8.
「今日は帰り送って行くから、いつもの場所で終わったら待ってて」
「えっ? あ、うん」
えーっと…。
以上が今朝、ラキと会った食堂での会話です。短っ!!
いつもだったら夜当番の人と変わった時にラキが家まで送ってくれる。
今日は通常だから仕事上がりは3時くらいだ。
ラキの後ろ姿を見送った後も、他の人の配膳をしながらアイラは考えた。
不自然。
だって3時過ぎに送るとなると、ラキは仕事中だ。
中抜けしてまで話したい事って何だろう?
故郷で何かあったのか?
また長期の遠征が入ってしまうのか?
ま、まさか!! 彼女が出来たとか言われたらどうしよう!?
それで「もうアイラとは今までみたいに仲良く出来ない」なんて言われたら?
それとも「アイラには言っていなかったけど、俺結婚するんだ」なんて言われたら!?
怖い! いやっ! 無理!! 耐えられない!!
「ねぇ、アイラちゃん…。そんなに盛り付けられても俺食えないよ?」
声を掛けられ思考が霧散する。顔を上げると目の前には困り顔の騎士様。
手元を見ればお皿に山が出来る程のポテトサラダがあった。
「わわっ! ごめんなさい」
笑って許してくれたけど、これではいけない。
反省して今は仕事に集中する事にした。
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どうしても気になるから、アイラを誘ってはみたものの…。
俺は何を聞きたいって言うんだ!?
もし第四か第二に「好きな人が居るから見に行った」とか言われたら?
「おう。そうか」なんて言えるのか?無理だろぉ~。
第二の貴族様だろうと、ギッタンギッタンのメッチョメチョに殺っちゃうよ…。
第四の人間だった日にゃ……。
躊躇わずに滅する。
ボギィッ
手に握っていたペンが力に耐えられず真っ二つに折れた。
「ラキ。 ペン折ってんじゃねぇよ。 後、その黒いオーラ仕舞えって」
ピリピリして怖いわぁ~。と両腕を擦りながら副団長のシリウスさんが執務机の前まで来る。そして目が合うと自身の眉間をトントンと叩いた
「ピリピリしてました? すみません…」
眉間に寄っていたであろう皺を人差し指で擦る。
「ってか、どうした? 昨日はあんなに楽しそうだったのに」
アルバート様との剣稽古の事を指しているのだろう。
確かにその時までは楽しい時間だった。
少し考えてから「…悩み多き年頃です」と答えた。
「何それ? 冗談? ま、悩みなんてもんはいくつになっても多き物だよ! 青年!!」
「何ですか、それ」
ラキはブハッと吹き出し、口元を手で覆う。
「どんな事にしろ、年相応の悩みは尽きないって事さ」
「そうですね。 シリウスさんも31歳相応のお悩みがあるんですか?」
「そうだな。 目下の悩みは隣国、アラドバハル国の事かな」
シリウスから笑顔が消えて険しい表情になる。
「何かありましたか?」
「あぁ。先日、捕まえた盗賊が口を割ったよ。俺達が考えてた以上に深刻な事になりそうだ…」
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3時を過ぎた位だと日もまだ高い。
少し日差しが強いので門を出て正面にある大きな木の影に入ってラキを待つ。
木漏れ日が差し込み地面を照らす。
うん。ここは涼しい。
好きな人を待つ時間はどんな時でも落ち着かない。
アイラは前髪をチョイっと整えてみたり、洋服に皺がないか撫でたりしている。
しかし実際は気も漫ろ、何となくやっているだけで確認したいわけではない。
「アイラ! ごめん。待たせた」
走ってくるラキの額には大粒の汗が光っている。
「俺から言い出したのに、 はぁ、はぁ、 ごめん」
息を切らしながら謝ってくれるが、ラキの事ならどれだけでも待ってられる。
必ず来てくれるとわかっているから。
ラキは約束を違えない。
鞄からハンカチを取り出すとラキの額の汗をぽんぽんと拭きとる。ついでに鼻の頭も。
ラキは汚れるからいいよ。と言うがハンカチを洗いたくないくらいには宝物へとレベルアップしたので問題ありません。
家宝に致します。
「そんなに慌てなくても大丈夫なのに」
腰に両手を当て息を整えているラキの下から覗き込みニコリと微笑む。
ラキは一瞬目を見開いて体を引いた。顔が赤いが大丈夫だろうか?暑いのかな?
