表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
14/81

其ノ壱 ── 陰陽ノ神使ハ影ニテ動ク (1/11)


 (ソノ) ムカシ女一人(オンナ ヒトリ) (アリ)(ソノ) (オンナ) 人間(ニンゲン) (ナリ)

 然而(シカレドモ)或時(アルトキ) (オンナ) (ナニカノ) 憑依(ヒョウイスル) 所 何(トコロト ナリ)

 姿(スガタ) 一変(イッペンス)(ヒタイニ) 有 角(ツノアリテ)(ソノ) 髪目(ハツモク)( ノ )(イロ) (アオシ)

 (サラニ) (ヒョウジュツヲ) 氷術(アツカフ)

 (ソノ) (ノチ)(オンナ) 身籠(ミゴモリテ)産 一子(イッシ ウム)


 (イツハリ) () 物語(モノガタリノ) (ハジマリハ)(コノ) 此 出来事(デキゴトニ アリ)


【その昔、とある一人の女性が居た。

 彼女は人間だったが、ある時〝何か〟に憑依され、姿が一変する。

 額には角が生え、髪や目の色は蒼く、

 更には氷を操る、不思議な術を扱うようになった。

 その後、彼女は身籠り、一人の子を産んだ。


 この出来事が、〝偽り〟の始まりとなったのだ。】



───────────────



「〈六華將(ろっかしょう)〉の目的はなんだ?」


 桜が舞えば、季節も(めぐ)る。

 深緑だった葉は今や色を変えてしまい、はらりはらりと落葉する様は、白秋(あき)の訪れを物語っている。

 金烏(たいよう)の陽射しも柔らかく、穏やかな時間が流れている、魏国(ぎのくに)の都・洛陽(らくよう)

 その軍議室では、穏やかさなど微塵もない、重々しい空気が漂っていた。


「……もう一度言う。

 〈六華將〉の六人のうち一人は(しょく)に居る。そして二人はこの国だ。恐らくもう一人は()にいるだろう。それはいい。

 だが、先程伝えた奇譚(きたん)。あれを踏まえれば、今この時点で、〈六華將〉は既に全員が揃っていると考えられる」


 静かに、而してどこか鋭さが混じった声音で、仲達(ちゅうたつ)はゆっくりと言葉を紡いでいく。

 広げられた地図と、それを照らすように灯されている蝋燭(ろうそく)

 それらが置かれた長机を囲むようにして、子元(しげん)や彼の弟の子上(しじょう)、そして神流(かんな)など、それ以外にも複数の人物がいる中で、仲達の瞳は〈六華將〉を率いる立場にあると言われている、桜の鬼・薙瑠(ちる)を捉えて離さない。


「蜀と呉には、現時点で確認されている以外の〈六華將〉が存在する可能性は低いと聞いた。

 そうなると、残る選択肢は此処(ここ)──魏国(ぎのくに)だ。

 つまり、残る二人はこの国に潜んでいるんじゃないのか? 桜薙瑠」


 仲達の真っ直ぐな視線を受けながら、薙瑠は静かに彼の話を聞いていた。

 しかし、その質問に答えたのは、彼女ではなく。

 部屋の片隅で壁に寄りかかりながら腕を組んでいる神流だった。


「……相変わらず鋭いわね」


 その表情に笑顔はなく、真剣な瞳で仲達を見据えている。


「確かにこの国にいるわ、その残る二人はね」

「ならば、姿を隠してまでこの国にいる理由はなんだ?」

「この国を支えるため。

 本当にそれだけよ。

 姿を現さないのは、その方が〈六華將(私たち)〉にとって都合がいいから」


 はっきりと言う神流を、仲達はその真意を見定めるかのように、鋭く煌々とした視線で射ていた。

 しかし、神流の瞳もそれに負けるとも劣らず、仲達の姿を捉えており。

 交錯する両者の双眸は、静かな閃光を散らしているようで、辺りに緊張の糸が張り詰める。

 誰一人口を開けない緊迫した室内で、机上の炎だけが揺らめいている中。



「迷惑は、かけません」



 凛とした声で、そんな言葉が紡がれた。

 声の主は、言うまでもなく。


「絶対に、国に迷惑はかけません。

 もしもあなたが、〈六華將〉を邪魔だと、信用できないと思った暁には。

 容赦なく刃を向けてくださって構いません。

 全ての判断はあなたにお任せします、仲達様」


 薙瑠ははっきりと、彼の目を見て言い切った。

 その真っ直ぐな瞳を、仲達はただ静かに、鋭い視線で見つめている。

 神流と薙瑠は、姿を表さない〈六華將〉の二人については言及したものの、〈六華將〉の目的については明らかにはしていない。

 だからこそ、そんな仲達の様子に、その場にいる誰もが、更に追求するのだろうと、身構えていたものの。

 意外にも仲達は、何も言うことなく目を伏せて、小さくため息をついた。

 そして、静かに。


「……そうか」


 ただ一言、そう紡いだのだった。

 追求をしない彼の態度に、その場にいた一同は、僅かに驚きの表情を浮かべた。

 らしくない、そう感じたのだろう。

 しかし、彼のその対応をきっかけに、今までの重く、緊張感のあった空気は嘘のように消え去り。

 一転して落ち着いた空気へと変化した。


 そんな中、薙瑠の視線は仲達の後ろ、誰もいないはずのその場所に注がれていた。

 それを不審に思った仲達が眉根を寄せるも、すぐにその意味を理解したようで。


「──(からす)


