第1話:頭に呪いの黒鉄兜を被せられた無能令嬢
世の令嬢たちが、艶やかな巻き毛をリボンで飾り、流行のボンネットや豪奢なティアラに胸を躍らせているというのに、私の頭上を飾っているのはただ一つ。
ゴツゴツとした無骨な、漆黒の鉄兜である。
目元と鼻筋、口元だけがかろうじて覗くスリットが開いている以外は、頭部からうなじにかけて完全に覆い尽くす奇怪な兜。
しかもこれ、脱げないのだ。
冗談ではなく、文字通りに。
「アディリア、またその忌々しい鉄屑を被ったままなのか! 我がオルコット伯爵家の面汚しめが!」
大理石の床を踏み鳴らし、朝食のサロンに怒鳴り声を響かせたのは、私の実の父親であるオルコット伯爵だった。
その隣には、華やかなシルクのドレスをまとった継母のヴァネッサと、私の異母妹であるカメリアが、あからさまに嫌悪と嘲笑の色を浮かべて寄り添っている。
「お父様、朝からその薄気味悪い化け物の顔を見たら、せっかくの焼きたてスコーンが不味くなってしまいますわ」
「ええ、本当に。先代の奥様がお亡くなりになってからというもの、あの娘の頭の鉄兜は日ごとに不気味さを増すばかり。伯爵家の格式に関わりますわ、旦那様」
二人がさも被害者のように身を寄せ合うと、父は侮蔑の眼差しを私に向け、吐き捨てるように言った。
「今日こそそのふざけた兜を外せと言ったはずだ! 鍛冶屋の親方を呼んである、力ずくでも叩き割ってくれる!」
父の手招きでサロンに入ってきた屈強な鍛冶職人が、大きな金槌と鏨を手に、困惑顔で私の前に立つ。
「お父様、無駄です。外そうとすればどうなるか、以前もお見せしたはずですが……」
「黙れ! 貴様がそうやって頑なに拒むから外れんのだ!」
私は小さく息を吐き、目を閉じた。
職人が恐る恐る兜の縁に鏨を当て、金槌を振り下ろす。
――ガィィィンッ!
鈍い金属音が室内に響いた瞬間。
私の脳天を、万力で握りつぶされるような激痛と、内臓を引っ掻き回されるような激しい眩暈が襲った。
「うっ……! ぐ……あ……っ!」
喉から引き絞るような悲鳴が漏れ、私はその場に崩れ落ちた。
全身から冷汗が噴き出し、視界が真っ赤に染まる。頭の骨が内側から砕けそうなほどの激痛は、兜を無理に剥がそうとした時に必ず発動する「拒絶」の反応だった。
「ひ、ひぃっ! だ、旦那様、刃が通りません! それどころか鏨の先が欠けてしまいました……!」
職人が青ざめて金槌を取り落とす。
「ちっ……化け物めが!」
父は苦悶に喘ぐ私を介抱するどころか、床を強く蹴りつけた。
「魔力測定はゼロの無能、顔は鉄兜に隠されて社交界にも出せぬ醜物! これ以上、我がオルコット家の穀潰しを生かしておくわけにはいかん!」
父は冷酷に、一枚の書状を私の前に投げ捨てた。
「アディリア・オルコット。本日をもって貴様をオルコット伯爵家から追放し、平民に落とす! その鉄兜を被ったまま、路地裏で野垂れ死ぬがいい!」
「……っ」
激痛で震える指先で、私は床に落ちた追放令を拾い上げた。
頭の中では、十年前に亡くなった実の母の、あの最後の祈りが蘇っていた。
――『アディリア、愛しい我が子。どうかこの子をお守りください。どんな邪悪な企みからも、貪欲な悪意からも……この子が真に愛する人の手を取るその日まで』
病床の母が涙を流して天に祈りを捧げたあの日、まばゆい光とともに落ちてきて、私の頭に吸い付いたこの黒鉄の兜。
母が残したものは、私を一生日陰者に貶める呪いなのか、それとも――。
冷たい床に額を擦り付けながら、私は奥歯を噛み締めて立ち上がった。
「……承知いたしました、お父様。これまでお世話になりました」
スリットの奥から冷ややかに見据えると、父たちは気味悪そうに一歩後ずさった。
着替えのわずかな荷物だけを鞄に詰め、私は十年間閉じ込められていた伯爵家の屋敷を、誰にも見送られることなく後にした。
冷たい冬の風が、鉄兜の隙間から私の頬を撫でていく。
家も身分も金もない。頭には絶対に脱げない黒鉄の兜。
けれど、不思議と絶望はなかった。
あの息の詰まる屋敷から解放されたのだ。
生きていくために、まずは今日のパン代を稼ぐ仕事を探さなくてはならない。
この時の私はまだ知らなかった。
流れ着いた王立魔導院で、国中から「冷酷非情な氷の貴公子」と恐れられる筆頭魔導師長、ジュリアン・グランヴェルと巡り会うことになるなどとは――。




