第八話 観光バトル
桜堤ダンジョン第二層。
観光客はいるけど魔物はいない。携帯電話は何とか繋がる程度。通路で結ばれた大小の岩窟が幾つも連なっている。探索ガチ勢なら最短ルートを足早に通り過ぎる層だ。
「青春だねえ」
「どうしたの、おとうさん」
「ダンジョンデートかのう。ふぅむふむ。ほう」
「おとうさんが、きゅうにおじいさんにっ」
男女比率半々の大学生らしき団体。さらにカップル毎に分かれているからリア充グループだろう。その中を縫って進む。ほぼ全員がIDタグ付きの炭素繊維強化樹脂製の杖を持っている。これは入り口でもレンタルできる武装だ。万一魔物に遭遇したらそれで対処しろということだ。
日本にダンジョンが現れ、探索者が魔物と向き合うことになっても、銃刀法は一ミリも改正されなかった。
ダンジョン内であっても許可無く銃や刀剣の類は使えないのだ。もちろん探索者というだけでは許可が下りない。一応採取作業用のナイフ類はキャンプ場などでの使用と同等の扱い。ダンジョンは無法地帯ではなく法治国家の法律が適用される。
今のところ国内ではダンジョンでの人間同士の殺傷事件は起きていないそうだ。少なくとも表向きは。ヘンに規制強化されて丸腰以外認めないなんてことになっても困る。
もし運良く聖剣がドロップしても、装備も使用もできないとは。ロマンが全然息をしてないぜ。ドラゴンと遭遇しても刃渡り六センチ未満のナイフで戦う日本人。勇敢過ぎる。つまり魔法使い路線しかないってことか。
そしてダンジョンにおけるスキル使用については、危険迷惑行為の禁止という、どこの公園ルールだよな順守義務があるだけだ。スキルが多様過ぎて穴のない法規制ができないのだ。
俺は釣竿用のビニールケースに入れた聖剣バールを、はななは小さな楽器ケースに収めた専用武装を背負っている。大きなバールは工具のはずだが、ダンジョン外で剥き身で持ち歩けばばっちり職質されるだろう。もちろんダンジョン内装備として登録してある。
第三層への通路を下りる。
二層と構造はほぼ同じだが数倍の広さがある。明るさは半分で薄暗い。そして雰囲気がかなり違う。魔物の気配があるからだろう、空気が重い感じがする。
「はななスローダウン」
「はーい」
岩壁の標識を横目にどんどん進むはななを抑える。気が逸るのかペースが上がり気味だ。
広間のような大岩窟を通り抜けながら、他の探索者が棍棒を持ったゴブリンと戦うのを見物する。
慣れた様子の探索者たちが三方から一匹のゴブリンを囲み、強化杖で突いて挑発、刺突と殴打を繰り返す。別の男が離れて指示し、その後ろには十人ほどの見物客が集まっている。
はななより背の低いゴブリンを寄ってたかって袋にしているだけだが、魔物を倒す様子を安全位置でしっかり見せている。生々しいゴブリンの唸り声と悲鳴、短く飛ぶリーダーの指示、肉を叩く鈍い音。
ダンジョン魔物は非生物という解釈になっているが、どう見ても集団で一つの命を奪う一方的な暴力だ。
観戦する客の表情も様々で、凄惨な雰囲気に呑まれて青い顔の女性や、微動だにせず見詰める中年男、カメラ越しならOKとばかりにスマホの画面に顔を付ける少年もいる。何人かはレンタル強化杖をゴブリンに向けて構えている。体験ツアーの戦闘に参加しているという体だろう。
ようやくゴブリンは光の粒子となって消滅し、小さな魔石と棍棒が残る。
遅れて上がった歓声に振り返ると、リーダーらしい男が緑色に輝く石を掲げて皆に見せている。
「あれってオーブ?」
「みたいだね。初めて見たよ。こんな浅い所でも出るのか」
「えーっ! わたしのオーブが、とられちゃった」
「いや、はななのじゃないだろ」
「でもきっとわたしの〈星運〉のおかげだよ」
「手伝ってもいないんだから、さすがにそれはないさ」
はななの〈星運〉は働きのよく分からないスキルだ。
他のスキルに上方補正が掛かるらしく、威力や精度の上昇やドロップアイテムの出現率にも影響するのかも知れない。ただし実感できていない。取得前と後をちゃんと比べてみないと分からないだろう。今のところ、かなり運が良くなるスキルらしい、くらいの認識だ。とはいえコアスキルなので効果は大きいはず。
