までしか攻撃して来ない。
そう言えば森から出てからモンスターの動きが鈍いと言うか攻撃が単調である気がする。
ふと移動手段にしていた樹木が無い為、前に進めないことに気づく。
だとすると攻撃距離の長い弓が有利だが、先程の髪の触手は完全に弓の動きを見切っていた。
「目も無い癖に。」
とアールは舌打ちする。
何とか奴の動きを止められれば良いが…。
アールはモンスター2体の周囲を取り囲むよう騎士達に指示を出し、サットンに質問する。
「サットン!お前、火種は持っているか。」
「タバコ用なら…あっ了解!」
アールの意図に気付いたサットンは、火種を取り出し、弓隊に回した。
その間も巨大な拳のように、ぎちぎちに固まった髪の束が騎士達を襲う。
アールの部下たちが器用に避けると、巨大な真っ黒い髪の拳が地面にめり込んだ。
そしてそれを軸にして、モンスターが、ずるり…と前に進む。
木が無い以上、髪をスクリューの如く地面にめり込ませ、それを軸に進むしかないと、モンスターは知っていた。
動けないだろうと高をくくっていた騎士隊の顔色が変わる。
陣形を崩さず後に退いたものの、もしこのまま森から出てしまったら?と一瞬の闇が騎士達の心を襲った。




