13、銀の葉
困ったことになった。・・・、いや、別に何も困らないが・・・。
この子の身柄はもう約束されたようなものだ。異星から連れてこられて家族と離ればなれになりはしたがこの帝国の最高権力者の皇子の妃になったのだ。すばらしいではないか。
・・・そうなんだが。なんだろう、なぜこんなにも胸が痛いのか。
皇子の決定に臣下の一人である俺が反対することなどできない。
もうあの子は皇子のものなんだ・・・。
頭を振って考えを振り払う。
そういえばいいことがあった。
なんと殿下から帝国秘蔵の言語変換装置を貸してもらえたのだ。
20センチ四方の黒い箱。その上面には銀色の箔の帝国の紋章。
中には銀色の菱形の額飾りが二つ。表面には精緻な模様が描かれている。通称「銀の葉」。
かつてフィレンという国が初めての主星の統一を成した時に活躍したといわれる言語の壁をとりはらう装置だ。
やがて主星を統一し、銀河をも治めて言語を統一した現在ではさほどの役には立っていないが。
レクセルはそれを持ってミオの部屋へ向かった。
黒い箱を持って入ってきたレクセルを見て、怪訝そうにミオはそれを見つめた。
「これを付けると言葉が理解できるようになる。少し痛いかも知れんが、我慢しろよ」
座っている彼女の顎を持ち上げ、顔を上向かせ、髪を払って額飾りをそっとその額に乗せる。
この体勢、妙なことが頭をよぎったが・・・。
パチッと静電気のような音がして銀の葉が額に貼り付く。
「んっ・・・」
痛かったかな・・・?
「どうだ?聞こえるか」
「・・・・・・・・!」
目をきらきらと輝かせて驚きの声をあげた。どうやらちゃんと動いているらしい。
自分にはまだミオの声は聞こえない。
レクセルは自分にもその額飾りを貼り付けた。
「何これどうなってるの!?」
ミオの声が耳の鼓膜を介さない、直接聴覚神経に響く音を聞く。
「どうなってると言われればその中のナノコンピューターが被装着者の記憶にアクセスして言語の変換をして骨伝導で伝えて…」
「・・・。へぇ、よく分かんないけどすごいね!」
音声を認識して被装着者伝えるだけのものなので、相手の声は聞こえるようになるが、自分の発する言葉を伝えるには相手にも額飾りをつけてもらう必要があることになる。
「ああ、これのおかげで歴史が変わったからな」
「ふーん・・・」
しかしそれだけで黙ってしまった。
「どうした、聞きたいことはないのか?」
「うん、な、何かありすぎて・・・」
両手を頬に当て、考え込んでいる。
顔が赤い、少し興奮しているか?無理もないか。
「じゃあとりあえずこっちの話を聞け」
「は、はいっ!」
帝国のこと、レグスとの戦争のこと、今回の新兵器のこと、ミオにしか見えないということ、そのために問答無用で連れてきたこと、その謎の解明のためのミオの身体検査等々。
だが皇太子の妾妃になったことは・・・なぜか言えなかった。
「混乱してるって感じだな・・・」
「はい・・・」
彼女の頭の周りには小鳥が回っているように見えた。
「いろいろ言ったが、とにかく君の身の安全は保障する。君は今回の戦争の鍵なんだ。何か望みがあれば言っていい。どんなことでも出来る限り叶えよう」
「は、はぁ・・・」
相変わらず黙るミオ。無口な質なんだろうか?
「どうした?何もないか?」
「レクセル、何か不機嫌?」
「え?」
予想外の方向からボディブローをくらった気分だ。
「・・・そんなことはない」
「本当?でも前よりなんか怖い感じ。どうして?」
「どうしてって・・・」
ミオの真っ直ぐな瞳にレクセルはたじろぐ。
もちろん心当たりはある。皇太子妾妃の件だ。あの小賢しい皇子に君をとられたから・・・。
そう、ありていに言えば嫉妬だ。
まさか自分がそんな感情を皇子に抱くなど夢にも思っていなかったので自分でも消化不良なのだ。
それなのにいきなりそんな核心をつかれても・・・。
「皇子がいらっしゃって少し大変だったんで疲れてるだけだ」
「そう・・・」
ミオは視線を外して、納得してはいないけどとりあえず信じようとしてくれたようだ。
しかし、明日から同じように優しくできる自信は・・・ない。