第七話 桜堤ダンジョン
日曜日の桜堤ダンジョンは朝から混雑していた。
三年前の発生時には多くの犠牲者を出した大規模ダンジョンだが、階層の調査と開口部の整備が進み、今年から第六層までが一般の人たちにも公開されている。ID発行に伴う事前登録が必要ながら、入場料はおとな二千七百円こども千三百円。ダンジョン入り口前にはゲートが設置され、周辺にはフードコートや売店も並ぶ。元々は桜で有名な自然公園として親しまれていた場所だったが、今やダンジョンアミューズメントパークのようだ。ここは自治体が管理者のはずなのに。
俺とはななは花壇を背にした慰霊碑に献花してから入場者の列に並ぶ。
入場待ちの人たちは概ね登山者のような装備をしている。ライト付きのヘッドガードが唯一違うところか。並んでいるのはダンジョン見物の観光客とそのガイド探索者、そして探索者の中でも休日主体のエンジョイ勢だ。俺とはななもその部類に見えるだろう。
探索許可証持ちの俺は無料だが、はななはこども料金が必要。一般公開とはいえほとんどの入場者は、許可証持ちの探索者にガードされながら危険の少ない第三層まで潜るだけだ。第一層と第二層では魔物に遭遇することすらない。常駐の探索者によって魔物は全て駆除されている。
「あれは、自衛隊かな」
ダンジョン管理協会JECAの建物から大分離れた所に、緑一色のトラックが二台停めてある。目立たないはずなのに何故か目を引くOD色。相変わらず自衛隊もダンジョン入りしてるのか。
「今日はどこまで?」
「できれば十二層まで行けるといいかな」
日帰りだとそれが限界だろう。それすら普通の探索者には無理な深さなのだ。はななが夏休みになったらダンジョン親子合宿の予定だ。
「新しいスキルもためしてみたい」
「〈分身〉かい?」
「ううん、えーと〈絶界〉。まだゴブリンさんでしかためしてないから」
「あれって、あんなワン〇ンマンみたいなスキルじゃないと思うけどな。防御障壁を張るスキルだろう。デカい魔物を殴ったりしたら体痛めるんじゃないか」
うちの庭先ダンジョンのゴブリンは、はななのパンチ一発で消し飛んでいた。〈絶界〉はおそらく不可侵の障壁を生成するスキルだ。せっかくの防御スキルをどうして攻撃に使うのか。しかも瞬殺とか。身体強化できる〈御動〉スキルを併用して自爆を免れているようだけど。
「それを確かめるためですよ、おとうさん」
「痛い目見ないと分からないお年頃かよ」
「今日こそ出るかな、ドロップアイテムっ」
「希少らしいからあんまり期待しないように」
庭先ダンジョンと他のダンジョンとの違いは、魔物を倒した際のドロップアイテムの有無にある。通常の魔物を倒すと魔石を残すが、まれにオーブと呼ばれるアイテムを落とす。手の平に収まるサイズのスキルオーブや多種多様なマジックオーブなどがそれだ。
スキルオーブはダンジョンコアと同様に、体に取り込むことでダンジョン内で使えるスキルが獲得できる。
ダンジョンコアから得られるコアスキルには威力、効果ともに及ばないらしいが、〈火撃〉や〈水弾〉、〈風刃〉などの、中二心をくすぐる魔法さながらの攻撃系スキルが手に入る。俺たちはオーブスキルを取得したことがないので、コアスキルとの違いは分からないが。
マジックオーブの一つであるヒールオーブは、身体の損傷と体力を短時間で回復させる。この場合の損傷はダンジョン内での負傷に限られるが、何とか効果範囲をダンジョン外にまで拡大できないかという研究が盛んだ。ダンジョン内での不調や、魔物から受ける状態異常にも効果を発揮するキュアオーブもある。
マジックオーブのほとんどは使い方も簡単で、所持しているだけで効果を発揮する。
光を発する(ライトかよ)、飲み水に入れるだけで冷却できる(氷かよ)、持ってると体が温まる(カイロかよ)、舐めるとカロリー補給ができる(アメだよ!)、身体の清潔を保つ(大人気!)、荷物の重量が減る(大人気!)、疲れを感じず気分が高揚する(ヤバくね?)など多種類が存在する。
