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第10話 過剰護衛の一日
ガルドが忠誠を誓ってから日がたつ。
私は、すでに限界を迎えつつあった。
朝食の時間も、読書の時間も、散歩の時間も。全てに、ガルドの過剰護衛が付きまとう。
それは、もはや守護というより監視に近いものだった。ただし、監視の動機は、純粋な善意である。そこが、更に厄介だったのだ。
「リリアナ様、本日のご予定は?」
朝食室で、ガルドが緊張した面持ちで問いかけてきた。
「えっと朝食をとって、書庫で少し読書を」
私は無難なスケジュールを提案した。これなら危険もないだろう。
ところが、
「書庫は危険です」
ガルドの返答は、即座にして絶対的だった。
「窓が多く、死角も多い。そして、本棚の上から物が落ちる可能性があります。俺が先に確認します」
(書庫が危険って何? 本がどこから飛んでくるのよ)
ガルドの真剣な表情から、冗談でないことは明らかだった。
彼は、あらゆる場所を潜在的な危険の場所と判断しているのだ。それは、戦地で身につけた戦士の思考パターンなのだろう。平和な王宮の書庫に、そのような警戒心は不要なのだが。
「ガルドさん、そんなに気を張らなくても」
私は優しく言ってみる。
「いいえ。リリアナ様の身に危険が及ぶ可能性がある限り、俺が全力を尽くします」
ガルドの瞳は、何かに誓っているかのように真っ直ぐだった。
(重い!! 忠誠が重い!!)
内心で悲鳴を上げながら、私は朝食を摂ることにした。
◆
朝食を終え、私が廊下を歩き始めたその時。
「お待ちください」
ガルドが、突然前に立ちふさがった。
彼は視線を下に落とし、床を凝視している。
「廊下の先に、濡れた床があります。恐らく使用人が清掃した際の水分かと。滑る危険がありますので、俺が先に確認します」
(いや、床が濡れてるだけで命の危険みたいに言わないで)
ガルドは真剣そのものだった。
彼は、前方の濡れた床に近づき、自分の足で何度も踏み鳴らし、強度を確認しているのだ。
「リリアナ様。この床は危険です。お足元が滑る可能性があります。セーフティのため、俺が抱えてお運びします」
「抱えなくていいですわ!!」
私は慌てて手を上げた。
「歩きますから、歩きます!」
(このままだと、城の中で抱えられる公爵令嬢として噂になる! それはそれで悪役令嬢の評判をさらに悪くする!)
ガルドは、提案が却下されたことに、少し落胆したように見えた。
「分かりました。では、俺が先に歩みます。危険がないか確認しながら進みますので」
こうして、私たちは、ガルドが前を歩き、私が後ろに続くという、まるで領主と従者のような順序で廊下を進むことになった。
(これじゃ私が奴隷にしているみたいじゃないか)
◆
食堂に入ると、ガルドの行動はさらにエスカレートしていた。
給仕が配膳した料理を、彼は片手に持ったスプーンで、じっと見つめていたのだ。
「これは?」
彼は給仕に問いかけた。
「本日のスープでございます、お嬢様」
給仕が答えると、ガルドはスプーンを握りしめた。
「では、毒見をします」
「しなくていいですわ!!」
私は慌てて立ち上がり、彼のスプーンを奪った。
「ガルドさん、ここは王宮ですのよ。食事の毒見なんて、そんな危険ありませんわ」
「油断は禁物です。リリアナ様を狙う者がいないとは限らない」
(いや、誰も狙ってないよ。原作でもリリアナは嫌われてただけで、暗殺されるほどじゃなかったもの)
いくら言ってもガルドの目は本気だった。
「リリアナ様に馬車で衝突される命を救われた以上、俺はあなたの盾となると誓いました。誓いを果たすため、あらゆる危険から守り抜く。それが、俺の責務です」
(だめだ、こいつに何を言っても)
その言葉を、ガルドは一度も疑わない。彼にとって私は彼の恩人であり、守るべき存在なのだ。
給仕たちは、その光景を見て、何かを察したようだった。
◆
その日の午後、私は自分の部屋に戻り、頭を抱えた。
(原作のガルドは、ヒロインを守るために全力を尽くすタイプだった)
彼の忠誠心と責任感は、攻略対象の中でもトップクラス。その献身は、ゲームのプレイヤーから高く評価されていた。
