養子
遠くで大地が割れたような、重く激しい音がした。そんな気がして、イペクは慌てて飛び起きた。
イペクが意識を取り戻したとき、アスルは既に戦闘を終え、戻ってきていた。
「目が覚めたか」
気持ちを自ら無理やり落ち着けているような、怒気のこもった声。
イペクは、身体から痛みが消えているのを感じた。だが、確かに目を開けている感覚はあるのに、何も見えない。焼け焦げた木の匂いと、そこに誰かがいる気配は感じ取れた。
だが、周囲はあまりにも静かだった。泣き声も、助けを求める声もない。
「まだ傷跡が残ってるな。すまんな、治し方が雑だったみたいだ。残りを治してやる」
アスルがイペクに手をかざすと、イペクの身体がオレンジ色の炎に包まれる。イペクは焼けるような熱さがありながら、それが心地良いと感じる奇妙な心地に困惑しながら、身体に残った痛みが消えていくのを感じた。
「どうだ?まだ痛むか?」
ネヒルが、処置していたイペクの包帯を外し、確認する。目に走る傷も、既に古傷のように治癒している。
「細かな切り傷も問題なさそうですね」
「あの」
「どうした?」
「あの、助けていただいて、本当にありがとうございました。えっと、申し訳ないのですが、目が見えなくて、今はどんな状態なのでしょうか?」
「見えないのか?傷はもう治っているはずだが」
「確かに傷は治っていますが……もしかしたら、精神的なものかもしれませんね」
「……そうか」
「どなたか存じ上げませんが、助かりました。それで、他のみんなは?」
ネヒルが言葉を詰まらせる。
「皆死んだ」
「アスル様」
「隠しても仕方がない。お前以外は誰も生きていない。すまない、もっと早く着いていれば、死んでさえいなければ、私が救ってやれたものを……」
「そう、なの、ですね」
アスルは歯を食いしばり、握った拳を小指側から鉄槌のように木へ叩きつけた。村の家々を支えていたその巨大な大樹が一瞬で燃え上がり、灰となった葉が舞い散る。
「アスル様、どうか落ち着いてください」
「落ち着いている!!」
ネヒルはかける言葉を失い、その場で俯いた。
「……いや、すまない。敵は全て消した。殺された皆も浮かばれるだろうよ」
そう口にするアスルの表情には、まだ怒りが滲んでいた。
「こいつ、引き取るわ」
静寂を破り、アスルがそう口にする。その言葉の意味を理解できず、ネヒルは困惑した様子で聞き返す。
「引き取る、とは?目のことも有りますし、医都フローラへ連れて行く必要は確かにありますが」
「いや、うちのアクソイ家に入れる」
「え!?いやいや、何考えているんですか!?外縁の子が貴族の養子になんて、周りが黙ってませんよ!?」
「元々つえー奴が貴族になるんだ、実力で黙らせれば良いだけだろ」
「でも……」
そんな前例のないことを。ネヒルはそう言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「それとも何か?私の決定が気に食わないってのか?」
「いえ、滅相もないです!」
「おい、ガキ!お前の名前は?」
アスルの大きな声に驚いたのか、イペクの肩がびくりと跳ねる。
「……イペク、です」
「じゃあ明日からは『イペク・アクソイ』を名乗れ。お前は今からうちの子だ」
新しい名。それが何を意味するのか、イペクはまだ分からずにいた。
「えっと、はい……」
「しごいてやるから覚悟しろ?ほら、返事!」
震えた喉を張り上げ声を上げる。
「は、はい!」
全てを失い沈んだ心に、その命令が沁みるように響く。不思議と足に力が入った。
誰かが私を呼ぶ声がする。
「……ク、イペク?どこだー?」
「……はッ!?」
少し休憩するつもりが、つい寝てしまっていたらしい。
「すみませんっ、直ぐに行きます!」
アスル様の声が聞こえる方へ駆けてゆく。今はもう恐怖はないか、と言われれば、そんなことはない。戦いは恐ろしいし、誰かを失うことも怖い。
それでも私はアスル様の側仕えだ。あの方が言うのなら、私は何でもして見せよう。弱虫な私を、アスル様は強くしてくれる。
傲慢にも見える振る舞いの中に、誰よりも熱い慈愛の心を持っている。それを感じた瞬間を、思い出させてくれた夢に感謝したい。




