表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/12

第2話 エルフの至宝は、生姜焼きの匂いに抗えない

「ぷはぁー!……生きてる。私、いま確実に生を実感してる……!」


 俺のベッド(唯一のまともな家具)の背もたれに寄りかかり、炭酸の抜けたコーラを喉に流し込むラステア。


 炭酸の抜けたコーラを飲んでるからか、そのまま、ぬぼぉっと彼女の気も抜けた。いや、そもそもこの部屋に来た時から気は抜けていたか。


 手元には、完全に空っぽになったポテトチップスの袋。


 これが昼間、神聖な馬車の中から王都の民に慈悲深い微笑みを振りまいていた『世界樹の申し子』のリアルな姿だ。


「……満足しましたか、聖女様」


「だからラステアでいいって。……ん、何これ。なんか、すっごく良い匂いがする」


 ジャージの襟元をパタパタさせていたラステアの鼻が、クンクンと動いた。


 同時に、髪の隙間から覗く長い耳が、ピンと直立する。


「ああ、夜食に『豚の生姜焼き』を作ろうと思って。肉をタレに漬け込んでたんです。ポテチだけじゃ夜中にお腹減るでしょ」


「しょうが……やき……?」


 ラステアの翡翠色の瞳が、獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝き出した。


「クロス、それって、お肉? ジューシーで、油が滴る、あのお肉?」


「エルフってベジタリアンじゃないんですか? 昼間ギルドの奴らが『聖女様は朝露と木の実しか口にされない清らかな御方』って熱弁してましたけど」


「そんなのただの風評被害! エルフだって、若者は肉が食べたいの! 里の長老たちが『肉を食べると血が汚れる』とか言って、頑なに大豆で作った擬似肉しか出してくれないもん‼︎」


 ラステアはベッドから飛び起きると、俺の狭いキッチン(魔導コンロが一つあるだけ)にすり寄ってきた。


 すでにヨダレがこぼれそうな顔をしている。普通にかわいいな、おい。


「……そもそも、なんでエルフのトップが、こんな下町のボロアパートに隠れ住んでるんですか。国賓なんだから、王宮の最高級ホテルにでも泊まればいいのに」


「だって、あそこ、四六時中『お怪我はありませんか、ラステア様』『お食事の毒味を、ラステア様』って、四方八方から監視されるんだもん。おまけに食事は全部、薄味のスープとサラダ。……あんなの、留学っていう名の軟禁だよ」


 ラステアはジャージのポケットに手を突っ込み、不満げに唇を尖らせた。


「だから、留学初日の夜に、転移魔法でこっそり抜け出したの。そしたらこのアパートの窓から、すっごく香ばしい『焼き鳥』の匂いがして……」


「俺のベランダに不法侵入してきたんでしたね。焼き鳥につられて」


「そう! あの時クロスがくれた、タレの絡んだモモ肉……。あの瞬間、私の世界は変わったの。だから翌朝、人間に化けて、クロスの隣の部屋をギルドの紹介で速攻で契約した。ふふん、私の行動力を舐めないことね」


 どや顔で胸を張るラステアだが、胸元にはポテチの塩が少しついている。締まらない聖女様だ。

「ふっ。ラステア様。実は焼き鳥には『塩』もあることをご存知で?」


「塩、だと……? なにそれ、食べたーい‼︎ 今すぐに食べたーい‼︎」


「そんなに反応するとは……すみません。今日は生姜焼きで」


 ジュウジュウと小気味いい音を立てて、生姜と醤油の香ばしい香りが狭い部屋に充満する。


 皿に盛り付け、白米を山盛りにした茶碗と一緒にラステアの前に差し出した。


「ぜんっぜん、生姜焼きで良い♪」


「さあ、召し上がれ」


「いた、いただきます……!」


 ラステアは、エルフの伝統的な礼拝の時よりも真剣な顔で手を合わせると、箸を器用に扱って、肉をご飯の上にワンバウンドさせてから口に放り込んだ。


「――――――っ!!」


 声にならない悲鳴。


 ラステアの長い耳が、まるで踊るように「ぴこぴこ、ぴこぴこ!」と激しく前後に揺れ動く。エルフの耳は感情に正直だ。


「な、なにこれ……! 甘辛くて、ちょっぴりピリッとして、お肉の脂が白米に染みて……! 美味しい、美味しすぎるよクロス……!」


「落ち着いてください。ご飯は逃げませんから」


 ガツガツと、およそ聖女とは思えない勢いで白米をかき込んでいくラステア。


 ふと見ると、彼女の身体から、微かに淡い緑色の光――神聖な魔力がぽろぽろと溢れ、部屋の空気を浄化していくのが分かった。


 心なしか、ゴブリン退治でバキバキだった俺の肩の凝りが、すうっと軽くなっていく。


(気のせいか? この人、ジャンクなもの食べてる時の方が、魔力が活性化している気が……)


「ふぅ……ごちそうさまでした……」


 ものの数分で完食したラステアは、お腹をさすりながら、満足感に満ち溢れた。文字通り『女神のような微笑み』を浮かべいる。外で見せる氷の微笑とは違う、心からの満面の笑みだ。


「ねえ、クロス。私、確信した」


「何をです」


「人間界の料理は、絶対に世界樹の加護を超えてる」


「はい?」


 この聖女様は一体なにを言い出すんだ。人間界の料理が世界樹の加護を超えているなら、人間はもっと進化してたろうに。


「……よし、決めた。私、明日の昼間、クロスのいるギルドに視察に行く予定があるの」


「えっ!? ウチに来るんですか?」


「うん。だから、ちょっとした『お礼』をしてあげる。楽しみにしててね、私の専属シェフさん」


 ラステアはジャージのポケットから、今度はコーラの空き缶を取り出し、「じゃあ、また明日!」と、ベランダから自分の部屋へと軽やかに飛び移っていった。


 ……お礼?


 嫌な予感しかしない。


 明日、ギルドで何が起きるんだ……?


 翌日、俺はその予感が最悪の形で的中することを知るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