第22話「カメラの向き」
『パパラッチ・パパラッチ』登場人物一覧
■神崎 修司
本作の主人公。
元人気俳優で、七年前のスキャンダルによって芸能界を引退。
現在は実業家として成功し、「パパラッチ・パパラッチ」という会社を立ち上げた。
芸能人を追い回す記者を逆に取材するという前代未聞のビジネスを開始し、
メディア・芸能界・スポンサー・政治の裏側にある「物語を作る構造」に戦いを挑む。
■真壁 葵
パパラッチ・パパラッチの調査責任者。
元新聞記者。
報道の裏側を知る人物で、神崎の最も信頼する右腕。
理性的で冷静だが、神崎の手法の危うさを常に理解しており、物語の中で「倫理の視点」を持つ存在。
神崎の行動に疑問を持ちながらも、彼の覚悟を理解し、共に戦う。
■佐伯 圭一
神崎の元マネージャー。
神崎が新人だった頃から担当していた人物。
しかし七年前、相良宗一から金を受け取り、神崎のスキャンダル情報を週刊誌に流したことが発覚。
神崎の人生を壊すきっかけを作った「裏切り者」。
■黒川 真也
週刊誌記者。
七年前、神崎のスキャンダル記事を書いた人物。
仕事として記事を書いただけだと語る、典型的なゴシップ記者。
神崎にとっては「直接の加害者」ではあるが、同時にメディア構造の中で動く一人の歯車でもある。
■相良 宗一
芸能界の大物プロデューサー。
テレビ・映画・音楽業界に強い影響力を持つ人物。
神崎のスキャンダルの裏側で暗躍していた可能性が高い。
■城戸 正宗
広告業界の伝説的存在。
日本最大の広告代理店の元会長で、現在は政府のメディア戦略顧問。
テレビ・広告・政治を横断する巨大な影響力を持つ。
■有里
神崎の元恋人。
七年前のスキャンダル当時、神崎の最も近くにいた人物。
現在、週刊誌で「元恋人の独占告白」として登場し、
神崎にとって最も痛い形の攻撃材料として利用される。
彼女が本当に神崎を裏切ったのか、それとも誰かに利用されているのかは、まだ明確ではない。
日本外国特派員協会の会見は、予定時間を過ぎても終わる気配がなかった。
記者たちは次々に質問を投げる。国内メディア、海外メディア、週刊誌、テレビ局。普段ならそれぞれの思惑で分断されているはずの記者たちが、この場では奇妙な一体感を持っていた。
理由は単純だった。
目の前で、二つの物語がぶつかっているからだ。
一つは城戸正宗の物語。世論を読み、観客が求める物語を作り、社会を安定させるという思想。
もう一つは神崎修司の物語。物語を作る側を暴き、観客自身に選ばせるという思想。
記者たちは、その衝突を見ている。
いや、正確には――撮っている。
フラッシュが何度も光る。
カメラのレンズが、城戸と神崎の間を何度も行き来する。
その様子を見ながら、神崎はふと考えていた。
七年前、自分はこの光の中で崩れ落ちた。
そして今、同じ光の中に立っている。
違うのは、カメラの向きだけだった。
「神崎さん」
記者席の前方から声が上がった。
海外メディアの女性記者だった。
「あなたはメディアを監視すると言いました。具体的には何をしているのですか?」
会場が少し静まる。
その質問は、多くの記者が知りたがっていることだった。
神崎はマイクを少し引き寄せた。
「パパラッチ・パパラッチは、取材を取材する会社です」
記者たちがメモを取る。
神崎は続けた。
「例えば、ある芸能人の家に記者が張り込んでいたとします」
何人かの週刊誌記者の顔が少しだけ強張る。
「そのとき、誰が張り込んでいるのか。どこの媒体なのか。スポンサーはどこなのか。番組の制作会社はどこなのか」
神崎は静かに言った。
「それを全部、記録する」
会場の空気が少し重くなる。
「つまり、記者の行動を監視しているということですか?」
別の記者が聞いた。
神崎は首を振った。
「監視じゃない」
そして言った。
「取材です」
会場のあちこちで、低いざわめきが起きる。
神崎は続けた。
「これまで芸能人は取材される側だった。でも、取材する側はほとんど取材されない」
城戸は黙って聞いている。
神崎は言った。
「だからカメラを向ける」
そして、ゆっくりと会場を見渡した。
「同じように」
その視線は、記者席全体に向けられていた。
「あなたたちにも」
数人の記者が、居心地の悪そうな顔をする。
城戸はその様子を見て、少しだけ笑った。
「なるほど」
神崎が見る。
城戸は言った。
「カメラの向きを変えたわけですね」
神崎は頷いた。
「そういうこと」
城戸は少し身体を前に乗り出した。
「しかし神崎さん」
その声は穏やかだった。
「カメラの向きが変わっても、観客が変わるとは限りません」
神崎は黙って聞いている。
城戸は言った。
「観客は忙しい。毎日ニュースを全部検証する時間なんてない」
数人の記者が苦笑する。
城戸は続けた。
「だから観客は、信じたい物語を選ぶ」
そして静かに言った。
「あなたの物語が選ばれるとは限らない」
神崎はその言葉を聞いて、少しだけ考えた。
そして答えた。
「別にいい」
城戸の眉がわずかに動く。
神崎は言った。
「俺は観客をコントロールしたいわけじゃない」
会場が静まる。
神崎は続けた。
「ただ、選択肢を増やしたいだけだ」
その言葉は、会見室の空気を少し変えた。
今までの議論とは違う響きがあった。
城戸はその言葉を聞きながら、ゆっくりと頷いた。
「なるほど」
少しだけ笑う。
「それは確かに、面白い思想です」
そして続けた。
「ですが神崎さん」
その目が、ほんの少し鋭くなる。
「あなたは一つ、重大なことを忘れている」
神崎が見る。
城戸は言った。
「カメラは、必ず撮る側も撮られる」
会場の空気が一瞬止まる。
城戸はゆっくりと言葉を続けた。
「あなたがメディアを撮るなら、当然、あなたも撮られる」
神崎は黙っていた。
城戸は言った。
「そしてそのとき」
少し間を置く。
「観客がどちらを信じるか」
その視線は、まっすぐ神崎を捉えていた。
「それはあなたには決められない」
会見室が静まり返る。
神崎はその視線を受け止めながら、ゆっくり息を吐いた。
城戸の言っていることは正しい。
この戦いは、ただの暴露合戦ではない。
これは――
観客の信頼を巡る戦いだ。
そしてその瞬間、神崎のスマートフォンが震えた。
ポケットの中で、短く通知音が鳴る。
神崎は画面を見た。
真壁からだった。
メッセージは短い。
「社長」
「例のデータ、全部揃いました」
神崎の目が、ほんの少しだけ細くなる。
そのデータが何を意味するのか。
この部屋で知っているのは、まだ神崎だけだった。
そして神崎は静かに思った。
第二幕は、まだ序章にすぎない。
本当の戦いは――
ここから始まる。




