09 闇に紛れて
英国では、シアーズ伯爵とローランド伯爵の二人が、東の大海賊、ウェン・ツェンを捕えたという噂で持ちきりだった。
裁判の時ですら、結果は分かり切っているのに、人々はこぞって集まった。裁判では、ウェン・ツェンに死刑が言い渡された。群衆は狂気にかられたように喜んだ。判決に異議など無いが、ウェンは『まともな』一般市民に対して嫌悪を覚えた。
その日、ウェンは夜中にローランド卿に呼び出された。今日は満月。月明かりが胸を打つ。本当なら、妻と子と部下を前に、酒を酌み交わし、詩を唄い、月を愛でていたことだろう。よく残虐、冷酷無慈悲と言われたが、身内には情が厚かった。その分、部下にも慕われた。今や、一帝国を築けるほどであったのに。
「何だ、エドモンド。」
ローランド卿の隣に、シアーズ伯爵もいた。
「あの船に・・・干戈号にいた赤ん坊は、君の子か?ウェン。」
ウェンは顔をしかめた。そういえば、自分と部下は死刑確定だが、息子については何も言われていない。いやむしろ、世間に公表すらしていないようだ。無事なんだろうか。
「だったら、何か?」
どうせ生き延びてもあの子の運命は奴隷として、海賊の子としてろくなものじゃない。ならば、いっそ、この世の楽しみなど、光など知らぬうちに殺してやってほしい。
「あの子を・・・うちの養子にしようかと考えているんだが。」
ローランド卿が口を開いた。
「は?」
ウェンは呆気にとられた。何を言ってるんだ、こいつは。
「私は反対しているんだがね・・・。だいたい、海賊の血が入っている。成長して、自分が何者か知る方が可哀そうだとは思わないか。それに、何かあってからでは遅いんだぞ。君だって気持ちの良いものではないだろう、ウェン?」
シアーズ伯爵が不機嫌そうに言った。ローランド卿はそれを無視して喋り続けた。
「私は以前、お前に妻を殺された。お前が海の魔物と組んでいた時だ。あの魔物はどうした?割と美しい女だったが。覚えているか、ウェン?」
「いや・・・思い当ることが多すぎてね。」
ウェンはとぼけた。忘れるわけがない。ついこの前まで、あれの手を握っていたのだ。二人で笑っていたのだ。
ローランド卿は溜め息をついた。