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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
― 第壱章 ―
12/81

其ノ拾壱 ── 狂イシ華ガ導クハ (11/11)


 金烏(たいよう)が沈み、夜の闇に包まれた洛陽(らくよう)の庭。

 いくつかある木の中の一つに、二羽のカラスが佇んでいた。

 ──いや、カラスと言うよりは、カラスの羽根を持つ人間、だろうか。

 (あやかし)とも言えるその姿は、人間(ヒト)でも鬼でもない全く別の種族だ。


 太い木の幹を挟むようにして、左右の枝にそれぞれ一羽──一人ずつ。

 一人は幹に片手をつきながら枝の上に立っていて。

 もう一人は幹に背を預けるようにして腕を組み、枝の上に伸ばしている足も組んで座っている。

 座っているというよりは、居眠りをするように佇んでいる、と言ったほうがいいだろう。

 その二人は、昼間からの一連の出来事を窓の外から見ていたらしく、立っている方の人物が先に口を開いた。


「取り敢えず一件落着、だな」

「……ああ」

「なんだ、意外と冷静なんだな兄貴」


 低めではあるが、どこか女性独特の雰囲気を持つ声と、男らしい低音の声。

 どうやら二人は兄妹らしい。

 と言っても喋り方が男らしいためか、彼女が男だと宣言してしまえば女性だとは思われないだろう。

 そのことが、二人にとってはとても好都合(丶丶丶)だった。


 兄貴と呼ばれた居眠り態勢の彼は、妹の方を振り向く事もせず、気だるそうに対応する。


「冷静も何も……騒ぐ事なんてなんもねぇだろうが……」

「へー……? 薙瑠(ちる)を見つけて以来、ずっとあいつのことを気にかけてたくせに」

「あいつならやれると確信してた。……それだけだ」

「……そうかよ」


 夜の庭に静寂が訪れる。

 さわさわと風に揺れる木々の音に混じり、二人の羽根もふわふわと揺れ、その空間には不気味さが漂っている。

 その静寂の中、妹の(からす)は力の暴走が起きた日のことを思い出していた。


 *

 *

 *


 いつも通りの静かな夜、突如城壁が破壊される音が聞こえた。

 その直後、複数の悲鳴が響く。


 (なんだ……っ!?)


 何が起こったのかを把握するため、現場に駆けつけると、まず目に入ったのは、(うごめ)く黒い化け物。

 大きさは人並だが、全身は黒い闇のようなものに覆われており、額から突き出ている黒い角、さらには闇の中から覗く赤い瞳。

 見た目は完全に化け物だが。


 ──それが子元(しげん)だった。


 彼はその場に居合わせた人や鬼を次々と攻撃し、その様子を見てすぐに〈狂華(きょうか)〉に陥っているのだと分かったが、あまりの酷さに呆然とする。


 鬼の力の暴走──即ち〈(くる)()き〉。

 正式には〈狂華〉と言われる。

 子元は仲達(ちゅうたつ)の闇の力を受け継いで生まれた。

 その分、周りからの期待が大きかったのだが──その力はなかなか〈開華(かいか)〉しなかった。

 鬼の力が〈開華〉する時期は人によって様々で、早くのうちに〈開華〉する者も居れば、当然逆も居る。

 子元はまさに後者だったのだ。

 それが、彼にとっては精神的にかなりの負荷になっていたのだろう。

 期待されているのにも関わらず、自身の力が〈開華〉しない事に焦りを覚え──そして〈狂華〉に陥った。


 呆然としながらも〈狂華〉に陥ってしまった原因を考えていると、子元──いや、化け物と目が合った。

 その瞬間、間合いを詰められ、気付いた時には後方に突き飛ばされていた。


「ぐっ……!」


 なんとか体勢を立て直す。

 咄嗟に武器で攻撃を防いでなければ危なかったかもしれない。

 間髪を開けずに攻撃してくる化け物に防戦を強いられたが、このまま自分が引きつけていれば、これ以上被害を出さずに済む──咄嗟にそんな事を考え、全力で化け物を引きつけた。


 その途中、仲達の姿が目に入る。

 彼は何をするでも無く、ただ呆然としながら様子を見ていた。

 ──息子の現状を受け入れられなかったのだろう。


「鴉! 手伝うわ!」

「っああ! 頼む!」


 突如聞こえた声の主は、そちらに視線を向けずとも神流(かんな)だと分かった。

 その後暫く二人で引きつけたが、一向に動こうとしない仲達に、しびれを切らした神流が叫んだ。


「仲達! どうすんのよ!

 指示がなきゃ私たちは何も出来ないの!!

