020
アールの服はどうした?
タスクの身に付けている既製品を睨むトール。
「アールの身につけていた物は全部僕が貰ってたのに…」
「そうなのか?悪かったよ。」
「…フィオナの髪は、お母様のお気に入りだった。」
「…。」
突然話が変わった事で、何かの琴線に触れてしまったと気付いたタスクは一先ず黙った。
「今朝だって、アールはお前だけ連れてった。」
「…。」
何か底知れぬ根深い恨み言を言われた気がする。
トールから余り好かれていない気がしていたが、余りドコロの騒ぎじゃない事にタスクは気付いた。
フィオナを連れて帰った事で、タスクは色々な人から色々な出来事を目を瞑ってくれているとは思っていたが、そうでも無さそうだと思い直す。
涙目で睨みつけるトールを見つめると戸惑いを隠せない。
何か言わねばならない気がする。と考え、頭をかく。
「悪かったよ。アールからはもう貰わない。」
これが解決策かどうかは解らないが、トールが嫌がる理由の一つに洋服と言うキーワードがある以上、知らん振りも出来ない。
それに、ジュードが服を仕立ててくれるらしいし。
と言うか、自分の服は一着で十分なんだけど。
「アールが俺を連れ出したのは、昨日のモンスターの確認に行ったんだ。あの時点では、モンスターを見たのは俺しかいないから。」
トールが睨んだまま何も言わないので、タスクは間が持たず話し続ける。
「お嬢さんの髪は悪かったけど、仕方なかった。意地悪で切ったんじゃないんだ。…分かるだろ?」
トールからの返事は無いが、一応理解してはいるようだ。
一瞬目をそらして、瞳から溢れようとする涙を手で拭う。
ただ感情が許さない。そんな気持ちが伝わって来る。
「何しろモンスターはまだ生きてた事が朝分かったし。」
涙を吹きもせず、トールは逸らしていた目を向けた。
「…それはアールも言ってた。」
「俺はお嬢かかえて逃げるのに精一杯だったからさ。」
肩を竦めるタスク。
たった一つしか違わないのに、さっさと大人になってしまったような淡々とした顔がとても腹立たしいが、もし昨日フィオナと一緒にいたのがタスクではなく、トールだったならば、確実に二人ともここには居なかったと思う。
あの時フィオナの提案で木の実を取りに行き、トールは別のプレゼントの準備で別行動して居た事が幸運だった。
誰もがそう言って喜んでいた。
しかしそうだと解っていても、トールの中のもやもやした気持ちは晴れずにいる。
「…僕がフィオナの代わりに広場に行けば、髪は切られずに済んだ。」
「…悪かったよ。」
「そしたらフィオナは…怖い思いをせずに済んだんだ。」
トールは何故代わりに行かなかったのかと、ずっと自身を責めていた。
「…。」
タスクを睨むのをやめて、地面に視線を落とす。
夕べ幾度も夜泣きしていたフィオナが目に焼きついて忘れられない。
可哀相に、少し眠ってはすぐ目を覚まし、幾度も悲鳴をあげて泣いていた。
暴れてベッドから崩れ落ちそうになり、その度にジュードが、幾度も立ち上がって抱きしめて声をかけていた。
「フィオナ、もう大丈夫だ。ここはお前の部屋だ。」
と、身体をのけぞらせて暴れる少女を強く抱き締めて幾度も声をかけていた。
トールもその度に起きて、フィオナの背中をさすっては声をかけていた。
自室で休むようにジュードに指示されても、頑なに離れなかった。
泣き疲れたフィオナがジュードの腕の中で船をこぎ始め、そのままジュード専用のロッキングチェアーに一緒に座り、ゆらゆら揺れながら、寝かしつけていた姿を心配しながら見つめたりもした。
フィオナが眠るまでの間、トールはずっと手を握っていた。
ベッドに蹲って、大きな声を出そうともがく妹の耳元で声をかけてやると、目に涙を溜めたまま大人しく寝てくれた。
今朝は妹が夢の続きだと勘違いして恐怖の面持ちで周囲を見渡していた。
土みたいな妹の顔色等、今まで見た事も無かっただけに、トールは黙ったまま手を握った。
ジュードとトールを順番に見てここが何処か認識した妹が、ぽろぽろ涙を零した姿も、全て脳裏に焼きついている。
あんな可哀想な思いを何故させてしまったのか。
僕は何をしていたのか。
そうして、ぐるぐると何度も同じ事を考え続けているトールを、タスクはどう話したもんかと考える。
山奥で話し相手がいなかったので、骨の折れる作業だ。
「…アールも同じこと考えてたんじゃないかな。一緒に行けば犠牲者も少なくて済んだかも。とか。」
地面を睨んでいたトールが顔を上げた。
「ジュード様も、広場への同行自体許可せねば良かった。とかさ」
パンパンと尻を叩き、砂埃を払いながら腰を上げるタスク。
「他の人も同じ思いで…あ、メリーもか。彼女、泣いてたもんな。」
確かにフィオナ専属の侍女メリーは、買い物当番で広場に同行しなかった。
買い物を終えて帰宅後、お嬢様の様子を知り半狂乱になっていたと、他の従者からトールは伝え聞いていた。
「お嬢が死んでたら、こんな話できなかったぜ。」
肩と首を回しながら、タスクは言う。
それはそうだとトールは素直に頷いた。
「…うん。」
「後悔しているからこそ、最悪の事態を免れたと皆喜んでるんだろ?」
「…うん。」
「まぁ、犠牲者が出てるんだから両手離しで喜べる状況でも無いけど。」
「…。」
「今日、ジュード様の誕生日だけど、誰も準備してないじゃん。喪に服してるんだろ?」
トールは顔を上げた。
妹のことを考えるだけで頭が一杯な目線が少しだけ変わる。
「いつやるか知らんが告別式するって聞いたけど、あれって今回の事件の犠牲者を弔うためだろ?アールが、犠牲者の家族の家に挨拶に出かけたって誰かが言ってた。」
アールが出かけた理由を聞いたトールは、恥ずかしくなってきた。
お母様は、妹の髪をツインテールにしてやるのが好きでよく手入れしていた。
フィオナが助かって良かったと思ったけど、お母様のお気に入りの広場も、お母様が好きだった広場にしかない木の実も無くなったと言うし、フィオナの髪まであんな姿になっては、何かが全てを奪いに来たと思った。
お母様の思い出だけでなく、フィオナの髪まで奪った事が許せなかった。
そんな中、目の前にいるタスクがフィオナの髪を切り、アールの服を着て現れたので、感謝より先に自分の場所を奪っていく元凶の一つのような気がしてしまった。
しかしそれはただタスクへの八つ当たりに過ぎず、自分の事ばかりで、我侭で何も考えて無かっただけだと気付き、トールはとても惨めな気持ちになった。
黙って俯くトールに、切り替えたような声でタスクが続ける。
「まぁその辺の準備は大人の仕事だけどな。俺らは俺らの仕事しようぜ。」
「…仕事って?」
「あんたは勉強と剣術のお稽古と…後、お嬢の心配か。俺はトール坊ちゃんの剣術指南とあんたらのお守り。」
タスクは階段から降りると、トールの前で木刀を振って構えた。
「やろうぜ。」
“ぶぉん”
木刀を振る音と風が響き、構えた瞬間、タスクの顔つきが変わった。
ちょっと長い気がする。