 低い声でその名を呼んだとき。

 仲達の座る椅子の背後で、突如小さな疾風が巻き起こる。

 それが消えたかと思えば、そこには一人の人物が立っていた。


「流石仲達、察しがいいな」


 腰のあたりまで真っ直ぐと伸びている、漆黒の髪。

 前髪に、左に流れるような特徴的な癖毛があり、その下から覗くのは、蝋燭の炎を映し、爛々と輝く赤い瞳。

 その身長は、薙瑠よりも少し背が高いくらいという、男性にしては小柄であるものの、装いも真っ黒で、どこか仲達と似た雰囲気を持つせいか、小柄な身長には似合わない気迫がある。

 そんな彼は、長い髪を揺らしながら机の方へと歩み寄り、椅子に座る仲達の横に並ぶと、にやり、と口角を上げた。

 そんな彼の様子を見て、神流が小さく、呆れたようにため息をつく。


(からす)、あんたいつからそこに居たのよ」

「始めからだ。仲達がお前たちをここに招集したのは、俺の伝えたことがきっかけになってるからな。

 ま、薙瑠だけは俺が居ることに気づいてたみたいだが」


 笑って喋る鴉に対し、仲達、神流、薙瑠を除く全員が鴉という人物をまじまじと見つめていた。

 というのも、鴉はめったに人前に姿を現さないからだ。

 子元に関しては暴走した時に相対していた訳だが、その間の記憶は彼には無いため、初対面と言っても過言ではない。


「何を伝えたのよ?」

「『〈六華將〉については手を出すな、彼らの事情を最優先しろ』っていう言伝(ことづて)だ」

「へぇ……興味深い言伝ね。

 でもだからなのね、薙瑠ちゃんの言葉を追求しなかったのは」


 鴉の言葉を聞いて、神流がどこか納得したような顔で仲達を見れば、彼は嫌そうに眉根を寄せて舌打ちする。


「うるせぇ。余計なことを言うな」

「でもあんたがそこまで忠実に言われた通りにするなんて、余程信頼してる相手か、或いは逆らえない相手なのか、どっちかしかないわよね?」

「……」


 一転して黙り込む仲達に、神流は僅かに訝しげな顔をしながらも、言葉を続けていく。


「もっと気になるのは、その言伝の内容よ。

 正直……私には、そんなことを言う人の心当たりが全く無いわ」

「だろうな……その言伝を頼まれた俺自身も驚いたことだからな」


 神流の鋭い言葉に、鴉は先ほどまでの笑みを浮かべていた様子とは打って変わり、どこか神妙な面持ちをしている。


「……誰なの? その言伝をあなたに預けたのは」


 彼はそんな神流の問いかけに、一転して真剣な表情を浮かべた。

 そして彼女を静かに見つめながら、ゆっくりと。



「あの人に会ったんだよ。

 この世で……〝最初(はじまり)の鬼〟と言われている人だ」



 神流の瞳が、驚いたように丸くなる。


「……驚いた、まさかここでその名が出てくるなんて」

「そのことでお前と薙瑠に話がある。

 だからここに来たんだ。

 そして仲達、お前はあの人のことを説明するために、子元たちを招集したんだよな?」


 鴉の言う事は図星だったらしい。

 自分の考えを見透かしているかのような言葉に嫌気が差したのか、仲達は横目で睨むように鴉を見たあと、目を伏せながら小さく舌打ちをする。

 神流も鴉の言葉を聞いて、あることに気付いたようで、小さく「あっ」と声を漏らした。


「そっか、子元たちは知らないのよね、あの人のこと」

「ああ。薙瑠は知ってるよな?」

「はい、少し話を聞いた程度ですが……」

「なら大丈夫だ」


 鴉は薙瑠を見て優しく笑う。


「じゃあ神流、薙瑠、ここは仲達に任せて俺たちは場所を移動しよう。お前たちには他にも伝えたいことがあるからな」

「分かったわ」

「承知しました」


 素直に頷いた二人を見て、よし、と呟いた後、鴉は机を囲む数人の後ろを通り、仲達が居る位置から向かいにある扉へと向かう。

 扉の前に着くなり、開けようと取っ手に手をかけたが。

 その前に、鴉は肩越しに仲達を振り返った。

 彼の赤き瞳は、長く伸びる机の向こう側に座る仲達の姿を映し出す。


「……仲達、念の為に伝えておく。

 これはあくまであの人の命令だ、俺の意思じゃない」


 鴉が静かに言葉を投げかければ、仲達はちらりと目線を上げた。

 すぐに目を伏せたものの。


「……分かっている」


 小さな声で、頷いた。

 その声を聞き届けた後、鴉は神流と薙瑠の二人と共に、軍議室を後にする。

 三人の足音は、徐々に遠ざかってゆき。

 室内は再び、静寂に包まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