 いい加減なんとか言いなさい!!」



「──()れ」



 そう答えたのは仲達ではなく。

 仲達の背後から現れた別の人物だった。


「殺るしかない。手は抜くな」

「っおい! 待て! 何を勝手に……!」

「お前はいつまでつっ立ったままでいる気なんだ?」

「……あいつは……! 俺の……っ!」

「知ってる。お前の長男の子元だろ。

 だがどうすんだ? ああなった以上、殺す以外に方法はないのはお前も知ってるだろ」

「知ってるからこそ俺は……っ!」

「知ってるならお前が殺れ。あいつも他の鬼に殺されるより、実の父親に殺されて止めてもらった方が……本望なんじゃないか?」


 その言葉に仲達は黙りこんだ。

 彼があそこまで取り乱したのはこの時以外にないだろう。

 そして覚悟を決めたのか、ぐっと拳を握りしめながら、鬼の姿に変化(へんげ)する。


「……っくそ!」


 一言そう叫んだ直後に、彼は鴉と神流の二人を夢中で攻撃している化け物──〈狂華〉に陥っている自分の息子の、背後から間合いを詰め。


「──死ねっ!!」


 そう叫びながら、自身の刀で息子の心臓を貫いた。

 時が止まったかのように、一瞬の沈黙が訪れる。

 心臓を貫かれた化け物は、徐々にその化けの皮が剥がれ、もとの子元の姿に戻っていった。

 完全に姿が戻ると、仲達は未だ息子の心臓を貫いたままの刀を、勢いよく抜いた。

 その勢いで、背中からぐらりと倒れかかってくる子元を、彼はしっかりと受け止めて、その場に静かに寝かせてやる。


 先ほどまで引きつけていた鴉も神流も、その様子を黙ってみていた。

 仲達はその場に立ち上がると同時にヒトの姿に戻ったが、(あか)い血液が滴る刀を握りしめたまま、黙って自分の息子を見下ろしていた。

 子元にはまだ息があるようで、今にも止まりそうな呼吸が小さく繰り返されている。

 しかし、心臓を貫いたのだ。

 彼の胸元に広がる赤黒いものは地をも染めており、もう助からないだろうと、誰もがそう思っていたが。


「……神流、こいつの手当をしろ」

「…………え?」


 ただ一人、仲達だけは違ったようだった。

 それまで黙り込んでいた彼の思いもよらない言葉に、神流は思わず怯む。


「早くしろ!!」

「わ、分かったわ!」


 そう言って神流は、医療道具を探しに駆け足でその場を去っていく。


「……無駄だろ」


 そう言いながら仲達の背後から近寄ってきたのは、殺れと(めい)(くだ)した人物。

 彼は仲達の隣に並ぶと、軽蔑するような視線で、その場に横たわる子元を見下ろした。


「こいつは助からない」

「うるさい。まだ息があるだろうが」


 仲達は彼の方を見向きもせず、鋭い口調で答える。

 隣にいる人物の対応が気に入らないからなのか、こんなことになった息子に怒っているからなのか──いや、恐らく息子を刺した自分を嫌悪しているからだろう。

 横たわる子元を見下ろす仲達の表情は、睨んではいるもののどこか苦しげな表情だった。

 そんな時に、子元の瞼が僅かに見開かれた。

 ごく一瞬の事だった。


 ──その一瞬の間に見た、父親が自分を殺そうとしたという事実が、子元を絶望に突き落としたに違いない。


 その後、神流の手当を受けて自室に寝かされた子元は、驚異的な回復力をみせた。

 鬼は人間に比べ、傷の治りが圧倒的に早い。

 しかし、いくら早いとはいえ、心臓を貫かれていれば普通は死んでもおかしくない。

 そんな状態だったのにも関わらず、死の淵を彷徨っていたであろう子元は、無事に生還したのである。

 ──その原因は恐らく、父親が刺したから。

 子元の受け継いだ力は、もともと仲達の力。

 同じ力を持つ者が刺したことで暴走が抑えられるのと同時に、回復出来るだけの力が父親から子供に渡ったのだ。


 ──だとすると、あの時仲達に「お前が殺せ」と言った人物は、そのことを知っていたのか。


 なんであれ、彼に対する謎は未だ分からない事ばかりである。


 *

 *

 *


 これが〈狂い咲き〉の事件の全貌だ。

 結果的に子元は生きていたわけだが。


「まあ……どっちも辛かったことに変わりはねーだろうな……」


 妹の鴉はぽつりと呟いた。

 五年ほど前の出来事だった事もあり、まだ記憶に新しい。

 加勢はしなかったものの、兄の鴉も暴走した当時の様子を離れたところから見ていたため、事の顛末(てんまつ)は把握している。


「ところで兄貴、これからどうするんだ?」

「……何がだ」

「薙瑠だよ。あいつ、子元の側近に配属されたじゃねーか」

「……別にやる事は変わらねぇ」

「あたしは別に構わないけど、てめーはくれぐれもバレないようにしろよ……兄貴」


 真剣な表情で言う妹に対し、分かっている、と一言。


 再び静寂が訪れる。

 今まで雲に隠れていた玉兎(つき)が顔を出し、木の上で佇む二人を照らしだす。

 月明かりに照らされた時には既に、二人は人間(ヒト)ではなく、二羽のカラスの姿になっていた。



───────────────



 (オニニ) (ツバサハ) (ナク)(マタ) 無 変化(ケモノニ ヘンゲスル)(コト ナシ)

 然而(シカレドモ)持 翼(ツバサヲ モツ) (モノ) (ヨウジュツヲ) 妖術(アツカフ)

 (ソレ) (スナハチ) 猶 鬼(ナホ オニノ ゴトシ) (ナレド) 非 鬼(オニニ アラザル) (モノ) (ナリ)

 (ソレ) 不 忍(インエイニ) 陰影(シノバザレバ)(サクラハ) 不 咲(サカズ)

 (モシ) 不 其者 在(ソノモノ アラズンバ)物語(モノガタリハ) 無 終(トコシヘニ ) 永久(オハルコト ナシ)


【鬼に翼はない。

 動物に変化することもない。

 しかし、彼ら二人は鬼と同じ妖術を扱う。


 鬼ではない〝何か〟。


 桜の花が咲いたのは、陰影(かげ)に忍ぶその存在あってこそ。

 もしも彼らが居いなければ、桜の花は咲かず、この物語は永遠に終わらなかったかもしれない──】


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