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第1話 外では氷の聖女、隣ではジャージのエルフ

「おい、見たかよ。さっきギルドの前に停まった馬車」


「ああ……エルフの国からの留学生、ラステア聖女殿だろ? 街中の冒険者が総立ちだったぞ」


 王都の片隅にある冒険者ギルドは、昼間から異様な熱気に包まれていた。


「エルフ、ねぇ……」


 どこにでもいるF級冒険者の俺は、安酒のグラスを傾けながら、同僚たちの興奮した声を聞き流していた。


 エルフの聖女、ラステア。


 その名は、この最果ての人間界にまで轟いている。


 世界樹の加護を一身に受け、絶大な神聖魔力を操る奇跡の乙女。透き通るような銀髪に、翡翠の瞳。何より、人間を寄せ付けない気高き美貌から、巷では『氷の聖女』なんて呼ばれている。


「ま、俺たちみたいな泥臭い冒険者には一生縁のない雲の上の存在だけどな。高値の花ってやつか」


 俺は小さく息を吐き、自分の取り分であるわずかな銅貨をポケットに突っ込んで席を立った。


 今日も魔物退治で身体はバキバキ。早くボロアパートに帰って、美味いもんでも食って寝よう。


 俺が暮らしているのは、王都の最安値エリアにある木造アパート『ひだまり荘』


 格安物件だけあって、壁が薄いのが玉にキズだが、今の俺の立場で贅沢は言えない。文句があるなら出世しろってこったな。


「今日は奮発して買ってきたぞぉ」


 ギルドの帰り、商人から仕入れた異世界の珍味、その名も『ポテトチップス(うすしお味)』


 薄く切った芋を油で揚げただけのシンプルな菓子だが、これが悪魔的に美味い。麦酒のつまみには最高だ。


 袋を開け、パリリといい音を立てて一枚口に運ぶ。


 塩気と油のジャンクな旨味が口いっぱいに広がった。

 異世界の珍味は安くて、うまくて、さいくぉぉぉ‼︎


 歓喜をあげているその時だった。


 ──トントン。


 ベランダの窓ガラスが、遠慮がちに叩かれた。


「ん……? 鳥か?」


 このアパートは2階だ。不審に思いつつカーテンを開けると、そこには夜風に長い銀髪をなびかせた。


「やっほー、クロス。生きてる?」


 よれよれの、クタクタになった緑色のジャージを着た美少女が立っていた。


 前髪は、安物のヒヨコのヘアピンで雑におでこの上へ留められている。


 そして、その長い髪の隙間から覗くのは、紛れもないエルフの尖った耳。


「……ラステア様。なんでベランダから入ってこようとしてるんですか」


「様はやめてって言ったでしょ。あと、窓開けて。風が冷たくて耳が凍っちゃう」


 俺が呆れながら窓の鍵を開けると、世界中から崇められる『氷の聖女』は、実にもっさりと部屋の中に這いずり込んできた。


「ふぃ〜……、やっぱりクロスの部屋は落ち着くね。私の部屋、エルフの監視(SP)がうるさくてさ、息が詰まりそうなの。はい、これお土産の高級魔力ポーション。代わりにそれちょうだい」


 ラステアは、時価金貨3枚は下らない国宝級のポーションを床にゴトッと置くと、俺が持っていたポテトチップスの袋を当然のようにひったくった。


 彼女は床にゴロンと寝転がり、ジャージの裾から白い生脚を大胆に放り出したまま、ポテチを口に放り込む。


「んむ……ふぁー、この『油』と『塩』の暴力……! やっぱり人間界のジャンクフードは最高だね♪」


 異世界の珍味だが……まぁ、わざわざ言い直す必要性も感じない。


「エルフの里の料理なんて、毎日毎日、木の葉と木の実のサラダばっかりなんだよ? 気が狂うわっ。神聖魔力なんて、ポテチの前には無力だよ、無力」


「幸せそうに食うのはいいですけど、ジャージ姿で寝転がって食うの、本当にやめてください。ギルドの奴らが今の姿見たら、ショックで冒険者引退しますよ」


「いいの。外ではちゃんと『聖女(プロ)』やってるもん」


「プロって……」


「あ、コーラある? 冷えてるやつ」


 ラステアは、長い耳を「ぴこぴこ」と嬉しそうに揺らしながら、俺を上目遣いで見上げてくる。


 昼間、馬車の窓から見えた彼女は、まるで触れたら壊れる氷細工のようだった。


 だが、今の彼女は、ただの『隣の部屋のズボラな飯泥棒』である。


「コーラは1本大銅貨3枚ですよ、ラステア様」


「もう、ケチ。……じゃあさ、今度の休み、私がクロスの専属ヒーラーになってあげるから、これで手を打って?」


 ラステアは、いたずらっぽく微笑みながら、ポテチの粉がついた指をペロリと舐めた。


 世界を救うと言われる聖女の加護。


 その独占権が、まさかポテチ一袋とコーラ一本で買えてしまうなんて、ギルドの連中には口が裂けても言えない。


 俺と、隣の部屋の秘密の聖女様との、奇妙なご近所付き合いは、こうして毎夜続いていくのだった。


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