第23話 作戦名『ヤキソバ』、五感を支配する黒き紐
「……これが、今夜の『作戦会議』の主役というわけね」
夜。『ひだまり荘』の202号室。
A級冒険者のエレナは、すっかり定位置となった安畳の上に正座し、キッチンの俺を鋭く睨みつけていた。
その隣では、いつもの緑色ジャージ姿のラステアが、長い耳を「ぴこぴこ、ぴこぴこ」とマッハの速度で揺らし、すでにヨダレを垂らしそうになっている。
「紅髪、静かに。今日のクロスは、いつもと違う『漆黒の聖水』を取り出しているわ。これはかなりの大規模魔術が展開される予感がするの……!」
「漆黒の聖水……!? くっ、まさか禁忌の暗黒物質の応用だというの……!」
ただの市販のウスターソースとオイスターソースのブレンドなんだが。
ジューーーーッ!!!
二人が息を呑む中、フライパンの上に豚肉、キャベツ、そして中華麺が投入。
そして、特製ブレンドソースを注いでやる。
その瞬間、部屋中に広がったのは、お祭りの屋台を彷彿とさせる、香ばしく、甘酸っぱく、人間の野生をダイレクトに刺激する「あのソースの匂い」だ。
「な、何この匂い……っ!?」
エレナがガタッと膝を震わせる。
「お、お腹の奥が、信じられないくらい激しく鳴り響いているわ……! 匂いを嗅いだだけで、口の中に唾液が溢れて止まらない……! これが、ダークシェフの精神攻撃……!」
「仕上げに、青のりと紅ショウガ、そしてマヨネーズをこれでもかと線を引くようにかけます」
「ま、またマヨネーズ……! 悪魔の白い液体をそんなにドバドバと……っ!」
ドン。
テーブルの上に置かれたのは、湯気を立てて黒光りする、マヨネーズまみれの特大ソース焼きそば。
「はい、お待たせしました。特製ソース焼きそば、マヨダク仕様です」
「いただきます!!」
ラステアが待ってましたとばかりにフォークで麺を豪快に巻き取り、口へと放り込んだ。
ズズッ、モグモグ……。
「ーーーーーーッッッ!!!」
ラステアの翡翠色の瞳が完全にひっくり返り、ベッドの上へとゴロゴロと転がった。ジャージ姿で足を激しくバタバタさせている。
「おいひいぃぃ……! 濃厚なソースのコクと、マヨネーズの油分が麺に絡みついて離れないよ……! それにこの緑の粉(青のり)の磯の香りと、赤いショウガのピリッとしたアクセントが完璧すぎる! クロス、私もう王宮に帰りたくない!」
「せ、聖女様をここまで骨抜きにするなんて……。いいわ、私も組織の幹部として、その恐ろしさを身をもって――」
エレナも覚悟を決めて、焼きそばを一口、口に運んだ。
ジュワッ、モチッ……。
「っ……!?」
エレナの身体が硬直している。
ガツンとくるソースの塩気と酸味。そして、それを包み込むマヨネーズの暴力的な旨味。お上品な宮廷料理やお高いレストランには絶対にない、ジャンクの極み、
どうだ。脳髄を直接殴りつけたみたいだろ。
「う、美味い……美味すぎるわ……っ! この黒い紐を啜るたびに、全身の血流が激しく加速していくのがわかる……! これ、ただの料理じゃないわ! 冒険者の潜在能力を強制的に引き出す、禁断の秘薬よ……!」
エレナが感動と恐怖で涙目を浮かべた、その瞬間だった。
ドゴォォォォォン!!!
「きゃあぁぁっ!? またこの光が……っ!」
エレナが悲鳴を上げる。
ラステアの焼きそばパワーにエレナの興奮が掛け合わさり、アパートの部屋から「黄金色と深紅の極太の魔力光」が、夜空に向かってレーザービームのように射出された。
光の波は王都全域を優しく包み込む。
「あーあ、まぁたラステアが光ってんよ」
凄いことなんだけど、凄いことなんだけど、人間、慣れちゃうよね。
♢
一方、王都では──
「おい! また『ひだまり荘』の方向から光が上がったぞ!」
「うおおお! 今度は肩こりが治った! 昨日のじいさんのハゲ頭から、さらに若々しい産毛が生えてきているぞぉぉ!」
下町の住民たちが「ひだまり荘の奇跡だ!」と大合唱を始め、昨日以上の凄まじい魔力に震えていた。
♢
「間違いないわ……。この作戦名『ヤキソバ』は、世界を我々の色に染め上げるための儀式……。クロス、あなたの描く『新世界の設計図』に、私はどこまでもついていくわ!」
琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、口の周りをソースとマヨネーズでドロドロにしたA級女騎士が、大真面目に忠誠を誓ってくる。
「……ええ。まぁ、しっかりついてきて(ギルドの隠蔽工作をして)ください」
「ふふん、紅髪、わかったならもっと麺を啜りなさい! 皿に残ったソースを白米にかけるのも最高なんだから!」
「えっ!? 聖女様、そんな破廉恥な食べ方……っ、でも、美味そう……!」
あー、エレナがラステアに侵食されていく。ジャンクフードの沼にハマった奴が増えちまったなぁ……。




