15話 お嬢様のわがままと策略
ヴェントくんの啖呵とも呼べる荒ぶりっぷりに、ボクは思わず恐縮してしまう。なぜなら、彼は十代ですらない年齢で最高の剣を打てる天才鍛冶師と豪語したからだ。
ボクの地位が工房の経営者である侯爵の娘だからといって、職人の世界は技術が全て物を言う。つまり彼の年齢が低かろうが、その技術が高いのであれば工房内での立場は強いはず。
となると、何の知識もないボクがヴェント君を無碍にできるはずもない。
「こらぁぁぁあ! ヴェント! きさま!」
といったボクの内心とは無関係に、鍛冶長がヴェント君を怒鳴りつけた。さらに彼の脳天へと雷のような鋭いゲンコツを落とし、激昂を浴びせる。
「お嬢様になんて無礼なことを言ってる! しかも自分が天才鍛冶師だと大ボラ吹きやがって!」
え、ヴェントくん、まさか嘘を?
「てめぇなんざ、火の調整もさせてもらえねぇペーペーの見習い徒弟だろうが! 嘘も大概にしておけい!」
「お、親方ッッ! 俺だって鉄さえ打てる機会をもらえればっ」
「ばっかやろう! おまえにゃ5年はええ! それと下手な言い訳する前に、お嬢様に言う事があるんじゃねえのか!」
ゴチンッとさらなる雷を頭上から落とされたヴェント君は、涙目になりながら俺を睨んだ。
「お、おまえが、お嬢様? ぐぅぅ……」
なんだろう……この気持ち。
幼い子供が悔しさにまみれ、痛みによって苦い表情でこちらを見ているのは心に毒だった。まるでボクがヴェント君をいじめているように錯覚してしまう。
「あ、あの鍛冶長。この少年はまだ子供ですし、私は先程の言を気にしていませんので」
「お、おまえだって子供だろ」
ジト目でボクを見るヴェント君にすかざす鍛冶長の怒号が落ちる。
「ヴェントォォォ!」
雷の三連撃がヴェント君の頭蓋に落とされ、ついにヴェント君は泣きだしてしまった。しかしこの子、涙を流しながらも器用にこちらは睨みつけてくる。
「も、申し訳ありません。ヴェントに代わって、この俺が謝罪いたします」
「あ、いえ。本当に気にしていません。それよりヴェント君は大丈夫でしょうか?」
「こいつは頑丈さだけが取り柄ですから! 鍛冶師よりも兵士の方が向いてますぜ。ったく、ヴェントはこの工房での問題児でして……しかし、こいつの父親が腕のいい鍛冶師でして……」
鍛冶長はヴェント君の父親から『うちのバカ息子も鍛冶に携わらせたい』という頼みを聞いて、この工房の見習い徒弟として使っているらしい。ヴェント君の父親は街でそこそこ有名な鍛冶屋を営んでいるそうだ。ヴェント自身は四男坊であり、兄弟仲がうまくいってないのもあって、兄達に反発して街の鍛冶屋より侯爵お抱えの鍛冶場の方が修行場として優れてると主張し、実家での徒弟見習いを投げ捨ててこちらに来たようだ。
「本当に申し訳ありませんでした……お嬢様にこんな無礼を働くとは……ヴェントは解雇処分にいたします」
こちらは一向に構わない姿勢を崩さないのに、鍛冶長も譲らない。
ヴェント君はヴェント君で鍛冶長の口から『解雇処分』という言葉を聞いて、ゲンコツをくらったときより血の気の失せた顔になっていた。
「いえ、そんなことをしなくても構いませんので」
「いえいえ! これでは他の者に示しがつきません。罰を下さなければ!」
頑として譲らない鍛冶長に俺は困ってしまう。もともとは、急に部外者であるボクがフラッと職人の聖域に足を踏み入れたことが発端なのだ。
ヴェント君の口ぶりは悪かったかもしれないけれど、解雇処分にするには罰が重すぎる。それに彼は幼いながらも鍛冶に対して相当なやる気が窺える。幼い芽を摘むなどできようはずがない。
しかし鍛冶長は一切、譲る気はないようだった。
まるで罰を与えるのが目的であるかのような、頑固な態度に少しだけ違和感を覚える。
うん?
この空気、どことなく会社の会議でそれぞれの部署が既に根回しをして話を合わせ、方針を裏で取り決めている時に似ている?
