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12、指輪の契約

 宇宙の虚空にふいに歪みが生じたかと思うと、そこから巨大な戦艦が姿を現した。

 帝国にも数少ない自前で亜空間航行ができる戦艦である。

 皇太子専用のその艦、未だ攻撃を受けたことのないその黒々とした威容は、ワーゼル艦など一捻りされてしまいそうだ。

「で、ででで殿下だ!殿下がわざわざ迎えに来て下さった!」

「なんと、殿下が・・・」

「やった、帰れるんだ・・・」

 ワーゼル艦は驚きと喜びに包まれた。


 レクセルはその報を相変わらず入り浸っているミオの部屋で聞いた。

「ミオ、見てみるか。帝国の皇太子がいらっしゃったんだ」

 外壁透過のスイッチを入れる。壁に外の様子が映し出され、皇太子の乗った艦を見ることができた。

「ていこく?こうたいし?」

「そう、この帝国で2番目に偉い人だ」

 ちょうど数を教えていたので理解できるだろう。

「ていこくで、にばんめにえらいひと」

「そう、2番」

 手を開いて2という数を示す。

 そうこうしていると部屋にコンタクトが入る。

「はい」

「おお、レクセル。またお前は・・・。まぁいい。皇子がミオに会いたいとおっしゃられている。すぐに用意させろ、それからあんまり失礼のないように言って聞かせておけ」

「はい」

 といってもな・・・。ミオが来てまだ一週間も経ってない。やっと簡単な言語を覚えてきたところだ。

 まぁ、やるだけやるか・・・。


 やがて皇太子の艦のハッチの一つが開き、皇族専用の印がある移動艇がゆっくりとワーゼル艦に移動してきた。

 移動艇が格納庫に収納され、皇子が降り立つとその場にいる者全てが頭を下げて皇子を迎える。

 黒に紫の裏地のマントを翻し、颯爽と歩く姿は見る者に畏敬の念を抱かせる。

 だが背はまだ160センチ弱、その身に合わせて作られた黒の軍服も、そのうち小さくなって着られなくなるだろう。

「殿下!こんなせまい艦に来られずとも私達が行きましたのに」

 ワーゼル艦長が慌てた様子で迎え出た。

「よい。あの中はいろいろと形式が面倒だ。それにしてもワーゼル艦長、よくやったな」

「はっ、もったいないお言葉、ありがとうございます!」

「ところで勝利の女神はどこに?」

「はっ、すぐに」

 ワーゼル艦の最も広い部屋に皇子が座る位置に段を作り飾りをつけて華やかにし、帝国の旗を掲げた急作りの謁見の間が作られ、その部屋の椅子にシャルセは悠然と座る。

 皇子の艦からついてきたお供の貴族たちがその前にぞろぞろと並んで立つ。

 普通は順序が逆だが、何事も迅速を尊ぶ皇子はそんなこと気にしていなかった。

 もちろんレクセルはその中に混ざる。平民である艦長などは蚊帳の外だった。

 やがて部屋の扉が開き、おずおずといった感じで元いた星の見慣れない服を着た少女が現れた。

(しっかりしろと言ったのに・・・)

 一応の礼儀作法を身ぶり手ぶりで教えたが、緊張で全部ふっとんでしまっているのだろう。レクセルは授業参観の親にでもなった気分でミオを見つめていた。

 うっかり数のことなんか教えなければよかった。

「よい、もっと近くに来い」

 言葉の分からない彼女はとまどっていたが、召使いの一人が彼女の手をとり皇子の前まで連れて行った。

「ほう、なかなかにかわいらしいではないか」

 そう言うと皇子は右手にはめていた指輪を外した。

 おおっ、と貴族たちからどよめきが上がった。

 皇子はそんなこと気にせずその指輪を床に落とした。

 毛足の長いじゅうたんにからめ取られ、指輪は音もなく床に落ちた。

「おや、落としてしまった、拾ってくれるかな?」

 指輪と皇子を交互に見て、とりあえず拾ったほうがよさそうだと考えたらしく、ミオは指輪をひょいと手に取った。

「さぁ、はめてくれるかな?違う、逆の手だ、そう、こっち・・・」

 ミオはもとの手にはめ直そうとしたが、さえぎられて、反対の手の薬指に指輪をはめる。

「殿下、それは・・・!」

 思い余ってレクセルは声を上げた。

 落とした指輪をはめ直す…それは古い王家のしきたりで「私はあなたのものになります」という意味があるのだ。普通は妾妃に行われるのだが…。

「何か問題でも?オーベルド少尉」

 すでに指輪ははめられてしまった。

「いえ・・・」

 異議など唱えられるはずもない、声を上げるだけで精一杯だった。

「はははっ、皆見たな!これでお前は僕の者だ!かわいらしき異星の少女、勝利の女神!」

 シャルセはミオの腕をとり、腰を抱いて引き寄せた。

 突然のことにその胸に倒れかかるミオ。年の近い二人はとても似合いに見えた。

 その瞬間、レクセルは今まで感じたことのない激しい感情を持った。

 だが理性でそれを抑え込む。

「これはおめでたいことですな。どうかこの新しき妾妃の身柄はこのエリドケ侯爵にお預けを」

 侯爵の一人が名乗りを上げる。

「抜け駆けはよくないですぞ、それならこの私めに・・・」

「うるさい」

 貴族の慣習を嫌う皇子はとたんに利欲に走る貴族たちを一瞬で黙らせた。

「殿下、恐れながら」

 レクセルは努めて冷静に、感情が表に出ないように話す。

「お前か、オーベルド少尉。そういえばこの娘はお前が見つけたとか」

「はい。それに今彼女の目の秘密を調べている最中にございます。妾妃となられたのは喜ばしい限りですが、今はその調査の方を優先させていただきたく・・・」 

「分かった。お前に預けよう。だが調査が終わるまでだ。その後のことはお前ら勝手にしろ」

「はっ」

 ちらちらとすぐに目配せが始まる。もしこの少女に子供でも産まれようものなら政治のカードの一枚になるのだ。貴族たちは己の利となるよう互いにけん制を始めた。

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