ハンカチで扇いでみる。
「思ったより今日は暑いからな。 アイラを待たせて具合悪くなったら大変だろ?」
両手で顔をパタパタ扇いでるラキ。可愛い。
過保護な所もあるが、いつでもアイラを思って行動してくれる。
「さ、行こうか」
差し出された手に右手を重ねる。
子供の頃から二人一緒に歩く時は手を繋いだ。これは今も変わらない。
昔とは違ってラキの手は大きくなり剣だこも出来て硬い。
血管も浮いて男らしい手は自分のそれとはかなり違う。意識しない方が無理だった。
先程までは何の話かと会うのが怖いくらいだったのが嘘のように、今はラキのすべてに目を奪われてしまう。
前髪を掻き揚げる仕草
「あちぃ」と言ってシャツに指を引掛けて空気を送り込む仕草
そしてこちらに向ける優しい瞳…。
視線が重なり慌てて顔を背ける。
わざとらしかった?
見とれていた事を誤魔化すように明るい声で尋ねる。
「まだ仕事中でしょ? こんな明るい時間に送ってくれなくても大丈夫だよ?」
照れ隠しの為に、繋いだ右手を大きく振ってみる。
そしてラキの手の甲も反対の手でぺちんと叩いてみた。
「大丈夫。送ったらすぐ戻るから。 …それに聞きたい事があってね」
繋いだ手に力を込められた。まるで逃がさないと告げられているようだ。
さっきまでの
甘い雰囲気は消え、雲行きが怪しい。
「あのさ、アイラ昨日 訓練場にこっそり来てただろ? 何しに来てたの?」
低い声で尋ねられる。
これは怒ってる時のラキだ。まずい! 昨日こっそり見に行ったのに何故かバレてる。
「え? あ~…」「誤魔化そうとしても駄目だから。俺はアイラを見間違えたりしない」
しらを切ろうとしたのがバレタのだろうか。言葉を重ねて遮られた。
「誰を見に来ていたの?」
行き成り確信を付いた質問!!
「ラキ、貴方を見に行っていたの」
とは言えない。
なんだか恥ずかしくて無理。
告白しようとさえ思っていたのに、いざ気持ちがバレてしまうと思うと隠したくなった。
「ラキには教えたくない。 誰を見てたかなんて、言わないもん」
自分の台詞にはっとする。
必至に誤魔化そうとした結果キツイ言葉が出た。
ちょっと大きい声で…。
今のは拙かった!とラキを見上げると表情が無かった。
「……わかった」
そこからはお互い無言だった。
絶対にラキ怒ってる。
何であんな事、言っちゃったんだろう…
ぎゅっ
握る手に力を入れるがラキからの反応はない。
気まずく感じて
「ラキ、夕飯の買い物をするから、ここで大丈夫」
くいっと手を引っ張る。
これ以上、ラキを怒らせたくなくて逃げる事を選択した。
「……うん」
繋いでた手が離れる。空気を感じて手のひらがスッとする。
寂しい。
後ろを向いて城へと戻ろうとするラキの腕を掴む。
「ラキ!! ごめん」
振り返った表情は眉根を寄せて傷ついているように見えた。
「アイラ。 訓練場は弓も扱うから一般の立ち入りは禁止だ。 もう来るな」
踵を返すとこちらを一瞥もする事なく立ち去ってしまった。あんなに冷たい表情のラキは知らない。