9.
ラキと喧嘩してから会えていない。
喧嘩と言うか一方的にこちらが傷つけた感じだし、悪いのも全面的にこちらだから絶対に早く謝らないといけない。
なのにあれからラキは食堂を利用していないのだ。食事は彼の部下が全て取りに来ていた。
食堂を利用する騎士達もゆっくり食事を楽しむ、というよりもさっと済ませて退席する人が増えてきているので何かあったのかも知れない。
同じ敷地内に居たって、ラキが会いに来てくれないと顔も見れないなんて…。
「はぁ…」
お皿を洗いながら本日何度目かの溜息を吐く。すると後ろの方でざわつく声が聞こえてきた。
「おい! お前、顔が真っ青じゃないか!?」
「…大丈夫だよ…」
「いや、大丈夫じゃないって! ちょっと座れよ」
何やら病人でも出たのだろうか?アイラも慌てて駆け寄る。
「どうしましたか? って顔色真っ青ですよ?」
彼は夜当番の男性だが、一目見て血の気が引いていて顔色が悪かった。
「…ちょっと寒気が…ね」
肩や肘を押さえているので悪寒や関節痛も出て来ているのだろう。高熱が出始める前に帰宅するのが賢明だ。
「風邪ですかね。 シェフに消化に良い物を作って貰って今日はもう帰った方が良さそうですね。 夜当番まで私がやれますから安心してお休みして下さい!」
トンと胸を叩いて仕事を引き受けた。
本来なら夜当番を変わった事をラキに伝えなければいけないのだが、しなかった。
「さすがに夕飯も部下が取りに来てるって事は、避けられてるんじゃなくて本格的に忙しい、よね…?」そんな忙しい時期にラキを煩わせるわけにはいかない。
しかも自分を家に送り届ける為だけに、多忙な第四騎士団団長を呼び出すなんて…。
何様!? 絶対に無理!!
最後の仕上げにテーブルを拭いていると厨房の中から男性が顔を出して
「アイラちゃーん、今日はもう上がって良いよ。有難うね! 助かったよ」と声が掛かった。返事をすると安堵した。さすがに朝からずっとは疲れた。
夜、一人で更衣室に向かうのは怖かった。
いつもはラキが向かえに来てくれて一緒に更衣室まで行った。廊下で待ってて貰っている間に着替えるので一人は始めてだ。
明かりも少なく人気もない。昼間と夜とでは同じ場所でもこんなにも違うのか…と思った。
女性が来る事もないだろうと更衣室には鍵を掛け、急いで着替えを済ませる。
城外に出ると辺りはすでに真っ暗だった。人はまばらで居るのは酒場帰りの人や呼び込みの人が多い。
その雰囲気が怖くなり足早で帰路を急ぐ…が、ふいに後ろから声を掛けられる。
「若い女の子がこんな時間に一人歩きは危ないねぇ。 俺が送ってやるよ?」
振り向くと知らない男がニヤニヤとこちらを見ている。一瞬、自分が言われていると思わなかった。だって知らない人に送ってもらう筋合いがない。
「結構です」
「遠慮すんなよぉ!」
吐き出す息が酒臭い。口調も強くなり相手が酔っていると思うと急に怖くなった。
至近距離に体を詰められると、漸く身の危険を感じて男性の胸を両手で押しのけ、
「本当に、結構です」と強めに断りを入れる。
すると、右の手首をガッっと掴まれた。
「ひっ!」と声が漏れるがぐいっと引き寄せられる。
「わかんねぇ女だなぁ! いいからこっちに来いって言ってんだよ。可愛がってやるよ!」
更に力を込めて路地裏に引きずり込もうとする。アイラは腰を落として踏ん張るが力の差は歴然としていた。
怖い!!
掴まれる手首に力が込められて痛い。
体が恐怖に強張り涙もじわりと浮かんでくる。
駄目だ! 泣くな。
怯えて涙を見せると相手を調子に乗せる。
こんな時、ラキはどうしろって言った?
ラキは教えてくれてた!! 思い出せ!!
_アイラ、痴漢ヤローに手首を掴まれた場合どうすると思う?
手首を握られた場合、相手の親指の方に自分の手首を上に回すんだ。そうすると相手の手が外れる_
そうだ!ラキはこう言ってた。
とっさにアイラは教えて貰った事を実行した。
すると強く握っていたはずの手が簡単に解ける。続けざまにバランスを崩した相手の顔面をパーに開いた手の平でバチンと叩く。
「ぐわぁ」っと言って顔を押さえた相手の下半身がガラ空きだったので、男性の急所を蹴り上げた。
_顔面をパーで叩くのは目と鼻にダメージを与えられるから有効だな。それと目に指が入った場合は両手で押さえたりする。すると下半身が空くから急所を蹴りやすい。ここやられたら当分立ち直れねぇよ_
相手が股間を押さえて呻いて倒れ込んだ所で全力疾走で逃げる。
もっと早く、早くと思うのに足が縺れて前に進まない。
しっかり走れ、逃げろ、逃げろ。
_自宅が側でも家には逃げるな。家が相手にバレるのはまずいからな。 人が居る所に逃げろ_
人が居る所、人、人…
明かりの付いている店を探す。いつ相手が復活して追いかけてくるかわからない。
すると自宅とは方向が違うが、後少し行った所に親睦会で利用した居酒屋があった。
あそこへ…