スキルと違い譲渡もできるので色々揃えておきたい便利グッズだ。ただし使用量や頻度に応じて劣化するらしい。もちろんダンジョンの中でのみ効果がある。
これらのオーブはダンジョン外に持ち出され高値で取引されてもいる。現状ではダンジョンと関わらない人には特に使い道がないが、探索者にとっては極めて有用だ。
うちの庭先ダンジョンも大きく育てば、魔物がドロップアイテムを落とすようになるだろうが、そこまで放置するつもりはない。
列は進み、探索許可証と入場券をICリーダーにかざし、ダンジョンに入る。
外周の盛り上がった入り口の直径は五メートルもあり、ざらつく石段が地下へと続いている。三年前の発生に巻き込まれた際の、地の底に吞まれるような恐ろしい雰囲気はない。第六層までの主な通路は照明もされていて、階層とブロック名が分かる標識が設置され、要所には防犯カメラまであるのだ。
これはダンジョン内に給電ケーブルを引き込んで実現している。けれど不思議なことに、深度に応じて極端な電力の減衰が起こる。具体的な数値は知らないが、第一層から減り始め、層を下るにつれ急激に減衰し、第六層に至るとほぼ全てが失われるという。変電設備を置いても効果がないらしい。消失の原因は不明。ダンジョンが電気を食べてるのかな。
魔物の活動やスキル発動のためのエネルギーが電気と干渉しているらしい。そしてそのエネルギーは深層ほど密になる。ファンタジー脳の人たちはそれを、魔力や魔素と呼んでいる。
あながち外れてもいない気がする。ダンジョン深層ほど魔物が強力になり、俺たちの使うスキルも応じて強化されるのを感じる。きっと彼らは、第一層ではただの火球でも、第二十層で放てば獄焔流になると信じたいのだろう。
続々と石段を下りる入場者の流れに従う。
この入り口は露天なので雨水が入りそうだが、その心配はない。円錐状の斥力場が発生していて水をはじくのだ。雪の日には力場に沿って落ちる雪粒が幻想的な光景を作り出し、ちょっとしたデートスポットにもなっている。そのくせ空気や人は通すという謎仕様だ。
「足下気を付けて」
「なんかダンジョンじゃないみたい」
前回来た時より明らかに輝いている。ステップが煌々と照らされていて調子が狂う。影ができないほどだ。新装商業施設のエントランスかよ。
第一層の床は頁岩舗装を模したのか、薄い瓦を敷き詰めたように見える。かなり平坦で歩き易い。ほぼ真っ直ぐな通路を進むとすぐに広い岩窟に出る。グループ毎に集まった観光客で賑わっている。三百人近くいるんじゃないかな。まるで大きな地下鉄駅のコンコースみたいだ。
「おとうさん、あれあれ」
あまり高くもない天井の中央にシャンデリアみたいな電飾があった。何を表現しているのかよく分からないオブジェだ。もちろんダンジョンオリジナルではなく後付けの装飾だ。ここを待ち合わせスポットにでもするつもりだろうか。
「こうまでして安全をアピールしたいかな」
ダンジョンがある程度成長し階層数が増えると、浅い層の構造は固定されがちだ。最深の成長点の層は大きく変化するが、入り口近くはあまり変わらなくなる。人工の設備がすぐに壊れる可能性も低い。でもこのライトアップはやり過ぎだと思う。映えないとこの先生きのこれないのだろうか。
俺とはななに視線を向ける人たちがいる。子供連れなのが目を引くのだ。けれど中高生の交ったグループもたまに見かけるから、悪目立ちという程ではないはず。あんな子供までダンジョンに来てるのか、みたいな視線だ。バカ親と思われていることだろう。
「さっさと抜けよう」
電飾をこどもスマホで撮影しているはななを急かす。
ちなみに簡易中継アンテナが設置されているのでモバイル用電波は入る。ダンジョンなう。
突き当りに二つの通路がある。下層への道を選ぶ。




