第2話「命名」
窓から朝日の光が差し込む。
ふかふかのベッドの上で男は目を覚ました。
「ふぁぁぁ~」
大きなあくびを一つ。
男はしばらく状況を飲み込めずにぼうっとしていたが、やがて昨晩のことを思い出した。
(あぁ……そういえば昨日森を出た後、ユイナの家に泊めてもらってたんだったな)
記憶を失い、帰るところも行くところもない彼を見かねてユイナは自分の家の空き部屋に泊めてくれたのだ。
男はまだ眠かったが、さすがに厄介になっている身でいつまでも寝ているわけには行かず、のそのそと起き上がった。
「あれ、もう起きたんだ。もう少し寝ていても良かったのに」
居間へと降りると、そこにはせっせと二人分の朝食をつくるユイナの姿があった。
スープのいい香りが男の鼻孔をくすぐった。
「なんだか悪いな。泊めてもらった上に朝食まで用意してもらって」
「ううん、困ったときはお互い様。気にしないで」
ユイナはそう言うとにこやかに微笑んだ。
その笑顔に男は思わず見とれてしまった。
なんといい娘だろう、と男は思った。
最初は警戒していたが、話していくうちにだんだんと打ち解けていった。
記憶喪失のことをまるで自分のことのように悲しみ、心配してくれた。
さらに行くあてがないならと、会ってすぐの異性を自分の家に泊めるなどなかなかできることではないだろう。
(この恩はいつか必ず返さなくちゃな)
男はそう心で固く誓ったのだった。
二人は朝食を食べ終わると、すぐさま出かけた。
目的地はユイナの家から少し離れたところにある大きな屋敷。ここら一帯・モルネスの地を治めるコンドラッド伯爵家である。
「なぁ……ホントに行かなきゃ駄目か?」
「だ~め。記憶が戻るまではここに留まるんでしょう?ならちゃんと挨拶しておいたほうがいいし、なにより伯爵様ならなにか記憶の手がかりになりそうなこと知ってるかもしれないじゃない」
「そりゃそうだが……お偉いさんと話すのはやだなぁ……。絶対精神的に疲れる」
男は大きくため息をついた。
ユイナは男のそんな姿に思わず苦笑する。
そうこうしているうちにやがて二人は伯爵の屋敷に到着した。
あらかじめユイナが話を通していたため、二人はスムーズに屋敷の中に通された。
(大きいけど古い建物だな……。コンドラッド家っていうのは結構歴史ある家なんだろうな……)
そんなことを考えているとやがて伯爵のいる執務室にたどり着いた。
コンコンと軽く扉を叩くと、返事が返ってきた。
「どうぞ」
ユイナを先頭に中に入る。
するとそこには一人の小柄な老人の姿があった。
(あれがコンドラッド伯爵……なんか想像と違うな……)
男はもっと恐い感じの人物を想像していた。
だが実際にはとても優しいおじいさんといった感じであった。
「わしがモルネス領主・シューベル=コンドラッドじゃ。話は聞いておる。お主が記憶喪失だという……えっと名はなんといったか」
「いや、実は自分の名前すらも忘れていて……だからいまは名前はないんです」
男がそう答えるとシューベルは目を丸くし驚いた。
「なんと己の名までも……。名前がなくてはいろいろと不便だったじゃろう」
「はい。確かに……」
男は、ユイナが何度か呼びづらそうにしていたことを思い出した。
幸い今までは二人だけで行動していたからなんとかなっていたが、これから人の大勢いる場所に行った際、名前がないというのはかなり致命的だろう。
「ふむ……ならばわしが名を授けよう。そうじゃな……『オータス』というのはどうじゃ。大昔、この大陸を魔物から救ったといわれる英雄の名じゃ」
男はその英雄とやらの名にまったく聞き覚えがない。
だが、ユイナの反応からしておそらく知っていて当たり前の凄く名誉な名なのだろう。
「ありがとうございます」
男は謹んでその名を受け入れることにした。
こうして、男はオータスとなった。