「ぶーぅ」
「ほら行くよ」
はななを宥めて第四層へ。
四層はさらに暗くなりランプを点けるか迷うレベル。ここまで来ると他人頼りな入場者はほぼいなくなる。人を襲う魔物がうろつく危険な場所に望んで来ているのだから遭難しても自己責任だ。
とはいえ魔物の数は少ない。魔石やドロップアイテムが欲しいなら早い者勝ちになる。そしてエンジョイ勢にとってはここからが腕試しの場だ。
「休憩しよう。スライムに注意な」
まだ疲れてはいないけれど、小まめな休憩を心掛けている。強化されていてもはななと俺の気力体力には差があるし、集中を欠くのが一番危険だ。
段々状の岩場に腰を下ろす。もちろん〈探知〉で周辺を確認済み。バックパックからペットボトルを取り出してはななに渡す。ダンジョン内は乾燥しているので喉が渇く。
「なんか前より広いみたい」
「いくらか成長してるんだろうね」
前回来た時より少し岩室が広がった気がする。
この桜堤ダンジョンもダンジョンコアを消滅させるまで拡大を続ける。これは全てのダンジョンで共通の特徴だ。日本では、ダンジョンは適度な規模のうちに消滅させるべき、という認識が出来つつある。
今現在日本国内にある大規模ダンジョンは、発見が遅れて踏破消滅が難しいほどに成長してしまったものか、最初から規模が大きく初動で処理仕切れなかったものだけだ。このダンジョンは後者になる。
一方でダンジョンの利用価値を探り、意図的に育てられないかを研究している国もある。ダンジョンが地球上に発生する仕組みもその目的も不明なのに。何やら取り返しのつかない火遊びをしているのではと不安になる話だ。
「発動してるスキルは切っていいよ。使いっぱなしも疲れちゃうからね」
「おとうさんにおまかせだね」
ダンジョンが突如現れるようになった理由については様々な憶測が飛び交った。
中でも一番声高なのが異世界からの侵略説だ。もちろんこれは脳内ファンタジー物質が過剰気味な人たちの主張である。つまり、異世界が時空を超えて地球に浸食を始めたとの説だ。このまま放置すれば異世界に完全に呑み込まれ、これまでの世界の法則も秩序も崩壊し、ファンタジー世界として生まれ変わるというものだ。だからそれを積極的に受け入れるべしと。ヘンな方向への熱を感じる。
それとは逆に、地球が丸ごと異世界に転移していて、その煽りで滅びかけた異世界が、ダンジョンを最後の砦として健気な抵抗を続けているというのもある。
また、謎の存在が地球を丸齧りしているという説。放っておくと虫食いの果実のように穴だらけになり、いずれ地球は消滅するという。地球かじり虫かよ。
他には、お馴染みの某国や某秘密結社等による陰謀論。ダンジョンは惑星規模の災厄をやり過ごすために神が与えたシェルターだから、未来を担う優秀な若者たちはダンジョン内で生活させるべきである。地球の生命進化の次の段階への移行要因であり刺激せずに静観するが吉、などである。
ダンジョンは太古の昔から存在しており、歴史を精査すればいくらでもその証拠が見つかると、独自資料を示す団体もいる。
いつも頑張る人類に与えられたご褒美の遊園地という、お疲れ女子な説はさすがにないと思うが。
どの説が正しいのか、または全て的外れなのかは、誰にも分からない。
ダンジョンは特定の国家地域に偏らずどこにでも発生し、一部を除いて特に大きな被害をもたらさず、人間社会と並存可能な状態になってしまっている。多くの人々は現状を消極的に受け入れているに過ぎないのだ。
要するに、ダンジョンの存在は気味が悪いが、大多数はダンジョンと関わることなく日常を送り、自然災害などに比べれば表面上は変化に乏しく、むしろ無責任な立場から意見を戦わせることのできる、新手の不思議現象という扱いになっている。
けれど誰もが、ダンジョンの背後に何らかの意図があるのを感じていて、漠とした不安を拭い去ることができないでいた。