(それが今、全部私に向いてるじゃん)
頭を抱える。
王太子アレクシスは好感度ルートに入った。
ガルド騎士団長は忠誠度ルートに入った。
宮廷魔導士セレスは観察者ルートに入った。
(これ、絶対に複数ルート同時発生のシナリオ状況だよね。破滅フラグ回避どころか、恋愛フラグが乱立してるんだけど)
ゲームの法則からすれば、攻略対象の複数人から同時に好意を持たれるのは、通常は起きない。むしろ、一人の好意を得る代わりに、別の人物から敵意を買うのが通常だ。
ところが、現在の状況は、その常識を無視している。
◆
その日の午後、私は庭園で散歩をしようとした。
気分転換が必要だったのだ。部屋の中にいると、ガルドの存在がより一層の窒息感をもたらす。
「ガルドさん、少し外の空気を吸いたいのですが」
「承知しました。では、俺が先に庭園の安全を確認します」
(またかよ)
ガルドは庭園に出ると、その広大な敷地を、一つ一つ確認していった。
茂みの中に身を隠して危険がないか確認する。噴水の裏を覗き込む。樹木の根元を調べる。まるで、敵の急襲に備えるかのような警戒ぶりだ。
十分ほど後、彼は戻ってきた。
「安全です」
「そんなに確認する必要あります?」
「あります」
即答だった。
そして、彼は次のようなことを言った。
「リリアナ様、日差しが強いので、俺が影になります」
「影って何?」
ガルドは私の横に立ち、太陽を遮るように位置を調整したのだ。彼の大柄な体が、私の上に影を落とす。
(いや、そんな使い方しないで。騎士団長なんだよね!)
ガルドの目は本気だった。彼は、リリアナの健康を守ることを、自分の使命だと信じているのだ。
(紫外線カットとか要らないから!)
◆
庭園の手入れをしていた庭師たちが、ひそひそと話し始めた。
「見た? ガルド団長があんなに献身的に」
「リリアナ様、団長に命を救われたらしいわよ」
「違うわよ、リリアナ様が団長を救ったのよ!」
「えっ、あの冷酷なリリアナ様が?」
「最近、優しいって噂よ。氷の公爵令嬢が溶けたって」
(溶けてない!!)
私は心の中で全力のツッコミを入れた。
そして同時に、事態はさらに複雑化していることに気づいた。
◆
私の部屋の前でガルドが守衛をしていると言い張ったため、仕方なく彼と廊下で話をすることになった。
ガルドは、私の前にひざまずいた。
「リリアナ様。俺はあなたに命を救われました。その恩は、一生かけて返します」
(返さなくていい!!)
「あなたのためなら、俺は剣を振るい、盾となり、命を捧げる覚悟です」
(重い!! 忠誠が重い!!)
これだけ言っても、ガルドの瞳は真っ直ぐで、嘘偽りのない誠実さがあった。
「ガルドさん」
「ご遠慮なさらず。私の忠誠は、絶対です」
(この人、本当にいい人なんだよねだからこそ、誤解させてるのが申し訳ない)
私はそっとため息をついた。
「ガルド。あの時、私があなたを助けたのは」
本当のことを言いかけた。言葉は喉に詰まった。
本当のことを言えば、それは私は計算高く、保身的で、あなたを助けたのはあなたのためではなく自分のためだという告白になるのだ。そんなことを言えるはずもない。
「私はただ、反射的に」
「それです」
ガルドが、静かに言った。
「あなたが反射的に命を救おうとなさった。その行動こそが、真の優しさです。計算や打算を超えた、純粋な人道性。それが、あなたにはあるのです」
(いや、違うんだよ)
言葉は出ない。
ガルドが、そう信じているのなら。
その信念を打ち砕くことは、彼の心に深い傷をつけることになる。
◆
翌朝も、ガルドの過剰護衛は変わらない。
「リリアナ様。次はどちらへ向かわれますか?」
「部屋に戻りますわ」
「承知しました。俺が先に廊下の安全を確認します」
(もう慣れてきた自分が怖いんだけど)
こうして、ガルドの過剰護衛は、今日も元気にエスカレートしていくのだった。
その一方で、私の心は、次第に疲れ果てていく。
明日は、断罪イベントが近づく、
その時、何が起きるのか。
ガルドの忠誠は、どうなるのか。
すべてが、未知の先へ進もうとしていた。




