25 懸け橋
「セルヴァンテスを、助けてあげて・・・。」
ウィリアムが涙と血でぐちゃぐちゃになった顔を向けた。左目の鱗は、もうほとんど見えない。左目は、右目と同じ色になった。そして、もう竜の息もほとんどない。ローランド卿は、それをウィリアムに教えてやろうかと思った。お前の命と引き換えに、そのセルヴァンテスとやらは死ぬのだと言えば、この少年はどんな顔をするだろう。自分はこの少年を復讐のためだけに引き取った。あの、憎らしいウェン・ツェンから。この少年を、この世の地獄に突き落とすことこそ、私の最も欲していたことではなかったのか。
ローランド卿はウィリアムの目の前にしゃがんだ。そして、少年の左頬に手をやった。
「もう手遅れだ。諦めなさい。」
今や、ウィリアムの顔から鱗の面影は見られなかった。竜は死んでしまった。ウィリアムにもそれは分かったのか、竜から手を離した。泣くのも止めた。そして、力強い目で竜を見つめた。ローランド卿ははっとした。あの時の―ウェンが処刑された時の目と同じ目だ。真実を貫くような目。
ウィリアムがその眼をローランド卿に向けた時、雷に打たれたぐらいの衝撃が走った。この子は、私の子ではない。―いや、私が、この子の親になれなかったのだ。
「この世に形あるものはいずれ死ぬ。永遠などはあり得ない。ウィリアム、見ろ。あの岩だって、いつかは割れて崩れるんだ。砂になる。永遠など、まやかしだ。」
ローランド卿の言葉を聞きながら、ウィリアムは左目に手をやった。熱はもうない。そして、哀しそうな目をした。この子は気付いたのだろうか。ウィリアムはローランド卿を見つめた。
「はい・・・義父上。」
ウィリアムは言ってしまってから、しまったというような顔をした。だが、ローランド卿はすっと立ち上がった。
「あの、ローランド卿。」
背中から、焦った声が聞こえた。
「何をしている、置いて行くぞ、ウィル。」
ウィリアムはぱっと顔を上げた。
「はい、義父上!」
洞窟の出口に向かって歩き出した。ローランド卿は、後ろを振り返った。竜の体が、乾いた土人形のようにぼろぼろと崩れていく。骨すら残らない、か。ウィリアムの真後ろに立ち、振り返れないようにした。あの子は知らなくて良い。そう思い、軍帽に手をあてると、また前を向いて歩き出した。
外は日が昇り始めている。洞窟の出口が、闇の破れ目のようだ。白い光に導かれるように、外の世界へ進んで行った。
ここまで読んで下さってありがとうございます。シリーズ外伝完結です!よろしければ、あとがきの方もご覧下さい。




