レグナの覚悟
「レグナ、下がれ!」
考えるよりも先にベルガが叫んだ。
人と獣の亜人ならではの本能。
それは時として正しい結果をもたらすものだった。
「龍が消えた……?」
元々そこにはいなかったかのように揺らめき消え失せた炎龍。
――目の錯覚に違いない。
レグナは自らにそう言い聞かせるも、改めてミラを見た瞬間にゾッとした
「こいつ……」
炎のような赤髪に朱色に灯る宝石のような瞳。
見た目からして別人のような変化を遂げた少女が醸す雰囲気はまさに炎龍のそれだった。
――己の経験則から言えば絶対に戦うべきではない相手。
二人の殺戮部隊すぐさま直感したが、常勝という名の過去の栄光がそれを良しとはしなかった。
「こんな短時間で急に強くなれるはずがない。はったりッスよ。絶対!」
「危険な女だ。二人掛かりでやるぞ」
「ベルガさんは引っ込んどいて下さい。俺一人でやります」
「レグナ! 貴様ッ!」
格下相手に二人掛かりなど冗談じゃない。それはレグナの意地だった。
先刻までの少女は逆立ちしたって自分よりも数段劣る格下の魔法使いだった。
それが短期間で覆るなどあり得ない。そんな事があっていいはずがない。
残された魔力は僅かだったが、レグナは気を引き締めてミラと対峙した。
「消え……ッ!?」
瞬き一つ許されない刹那の出来事。
攻撃対象の消失。新人がやらかすレベルのヘマだ。
慌てて周囲を見渡すなんてダサい真似をしたのは何時以来だろう。
自嘲気味に薄ら笑うレグナは背後からの気配に気が付いた。
「今のボクはあなたよりも強い」
その気になればいつでも殺せる。そう示しているのは明らかだった。
このままやりあえばその言葉通りとなるだろう。
心がへし折られるほどの完敗。
レグナの口からは乾いた笑いしか出てこなかった。
「……ハハッ、すいませんレグナさん。どうやらここが俺の死に場所みたいッス」
「馬鹿な真似はよせ!」
「パートナーのあんたを巻き込みたくない。すぐにここから離れて下さい」
ミラは絶対に人を殺めない。
レグナはその信条を逆手に取った。
最後に信じるのは己ではなく敵――幕引きとしては面白い。
自分はロクな死に方をしないと思っていたが得られた死場は僥倖。
覚悟を決めたレグナは振り向くなりミラに掴み掛かった。
「ぐうううう……」
熱したフライパンを素手で触ったような激痛と皮膚が焼ける臭い。
今までに多くの火属性術者と戦ってきたが、この敵は違う。
――やがては殺戮部隊以上。
今や少女は命を賭しても惜しくないと思えるぐらいの天敵になっていた。
「俺の命一つぐらい安い出費ッスよ……」
「あなた……まさか……」
「恨むなら不殺を貫こうとした己の甘さを恨めばいい」
全身にこべりつく嫌な感じ。
ミラは男がこれからやろうとしている事を理解した。
――殺すしかない。
それが最善の策だったが、あろうことかミラはそれを躊躇してしまった。
「……白銀を支配せし神よ。今こそその偉大な力を示せ」
ゼロ距離での詠唱など自殺行為に等しい。とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。
しかしレグナは最後の最後まで敵であるはずのミラの信念を信じて疑わなかった。




