第10話 聖女の遠征(ピクニック)
「おいおいおい、マジかよ……」
「まさか、俺たちの遠征隊に『氷の聖女』ラステア殿が直接同行してくださるなんて……!」
王都の正門前。
黒妖精の森へと出発する討伐隊の冒険者たちは、一様に緊張でガチガチになっていた。
それもそのはず。隊の中央には、白銀の装飾が施された豪華な馬車と、それを厳重に囲むエルフの精鋭護衛たちが並んでいるからだ。
周囲のA級、B級冒険者たちが「聖女様に無様な姿は見せられん!」と血気盛んに武器の手入れをする中、俺は隊の最後尾でそっとため息をついていた。
(本当に、王宮の会議を力技で押し通して来やがったな、あの聖女め……)
彼女は王宮で「森の穢れを先手を打って浄化する」と大演説をぶち上げ、この公式遠征に合流したのだ。
周囲の人間は「なんと慈悲深く、勇敢な御方だ……!」と涙を流して感動しているようだが、俺だけは知っている。
彼女の真の目的が、俺の護衛ということを。
護衛を沢山付けてF級冒険者を見守るだなんて、なんかわけわからんが、わけわかんないのがラステアだ。気にしたら負け。
出発の直前、馬車の窓を覆う薄いカーテンがほんの一瞬だけ開き、中から翡翠色の瞳が俺を捉えた。
そして、完璧な無表情(氷の聖女モード)のまま、小さく俺に向かって親指を立てた。
(……荷物の中に仕込んだ『特製唐揚げ弁当』、ちゃんと見つけたみたいだな)
まぁ、見守ってくれるってんなら、その分、お礼というか……ラステアに弁当くらいは持たせても良いかなぁと。
朝から鶏肉をニンニクと醤油の特製ダレに漬け込み、サクサクの衣で揚げたジューシー唐揚げ弁当を仕込んでおいた。
もちろん、匂いが漏れないように、魔法の遮断布で厳重に包んで、彼女の馬車に事前にお届け済みだ。魔法の遮断布なんてレアアイテムの使い方がこれで良いのか疑問だが……。
ギルマスの合図とともに、遠征隊がゆっくりと進み出す。
誰もが「世界の危機を救うための聖なる戦い」だと思っているこの遠征は、俺たち二人にとっては、命がけの隠密ピクニックでもあった。
数時間の行軍を経て、遠征隊は目的地である『黒妖精の森』の入り口へと到着した。
不気味な紫色の霧が立ち込め、奥からは魔獣の禍々しい咆哮が微かに聞こえてくる。
「よし、これより先は危険地帯だ! 陣形を維持し、聖女殿の馬車を死守せよ!」
隊長の指示が飛び、冒険者たちが一斉に武器を構える。
すると、馬車の扉が開き、純白の聖衣をまとったラステアがしずしずと姿を現した。
その圧倒的な美しさと神聖なオーラに、周囲の荒くれ者たちがごくりと唾を呑む。
「皆様、どうかご安心を。この地に満ちる不浄な気配、私がここで祈りを捧げ、一時的に霧を晴らしましょう。……ただし、私の祈りは非常に繊細なもの。集中するため、結界の周囲からは、皆様一歩お下がりください」
ラステアの凛とした声に、護衛のエルフたちも「ハッ! 聖女殿の瞑想を邪魔するな!」と、周囲の冒険者たちを数歩後ろへと下がらせる。
ラステアは森に向かって歩き、大樹の陰に入って群衆の死角を作った。
もちろん、その大樹のすぐ後ろの茂みには、気配を消した俺が先回りしている。
「……ラステア、ここならギリギリ誰も見ていません。お弁当、食べましたか?」
俺が小声で声をかけると、大樹の陰に隠れた聖女様は、フリルのついた聖衣の袖から、空っぽになったお弁当の包みを持って、感動に打ち震えた顔を覗かせた。
「クロス……! あの『からあげ』って食べ物、信じられないくらい美味しい……! 噛んだ瞬間に、ニンニクの香りと肉汁が口の中で爆発したよ! 王宮の生ぬるいスープなんて足元にも及ばない!」
「声が大きいですよ、ラステア」
「むぐ……。でも、本当に元気が出ちゃった。よし、約束通り、私の特大バフをあげるね!」
ラステアは、油のついた指をハンカチでパパッと拭くと、俺の胸にそっと手を当てた。
(待て、今でも十分バケモノ染みた身体になってるのに、これ以上唐揚げパワーが乗ったらどうなるんだ――)
俺の懸念を置き去りにして、彼女の身体から、昨日までの比ではない「黄金色の神聖魔力」が爆発的に噴き出した。
ゴオォォォォォン!!!
「な、なんだこの光はっ!?」
「聖女様の、聖なる御力が、かつてないほどに高まっているぞぉぉ!」
後ろに控えていた冒険者や護衛たちが、光の眩しさに目を細めながら歓喜の声を上げる。唐揚げのニンニク醤油パワーによって、ラステアの魔力は完全に限界を突破していた。
そして、その莫大な光のエネルギーが、彼女の手を通じて俺の身体へと一気に流れ込んでくる。
(うおっ……温かい。それに身体が、軽すぎる……!)
俺の錆びかけた鉄剣が、聖女の規格外の魔力を吸って、眩い黄金色の光を放ち始めた。
さらに、その光の余波だけで、森を覆っていた不気味な紫色の霧が一瞬で消し飛び、はるか奥に潜んでいた魔獣たちが、光のプレッシャーに恐怖して一斉に逃げ出し始めるのが分かった。
「クロス、行ってらっしゃい。私の美味しいご飯のために、森の悪い子たちを、やっつけちゃって?」
ラステアは、聖衣のフードの奥で、悪戯っぽく、しかし絶対の信頼を込めてニィと微笑んだ。
「……はぁ。了解です。お安い御用だ」
限界突破した身体能力と、黄金に輝く鉄剣。
俺は一歩を踏み出し、唖然とする遠征隊の前に躍り出た。無自覚に世界を激変させる聖女の胃袋を守るため、F級冒険者の圧倒的な無双劇が始まろうとしていた。




