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悪役令嬢に転生した私は破滅フラグを回避したいだけなのに、なぜか貴族社会の救世主扱いされています  作者: おーちゃん


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第09話 観察者の協力


 セレスは本のページをめくりながら、不意に問いかけてきた。


「ところで、ガルド団長の件。あれはわざと?」


「わざと? 違いますわ!!」


 思わず声を上げてしまった。反応の激しさが、かえって疑いを強めるのだろう。セレスの目は、ますます興味深そうに輝いた。


「わたくしはただ巻き込まれたくなかっただけで」


 本音を言ってしまった。まずい、と思ったが、後の祭りだ。


「巻き込まれたくなかった、ねぇ」


 セレスは口元に笑みを浮かべた。笑い方は、何かを発見した魔導士かのようだった。


「つまり、自分が死にたくないからガルドを助けたと?」


 その言い方は、正確だった。

 ただの事実だが、その中には鋭い指摘が含まれている。


「そ、そうですわ」


 認めざるを得なかった。


「面白い」


 セレスが呟いた。


(え、なんで面白いの!?)


 彼は本を軽く叩きながら続けた。


「普通の令嬢なら、あの状況で動けない。ましてや、騎士団長を引き倒すなんてね。身体の大きさからして、通常の女性の力では不可能だ」


「い、いや反射的に」


「反射的を選んだ、ということだろう?」


 セレスは、こちらの反論も織り込み済みのような口調だ。


(いや、選んだんじゃなくて保身なんだけど)


 しかしセレスは、勝手に自分の理論を組み立てていく。


(こういう論理的なところがあるよな)


「君は危機的状況に置かれた時、自分の身を守るために、他者を救うという選択肢を、無意識に選んでいる」


(違う違う違う!!)


「そしてその行動が、結果的に周囲の評価を劇的に上げている。王太子からも好感を得て、ガルドからは忠誠を誓われた。まるで計算されているようにね」


 セレスはニヤリと笑った。


「いや、その笑い方は怖い。計算してない!!」


 思わず叫んでしまった。


「わたくしは、本当に自分を守りたいだけで、結果として他者が助かっているだけですの!」


「ふぅん。そうか」


 セレスは本を閉じた。その瞳は、決して納得していない。むしろ、より一層の興味を抱いているように見える。


 セレスは、一歩近づいた。距離は、社会的に親密とされる範囲を越えている。意識的に、距離を詰めてきたのだ。

 彼は低い声でささやいた。


「リリアナ嬢。君は本当の顔を隠しているね?」


(ぎゃああああああああ!!)


 心の中で悲鳴を上げた。まさに核心を突かれている。確かに、自分は本当の顔を隠している。転生者という秘密を、誰にも明かせない。そして、自分の本当の目的は生き延びることであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 セレスは、その隠された真実を感じ取っているのだ。


「でも安心して」


 セレスは一歩下がった。


「僕はそういう人、嫌いじゃない」


「え、どういう意味?」


 予期しない言葉が返ってきた。

 非難ではなく、むしろ肯定的な言い方。セレスは、リリアナの秘密を知っていながら、それを責めるつもりはないというのか。


「君の裏を暴くつもりはない。むしろ」


 セレスは微笑んだ。

 その笑顔は、本当に楽しそうだった。


「面白いから、協力してあげるよ」


「なんでそうなるの?」


 叫びたい衝動を、かろうじて抑える。

 セレスは何を考えているのか。これまでの会話から推測すると、彼は私の秘密を直感的に感じ取っている。

 転生については知らない。では、彼は何を本当の顔だと思っているのか。

 おそらく、計算高い女性という認識だろう。王太子とガルドの両方から好感を得るために、綿密に計画を立てているリリアナ、という解釈。

 その誤解を、訂正することはできない。訂正すれば、本当の秘密により近づくことになるからだ。


(面倒な男だな)


 セレスは本を胸に抱えたまま、楽しそうに話を続けた。


「君の行動には、必ず意図がある。僕はそう見ている」


(いや、意図は生き延びたいだけなんだけど)


 その本音は、もちろん言えない。

 代わりに、私は沈黙した。


「だから、僕は君を観察する。そして必要なら手を貸す」


「なぜ、わたくしに?」


 その質問は、本当に疑問だった。


 セレスが、なぜ自分の秘密を知りながら、なお協力するのか。その理由が分からない。


「決まってるだろう?」


 セレスは、楽しそうに笑った。


「君が、この王宮で一番面白い存在だからさ」


「そんな理由?」


 反射的に叫んでしまった。セレスの目を見ると、それが本当だということが分かった。彼は、本気でそう思っているのだ。

 王太子は君主として、ガルドは騎士として、そして使用人たちは従者として。みんな、それぞれの立場で、予測可能な行動をしている。

 しかし転生した私は、予測不可能だ。善意でもなく、悪意でもなく、ただ生き延びたいという本能で行動している。その矛盾と予測不可能性が、セレスのような観察者にとっては、最高の興味の対象なのだ。


「君は、どんな状況でも、その時点での最適な行動を選んでいる。それは、計算高さのようであり、同時に、純粋な本能のようでもある。その矛盾が」


 セレスは目を輝かせた。


「本当に、面白いんだ」


 こうして、私は観察者であり協力者という、最も厄介な立場の人物を、味方につけることになってしまった。

 いや、味方なのか。それとも、監視者なのか。

 その判断は、予定の日の断罪イベントで下されるのだろう。


 セレスは図書室の扉へ向かいながら去った。

 原作では、リリアナは断罪される。現在の状況は、原作と大きく異なっている。王太子は好感を持ち、ガルドは忠誠を誓っている。使用人たちは信じ始めている。

 この状況で、果たして断罪は行われるのか。


「そっか。まあ、面白いことになるだろう」


 セレスは、楽しそうに図書室へ戻っていった。

 残された私は、その場に立ち尽くした。

 今、自分の周囲には、四人の重要な人物がいる。

 王太子アレクシスは、好感度が高く、自分に好意を持っている。だが、彼は王族であり、ヒロインのミレイユとの関係も存在する。

 ガルド騎士団長、忠誠度が最高だが、彼の忠誠が、他の人物たちの敵意を生む可能性がある。

 宮廷魔導士セレスは、秘密を感じ取りながらも、協力を約束した。その協力の内容は不確定だ。

 そして、まだ登場していないキャラもいる。それらがどう動くのか。

 全ての要素が、イベントに向けて収束しようとしている。


(なんでこうなるのよ)


 私は、そっと頭を抱えた。


「私、ただ静かに生きたいだけなのに」


 その呟きが、空の図書室に吸い込まれていく。

 夜は、どんどん深くなっていった。

 数日後に、断罪イベントとなる。

 あと、わずか数日で、すべてが決まる。

 その時、自分は何ができるのか。

 また、何が起きるのか。

 分からない。

 ただ、運命の歯車が、急速に回転しているのだけは感じた。

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