029
殺気
傭兵達の殺気を見咎めたアールは、手早く男の手を掴み鞘から剣を抜けないように押さえつけた。
それと同時に先ほどまで椅子に座っていたタスクが足音も無く動き、もう一人の男の首筋へ書斎にあったペーパーナイフをあてがう(しかもちょっと刺さった)。
傭兵二人は悔しげに呻いたものの、アールとタスクの隙の無い行動と、想像以上の腕力に驚き、下手に動けなくなった。
「魔術師の護衛の割に、二人が先に入室し雇い主が最後か。後ろからの攻撃を想定できないのでは二流以下だ。その上、短気と来た。」
ジュードの皮肉に、腹立たしいが否定もできずに傭兵二人は互いに顔を見合せ口惜しげに唸った。
殺気立つ室内であるにも関わらず、ラファエレは一人別次元にいるような柔らかな表情で首を傾げる。
「私がこちらを解雇されたら、又護衛を雇わねばなりませんのに彼らを首にしろと仰いますの?」
一瞬甘い雰囲気が漂うも、ジュードはその空気を許さない。
「内には幼い子供が二人居る。余り物々しい連中に出入りされては困る。」
傭兵二人を睨んだままジュードは
「実力があるならともかく。」
と付け足し、傭兵二人は攻撃態勢に入るため身体を硬くする。
タスクは更に傭兵へ向けたペーパーナイフ先端を喉に差込み、アールは傭兵の腕を更に力強く押さえつけて牽制する。
例え戦争になっても、ジュードは柄の悪い傭兵達を極力屋敷に招きたくない。
今回だって魔術師だけが来ると思っていたのに、そこの傭兵は何だ?
と言いたいのを一応こらえている。
ラファエレの護衛だからと強引に屋敷に入ったのだろうし、止められなかった部下にも落ち度はある。
そう言えば到着した魔術師の件だけ聞いて、後はどうでも良いからざっくり指示した覚えもある。
なので、ジュードは気を抜くんじゃ無かったと余計に苛々していた。
依頼人の頑なな態度を確認し、ラファエレは二人の傭兵を見た。
傭兵は判断を仰ぐ様子で黙っているが、実は首だと言っても梃子でも動く気が無いらしく、周囲を睨んでいる。
プライドを刺激されて怒りがこみ上げているようで、僅かな隙さえあれば、いつでも反撃してやろうと言う意気込みが感じられた。
そんな二人とジュードを見つめていたラファエレは、今まで護衛として付き合ってくれた二人の傍へゆっくり近づいた。
顎を上げて男達を見上げ、幾度か瞬きをしつつ首を傾げる。
傭兵二人は黙ってラファエレが何を言い出すのか待つ。
しばし沈黙が流れたものの、ラファエレはくすっと噴出した。
「ほんと怖い顔。」
ぽつりと言い、その自分の言葉で更におかしくなったのか、口元に手を当てつつ、ころころと笑う。
部屋中に響くラファエレの笑い声に、傭兵二人の眉尻が下がり、室内の殺気立った空気は完全に変わった。
一頻り笑った後、ラファエレは未だ戸惑いを隠せない二人を改めて見つめ直し尋ねた。
「お子様が怖がるそうなの。どうしたら良いかしら?」
ラファエレは命令しなかった。
領主様の頑なな意志でこのまま二人を留められないし、傭兵二人には殺気を納めてくれなければ話が進まない。
二人に冷静に判断して貰うとして、どうすれば丸く収まると思うか?と二人に相談する形式をとったのである。
「…近くで宿をとる。何かあったら呼んでくれ。」
傭兵二人は両手を挙げて諦めたように目を閉じた。
二人が戦闘体勢を解除した事で、領主が目配せしてアールとタスクは二人から離れた。
傭兵二人は居住まいを正し、ペーパーナイフが刺さった痕跡が残る喉元をさする様子が見られるも、概ね反撃する様子は無い。
「これで宜しいでしょうか。ご主人様?」
ラファエレが笑顔で振り返ると、ご主人様は頷く。
「話が成立した所で、自己紹介をしておこう。私がクルセウス領の辺境伯ジュード=クルセウス。君の当面の主人になる。」
雇用が完全に成立した証としてアカイノに契約書を差し出すと、ジュードはそのままアールとタスクを紹介する。
ラファエレは、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げて頭を下げて挨拶した。
――――――――――
とりあえず魔術師の雇用問題は解決したとして、アールにミクスチュア広場へ案内させるよう指示した領主様は、書斎の背もたれ椅子に腰掛けたまま窓の外を眺めていた。
2階にある書斎の窓からは、空や庭の木々、かつての妻が愛した花壇が伺えるが目に入ってはいない。
のどかな景色とは裏腹に色々と思いを張り巡らせているのである。
今回は特殊ケースだったので、ギルド職員が詳細説明を行う為にラファエレ達と同行したと言っていたが、ギルドがラファエレを期待のルーキーとして大事にしようとしていると簡単に推察できた。
1.水脈を掘り当てる(水差しのイタズラ含む)
2.薬草や医術の心得
3.結界魔術(まだ確認していないが)
4.ルーン文字の解読
仕事内容次第ではこの4点だけで十分使えるだろう。
しかも見習い魔術師なのだから、伸び白もある。
ギルドが今からきっちり管理して置こうとする姿がひしひしと伝わって来る。
と言っても、アカイノの好みで動いている可能性もあるが。
アールとタスクに例の塚の地下へ案内させるように言った時、表情こそは出さなかったが、何かあったらギルドで対応するからいつでも相談するようにと、手を握りながら説明していたし、戦士として即戦力になりえるタスクには、見向きもしなかった。
10歳のタスクの方が、伸び白は十分あるだろうに。
まあ魔術師の数の方が圧倒的に少ないからと言い訳は立つか。
それはともかく、今回結界魔術は調度欲しかった人材でもある。
実力が何処まであるのか不明だったが、それについて判明するかは時間が解決してくれるだろう。
くるくると頭の中を張り巡らせながら窓から目を離すと、ふと一人残されたギルド職員と目があった。
慣れているらしく、無言で落ち着いて待つ姿が堂に入っている。
そう言えば用があるから残るように指示したのだったと思い出し、椅子を回転させるとアカイノに向き直った。




