021
トール坊ちゃんの気持
「一体何をしているんだ?!」
「…すみません。」
トールの剣術授業を終えたタスクは家庭教師にこっぴどく絞られていた。
タスクの手によってボコボコにされ意識不明だと家庭教師は怒り心頭である。
ベッドでぐったり寝込んでいるトールを尻目に、隣室で家庭教師はやりすぎだと抗議していた。
授業が出来なくなる程打ちのめすなんて、指導とは呼べない。それはシゴキだ!
と糾弾されれば、タスクはすみませんと平謝るしか無い。
指導って難しい…とタスクは痛感する。
話は剣術授業中に遡る。
タスクの指導は実践を重んじていた。
前日まで生きていたトールの剣術指導者は、騎士団員の一人で、規律正しい基本通りの剣術を教えてくれた。
騎士道精神も含め、剣の構え方、打ち込みの仕方、試合の際の礼のとり方、間合いの取り方等多岐にわたった。
しかしタスクの剣術指導は打ち合いを中心とし、思いもよらぬ攻撃と、力技で打ちのめし、トールを翻弄した。
ずるいぞ!と怒鳴るも、苦笑したタスクが、敵にもそう言うのか。と言えば、ぐうの音も出ない。
タスクの一太刀はやたら重く、トールの両腕ではとても受け止められず、忸怩たる思いで木刀を何度も落とした。
戦えなくなって膝をついた時、悔しくて悔しくて堪らなかった。
四つんばいになったまま肩で息をするトールを、静かに木刀を構えて立つタスクが憎らしい。
実際の所、タスクは彼なりに一番丁寧な剣をふるって見せていた。
多少の打ち身は仕方が無いにせよ、大きな怪我をさせる訳に行かなかったので、注意深くトールを観察しながら打ち合いをしていたのだ。
口で説明するには難しい動作も、打ち合いを繰り返す内に、何がいけないのか身体に叩き込めば、いずれは考えずに行動できるようになる。
…はずだ、と思った。
初日から頑張る必要も無いし、ある程度時間が来たら、終了するつもりでいたら、トールの負けん気が強くて何度も挑んで来た。
あんまり頑張るので、感心して相手をし続けたのがいけなかった。
動けなくなったトールは悔しくて泣いた。
「お前なんか嫌いだ!」
と涙目で怒鳴った。
筋肉をほぐすためにマッサージしてやろうとするタスクに、触るなと又怒鳴った。
そうは言っても、かなり疲れたと思うし、放って置くと筋肉疲労で変に熱を持つと思ったので無理矢理トールの部屋まで付き添い、ベッドに寝かしてマッサージしていたら、間もなくして眠ってしまった。
一方トールの家庭教師は、まだ授業が終わらないのかとイライラしていた。
子供は運動の方が好きだから夢中になるのも解るが、勉強も大切である事をきちんとご説明せねばならないと、家庭教師は考えていた。
特にタスクと言う少年には、時間配分の重大さをきちんと教えねばならない。
とりあえずトールの部屋で授業の準備をしようと部屋をノックしようとしたら扉が開いていた。
暴れるトールを抱き上げて入室したタスクが、ドアを閉め忘れていたのである。
おかしいと思って少し覗き込んだら、ベッドの上でトールを組み敷くタスクがいた。
で、1行目に戻る。
「最初はトール様を蹂躙しているのかと思いましたぞ!」
「違う!稽古後のマッサージをしてたんだ。」
慌ててタスクは口答えした。
「トール坊ちゃんはまだ成長期だから、下手に筋肉をつけると骨に固まって成長の妨げになる恐れがある。だから筋肉を柔らかくしようと思ってマッサージしてたんだよ。」
家庭教師は言い訳されたと取り、むっとしたものの、理屈はあっている気はがして黙る。
でもやっぱり騙されているのでは無いかと疑念が生じ、タスクを睨みつける。
「もう、良かろう。」
トールの部屋の中央にある大きな椅子に腰掛けていたジュードが口を開いた。
剣術の授業後、トール様が目を覚まさないと言うメイド達の連絡で来て見れば、タスクを怒鳴りつける家庭教師と、うなだれるタスクがいる。
トールに至っては、隣室のベッドで気を失ったように眠っている状態だ。
こんなにうるさいのに、一度も目を覚まさない。
どういう状況か解らないので、二人に報告を任せると、完全にジュードを無視する並びとなった。
それでも暫く家庭教師とタスクのやり取りを聞いていたが、どうにもうるさ過ぎる。
頭に響く家庭教師の声を手で制し、ジュードは告げる。
「確かに勉強時間と剣術の稽古は決められた時間がある。午前中に剣術、体術、馬術、午後からは外来語、数学、帝王学、礼儀作法だったか。」
家庭教師はその通りだと、うやうやしく頭を下げた。
「とは言え、昨日の事件で我々も多忙であった為、タスクには一日の予定を説明していなかったこちらの責任もある。」
「はい…」
何か雲行きが怪しくなって来たと家庭教師は感じた。
「そういえばトールは夕べ、フィオナの看病で一睡もしていなかったな。起きないのは単なる睡眠不足じゃ無いのか?」
家庭教師が落ち着くのを確認し、さも今気付いたようにジュードは言った。
家庭教師も『あっ』と呻いた。
ジュードはわざと間をおいてから告げる。
「トールを寝かさなかったのは、私の責任だな。」
「いえ、そのような…」
慌てて家庭教師は否定した。
「このまま寝かせるべきかは迷う所だが、とりあえず本日の授業は明日にしようか。」
「はい…それはそのように。」
「タスクには明日以降の予定を指導しよう。」
「そうして頂けるなら私は何も…」
段々家庭教師の声が小さくなり、完全にジュードのペースである。
そしてジュードに退出して構わないと許可を出され、一礼してから退出する。
タスクも見送りながら、家庭教師に謝ったが、それについては返事が無かった。
「すみません。」
部屋が静かになるとタスクはジュードに頭を下げた。
「トールも良い刺激になるだろう。ここに住んでから、友達がおらんからな。」
「俺、首じゃあ無いんですか。」
「睡眠不足はどうにもならん。まぁ指導の仕方は今後の課題とし、日々の鍛錬を教訓に検討するんだな。」
「はい。」
「期待しているのは、モンスター討伐への協力と、あの二人の遊び相手兼ボディガードだ。この事件が解決するまでは特にな。」
何しろ人手不足で。と苦笑しながら立ち上る。
立ち去ろうとして、ふと立ち止まる。
「お前も寝てないんだろう。昼寝でもしていたらどうだ?」
「洋服、食事、部屋、仕事まで下さって…ここまで親切にしてくれる理由が解らないんですが。」
タスクの戸惑いに、領主様は一つ一つ回答する。
「衣食住は娘を助けてくれたお礼だ。」
「仕事は人手不足だからだ。」
「モンスター討伐は私の部下になる者の義務だ。」
計略が得意そうなジュードの発言は、時として煙に巻かれるように感じる。
「後で呼びにやる。魔術師が一人来るらしい。」
今度こそジュードは出て行った。
領主様を見送ってから、タスクは隣室の熟睡しているトールを覗き込んだ。
そして
「お前なんか嫌いだ!」
と涙目で訴えるトールを思い出す。
子守もできないんじゃ首も近いな…と、タスクは溜息をついた。