「……」
よくよく周囲を観察すれば、鍛冶師たちがこの騒ぎをさりげなく盗み見ているのがわかった。彼らの視線には、わずかばかりの怯えと緊張が混じっている。
なぜそんな感情を向けられるのか、一瞬理解に及ばなかったが、すぐに答えに辿り着く。
ボクはチンチクリンな小娘でも、リディロア侯爵の娘である。ボクがこの鍛冶場に足を踏み入れた時点で、鍛冶師たちの緊張は天を突き破らんばかりだっただろう。なにせボクの一言が原因で解雇されることもありえるわけだ。
仕事するにも、絶対的な権力を誇る雇い主の娘がいては気が気でない。
ならばなるべくボクを鍛冶場に遠ざけるための理由を作りたいはず。ましてや、ボクに習慣的に居座られては迷惑極まりないだろう。
そうならないための人身御供、それがヴェント君なのかもしれない。
鍛冶長としては、自分の株が多少なりとも下がろうと職場の安定を優先するだろう。お嬢様に対し無礼を働く徒弟見習いがいた、と示せばボクがこの場にいるのは危険、よい影響を娘に与えない、と父リディロアが判断するかもしれない。
ボクをなるべく追い出したいのは満場一致なご様子だ。
しかし、ボクもミンフィーの病気解決が懸っているので引くことはできない。
「わかりました。では、あなたがたに罰を与えます」
「お、お嬢様? あなた、がたとは?」
お望み通り、罰を与えよう。
しかしそれは、彼らが最も望んでいない展開で。だってそれこそがボクの最も望む状況なのだから。
「ヴェント少年がこのような振舞いを起こす可能性は十分にあると、鍛冶長は察していたはずです。先程、彼がこの工房の問題児であると仰っていましたものね」
動揺する鍛冶長にはお構いなしに、ボクは口を閉ざしはしない。
「工房の責任者は貴方です、鍛冶長。であるならばヴェント君の失態は鍛冶長の失態でもありますわね」
「そ、それはもちろんでございます。ですから――」
ですから先程、誠心誠意に鍛冶の『か』の字もわからない小娘に頭を下げた、と言わんばかりの顔をボクは一蹴する。
「それとこちらを窺うのに夢中で、剣を鍛える手がお止まりになっている鍛冶師の方々も。そんな脇見する余裕があるのでしたら、徒弟見習いの一人や二人の動きを把握し、未然に無礼な発言をするのを防げたのでは?」
子供にばかり責任を押し付けるのは良くない、と周囲を見渡せば罰が悪そうに顔を逸らす職人たち。『やっぱり厄介事になっちまった』と、みんなの顔にそう書いてある。
「お、お嬢様。そうは言われましても……我々は鉄を鍛え、剣を作るのが本職でございます。お嬢様の目がある以上、徒弟見習いの動向を注視するより、目の前の鍛冶を優先するのは仕方ないことなのです。この一連の責は私にありますので、どうか鍛冶師のみなへの罰だけは……お許しください」
この場の憎まれ役はボク一人でいいだろう。
その代償として、ボクはボクの要求を押し通そう。
「では妥協案です。これから私はここで、本格的に鍛冶をする練習をしたいと存じています。もちろん定期的に。その際はお手伝いをヴェント少年と鍛冶長にお願いします」
「そ、それは……」
承諾しかね、どう逃れるか思案する鍛冶長。
ボクはお嬢様といえど、たかだか八歳の女児。どうにか上手く言いくるめようとしているのがわかったので、あとは断れない状況を作るのみ。
「鍛冶長にとっては、私という厄介者の面倒を見るのが罰ですわね」
「お嬢様が厄介者など、滅相もございません。こうして、いと気高きフローレン家のご令嬢さまと言葉を交じわせているだけでも光栄です」
「あら、これでは罰にならないかしら。それならそれでいいわ。私は自分の身を切る覚悟で部下を庇った姿勢を評価します。ですからこれは、私の鍛冶指南ができる誉とし、ご褒美としましょう」
ヴェント君以外は切り捨てようとしなかった鍛冶長を褒めれば、言葉の裏に隠された真意を正確に悟ったのだろう。鍛冶長は苦い顔をした。
「そしてヴェント少年は、工具の準備など私のためにするのですから、その時間は鍛冶のお勉強ができない、という罰ですわ」
「か、かしこまりました……」
鍛冶師たちと鍛冶長の顔が俯く。
ヴェント君だけはホッとしたような顔だった。
さてさて、これから本格的に剣造りに精を出しますか。
ブックマーク、評価よろしくおねがいします。